たとえば、従業員とともに会社を育ててきた女性経営者が、勤続の長い従業員から、「この会社に退職金の制度はありますか。あるなら、いつごろ、どのくらいの金額になりますか」と尋ねられたとします。女性経営者は、口頭で「長く勤めてくれたら、きちんと報いたい」と話してきたものの、制度として決めたことはなかったと気づきます。

従業員の退職金は、会社の信頼に関わる話です。決めないまま時間が過ぎると、退職の申し出があった時点で、金額も財源も、急いで決めなければなりません。

この記事では、女性経営者が従業員の退職金を決めるときに、何から決めるかを、次の4つの手順で整理します。目的を決める、規程の形を整える、財源の置き場所を決める、保険の役割を確かめる、の4つです。性別にかかわらず通じる考え方を、女性経営者の場面で具体化しています。解説するのは、大手生命保険代理店で8年、1,100名以上のご相談を受けてきたFP1級の筆者です。

この記事は、法人保険への加入をお勧めするものではなく、従業員の退職金の決め方を点検するためのものです。税務の個別判断や経理処理は税理士の領域、就業規則や労務の手続きは社会保険労務士の領域です。

結論

  • 従業員の退職金は、目的・規程の形・財源の置き場所・保険の役割の4つを、この順に決めます。
  • 退職金の制度は、法律で一律に義務付けられているわけではありません。常時10人以上の会社が定める場合は、就業規則に内容を記載します。
  • 決めずに先送りすると、退職の申し出のときに慌てます。反対に、手厚く決めすぎると、財源が資金繰りを圧迫します。両面を見て決めます。

この記事で分かること

  • 従業員の退職金を決めないまま進むと、会社で起きる3つの場面
  • 退職金を決める4つの手順と、財源の置き場所の比較
  • FP1級が見る点検項目と、現場で起きやすい失敗の場面
  • 今週できる、現状の書き出しなど3ステップ
タップできる目次

1. 従業員の退職金を決めないまま進むと起きる3つの場面

従業員の退職金を決めないまま進むと起きる場面は3つあります。順に見ていきます。

1-1. 退職の申し出のときに、金額と時期を説明できない

退職金の制度が文書になっていないと、退職の申し出があった時点で、金額の考え方と支払いの時期を、経営者が一から決めることになります。従業員との間で、期待と実際がずれる場合があります。

たとえば、勤続の長い従業員が退職を申し出たとき、女性経営者が口頭で話してきた内容と、従業員の受け止めが食い違っていると気づいたとします。女性経営者は、顧問の社会保険労務士に、これまでの説明の経緯を話し、制度として文書にする方法を確認します。以後は、退職金について話すときに、規程の案を手元に置きます。

1-2. 就業規則と実際の運用が、食い違っている

常時10人以上の労働者を使用する使用者は、就業規則を作成して届け出る義務があります。退職手当について定める場合は、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算と支払いの方法、支払いの時期を記載します(出所:労働基準法第89条)。

たとえば、就業規則の見直しを社会保険労務士に依頼したとします。社会保険労務士が、就業規則に退職手当の定めはないのに、実際には一部の退職者に退職金を支払ってきた経緯があると指摘します。女性経営者は、これまでの支払いの記録を出し、定めの有無と運用を整理します。以後は、支払いの基準を、規程として決めます。

1-3. 退職の時期が重なり、財源が足りない

退職金の財源を決めていないと、退職金が発生した時点の手元の資金から払うことになります。退職の時期が重なると、一度に大きな資金が必要になります。

たとえば、経理担当者が、今後の人員の入れ替わりを見込んで、資金繰り表を作ったとします。複数の従業員の定年の時期が近く、退職金を一度に支払うと、手元の資金が不足する月があると気づきます。経理担当者は、女性経営者と顧問税理士に、仮の金額を置いた試算を見せます。以後は、定年の時期の一覧を、資金繰り表と合わせて更新します。

要するに、説明できない場面、規程と運用の食い違い、財源の不足の3つが、退職金を決めないまま進むと起きる場面です。

2. 従業員の退職金の決定が、後回しになる背景

決定が後回しになる背景は、退職がまだ先に思えること、退職金の制度が義務ではないこと、相談先が分かれていることの3つです。順に整理します。

2-1. 退職がまだ先に思える

従業員が元気に働いているうちは、退職の場面を想像しにくいため、決める必要を感じにくくなります。退職の申し出が来て初めて、準備が足りないと気づきます。

2-2. 退職金の制度が、義務ではない

退職金の制度は、設けるかどうかを会社が決められます。義務ではないため、日々の業務に追われると、優先順位が下がります。ただし、常時10人以上の労働者を使用する会社が退職金を定める場合は、就業規則に内容を記載します(出所:労働基準法第89条)。10人未満の会社でも、文書で決めておくと認識のずれを防げます。

2-3. 相談先が、分かれている

規程や就業規則は社会保険労務士、経理と税務は顧問税理士、保険は保険の担当者と、相談先が分かれています。全体を見て、決める順番を整理する人がいないため、話が進みません。

要するに、退職の先送り感、制度の任意性、相談先の分断の3つが、決定を後回しにします。

3. 従業員の退職金を決める4つの手順

手順は4つです。まず次の表で全体を見ます。

手順 決めること 主な相談先
1. 目的を決める 定着、長年の貢献への報い、退職後の生活の支えのどれを重くするか 社内・FP
2. 規程の形を整える 対象者、支給の条件、計算の方法、支払いの時期 社会保険労務士
3. 財源の置き場所を決める 社内に積み立てるか、外部の制度を使うか、保険を使うか 顧問税理士・FP
4. 保険の役割を確かめる 保険に任せる範囲と、任せない範囲 保険の担当者・顧問税理士

3-1. 目的を決める

最初に、退職金で何を実現したいのかを決めます。長く勤めてもらうための定着、長年の貢献への報い、退職後の生活の支えなど、目的で、制度の形が変わります。

目的は、経営者の思いを書き出すところから始めます。従業員に何を伝えたいのかを、短い文にします。

3-2. 規程の形を整える

次に、規程の形を整えます。対象となる従業員、支給の条件、計算の方法、支払いの時期を、文書にします。計算の方法は、勤続年数に応じた定額や、基本給に勤続年数をかける方法など、会社ごとに選びます。

就業規則への記載と届出の定めは、労働基準法第89条にあります。書き方や手続きは、社会保険労務士に確認します。経営者の思いを、規程の言葉にする段階で、専門家の力を借ります。

3-3. 財源の置き場所を決める

財源の置き場所は、大きく分けて3つあります。次の表で比べます。

置き場所 特徴 確かめること
社内の預金などで備える 自由度が高い。資金を自社で管理する 手元の資金と混ざる。退職の時期が重なると不足し得る
国の制度として設けられた、中小企業向けの退職金の共済制度 外部の制度に掛金を納める 加入の条件や掛金は制度の定めによる。社会保険労務士や制度の窓口に確認する
法人保険を使う 保険料を払い、退職の時期に保険金や解約返戻金を使う 契約の目的、受取人、経理処理を確かめる

どの置き場所が合うかは、会社の規模、資金の余裕、従業員の年齢の分布で異なります。1つに絞らず、組み合わせる場合があります。

3-4. 保険の役割を確かめる

保険を使う場合は、保険に任せる範囲を決めます。退職金の全額を保険で備えるのではなく、足りない部分や、時期が重なったときの部分に絞る考え方もあります。

従業員の福利厚生として養老保険を使う場合は、満期保険金の受取人が会社、死亡保険金の受取人が被保険者の遺族で、役員や特定の使用人だけでなく、役員・従業員の全員を対象にするなどの条件を満たすと、保険料の2分の1を資産に計上し、残りを期間の経過に応じて損金(福利厚生費など)として扱う取扱いがあります。役員または部課長などの特定の使用人のみを被保険者にしている場合は、その残りの部分が給与として扱われる場合があります(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-4)。加入資格の細かい条件は、顧問税理士に確認します。

定期保険・第三分野保険は、2019年(令和元年)7月8日以後に契約したもののうち、保険期間が3年以上で、最高解約返戻率が50%を超えるものは、区分に応じて保険料の一部を資産に計上し、のちの期間に取り崩して費用にします(年換算保険料の額などによる例外があります。出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)。実際の処理は、顧問税理士の領域です。

要するに、目的、規程の形、財源の置き場所、保険の役割の4つを、この順に決めます。

ここまでで、4つの手順を解説しました。もっと詳しく知りたい方は、次の記事で、従業員退職金の上乗せを解説しています。

【まるっと解説】中退共だけで足りる?従業員退職金を上乗せする4つの手順

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4. FP1級が見る、従業員の退職金の点検項目

見る点は4つです。FP1級の筆者が最初に見るのは、保険の種類よりも、退職金の目的と規程が文書として揃っているかどうかです。

4-1. 目的と規程が揃っているか

退職金で実現したい目的が書かれ、それに沿った規程があるかを確かめます。口頭の約束だけの場合は、先に文書にします。

4-2. 退職の時期の見通し

従業員の勤続年数と年齢から、退職の時期が重なる年がないかを確かめます。重なる年があれば、その年の財源を、先に試算します。

4-3. 財源と資金繰りのバランス

財源の置き場所ごとに、手元の資金に与える影響を確かめます。備えが足りなければ空白が生じ、備えが大きすぎれば資金繰りを圧迫します。

4-4. 専門家の役割分担

就業規則は社会保険労務士、経理と税務は顧問税理士、保険の手続きは保険の担当者です。FPは、各専門家への確認事項を並べて、決める順番を整理する役割で関わります。

要するに、目的と規程、退職の時期の見通し、財源と資金繰り、専門家の役割分担の4つを見ます。

5. 今週できる、従業員の退職金を決める3ステップ

今週できるのは3ステップです。保険の加入や規程の改定などの大きな決断は、確認が済んでから決めて構いません。

5-1. 現状を書き出す

いまの就業規則に退職手当の定めがあるか、過去に退職金を支払った実績があるかを書き出します。口頭で話してきた内容も、あわせて書き出します。

5-2. 退職の時期と目的を並べる

従業員の勤続年数と年齢から、今後の退職の時期の一覧を作ります。そのうえで、退職金で実現したい目的を短い文にします。

5-3. 失敗しやすい3つの場面を、先に確かめる

次の3つの場面が起きないかを、先に確かめます。退職金の決定で失敗しやすい場面は、備えの削りすぎ、過剰、保険の対象の見落としの3つです。

  • 削りすぎ:たとえば、退職金の財源にするつもりで積み立てていた資金を、運転資金に回して使い切ったとします。しばらく後、取引銀行の担当者が、融資の更新の面談で退職金の財源を尋ねたときに、女性経営者は、財源の積立が残っていないと気づきます。女性経営者は、顧問税理士と一緒に、退職の時期の一覧に対して、手元の資金で賄える部分を試算します。以後は、積立を取り崩す前に、退職の時期の一覧と照らして確認します。
  • 過剰:たとえば、従業員に手厚く報いたいと考え、退職金の水準を高く設定し、保険での備えも重ねたとします。決算の打合せで保険料の総額を見た顧問税理士が、保険料と退職金の積み立てが固定の支払いを押し上げていると指摘します。女性経営者は、保険の担当者に、減額や払済などの選択肢(契約の内容により選べない場合があります)を確認します。以後は、水準を決める前に、財源の上限を試算します。
  • 保険の対象の見落とし:たとえば、養老保険を福利厚生として使うときに、役員と一部の管理職だけを被保険者にしたとします。保険の担当者との契約内容の確認の場面で、特定の使用人だけを対象にすると、保険料の一部が給与として扱われる場合があると知ります。女性経営者は、顧問税理士に、対象者の範囲と経理処理を確認します。以後は、対象者の範囲を決める前に、税理士に相談します。

要するに、現状の書き出し、退職の時期と目的の整理、失敗しやすい場面の先回りの3つが、今週の一歩です。

6. 従業員の退職金のよくある質問

Q1. 従業員の退職金は、設けなければなりませんか。

法律で一律に義務付けられているわけではありません。定める場合は、常時10人以上の労働者を使用する会社では、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算と支払いの方法、支払いの時期を就業規則に記載します(出所:労働基準法第89条)。

Q2. 従業員が10人未満でも、規程は必要ですか。

就業規則の作成と届出の義務は、常時10人以上の労働者を使用する使用者に課されます。10人未満の会社でも、退職金について文書で決めておくと、認識のずれを防げます。社会保険労務士に確認します。

Q3. 退職金の財源は、保険でなければいけませんか。

保険である必要はありません。社内の預金、国の制度として設けられた、中小企業向けの退職金の共済制度、保険など、会社の状況に合わせて選びます。組み合わせる場合があります。

Q4. 全員でなく、一部の従業員だけを対象にできますか。

退職金の対象者は、規程で定められます。ただし、養老保険を福利厚生として使う場合は、特定の使用人だけを対象にすると、保険料の一部が給与として扱われる場合があります(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-4)。税理士に確認します。

Q5. 退職金の水準は、どう決めますか。

一律の目安はありません。勤続年数、役割、会社の資金の余裕を踏まえて、会社ごとに決めます。水準を決める前に、財源の上限を試算します。

Q6. 保険料は、損金になりますか。

契約の内容によります。2019年(令和元年)7月8日以後の定期保険・第三分野保険のうち、保険期間が3年以上で、最高解約返戻率が50%を超えるものは、区分に応じて保険料の一部を資産に計上し、のちの期間に取り崩して費用にします(年換算保険料の額などによる例外があります。出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)。養老保険は別の取扱いがあります(法人税基本通達9-3-4)。実際の処理は、顧問税理士の領域です。

7. まとめ|従業員の退職金は、目的から順に決める

この記事のまとめ
  • 従業員の退職金は、目的、規程の形、財源の置き場所、保険の役割を、この順に決めます。
  • 退職金の制度は義務ではありませんが、常時10人以上の会社が定める場合は、就業規則に内容を記載します。
  • 財源の置き場所は、社内の預金、外部の制度、保険を比べ、組み合わせも検討します。
  • 決めずに先送りすると退職の申し出で慌て、手厚くしすぎると資金繰りを圧迫します。
  • 就業規則は社会保険労務士、経理と税務は税理士の領域です。

筆者は、新卒のころ、商品の説明ばかりに気を取られ、お客さまが守りたい人のことを伺えていなかったことがあります。以来、保険の話の前に、守りたい人の話を伺うようにしています。従業員の退職金の話も同じです。誰にどう報いたいのかを、まず伺います。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。退職金の目的と現状の整理を、一緒に進めます。

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本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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