「うちは中退共に入っているから、退職金はもう大丈夫」。従業員20名ほどの製造業の社長から、こう伺うことがあります。確かに中退共(中小企業退職金共済制度)は国が運営する信頼できる制度で、中小企業の退職金の土台として広く使われています。ただ、同じ社長に「若い社員が在職中に亡くなったら、ご家族にいくら渡せますか」と伺うと、多くの場合、答えが止まります。

中退共は「退職金を積み立てる」制度であって、「万一のときに家族を守る」制度ではありません。この違いを知らないまま採用活動で「退職金制度あり」と掲げている会社は少なくありません。本記事では、保険代理店で10年・1,100名のご相談に向き合い、現在は中小企業診断士・1級ファイナンシャル・プランニング技能士として法人支援150社以上に携わる松本昌史が、中退共の仕組みと限界、そして保障の確保と退職金財源の上乗せで福利厚生を充実させる手順をまとめて解説します。

結論

  • 中退共は掛金の全額が損金になり、国の助成もある優れた土台。まず入る価値がある
  • ただし在職中の死亡・入院への保障は無く、退職金は本人に直接支払われるため会社の裁量が効かない
  • 上乗せは現状の棚卸し → 目的の整理 → 制度設計 → 財源と税務の4つの手順で、全員加入と規程の整備を軸に進める

この記事で分かること

  • 中退共の掛金・助成・退職金の仕組みと、加入前に知るべき限界
  • 中小企業の退職金制度の普及状況(公的データ)
  • 中退共・特定退職金共済・企業型確定拠出年金・養老保険の役割の違い
  • 法人保険で「保障の確保」と「退職金財源の上乗せ」を行う考え方
  • 福利厚生として認められるための要件と税務の留意点
  • 規程の整備で失敗しやすい点
タップできる目次

1. 中退共の仕組みと、知っておきたい3つの限界

結論として、中退共は土台として優れていますが、保障・裁量・水準の3点で限界があります。まず仕組みを簡単に押さえます。

1-1. 中退共の仕組み(簡単な説明)

中退共は、独立行政法人勤労者退職金共済機構が運営する国の退職金制度で、中退共の公表では加入企業は約37万社にのぼります。事業主が従業員ごとに掛金月額を5,000円から30,000円までの16種類から選び、短時間労働者には2,000円・3,000円・4,000円の特例掛金もあります。掛金は全額を事業主が負担し、法人では損金に算入できます。新規加入時は掛金月額の2分の1(上限5,000円)が加入後4か月目から1年間、掛金月額が18,000円までの従業員について増額する場合は増額分の3分の1が1年間、国から助成されます(出所 中退共)。

退職金は中退共から従業員本人に直接支払われます。掛金納付月数が12か月未満の場合は支給されず、12か月以上24か月未満では掛金相当額を下回り、24か月から42か月は掛金相当額、43か月以上で掛金相当額を上回る仕組みです(出所 中退共)。

1-2. 限界1 在職中の万一への保障が無い

中退共の退職金は、積み立てた掛金と納付月数で決まります。入社2年目の社員が在職中に亡くなった場合、ご遺族に支払われるのは、それまでの掛金相当額を下回る金額です。家族の生活を支えるほどの金額にはなりません。保障が必要なら、別の手段で備える必要があります。

1-3. 限界2 退職金が本人に直接支払われ、会社の裁量が効かない

退職金は中退共から本人へ直接支払われるため、会社を経由しません。懲戒解雇のような場合でも、会社の判断だけで減額することはできず、所定の手続きと厚生労働大臣の認定が必要です。長年の功労に報いる加算や、会社の業績に応じた調整といった裁量は、中退共の枠の外で用意することになります。

1-4. 限界3 掛金の上限があり、水準に天井がある

掛金月額の上限は30,000円です。勤続年数が長く、責任の重い幹部社員に手厚い退職金を用意したい場合、中退共だけでは水準に天井があります。退職金の上乗せ分は、会社として別に財源を準備する必要があります。

要するに、中退共は損金・助成・運営の信頼性で優れた土台ですが、保障・裁量・水準の3つは別に備える必要があります。

2. 中小企業で退職金制度の上乗せが先送りされる背景

結論として、上乗せが進まないのは必要性が見えにくいからです。公的データと相談の傾向から整理します。

2-1. 「制度はある」で止まっている

厚生労働省の令和5年就労条件総合調査によると、退職給付(一時金・年金)制度がある企業は全体で74.9%、従業員30〜99人の企業では70.1%です(出所 厚生労働省)。中小企業の約3割には制度そのものが無く、制度がある会社でも中退共のみというケースが多く見られます。「制度がある」ことと「十分な制度がある」ことは別ですが、採用や定着の場面で違いが表に出にくいため、見直しの優先順位が上がりません。

2-2. 保障の空白は、事故が起きるまで見えない

在職中の死亡や長期の入院は、起きるまで誰も意識しません。しかし起きたとき、会社は弔慰金や見舞金をどこから出すかを急いで決めることになります。規程が無ければ金額の根拠も無く、他の従業員への説明にも困ります。保障の空白は、事故のあとに初めて会社の信用の問題として表れます。

2-3. 税務と労務の両方に関わり、判断が重い

退職金制度の変更は、就業規則や退職金規程の改定、従業員への説明、税務上の扱いが絡みます。規程で定めた退職金の減額は不利益変更にあたり、原則として従業員の同意が必要で、労使問題に発展することもあります。この重さが「今のままでいい」という判断につながります。

要するに、必要性が事故のあとまで見えないこと、変更が税務と労務の両方に関わることが、上乗せの先送りを生んでいます。

3. 中退共に上乗せして福利厚生を充実させる4つの手順

結論として、棚卸し・目的・制度設計・財源と税務の4つの手順で進めれば、無理なく上乗せできます。

3-1. 手順1 現状を棚卸しする

最初に、今の退職金制度を1枚の表にまとめます。

項目 確認する内容
中退共の加入状況 加入者・掛金月額・納付月数。未加入者がいないか
退職金規程 支給基準・計算方法・減額事由。就業規則との整合
死亡退職金・弔慰金規程 有無と金額の根拠。受取人の定め
退職の見込み 定年が集中する年、退職金の支払見込額
従業員の構成 年齢・勤続年数・家族構成(扶養の有無)

3-2. 手順2 目的を3つに分けて整理する

上乗せの目的は、次の3つに分けると設計しやすくなります。

  • 保障の確保 在職中の死亡に対する遺族への保障、病気やケガの入院への保障
  • 退職金財源の上乗せ 勤続年数や役職に応じた加算分の財源
  • 定着と採用 同業他社と比べて見劣りしない福利厚生の整備

目的が決まると、必要な金額と手段が決まります。たとえば「遺族への保障」が目的なら、死亡時にまとまった金額を遺族に渡せる仕組みが必要で、積立だけでは足りません。

3-3. 手順3 制度を設計し、規程を整える

法人契約の生命保険を福利厚生に使う代表的な形は、会社が契約者、従業員が被保険者、死亡保険金の受取人を従業員の遺族、満期保険金の受取人を会社とする養老保険です。従業員が在職中に亡くなった場合は死亡保険金が保険会社から遺族に直接支払われ、定年や自己都合で退職した場合は会社が受け取る解約返戻金や満期保険金を退職金の財源に充てられます。保障の確保と退職金財源の上乗せを、1つの契約で同時に行えるのがこの形の特徴です。

制度設計では、次の3点を規程に落とし込みます。

設計項目 内容
加入対象 原則として全役員・全従業員。職種・年齢・勤続年数で対象を決めるなら、合理的な基準にする
保険金額の格差 格差を付けるなら職種・年齢・勤続年数に応じた合理的なものにする
規程 死亡退職金・弔慰金規程と退職金規程に、支給基準・受取人・計算方法を明記する

この記事では要点に絞って解説しましたが、制度設計の具体的な進め方は会社の人員構成によって変わります。ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。その場でのご契約や、しつこい営業もありません。お断りいただいて構いませんので、まずは手順1の棚卸し表を一緒に作るところからお聞かせください。

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3-4. 手順4 財源と税務を確認する

養老保険を福利厚生の形で契約した場合、支払った保険料のうち2分の1を資産計上し、残りの2分の1を福利厚生費として損金に算入する取扱いがあります(出所 国税庁 法人税基本通達9-3-4)。ただし、役員や特定の従業員だけを被保険者にしている場合は、その2分の1は福利厚生費ではなく給与として扱われます。全員加入が原則とされるのはこのためです。同族関係者が従業員の大部分を占める会社では、全員加入でも福利厚生として認められるかの個別の判断が必要とされているため、契約前に税理士に確認します。

遺族が受け取る死亡退職金は、相続税の計算上「500万円×法定相続人の数」まで非課税とされています(出所 国税庁 タックスアンサー No.4117)。死亡保険金にも同様の非課税枠が別に設けられています(出所 国税庁 タックスアンサー No.4114)。これらの枠を踏まえて支給額を設計すれば、遺族の手取りと会社の負担の両方を無理なく整えられます。経理処理と税額の確定は顧問税理士の領域ですので、設計案ができた段階で確認を取ります。

要するに、棚卸しで現状を見える化し、目的を3つに分け、全員加入と規程の整備を軸に設計し、2分の1損金と非課税枠を税理士と確認する。この4つの手順で、中退共の土台に保障と上乗せを加えられます。

4. 中退共と他の退職金・福利厚生制度の比較

結論として、制度には役割の違いがあり、どれが優れているかではなく、何を組み合わせるかで考えます。

4-1. 主な制度の比較表

制度 主な役割 在職中の保障 受取の流れ
中退共 退職金の土台。掛金は損金、国の助成あり(出所 中退共) 無し 中退共から本人へ直接
特定退職金共済(商工会議所等) 中退共と同様の積立型。加入要件が地域の商工会議所等による 無し 共済から本人へ直接
企業型確定拠出年金 従業員本人が運用する年金制度。原則60歳まで受け取れない 無し(死亡時は死亡一時金) 運営管理機関から本人へ
養老保険(福利厚生の形) 保障と退職金財源の上乗せを同時に行う 死亡保険金が遺族へ 満期・解約時は会社が受け取り、規程に基づき退職金として支給
医療保険・就業不能保険(法人契約) 入院・長期療養の見舞金や所得補償の財源 入院給付金等 会社が受け取り、規程に基づき見舞金等として支給

中退共・特定退職金共済・企業型確定拠出年金は、いずれも「積み立てて本人に渡す」制度で、在職中の死亡や入院への保障は持ちません。保障を担うのは法人契約の保険です。積立の制度と保障の制度を分けて考えると、組み合わせは自然に決まります。制度ごとの税務上の扱いは異なるため、採用前に税理士と確認します。

4-2. 入院・長期療養への備えも福利厚生の一部

従業員の死亡より頻度が高いのは、病気やケガによる入院や長期の療養です。業務外の病気で休業した場合、健康保険の傷病手当金が支給されますが、支給額は休業前の報酬の3分の2が目安で、支給期間は支給開始から通算1年6か月です(出所 全国健康保険協会)。会社として見舞金を出す規程があれば、本人と家族の不安を減らせます。法人契約の医療保険を財源にして見舞金規程を整える形は、中小企業でも取り入れやすい福利厚生です。

4-3. 規程を変える際の労務上の留意点

退職金規程や見舞金規程を新たに作る、または手厚くする変更は従業員に有利な変更ですが、既存の退職金の計算方法を変えて一部の従業員の退職金が減る場合は不利益変更にあたります。労働契約法第9条・第10条により、就業規則の不利益変更は原則として労働者の合意が必要で、合意が無い場合は変更の必要性・内容の相当性・労働組合等との交渉の状況などから合理的と認められ、周知されている場合に限り有効とされています(出所 厚生労働省 労働契約法)。制度の見直しは社会保険労務士とも連携して進めます。

要するに、積立の制度と保障の制度を分けて組み合わせ、入院・療養への備えも含め、規程の変更は労働契約法の枠内で進めることが、福利厚生の充実の進め方です。

5. 中小企業診断士とファイナンシャル・プランナーが一緒に見る福利厚生の設計

結論として、福利厚生の制度は保険の設計ではなく、人の定着と会社の信用の設計です。

5-1. 採用と定着の視点で考える

当社は中小企業の経営改善を専門とし、法人保険の設計も扱っています。福利厚生のご相談では、保険の話より先に、採用・定着の課題と従業員の構成を伺います。入替りが激しい業種、業務上のケガが多い業種、拠点が各地に散らばる会社では、必要な保障と制度の形が変わります。制度は会社の実態に合わせて作るもので、既製品を当てはめるものではありません。

5-2. 「見えざる債務」を減らす

就業規則や退職金規程に定めた退職金は会社の債務です。財源の準備が無ければ、将来の支払いが見えざる債務として残り、事業承継やM&Aの場面で会社の価値を下げる要因になります。財源を計画的に準備することは、従業員のためであると同時に、会社の価値を守ることでもあります。

5-3. 制度設計で起こりやすい3つの注意点

  • 一部の従業員だけを対象にする 「幹部だけ手厚く」と考えて特定の数名だけを被保険者にし、保険料の2分の1が福利厚生費ではなく給与として扱われる。対象は原則全員とし、格差を付けるなら合理的な基準を規程に書きます。
  • 規程を直さずに契約だけ始める 保険には加入したが死亡退職金・弔慰金規程が無く、在職中の死亡時に遺族への支給額の根拠が無い。契約と同時に規程を整え、受取人と金額を明記します。
  • 保険料の負担を利益の外で決める 全員加入にしたことで年間保険料が想定の2倍になり、賞与の原資を削る。保険料は利益の範囲に収め、保険金額を調整します。削りすぎれば保障の空白、増やしすぎれば資金繰りの圧迫と、両面を見ます。

要するに、採用・定着の実態から制度を作り、見えざる債務を減らし、対象・規程・保険料の3点で失敗を避けることが設計の要です。

6. 今週中にできる3つの一歩

結論として、最初の一歩は制度の設計ではなく、事実を集めることです。

  1. 中退共の加入状況を一覧にする 加入者・掛金月額・納付月数を中退共の通知で確認し、未加入者がいないかを見ます。
  2. 規程を揃える 就業規則・退職金規程・死亡退職金や弔慰金の規程を1か所に集め、無いものを書き出します。
  3. 従業員構成の表を作る 年齢・勤続年数・扶養の有無を一覧にすると、必要な保障の規模が見えてきます。

要するに、加入状況・規程・従業員構成の3つを揃えれば、制度設計は専門家と一緒に短期間で進められます。

7. 従業員退職金と中退共のよくある質問

Q1. 中退共に入っていれば退職金制度は十分ですか

退職金の積立としては優れた土台ですが、在職中の死亡・入院への保障は無く、掛金月額の上限は30,000円です(出所 中退共)。遺族への保障や退職金の上乗せが必要な場合は、別に備える必要があります。

Q2. 中退共と法人保険は併用できますか

併用できます。中退共を退職金の土台にし、法人契約の養老保険などで在職中の保障と退職金財源の上乗せを行う組み合わせが一般的です。目的と金額を先に決め、規程に落とし込んでから契約します。

Q3. 養老保険の保険料はどこまで損金になりますか

会社が契約者、従業員が被保険者、死亡保険金受取人が遺族、満期保険金受取人が会社の形では、保険料の2分の1を資産計上し、残りを福利厚生費として損金に算入する取扱いがあります。役員や特定の従業員だけが対象の場合は給与として扱われます(出所 国税庁 法人税基本通達9-3-4)。経理処理は税理士にご確認ください。

Q4. 短期間で退職した従業員の中退共の退職金はどうなりますか

掛金納付月数が12か月未満の場合は支給されず、掛金は事業主にも戻りません。12か月以上24か月未満では掛金相当額を下回り、43か月以上で掛金相当額を上回ります(出所 中退共)。

Q5. 相談すると保険を勧められますか

売り込みは一切ありません。中退共の加入状況と規程の棚卸しから始め、保険が不要という結論になることもあります。

8. まとめ|中退共を土台に、保障と上乗せで福利厚生を充実させる

この記事のまとめ
  • 中退共は掛金が損金に算入され、国の助成があり、本人へ直接支給される優れた土台。まず加入する価値がある
  • ただし在職中の保障が無く、会社の裁量が効かず、掛金月額に上限がある
  • 上乗せは、棚卸し → 目的の整理(保障・上乗せ・定着)→ 制度設計(全員加入・規程)→ 財源と税務の4つの手順
  • 養老保険の福利厚生の形は、保障の確保と退職金財源の上乗せを1つの契約で行える。2分の1損金の要件は税理士と確認
  • 対象を絞りすぎる、規程を直さない、保険料を利益の外で決める、の3つを避ける

従業員と家族を守る制度は、会社の信用そのものです。中退共の加入状況と規程を揃えるところから始めましょう。ご相談いただいても売り込みはなく、お断りいただいて構いません。

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本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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