たとえば、社長が、取引先から求められたのをきっかけに、自社のBCP(事業継続計画)を書き始めたとします。地震や水害の時の避難の手順、設備の代わり、データの保管場所までは、順に書き進められます。ところが、「社長本人が倒れた時」の欄で、何を書けばよいかが分からず、空欄のままになります。

BCPは、災害などの緊急事態でも、中核の事業を続けるか、早く立て直すための計画です。中小企業庁は、中小企業向けの作り方を「中小企業BCP策定運用指針」として公表しています(出所:中小企業庁)。社長に判断と信用が集まる会社では、社長の万一は、建物の被害と並ぶ「事業が止まる理由」になります。

この記事では、法人保険の目的のうち「事業保障(経営者の万一への備え)」を扱います。BCPに社長の万一を入れる時の3つのポイントを、代わりに決める人、止まる間の資金、保険の受け取りの手順、に分けて説明します。解説するのは、大手生命保険代理店で8年、1,100名以上のご相談を伺ってきた、FP1級(1級ファイナンシャル・プランニング技能士)の筆者です。

この記事は、保険に新しく入ることをお勧めするものではなく、BCPといまの保険が、社長の万一の時にかみ合っているかを点検するためのものです。税務の個別判断や経理処理は、税理士の領域です。

結論

  • BCPの「人」に社長の行
  • ポイントは3つ。人・資金・受け取り
  • 削りすぎは保障の空白、過剰は資金繰りの圧迫

この記事で分かること

  • 今週できる3ステップ
  • BCPに社長の万一を入れる3つのポイント
  • 社長の万一が抜けたBCPの3つの落とし穴
  • FP1級が見る点検項目と、失敗につながる場面
タップできる目次

1. 社長の万一が抜けたBCPと事業保障の3つの落とし穴

落とし穴は3つあります。どれも、BCPの「人」の欄に、社長が欠けた時の行を書いておけば、避けやすい場面です。

1-1. 社長の代わりに承認する人を決めていない

給与の振込や仕入の支払いの承認を、社長だけが持っている会社があります。社長が動けない時、支払いそのものが止まる場合があります。

たとえば、社長が、BCPの責任者の欄に自分の名前だけを書き、代わりに承認する人を決めなかったとします。社長が海外の展示会に出ている間に、給与の振込の準備をしていた経理担当者が、インターネットバンキングの承認ができるのが社長だけだと気づきます。経理担当者は、社長に、承認の画面と振込の期日を伝えます。社長は、取引のある金融機関に、承認の権限を分ける手続きを確かめます。以後は、BCPに、支払いを承認する人を社長のほかに1人書きます。

1-2. 事業が止まる間の資金を見積もっていない

社長が欠けると、売上が落ちても、給与や家賃、借入の返済は続きます。BCPに設備の備えはあっても、資金の欄がない場合があります。

たとえば、社長が、BCPの資金の欄を、災害の時の修繕費だけで埋めたとします。融資の面談で、金融機関の担当者から、社長が不在の時に何か月分の支払いをまかなえるかと尋ねられ、社長は、その見積もりがBCPのどこにもないと気づきます。社長は、毎月の固定費と借入の返済を書き出し、手元の資金と保険の金額と並べることにします。以後は、BCPの資金の欄に、社長の万一の時の支払いも書きます。

1-3. 保険の証券と請求の手順が、誰にも分からない

会社が受取人の保険は、会社が保険会社に請求して初めて保険金が入ります。証券の場所や請求の連絡先が社長しか分からないと、請求が遅れます。

たとえば、社長が、法人保険の証券を自分の机に保管し、場所を誰にも伝えていなかったとします。防災訓練で、持ち出す書類の一覧を作っていた総務担当者が、保険の証券がどこにあるか、誰が請求するのかが一覧に書けないと気づきます。総務担当者は、社長に、一覧の空欄を見せて尋ねます。社長は、証券の写しの保管場所と、保険の担当者の連絡先を、BCPの書類にまとめます。以後は、証券を動かした時に、BCPの保管場所の欄も直します。

要するに、承認する人の不在、止まる間の資金の見積もり漏れ、証券と請求の手順の不明、の3つが、社長の万一が抜けたBCPの落とし穴です。

2. 経営者がBCPに社長の万一を書きにくい背景

背景は3つです。BCPを災害の計画として捉えること、自分の不在を書くことへのためらい、担当が分かれていることです。

2-1. BCPを、建物と設備の計画として捉える

BCPを作るきっかけが地震や水害の備えだと、建物や設備、データの話が中心になります。人の欄は、従業員の安否確認だけで終わる場合があります。社長本人を、人の欄の1行目に書くところから始めます。

2-2. 自分の不在を書くことに、ためらいがある

社長が自分で、自分が倒れた時の計画を書くのは、気が進まないことがあります。ただ、書いておけば、残る役員や従業員が迷う時間を短くできます。役員と一緒に、短い項目から書き始めます。

2-3. BCPは総務、保険は経理と、担当が分かれている

BCPは総務担当者が、保険の支払いは経理担当者が見る会社があります。それぞれの資料に、もう一方の情報が載っていない場合があります。BCPの資金の欄に、保険の一覧を添えます。

要するに、災害の計画という捉え方、自分の不在を書くためらい、担当の分かれの3つが、BCPに社長の万一を書きにくい背景です。

3. BCPに社長の万一を入れる事業保障の3つのポイント

ポイントは3つです。まず次の表で全体を見ます。

ポイント BCPに書く内容 相談する相手の例
1. 人 代わりに決める人、支払いを承認する人、新しい代表者の選び方 顧問弁護士・司法書士・金融機関
2. 資金 止まる間の固定費と借入の返済、手元資金と保険の金額 顧問税理士・保険の担当者
3. 受け取り 証券の保管場所、受取人、請求の手順と連絡先 保険の担当者・FP

3-1. ポイント1 代わりに決める人と、権限を書く

最初に、社長が動けない時に、誰が何を決めるかを書きます。支払いの承認、取引先への連絡、金融機関との窓口を、それぞれ誰が担うかを1行ずつ書きます。

社長が亡くなった場合、新しい代表者の選び方は、取締役会を置く会社かどうかや、定款の定めで異なります。取締役会を置く会社では、取締役会が代表取締役を選びます(会社法第362条第2項第3号。出所:e-Gov法令検索)。手続きと登記は、顧問弁護士や司法書士に確かめます。

代わりの人が決まっていれば、保険金の請求や金融機関への連絡も、止まらずに進められます。

3-2. ポイント2 止まる間の資金を、保険と並べる

次に、社長が欠けて売上が落ちる間の支払いを書き出します。給与、家賃、仕入の支払い、借入の返済を月ごとに並べ、手元の資金と、保険で入るお金と比べます。

死亡保険金は、亡くなった時や高度障害の状態で支払われ、入院や療養だけでは支払われません。社長が長く入院する場合の資金は、入院の保障のある契約か、手元の資金で備えるかを、別に確かめます。

保険料の経理は、契約の種類で異なります。2019年7月8日以後に契約した、保険期間3年以上の定期保険・第三分野保険のうち、最高解約返戻率が50%を超える契約は、保険料の全部または一部を保険期間のはじめの一定期間に資産に計上し、のちの期間に取り崩して費用にします(割合や期間は最高解約返戻率の区分で異なり、年換算保険料の額などによる例外もあります。法人税基本通達9-3-5の2。出所:国税庁)。どの区分に当たるかは、顧問税理士に確かめます。

3-3. ポイント3 保険の受け取りの手順を書く

最後に、保険の受け取りの手順を書きます。証券の保管場所、受取人、保険の担当者の連絡先、請求に要る書類を、BCPの書類に添えます。

会社が受取人の保険は、会社の代表者が請求します。保険金を請求する権利は、3年間行使しないと時効で消滅します(保険法第95条第1項。出所:e-Gov法令検索)。受け取った保険金は全額を益金に計上し、資産計上の残高がある契約はそれを取り崩して損金に計上します。経理の扱いは顧問税理士に確かめます。

会社が契約者の死亡保険を新しく結ぶ時は、社長を含め被保険者本人の同意が必要です(保険法第38条。出所:e-Gov法令検索)。増額の時も、保険会社から告知や同意を求められる場合があるため、約款で確かめます。

要するに、人、資金、受け取りの3つを、BCPの書類に書き込みます。

ここまでで、BCPと事業保障の要点を解説しました。社長が売上を支える会社の事業保障の全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

【まるっと解説】社長が売上を支える会社の事業保障 5つの備え

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。保険を増やすより、いまの契約のままがよい場合も、正直にお伝えします。

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4. FP1級が見る、BCPと事業保障の点検項目

見る点は4つです。ご相談でBCPを拝見すると、人の欄が従業員の安否確認だけの場合があります。FP1級の筆者が最初に見るのは、保険の金額よりも、BCPの人の欄に社長本人の名前があるかどうかです。

4-1. 人の欄に、社長が欠けた時の行があるか

BCPの人の欄に、従業員の安否確認だけでなく、社長が欠けた時に代わりに決める人の行があるかを見ます。

4-2. 止まる間の資金と、保険の金額が並んでいるか

止まる間の支払いの合計と、手元の資金、保険の金額が、同じ表に並んでいるかを見ます。並んでいると、足りない分と重なっている分が見えます。

4-3. 入院や療養の期間の備えが、別にあるか

死亡の時の備えだけでなく、社長が長く入院する期間の資金の手当てが書かれているかを見ます。死亡保険金では、この期間はまかなえません。

4-4. 専門家の役割分担

代表者の選び方と登記は顧問弁護士や司法書士、税務と経理は顧問税理士、保険の契約内容は保険の担当者です。FPは、BCPの資金の欄と保険の一覧を並べ、確かめる順番を整理する役割で関わります。

要するに、人の欄の社長の行、資金と保険の並び、入院の期間の備え、専門家の役割分担の4つを見ます。

5. 今週できる、BCPに事業保障を書き込む3ステップ

今週できるのは3ステップです。保険の金額を変えるなどの大きな決断は、BCPに書き込んでから決めて構いません。

5-1. BCPの人の欄に、社長の代わりの人を書く

BCPの人の欄に、社長が動けない時の代わりの人、支払いを承認する人、金融機関の窓口を書きます。BCPがまだない会社は、この3行だけの1枚から始めます。

5-2. 止まる間の支払いを書き出し、保険の一覧と並べる

給与、家賃、仕入、借入の返済を月ごとに書き出し、保険の一覧と並べます。保険の欄は、保険の担当者に契約の一覧を依頼して埋めます。

5-3. 失敗につながる3つの場面を、先に確かめる

BCPと事業保障で失敗につながる場面は、保障の削りすぎ、保険料の過剰、家族への伝え漏れの3つです。次の場面が起きないかを、先に確かめます。

削りすぎの場面

たとえば、社長が、BCPで手元の資金を厚くしようと、借入の返済に備えた保険を減額し、浮いた保険料を預金に回したとします。減額した部分の死亡保障は、減額の手続きが済んだ日からなくなり、その間の万一には、その分の原資がありません。社長個人の相続の準備で試算をしていた顧問税理士が、預金の増え方より、減った保障の額のほうがずっと大きく、借入の残高に届かないと気づきます。社長は、顧問税理士から試算を受け取り、保険の担当者に、借入の残高に見合う保障の額と、その保険料を確かめます。以後は、減額を決める前に、預金で埋められる額と、減る保障の額を並べて確かめます。

過剰の場面

たとえば、社長が、BCPを作ったのを機に、いまの保険を確かめずに、社長を被保険者にした保険をもう1つ追加したとします。翌期の予算を組んでいた専務が、固定費の中の保険料が大きく増え、仕入の支払いの月に手元の資金が足りなくなる見込みで、しかも同じ借入の返済に備えた保険が重なっていると気づきます。専務は、社長に、予算の保険料の行と証券の一覧を並べて見せます。社長は、保険の担当者に、重なった契約の整理と、支払いの月を相談します。以後は、保険を追加する前に、BCPの資金の欄にある保険の一覧と並べて確かめます。

家族への伝え漏れの場面

たとえば、社長が、会社の保険とBCPの手順を決めたあと、家族には何も伝えていなかったとします。自宅で社長個人の保険の証券を整理していた配偶者が、会社の保険の保険金が誰に入り、家族に何が届くのかを知らないと気づき、社長に尋ねます。社長は、会社が受け取る保険金と、規程にもとづいて遺族に支給する死亡退職金は別のものだと説明します。社長は、顧問税理士に、遺族に届くお金の流れを確かめます。以後は、BCPを見直した時に、会社と個人の保険の違いを家族にも伝えます。

要するに、代わりの人を書く、支払いと保険を並べる、失敗の場面を先回りする、の3つが今週の一歩です。

6. BCPと事業保障のよくある質問

Q1. BCPに、社長の万一まで書く必要がありますか。

書いておく価値があります。BCPは、緊急事態でも中核の事業を続けるか、早く立て直すための計画で、社長が欠けることも事業が止まる理由になります。中小企業庁は、中小企業向けの作り方を「中小企業BCP策定運用指針」として公表しています(出所:中小企業庁)。

Q2. 社長が入院しただけでも、死亡保険金は出ますか。

出ません。死亡保険金は、亡くなった時や高度障害の状態で支払われ、入院や療養だけでは支払われません。入院の期間の資金は、入院の保障のある契約か、手元の資金で備えるかを別に確かめます。

Q3. 社長が亡くなったら、会社の保険金は誰が請求しますか。

会社が受取人の保険は、会社の代表者が請求します。新しい代表者の選び方は会社の機関や定款で異なるため、BCPに代わりの人と手順を書いておきます。保険金を請求する権利は、3年間行使しないと時効で消滅します(保険法第95条第1項。出所:e-Gov法令検索)。

Q4. BCPを作ったら、保険を増やしたほうがよいですか。

一概には言えません。止まる間の支払いの合計と、手元の資金、いまの保険の金額を並べてから決めます。重なっている分があれば、減らしたほうがよい場合もあります。

Q5. 会社が受け取った保険金は、経理でどう扱いますか。

受け取った保険金は全額を益金に計上し、資産計上の残高がある契約はそれを取り崩して損金に計上します。納税への影響と経理の扱いは、顧問税理士に確かめます。

Q6. BCPは、いつ見直せばよいですか。

役員や担当者が替わった時、借入や保険の契約を変えた時に見直すと、内容がずれにくくなります。見直したら、代わりの人と保険の一覧の欄も直します。

7. まとめ|BCPの「人」に社長を入れ、事業保障と並べる

この記事のまとめ
  • 税務と経理は税理士の領域
  • BCPの「人」に社長の行
  • 入院のみは死亡保険金の対象外
  • ポイントは3つ。人・資金・受け取り
  • 削りすぎは保障の空白、過剰は資金繰りの圧迫
  • 保険金の請求権は3年で時効(保険法第95条第1項。出所:e-Gov法令検索)

筆者は新人のころ、保険を受け取れるかを尋ねるお電話をいただき、受け取れるとお伝えした時の、ほっとされた声を覚えています。保険は、人がいちばんつらい「その時」に、心と暮らしを支えるものだと考えています。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。BCPの人の欄を書くところから、一緒に進めます。

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本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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