【基本から】従業員が役員になる時の福利厚生保険 3つの判断軸
たとえば、社長が、長く勤めてきた部長を、取締役に就任させようとしているとします。顧問税理士から、「就任したあとも、従業員向けの弔慰金の規程や福利厚生の保険は、そのまま当てはまりますか」と尋ねられ、社長は、就任と同時に、規程や保険の扱いを考えたことがなかったと気づきます。
従業員から役員への就任は、会社にとって昇進ですが、取締役と会社の関係は委任であり、従業員の地位の扱いは、就任の形によって分かれます。福利厚生の保険や規程が従業員向けのままだと、就任した人の備えに空白が生じたり、保険料の扱いに影響が出たりする場合があります。
この記事では、従業員が役員になる時に、福利厚生の法人保険を見直す判断軸を、3つに分けて説明します。契約の対象者を確かめる、規程の対象を確かめる、他の制度との関係を確かめる、の3つです。解説するのは、大手生命保険代理店で8年、1,100名以上のご相談を伺ってきた、FP1級(1級ファイナンシャル・プランニング技能士)の筆者です。
この記事は、法人保険への加入をお勧めするものではなく、いまの契約と規程を点検するためのものです。税務の個別判断や経理処理は税理士の領域、社会保険の扱いは社会保険労務士や窓口の領域です。
結論
- 就任に合わせて、契約と規程を点検
- 削りすぎは保障の空白、重ねすぎは資金繰りの圧迫
- 判断軸は3つ。契約の対象者・規程の対象・他の制度との関係
この記事で分かること
- 見直しの3つの判断軸と、整理表
- 従業員が役員になる時に起きる3つの落とし穴
- FP1級が見る点検項目と、現場で起こり得る失敗の場面
- 今週できる、被保険者の一覧と規程の並べ替えなどの3ステップ
1. 従業員が役員になる時に、福利厚生の保険で起きる3つの落とし穴
落とし穴は3つあります。順に見ていきます。
1-1. 就任後も、従業員向けの規程のままにしている
取締役と会社の関係は、委任です(会社法第330条。出所:e-Gov法令検索)。従業員の地位を退いて就任するのか、使用人を兼ねるのかで、扱いが分かれます。弔慰金や退職金の規程が従業員向けのままだと、役員になった人に、どの規程が当てはまるのか、分からなくなります。
たとえば、社長が、部長を取締役に就任させたものの、弔慰金と退職金の規程は、従業員向けのまま変えなかったとします。株主総会の準備をしていた総務担当者が、規程の対象者の欄に役員が書かれておらず、就任した取締役に当てはまる規程が見当たらないと気づきます。総務担当者は、万一のときの弔慰金の支給の根拠が曖昧なままだと、遺族との間で行き違いが起きかねないと考え、社長に、役員向けの規程が必要かどうかの確認を依頼します。以後は、役員の就任に合わせて、規程の対象者を見直します。
1-2. 役員と一部の管理職だけを被保険者にして、受取人を各自の遺族にする
被保険者が、役員や部課長などの特定の使用人だけで、死亡保険金の受取人がその人の遺族である場合、保険料は、その人への給与として扱われることがあります。養老保険では法人税基本通達9-3-4、定期保険・第三分野保険では9-3-5が、この扱いを定めています(出所:国税庁)。給与として扱われると、損金算入や源泉徴収の扱いが変わるため、顧問税理士への確認が欠かせません。
たとえば、社長が、役員になった元従業員と部長だけを被保険者にし、受取人を各自の遺族にしたとします。決算前の面談で、顧問税理士が、被保険者の一覧に、役員と部長しか載っておらず、受取人も遺族になっていると気づきます。顧問税理士は、社長に、従業員全体を対象にしているか、受取人を誰にしているかを確かめるよう伝えます。以後は、被保険者の範囲と受取人を、一覧で確かめます。
1-3. 他の制度の扱いが変わることを、確かめない
取締役になると、労災保険や雇用保険など、加入している制度の扱いが変わる場合があります。取締役が労働者として扱われるかどうかは、働き方の実態によって判断が分かれます。
たとえば、社長が、従業員を取締役にしたあとも、保険で備えれば足りると考え、他の制度の扱いを確かめなかったとします。手続きの相談で訪れた社会保険労務士が、就任した取締役の労災保険と雇用保険の扱いを、確認していないと気づきます。社会保険労務士は、扱いを誤ると、通勤中の事故などの際に、手続きが滞るおそれがあると考え、社長に、加入している制度ごとに、年金事務所、労働基準監督署、ハローワークへ確認するよう伝えます。以後は、役員への就任のたびに、他の制度の扱いを一覧で確かめます。
要するに、規程の対象者、加入の範囲、他の制度の扱いの3つが、従業員が役員になる時の落とし穴です。
2. 経営者が役員への就任時に福利厚生の保険を見直しにくい背景
見直しにくい背景は、就任が昇進と受け止められること、保険の契約が従業員向けの仕組みに見えること、確認する窓口が分かれていることの3つです。順に整理します。
2-1. 就任が、昇進と受け止められている
従業員から取締役への就任は、会社の中では、昇進として扱われます。取締役と会社の関係が委任になる点は、意識されにくくなります。
2-2. 保険の契約が、従業員向けの仕組みに見える
福利厚生の保険は、従業員全体の備えとして加入した契約です。就任した人が役員になっても、契約は従業員向けのままだと、変更の必要を感じにくくなります。
2-3. 確認する窓口が、分かれている
規程は社内の総務、税務は顧問税理士、社会保険は社会保険労務士、保険の契約は保険の担当者と、窓口が分かれています。就任の1件を、まとめて確認する場がありません。
要するに、昇進との受け止め、従業員向けに見える契約、窓口の分散の3つが、見直しにくい背景です。
3. 従業員が役員になる時の福利厚生保険を考える3つの判断軸
判断軸は3つです。まず次の表で全体を見ます。
| 判断軸 | 見る内容 | 相談する相手の例 |
| 1. 契約の対象者 | 被保険者の範囲、受取人、被保険者の同意 | 保険の担当者・顧問税理士 |
| 2. 規程の対象 | 弔慰金・退職金の規程が、役員を含むか | 総務の担当者・顧問税理士・弁護士 |
| 3. 他の制度との関係 | 労災保険・雇用保険・従業員としての退職金の精算 | 社会保険労務士・顧問税理士 |
3-1. 契約の対象者を確かめる
最初に、福利厚生の保険の被保険者の範囲と、受取人を確かめます。給与になるかどうかの分かれ目は、被保険者が特定の人だけか、受取人が誰かです。範囲が特定の人に偏っていないか、受取人が遺族になっていないかを、一覧にして見ます。
契約者以外の人を被保険者にする死亡保険では、原則として被保険者の同意が必要です(保険法第38条。出所:e-Gov法令検索)。就任に伴って、被保険者や受取人を変える場合は、同意の取り直しが必要かどうかも、保険の担当者に確認します。
3-2. 規程の対象を確かめる
次に、弔慰金や退職金の規程が、役員を対象にしているかを確かめます。取締役の報酬や退職慰労金の額は、定款に定めがない場合、株主総会の決議で定めます(会社法第361条第1項。出所:e-Gov法令検索)。従業員向けの規程を、そのまま役員に当てはめられるとは限りません。
役員向けの規程が無い場合は、作るかどうかを、顧問税理士や弁護士に確認します。従業員としての在職期間の扱いも、規程に書いておくと、のちの確認がしやすくなります。
3-3. 他の制度との関係を確かめる
最後に、他の制度との関係を確かめます。労災保険や雇用保険の扱いは、取締役の働き方の実態で判断が分かれます。年金事務所、労働基準監督署、ハローワークなどの窓口と、社会保険労務士に確認します。
従業員としての退職金を、就任の時点で精算するかどうかも、確かめます。実態によって、税務上の扱いが分かれるため、実行の前に顧問税理士に確認します。
就任に伴って、保険を新規に加入したり見直したりする場合は、保険料の処理が契約によって異なります。2019年(令和元年)7月8日以後に契約した定期保険・第三分野保険のうち、保険期間が3年以上で、最高解約返戻率が50%を超えるものは、区分に応じて保険料の一部を資産に計上し、のちの期間に取り崩して費用にします(年換算保険料の額などによる例外があります。出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)。実際の経理処理は、税理士の領域です。
要するに、契約の対象者、規程の対象、他の制度との関係の3つを、この順に確かめます。
この記事では要点に絞って解説しました。制度の全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。
【まるっと解説】中退共だけで足りる?従業員退職金を上乗せする4つの手順
ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。まずは、就任に伴う契約と規程の整理を、一緒に進めます。
\無料相談(30秒で予約)/
4. FP1級が見る、役員就任時の福利厚生保険の点検項目
見る点は4つです。FP1級の筆者が最初に見るのは、保険の種類よりも、被保険者の一覧と規程の対象者が、就任の前後で合っているかどうかです。
4-1. 被保険者の一覧が、更新されているか
被保険者の氏名、役職、受取人を、1枚の表にします。就任した人の役職が、表に反映されているかを見ます。
4-2. 規程の対象者に、役員が含まれているか
弔慰金や退職金の規程の対象者の欄を見ます。従業員だけが書かれている場合は、役員への適用を、どう整理するかを決めます。
4-3. 就任に伴う手続きの一覧があるか
株主総会の決議、規程の見直し、他の制度の確認、保険の契約内容の確認を、就任のたびに使えるチェックの一覧にします。
4-4. 専門家の役割分担
税務は顧問税理士、社会保険は社会保険労務士、契約と請求の手続きは保険の担当者、全体の整理はFPです。FPは、各専門家への確認事項を並べて、決める順番を整理する役割で関わります。
要するに、被保険者の一覧、規程の対象者、手続きの一覧、専門家の役割分担の4つを見ます。
5. 今週できる、役員就任に合わせて福利厚生の保険を整える3ステップ
今週できるのは3ステップです。保険の追加や解約などの大きな決断は、整理が済んでから決めて構いません。
5-1. 被保険者の一覧と、規程の対象者を並べる
福利厚生の保険の被保険者の一覧と、弔慰金・退職金の規程の対象者を、並べて書き出します。就任した人と、就任の予定がある人に、印を付けます。
5-2. 他の制度の扱いを、窓口に確かめる
社会保険労務士に、就任した人の労災保険と雇用保険などの扱いを、確認します。保険の担当者には、契約内容の変更の要否を確認します。
5-3. 失敗につながる3つの場面を、先に確かめる
次の3つの場面が起きないかを、先に確かめます。就任に合わせて見直すときの失敗につながる場面は、備えの削りすぎ、保険料の過剰、引き継ぎ後の更新漏れの3つです。
削りすぎの場面
たとえば、社長が、取締役になった元従業員は、役員の備えがあると考え、従業員向けの保険の対象から外し、保険の担当者に相談せず解約の手続きをしたとします。取締役会で、新任の取締役から、万一のときの備えがあるかを尋ねられ、備えがなくなっていたと気づきます。社長は、役員向けの規程も保障もない状態だと分かります。入り直す場合は、健康状態の審査があり、同じ条件で加入できるとは限りません。社長は、顧問税理士と保険の担当者に、受取人を会社にするか遺族にするかで課税が変わる点も含めて、役員向けの備えの作り方を相談します。以後は、対象から外す前に、代わりの備えがあるかを確かめます。
過剰の場面
たとえば、社長が、役員への就任を機に、役員と管理職の保障を手厚くしようと、保険料を大きく引き上げたとします。金融機関の定例の面談で、返済額と保険料の合計を見た社長は、運転資金への影響に気づきます。社長は、保険の担当者に、減額や払込方法の変更を相談します。以後は、保険料を引き上げる前に、従業員全体の備えとのバランスと、返済額をあわせて確かめます。
引き継ぎ後の更新漏れの場面
たとえば、人事の担当者が、就任した取締役の役職を、被保険者の一覧に反映しないまま異動し、後任の経理担当者に引き継いだとします。保険の担当者から契約内容の確認の連絡を受けた後任の担当者が、一覧の役職と実際の役職が異なると気づきます。後任の担当者は、社長に、一覧と役員の名簿の照合を依頼します。以後は、役員の就任や退任のたびに、一覧を更新します。
要するに、一覧の並べ替え、他の制度の確認、失敗につながる場面の先回りの3つが、今週の一歩です。
6. 従業員が役員になる時の福利厚生保険のよくある質問
Q1. 従業員が役員になると、福利厚生の保険は解約になりますか。
自動的に解約になるわけではありません。契約の対象者の範囲や受取人が、就任後も合っているかを確かめます。変更や解約を決める前に、保険の担当者と顧問税理士に確認します。
Q2. 役員も、福利厚生の保険の対象にできますか。
対象にできる契約もありますが、役員や部課長などの特定の人だけを被保険者にして、受取人をその人の遺族にすると、保険料が給与として扱われることがあります(養老保険は法人税基本通達9-3-4、定期保険・第三分野保険は9-3-5。出所:国税庁)。受取人と対象者の範囲を、顧問税理士に確認します。
Q3. 被保険者や受取人を変えるときの注意点は何ですか。
契約者以外の人を被保険者にする死亡保険では、原則として被保険者の同意が必要です(保険法第38条。出所:e-Gov法令検索)。変更に伴う同意の取り直しは、保険の担当者に確認します。
Q4. 取締役になると、労災保険や雇用保険はどうなりますか。
取締役が労働者として扱われるかどうかは、働き方の実態によって判断が分かれます。加入している制度ごとに、年金事務所、労働基準監督署、ハローワーク、社会保険労務士に確認します。
Q5. 従業員としての退職金は、就任の時に精算しますか。
就任の時に精算する場合と、役員の退職時にまとめる場合があり、実態によって扱いが分かれます。税務上の扱いが変わるため、実行の前に、顧問税理士に確認します。
Q6. 保険料は、損金になりますか。
契約の内容によります。2019年(令和元年)7月8日以後の定期保険・第三分野保険のうち、保険期間が3年以上で、最高解約返戻率が50%を超えるものは、区分に応じて保険料の一部を資産に計上し、のちの期間に取り崩して費用にします(年換算保険料の額などによる例外があります。出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)。実際の経理処理は、税理士の領域です。
7. まとめ|就任に合わせて、契約と規程を点検する
- 税務と経理は税理士の領域
- 就任に合わせて、契約と規程を点検
- 削りすぎは保障の空白、重ねすぎは資金繰りの圧迫
- 判断軸は3つ。契約の対象者・規程の対象・他の制度との関係
- 取締役と会社の関係は委任。従業員の地位の扱いは就任の形で変動
筆者は、社長が守るものは、家族だけではなく、従業員とそのご家族でもあると考えています。就任の日も、万一の日も、会社を支える人の暮らしを守る、大切な時のひとつです。
筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。
ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。就任に伴う契約と規程の整理を、一緒に進めます。
\無料相談(30秒で予約)/
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。
\経営者さま向け 法人保険のご相談/
「社長交代を機に保険を見直したい」「役員・従業員の退職金や福利厚生を整えたい」「万一のときの資金繰りが心配」――会社を守る備えについて、1級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)がお話を伺います。

