たとえば、売上の大半を取引先との関係で支える営業部長がいる会社の社長が、顧問税理士との決算の打合せで、「社長ではなく営業部長が突然いなくなった場合、会社の売上と資金は、どうなりますか」と尋ねられたとします。社長は、自分に万一があった場合の備えは考えてきましたが、営業部長に万一があった場合は、まったく考えていなかったと気づきます。

経営者の万一に備える話は会社で出ますが、社長以外にも、会社の売上や技術を一人で支えている人がいる場合があります。そうした人を、キーマンと呼びます。

この記事では、キーマンに備える法人保険を検討するときに、何を決めるかを、次の4つの手順で整理します。キーマンを見つける、必要な額の考え方を決める、契約の形と同意を整える、経理と税務の扱いを確かめる、の4つです。解説するのは、大手生命保険代理店で8年、1,100名以上のご相談を受けてきたFP1級の筆者です。

この記事は、法人保険への加入をお勧めするものではなく、キーマンに備える必要があるか、あるとすればどう備えるかを点検するためのものです。税務の個別判断や経理処理は、税理士の領域です。

結論

  • キーマンへの備えは、対象者・必要な額の考え方・契約の形と同意・経理と税務の確認の4つを、順に決めます。
  • キーマンに万一があったときの会社の損失は、売上の減少、後任の確保、取引先への対応に分けて考えます。保険は、その財源の一部を担う手段です。
  • 備えを削りすぎると、損失の財源がありません。反対に、過剰に備えると、保険料が資金繰りを圧迫します。両面を見て決めます。

この記事で分かること

  • キーマンに万一があったとき、会社で困る3つの場面
  • キーマンに備える4つの手順と、契約の形の比較
  • FP1級が見る点検項目と、現場で起きやすい失敗の場面
  • 今週できる、キーマンの洗い出しなど3ステップ
タップできる目次

1. キーマンに万一があったとき、会社で困る3つの場面

キーマンに万一があったとき、会社で困る場面は3つあります。順に見ていきます。

1-1. 取引先との関係が、一人に集まっている

営業部長が、主要な取引先との窓口を一人で担っていたとします。取引先の担当者との信頼関係は、会社ではなく、その営業部長との間に築かれている場合があります。

たとえば、顧問税理士が決算の打合せで、売上上位の取引先を誰が担当しているかを尋ねたとします。社長と経理担当者は、上位の取引先のほとんどが営業部長の窓口だと、改めて気づきます。社長は、取引先ごとに、社内で副担当を決める方法を確かめます。以後は、新しい取引先を受ける際に、窓口を二人にします。

1-2. 技術や製造の手順が、一人の頭の中にある

製造業やシステム開発の会社では、特定の技術者だけが、機械の調整や図面の読み方を知っている場合があります。手順書がなければ、その人が不在の間、製品の品質や納期を保てません。

たとえば、取引先の品質監査の準備を進めていた総務担当者が、調整の手順が書かれた資料を探したとします。資料はなく、技術責任者の記憶にしか残っていないと気づきます。総務担当者は、技術責任者に、手順の書き出しを頼みます。以後は、手順書の更新を、年度の目標に入れます。

1-3. 後任の確保と引継ぎに、時間とお金がかかる

キーマンの後任を採用して育てるには、採用の費用、教育の期間、売上が落ちる期間が発生します。その間の人件費と運転資金を、手元の資金だけで賄えるかどうかは、会社ごとに異なります。

たとえば、金融機関の担当者が、融資の更新の面談で、主要な人材に不在が生じた場合の資金の手当てを尋ねたとします。経理担当者は、後任の採用や教育にかかる費用を、試算したことがなかったと気づきます。経理担当者は、顧問税理士と一緒に、仮の金額を置いて試算します。以後は、その試算を、資金繰り表の注記に残します。

要するに、取引先の窓口の集中、技術の属人化、後任の確保の費用の3つが、キーマンに万一があったときに会社が困る場面です。

2. キーマンへの備えが、後回しになる背景

備えが後回しになる背景は、キーマンが誰かを意識しにくいこと、社長の万一に比べて話題になりにくいこと、従業員を被保険者にする心理的な抵抗の3つです。順に整理します。

2-1. 会社を支えている人を、意識しにくい

毎日の仕事が回っているときは、誰が会社の売上や技術を支えているかを、意識する機会がありません。不在になって初めて、仕事の集中に気づきます。

2-2. 社長の万一に比べて、話題になりにくい

経営者の万一は、借入金や連帯保証と結びつくため、金融機関や税理士との間でも話題になります。一方、従業員のキーマンの話は、誰からも尋ねられないため、後回しになります。

2-3. 従業員を被保険者にすることへの抵抗がある

従業員の死亡に備える保険は、会社以外の人を被保険者にする場合、本人の同意が必要です(出所:保険法第38条)。本人に説明することへの気まずさから、話が進まない場合があります。説明の仕方を整えれば、本人の理解を得やすくなります。

要するに、意識のしにくさ、話題のなりにくさ、説明への抵抗の3つが、備えを後回しにします。

3. キーマンに備える法人保険の4つの手順

手順は4つです。まず次の表で全体を見ます。

手順 やること 主な相談先
1. キーマンを見つける 売上・技術・取引先・資格のどれを誰が支えているかを書き出す 社内・顧問税理士
2. 必要な額の考え方を決める 売上の減少、後任の確保、取引先への対応を、仮の金額で試算する 顧問税理士・FP
3. 契約の形と同意を整える 契約者・被保険者・受取人を決め、本人の同意を得る 保険の担当者・社内
4. 経理と税務を確かめる 保険料の経理処理と、保険金を受け取ったときの扱いを確認する 顧問税理士

3-1. キーマンを見つける

最初に、売上、技術、取引先、資格や許認可のどれを、誰が一人で支えているかを書き出します。次の問いに、一人しか名前が挙がらない項目が、キーマンの候補です。

  • 上位の取引先との窓口は、誰か
  • その人がいない場合、代わりに対応できる人はいるか
  • 特定の技術や資格を持つのは、誰か
  • その人の退職や不在で、止まる業務は何か

この段階では、保険を考えなくて構いません。保険の前に、体制で備えられる点を見つけます。

3-2. 必要な額の考え方を決める

必要な額は、公的な計算式があるわけではなく、会社ごとに試算します。筆者が整理する考え方は、次の3つを足し合わせる方法です。

  • 売上の減少:キーマンの不在で減る売上と、回復までの期間
  • 後任の確保:採用と教育にかかる費用、その間の人件費
  • 取引先への対応:引継ぎや信頼の回復にかかる費用

数字は、仮の金額を置いて試算します。根拠のない金額を最初から決めず、顧問税理士と一緒に、売上の内訳と固定の費用から組み立てます。試算の結果、手元の資金で賄える部分と、足りない部分に分けます。保険は、足りない部分の財源の一部です。

3-3. 契約の形と同意を整える

会社の損失に備える目的なら、会社が契約者と保険金の受取人になり、キーマンを被保険者にする形が考えられます。次の表で、主な組み合わせを整理します。

契約者 被保険者 受取人 主な用途
会社 キーマン 会社 キーマンの不在による会社の損失の財源
会社 キーマン 遺族 従業員の福利厚生(弔慰金規程との整合が必要。キーマンだけを被保険者にすると給与として扱われる場合がある)

キーマンの不在による会社の損失に備える目的なら、受取人は会社です。遺族が受取人の契約は、福利厚生の目的になります。目的が違えば、規程や経理処理も変わります。

死亡保険で、契約者である会社以外の人を被保険者にする場合は、被保険者の同意が必要です(出所:保険法第38条)。同意の確認は、保険会社の手続きの中で行われる場合があります。会社としては、備える目的と、保険金の使い道を、本人に説明しておきます。

3-4. 経理と税務を確かめる

保険料の経理処理は、契約の内容で異なります。2019年(令和元年)7月8日以後に契約した定期保険・第三分野保険のうち、保険期間が3年以上で、最高解約返戻率が50%を超えるものは、区分に応じて保険料の一部を資産に計上し、のちの期間に取り崩して費用にします(年換算保険料の額などによる例外があります。出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)。

受取人が遺族の契約で、役員または特定の使用人だけを被保険者にしている場合は、保険料が給与として扱われる場合があります(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5)。遺族が受取人でキーマンだけを被保険者にする契約は、福利厚生ではなく給与として扱われる場合があります。この点を、税理士に確認します。

会社が保険金を受け取ったときの経理処理も、顧問税理士の領域です。個別の判断は、税理士に確認します。

要するに、キーマンの洗い出し、必要な額の試算、契約の形と同意、経理と税務の確認の4つを、順に決めます。

ここまでで、4つの手順を解説しました。もっと詳しく知りたい方は、次の記事で、社長が売上を支える会社の事業保障を解説しています。

【まるっと解説】社長が売上を支える会社の事業保障 5つの備え

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4. FP1級が見る、キーマンへの備えの点検項目

見る点は4つです。FP1級の筆者が最初に見るのは、保険の有無よりも、キーマンの仕事を会社の仕組みに移せているかどうかです。

4-1. 窓口と技術の分散

取引先の窓口が二人以上いるか、技術の手順が書かれているかを確かめます。体制で備えられる部分は、保険料がかからず、資金繰りも圧迫しません。

4-2. 損失の試算と手元の資金

キーマンの不在で生じる損失を試算し、手元の資金で何か月分を賄えるかを確かめます。足りない部分が、保険や借入などの手段で備える範囲です。

4-3. 契約の目的と受取人

契約の目的が、会社の損失の財源なのか、従業員の福利厚生なのかを確かめます。目的が曖昧なまま加入すると、受取人や規程が目的と合わなくなります。

4-4. 本人への説明と同意

被保険者になる本人に、備える目的と保険金の使い道を説明しているかを確かめます。説明がないまま進めると、本人の信頼を損ない、離職につながる場合があります。

要するに、窓口と技術の分散、損失の試算、契約の目的、本人への説明の4つを見ます。

5. 今週できる、キーマンに備える3ステップ

今週できるのは3ステップです。保険の加入などの大きな決断は、確認が済んでから決めて構いません。

5-1. キーマンの候補を書き出す

社長と経理担当者で、売上、技術、取引先、資格や許認可を、誰が支えているかを書き出します。一人しか名前が挙がらない項目に、印を付けます。

5-2. 窓口と手順を、二人にする

印を付けた項目のうち、体制で備えられるものを選びます。取引先の副担当を決める、技術の手順を書き出すなど、保険を使わずにできることから始めます。

5-3. 失敗しやすい3つの場面を、先に確かめる

次の3つの場面が起きないかを、先に確かめます。キーマンへの備えで失敗しやすい場面は、備えの削りすぎ、過剰、同意の見落としの3つです。

  • 削りすぎ:たとえば、保険料を軽くしようと、営業部長を被保険者にしていた契約を解約したとします。しばらく後、資金繰り表を更新していた経理担当者が、営業部長の不在を賄う財源が表のどこにもないと気づきます。社長は、経理担当者と一緒に、売上の減少と後任の確保の費用を仮の金額で試算し、足りない財源を確かめます。以後は、解約の前に、契約が何の損失に備えるものかを書き出します。
  • 過剰:たとえば、キーマンが複数いると考え、技術者と営業担当者の全員に、保障の大きい契約を重ねたとします。給与日に預金残高を確かめていた経理担当者が、保険料が毎月の固定の支払いを押し上げていると気づきます。社長は、保険の担当者に、減額や払済などの選択肢(契約の内容により選べない場合があります)を確認します。以後は、損失の試算で足りない部分だけを、保険の対象にします。
  • 同意の見落とし:たとえば、会社の担当者が、被保険者になる従業員に目的を説明しないまま、書類への署名だけを依頼したとします。従業員は、自分の死亡で会社が保険金を受け取ると知り、不信感を持ちます。人事担当者は、社長と一緒に、備える目的と保険金の使い道を、従業員に説明し直します。以後は、書類の前に、面談で説明する手順を決めます。

要するに、キーマンの書き出し、体制での備え、失敗しやすい場面の先回りの3つが、今週の一歩です。

6. キーマンに備える法人保険のよくある質問

Q1. キーマンは、社長以外にも必要ですか。

必要かどうかは、会社の仕事の集中の度合いで異なります。社長以外に、売上や技術を一人で支える人がいる場合に、検討します。まず、体制で備えられる点があるかを確かめます。

Q2. 従業員を被保険者にするとき、本人の同意は必要ですか。

死亡保険で、契約者である会社以外の人を被保険者にする場合は、被保険者の同意が必要です(出所:保険法第38条)。備える目的と保険金の使い道を、本人に説明したうえで進めます。

Q3. 保険金の受取人は、会社と遺族のどちらですか。

会社の損失の財源に備える目的なら、受取人は会社です。遺族が受取人の契約は、福利厚生の目的になり、弔慰金や退職金の規程との整合が必要です。目的に合わせて決めます。

Q4. 必要な額は、いくらが目安ですか。

一律の目安はありません。売上の減少、後任の確保、取引先への対応を、会社ごとに試算します。顧問税理士やFPと一緒に、仮の金額を置いて組み立てます。

Q5. キーマンが退職したら、契約はどうなりますか。

被保険者が退職した場合、契約を続けるか、解約するか、契約者を本人に変更するかを選びます。選び方で、解約返戻金の扱いや課税が変わる場合があります。課税は税理士の領域です。保険の担当者と税理士に確認します。

Q6. 保険料は、損金になりますか。

契約の内容によります。2019年(令和元年)7月8日以後の定期保険・第三分野保険のうち、保険期間が3年以上で、最高解約返戻率が50%を超えるものは、区分に応じて保険料の一部を資産に計上し、のちの期間に取り崩して費用にします(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)。2019年7月8日より前の契約は、取扱いが異なります。実際の処理は、顧問税理士の領域です。

7. まとめ|キーマンの仕事を、会社の仕組みに移す

この記事のまとめ
  • キーマンへの備えは、対象者、必要な額の考え方、契約の形と同意、経理と税務の確認を、順に決めます。
  • 保険の前に、取引先の窓口を二人にする、技術の手順を書き出すなど、体制で備えられる点を見つけます。
  • 会社の損失に備える契約は、受取人を会社にします。遺族が受取人の契約は、福利厚生の目的になります。
  • 被保険者になる本人に、目的と保険金の使い道を説明し、同意を得ます。
  • 備えを削りすぎると財源がなく、過剰に備えると資金繰りを圧迫します。経理と税務は税理士の領域です。

筆者は、新卒のころ、商品の説明ばかりに気を取られ、お客さまが守りたい人のことを伺えていなかったことがあります。以来、保険の話の前に、守りたい人の話を伺うようにしています。会社を支える人の話も同じです。誰が会社を支えているのかを、まず伺います。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。キーマンの洗い出しと、保険の契約の確認を、一緒に進めます。

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本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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