たとえば、社長が、創業のころから監査役を引き受けてくれた知人から、次の株主総会で退任したいと申し出を受けたとします。長年会社を見守ってくれたお礼に、社長は、退職慰労金を払いたいと考えました。

役員退職金のご相談では、常勤の取締役の分は規程で決めているのに、監査役や非常勤の取締役の分は決め方が分からない、という声を伺います。

監査役や非常勤の取締役は、毎日会社に来るわけではありません。それでも会社法上の役員であり、退職慰労金を払うなら、常勤の取締役と同じように手続きと税の決まりがかかります。決め方を間違えると、支給が遅れたり、本人の手取りの見込みがずれたりします。

この記事では、法人保険の目的のうち「役員退職慰労金の準備」を扱います。監査役・非常勤役員の退職金を、規程と法人保険の両面から確かめる3つのポイントと、つまずきやすい場面を説明します。解説するのは、大手生命保険代理店で8年、1,100名以上のご相談を伺ってきた、FP1級(1級ファイナンシャル・プランニング技能士)の筆者です。

この記事は、保険への加入や解約をお勧めするものではありません。税務の判断、申告、経理処理の確定は税理士の領域です。

結論

  • 監査役の分は監査役の協議
  • 非常勤役員の支給の基準の明文化
  • 削りすぎは保障の空白、過剰は資金繰りの圧迫

この記事で分かること

  • 今週できる3ステップ
  • 規程と法人保険の3つのポイント
  • 監査役・非常勤役員で起こりやすい3つの誤り
  • FP1級が見る点検項目と、失敗につながる場面
タップできる目次

1. 監査役・非常勤役員の退職金で起こりやすい3つの誤り

誤りは3つあります。どれも、「常勤の取締役と同じやり方でよい」と考えてしまうことから起こります。

1-1. 監査役の額まで、取締役会で決めようとする

取締役の報酬等は、定款に定めがなければ株主総会の決議で決めます(会社法第361条第1項)。監査役の報酬等も同じく定款か株主総会の決議で決めますが、監査役が2人以上いて各自の額を決めていない場合は、総額の範囲で監査役の協議で決めます(会社法第387条第1項・第2項。出所:e-Gov法令検索)。

たとえば、総務部長が、株主総会の議案を作る時、退任する監査役の退職慰労金も、取締役の分と同じく取締役会に額の決定を一任する形で書いたとします。招集通知の案を確かめた顧問弁護士が、監査役の分を取締役会に任せる書き方では、監査役の独立を保つ会社法の考え方に沿わないと指摘します。総務部長は、監査役の分を「監査役の協議で決める」とする議案に差し替えました。

1-2. 規程が常勤の取締役しか対象にしていない

役員退職金規程は、常勤の取締役を念頭に作られていることがあります。非常勤役員の基準がないまま、常勤と同じ計算をあてはめると、額の根拠を説明できなくなります。

たとえば、経理担当者が、非常勤の取締役の退職金を、常勤の取締役と同じ計算式で出したとします。支給の稟議を読んだ常務が、規程の対象は「常勤の取締役」とだけ書かれており、非常勤役員に使える定めがどこにもないと気づきます。会社は、支給の額を決める前に、非常勤役員の基準を加える規程の改定案を作りました。

1-3. 保険の契約を、そのまま退職金として渡そうとする

役員を被保険者にした会社の保険を、退任の時に本人へ名義を変えて渡す方法があります。渡す保険の評価は原則として解約返戻金の額で、2021年7月1日以後は、解約返戻金の額が、その時点の会社の資産計上額の70%に満たない契約(法人税基本通達9-3-5の2の扱いを受けるものに限ります)は、資産計上額で評価されます(所得税基本通達36-37。出所:国税庁)。

たとえば、社長が、監査役を被保険者にした保険が3本あるので、その契約を退職金の代わりに渡せば手元のお金を使わずに済むと考えたとします。監査役の後任を決めた役員会の後、相談を受けた顧問税理士が、3本とも資産計上額で評価され、渡す契約の評価額が、社長の想定より大きくなると試算します。社長は、渡す契約を1本にしぼり、残りは現金で払うことにしました。

要するに、決める機関、規程の対象、保険の渡し方、の3つが、監査役・非常勤役員の退職金で起こりやすい誤りです。

2. 経営者が監査役・非常勤役員の退職金を後回しにしてしまう背景

背景は3つです。退任が急に決まること、関わり方が見えにくいこと、規程を直す機会が少ないことです。

2-1. 退任の申し出は、急に来ることがある

非常勤の役員は、本業や年齢の事情で、任期の途中でも退任を申し出ることがあります。申し出を受けてから総会までの間に、議案も資金もそろえることになります。

2-2. 会社への関わり方が、数字に表れにくい

非常勤の役員の働きは、会議での助言や取引先の紹介など、数字に表れにくいものです。どれだけ報いるかを決める物差しがなく、話し合いが後回しになります。

2-3. 規程を見直す機会が、ほとんどない

役員退職金規程は、作った時のまま読み返さないことがあります。常勤の取締役の退任が近づいた時に初めて開き、非常勤役員の定めがないと気づきます。

要するに、急な退任、見えにくい関わり方、見直されない規程、の3つが背景です。

3. 監査役・非常勤役員の退職金を、規程と法人保険で確かめる3つのポイント

ポイントは3つです。決め方、勤務の実態と税、保険の対象と受け取り方です。まず次の表で全体を見ます。

ポイント 確かめること 主な根拠
1. 決め方 総会の決議と、監査役の協議 会社法第361条・第387条
2. 勤務の実態と税 額の根拠と、退職所得の計算 法人税法第34条・所得税法第30条
3. 保険の対象と受け取り方 被保険者・原資・名義変更の評価 所得税基本通達36-37・法人税基本通達9-3-5の2

3-1. ポイント1 決め方を、取締役と監査役で分ける

取締役の退職慰労金も、在職中の職務執行の対価であれば報酬等に含まれ、株主総会が基準を示さない無条件の一任は認められないとされています(最高裁昭和39年12月11日判決。出所:裁判所 裁判例検索)。そのため、株主総会で支給の基準に従うことを決め、具体的な額を決める手続きを任せる方法が使われます。

取締役の分は取締役会に、監査役の分は監査役の協議に任せる形にします。監査役は、株主総会で、監査役の報酬等について意見を述べることができます(会社法第387条第3項。出所:e-Gov法令検索)。議案の書き方は、顧問弁護士や司法書士に確かめます。

3-2. ポイント2 勤務の実態と税の決まりを確かめる

非常勤でも、役員に払う退職金は役員退職給与です。業務に従事した期間、退職の事情、同業で同じ規模の会社の支給の状況などに照らして不相当に高額な部分は、損金に算入されません(法人税法第34条第2項・施行令第70条第2号。出所:e-Gov法令検索)。会議への出席や助言の記録を残しておくと、額の根拠を説明しやすくなります。

受け取る側では、退職所得は、退職所得控除を差し引いた額の2分の1が課税の対象です。ただし、役員等としての勤続年数が5年を超えない人の退職金は、2分の1にする計算が使えません(所得税法第30条。出所:国税庁 No.2732)。社外から迎えて間もない役員は、この点を先に確かめます。

3-3. ポイント3 保険の対象と受け取り方を決める

規程の支給額が小さい場合は、本人を被保険者にした保険を個別に用意しなくても、会社全体の準備の中で賄える場合があります。会社全体の原資として保険を使う時は、社長や常勤の取締役の退任の時期と合わせて、解約返戻金が増える時期を確かめます。

保険料の経理は契約の種類で異なります。2019年7月8日以後に契約した、保険期間3年以上の定期保険・第三分野保険のうち、最高解約返戻率が50%を超える契約は、保険料の一部を資産に計上する扱いです(割合や期間は区分で異なり、例外もあります。法人税基本通達9-3-5の2。出所:国税庁)。役員退職給与を損金に算入する時期は、原則として株主総会の決議などで額が確定した日の事業年度です(法人税基本通達9-2-28。出所:国税庁)。個別の扱いは顧問税理士に確かめます。

要するに、決め方、勤務の実態と税、保険の対象と受け取り方、の3つを順に確かめます。

ここまでで、監査役・非常勤役員の退職金の要点を解説しました。役員退職金の準備について、全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

【まるっと解説】勇退退職金の準備|社長のセカンドライフ5つの手順

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4. FP1級が見る、監査役・非常勤役員の退職金の点検項目

見る点は4つです。FP1級の筆者が最初に見るのは、保険証券よりも、役員退職金規程の「対象者」の一文です。ここに非常勤役員と監査役が入っているかで、進め方が変わります。

4-1. 規程の対象者に、非常勤役員と監査役が入っているか

対象が常勤の取締役だけなら、非常勤役員と監査役の基準を加えるかを先に考えます。加える場合は、在任年数や会議への出席など、説明できる基準にします。

4-2. 退任の予定が、一覧になっているか

役員ごとの任期、年齢、退任の予定を並べた一覧があるかを見ます。非常勤役員の退任と、社長の勇退が同じ年に重なると、資金の出方が大きく変わります。

4-3. 保険の被保険者と、退任の予定が合っているか

退任した役員が、被保険者のまま残っている契約がないかを見ます。残っている場合は、続けるのか、名義を変えて渡すのか、解約するのかを決めます。

4-4. 相談先の役割分担が決まっているか

議案と規程は顧問弁護士や司法書士、税務と経理は顧問税理士、保険の手続きは保険の担当者です。FPは、規程・退任の予定・保険を1枚に並べ、原資が足りる時期を整理する役割で関わります。

要するに、規程の対象者、退任の予定の一覧、被保険者との一致、相談先の役割分担、の4つを見ます。

5. 今週できる、監査役・非常勤役員の退職金に備える3ステップ

今週できるのは3ステップです。退任の申し出がなくても、規程と一覧は今のうちに整えられます。

5-1. 役員退職金規程の対象者の一文を読む

役員退職金規程を出し、対象者の定めに、非常勤役員と監査役が入っているかを確かめます。入っていなければ、改定の案を作るかを役員会で話し合います。

5-2. 役員ごとの退任の予定と、保険を並べる

役員ごとに、任期、退任の予定、被保険者になっている保険を、1枚の表に並べます。退任が重なる年に印を付けます。

5-3. 失敗につながる3つの場面を、先に確かめる

監査役・非常勤役員の退職金で失敗につながる場面は、保障の削りすぎ、保険料の過剰、手取りの説明の誤りの3つです。次の場面が起きないかを、先に確かめます。

削りすぎの場面

たとえば、専務が、非常勤の役員が続けて退任したのを機に、社長の了承を得て、役員の退職金の準備に入っていた保険をまとめて解約したとします。任期の更新を話し合う役員会で、退任の時期と原資の一覧を求めた常勤の取締役の1人が、自分ともう1人の常勤の取締役を被保険者にした契約も入っており、2人の退職金の原資と、在任中の死亡退職金の備えが同時に消えていると気づきます。会社は、2人の退職金の原資を、毎月の預金の積み立てで用意し始めました。

過剰の場面

たとえば、非常勤の取締役を3人迎えた期に、社長が、3人の全員を被保険者にして、規程で決めた退職金の額を大きく超える保険金額の契約を結んだとします。融資の審査の面談で、取引銀行の担当者が、保険料の支払いが営業の利益を大きく削っていると指摘します。保険料の引き落としの月には、仕入れの支払いを短期の借入でつないでいました。会社は、規程の支給額に合わせて、契約を減額しました。

手取りの説明を誤った場面

たとえば、給与計算の担当者が、迎えて4年で退任する社外の取締役に、退職所得は2分の1で計算されると説明し、手取りの見込みを伝えていたとします。退任した取締役本人が、届いた源泉徴収票を見て、見込みより税額が大きいと気づき、会社に問い合わせます。役員等としての勤続年数が5年を超えないため、2分の1の計算は使えませんでした(所得税法第30条。出所:国税庁 No.2732)。会社は、本人に計算の違いを書面で説明しました。

要するに、規程の一文を読む、退任の予定と保険を並べる、失敗の場面を先回りする、の3つが今週の一歩です。

6. 監査役・非常勤役員の退職金のよくある質問

Q1. 監査役の退職慰労金は、誰が額を決めますか。

定款か株主総会の決議で決めます。監査役が2人以上で各自の額を決めていない場合は、総額の範囲で監査役の協議で決めます(会社法第387条第1項・第2項。出所:e-Gov法令検索)。取締役会に監査役の分の額の決定を任せる書き方は避け、議案は顧問弁護士や司法書士に確かめます。

Q2. 非常勤の取締役にも、退職金を払えますか。

払えます。非常勤でも役員退職給与として扱われ、株主総会の決議などの手続きが要ります(会社法第361条第1項)。不相当に高額な部分は損金に算入されないため(法人税法第34条第2項)、会議への出席や助言など、額の根拠を説明できる記録を残しておきます。

Q3. 社外から迎えて短い役員の退職金は、税金が変わりますか。

役員等としての勤続年数が5年を超えない人の退職金は、退職所得の2分の1にする計算が使えません(所得税法第30条。出所:国税庁 No.2732)。手取りの見込みを伝える前に、在任の年数を確かめます。

Q4. 役員を被保険者にした保険を、退職金として渡せますか。

名義を変えて渡す方法があります。渡す保険の評価は原則として解約返戻金の額で、2021年7月1日以後は、解約返戻金の額が、その時点の会社の資産計上額の70%に満たない契約(法人税基本通達9-3-5の2の扱いを受けるものに限ります)は、資産計上額で評価されます(所得税基本通達36-37。出所:国税庁)。会社と本人の税務の扱いは、顧問税理士に確かめます。

Q5. 非常勤役員の退職金のために、保険は要りますか。

入るかどうかは、規程の支給額と会社の手元資金で考えます。額が小さく、会社全体の準備で賄えるなら、個別の保険を用意しない選択もあります。保険を使う場合の経理は、2019年7月8日以後の契約は最高解約返戻率の区分に応じて決まります(法人税基本通達9-3-5の2。出所:国税庁)。

Q6. 退職慰労金は、いつの事業年度の損金になりますか。

原則として、株主総会の決議などで額が確定した日の事業年度です。実際に払った日の事業年度に損金経理をした場合は、その年度の損金とすることも認められています(法人税基本通達9-2-28。出所:国税庁)。年度の判断は顧問税理士に確かめます。

7. まとめ|監査役・非常勤役員の退職金は、規程の一文から整える

この記事のまとめ
  • 監査役の分は協議
  • 額の根拠になる記録
  • 勤続5年までの税の扱い
  • 税務と経理は税理士の領域
  • 規程の対象者への非常勤役員の追加
  • 削りすぎは保障の空白、過剰は資金繰りの圧迫

筆者は以前、社長の奥さまとプランを決めたものの、後からご主人と行き違い、話が白紙に戻ったことがあります。決める本人と最初から向き合う大切さを、その時に学びました。退任する役員の退職金も、本人の想いを伺うところから始めます。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

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