「社長は息子に譲ったが、会社の保険証券を開いたら、被保険者は自分のままだった」。事業承継を終えた経営者から、こうしたご相談をいただくことが増えています。前社長が会長や相談役に退いたあとも、法人契約の生命保険は加入当時の形のまま残り、保険料だけが毎月引き落とされ続けている。この状態は、承継後の会社にとって見過ごせない空白を生みます。

法人保険は「誰のどんなリスクを、何のために備えるか」で役割が決まります。社長が交代すれば、守るべき人も目的も変わるのに、契約だけが昔のままという会社が少なくありません。本記事では、保険代理店で10年・1,100名のご相談に向き合い、現在は中小企業診断士・1級ファイナンシャル・プランニング技能士として法人支援150社以上に携わる松本昌史が、社長交代後に法人保険を見直す5つの手順と、見直しで起こりやすい注意点を解説します。

結論

  • 生命保険の被保険者は契約後に変更できないため、社長交代後も契約は前社長を守る形のまま残る
  • 新社長の事業保障が空白になっていないかを、証券の棚卸しで確かめることが出発点
  • 見直しは「減らす」ためではなく守るために再設計する作業で、税務の個別判断は税理士と連携して進める

この記事で分かること

  • 社長交代後の法人保険に起きている3つのずれ
  • 経営者が見直しを先送りしてしまう理由
  • 証券の棚卸しから新社長の保障設計までの5つの手順
  • 2019年と2021年の通達改正を踏まえた税務上の留意点
  • 今週中に着手できる3つの一歩
タップできる目次

1. 社長交代後も前社長が被保険者のまま残る法人保険の実態

結論として、承継後の法人保険には3つのずれが生じています。被保険者のずれ、目的のずれ、そして保障額のずれです。

1-1. 被保険者は変更できないという前提

生命保険の契約者と死亡保険金受取人は、所定の手続きで変更できます。一方で被保険者は保険の対象となる人そのものなので、契約後に別の人へ変更することはできません(出所 公益財団法人生命保険文化センター「諸変更と届出」)。

つまり、前社長を被保険者とする契約は、社長が交代しても前社長を守る契約のままです。新社長に万一のことがあっても、この契約からは1円も支払われません。

1-2. 事業保障の空白が生まれる仕組み

多くの法人保険は、社長が亡くなったときの運転資金や借入金の返済原資を確保する「事業保障」を目的に加入しています。社長が交代すると、守るべき人は新社長に移ります。

ところが契約はそのままなので、会社にとって最も重要な人が無保険の状態になり得ます。保険料は払い続けているのに、肝心のリスクが空白になっている。これが1つ目のずれです。

1-3. 承継が進むほど「承継後の契約」は増える

帝国データバンクの全国「後継者不在率」動向調査(2025年)によると、全国の後継者不在率は50.1%で、7年連続で改善しています(出所 株式会社帝国データバンク)。承継が決まる会社が増えているということは、同時に「社長交代を済ませたあとの法人保険」も増えているということです。

承継計画の中で株式や退職金は議論されても、保険契約の名義と目的まで整理されることは多くありません。承継後の見直しは、これからの中小企業に共通する課題になりつつあります。

要するに、社長交代は法人保険の「被保険者・目的・保障額」を同時にずらす出来事であり、放置すれば新社長の事業保障が空白になります。

2. 経営者が承継後の法人保険の見直しを先送りしてしまう3つの理由

結論として、先送りの原因は知識不足ではなく、判断の難しさにあります。よくお受けするご相談から、理由を3つに整理します。

2-1. 税理士・保険担当者・後継者の話が噛み合わない

保険の見直しには、税務(損金・益金の扱い)、保障設計(いくら必要か)、承継計画(誰が株と経営を引き継ぐか)の3つの視点が同時に必要です。顧問税理士は税務を、保険担当者は商品を、後継者は経営を見ています。

それぞれが正しいことを言っていても、全体を束ねる人がいないと「結局どうすればよいのか」が決まりません。会議のたびに結論が持ち越され、時間だけが過ぎていきます。

2-2. 解約すると損をするように見える

法人契約の保険を解約すると、解約返戻金が会社に入ります。このとき、それまで資産に計上していた金額との差額が益金や損金として処理されます。返戻金が資産計上額を大きく上回る契約では、解約した年度の利益が膨らむため「いま解約すると損だ」と感じやすいのです。

ただし、保険料を払い続けるコストと、空白のままの新社長の保障リスクも同時に見なければ、正しい比較にはなりません。解約だけが選択肢ではなく、減額や払済など中間の方法もあります。

2-3. 前社長の退職金・相続と絡んで判断が重い

前社長を被保険者とする契約は、前社長の役員退職慰労金の原資や、相続時の資金確保という役割を担っていることがあります。見直しを進めるには、退職金をいつ・いくら支給するか、株式の相続をどう進めるかと一体で考える必要があり、1つの契約の判断が承継全体に影響します。

この重さが、「落ち着いてから考えよう」という先送りを生みます。

要するに、承継後の保険見直しが止まる原因は、税務・保障・承継の3つを束ねて判断する場が無いことにあります。

3. 社長交代後の法人保険を点検する5つの手順

結論として、見直しは次の5つの手順で進めると迷いません。証券の棚卸し、目的の再定義、前社長契約の出口の比較、新社長の事業保障の設計、税理士との連携と記録です。

3-1. 手順1 保険証券を一覧表に棚卸しする

最初に行うのは、会社が契約しているすべての保険を1枚の表にまとめる作業です。見るべき項目は次のとおりです。

項目 確認する内容
契約者 法人か個人か。承継で変更が必要か
被保険者 前社長か新社長か。変更できない前提で確認する
死亡保険金受取人 法人か遺族か。受取人によって税務の扱いが変わる
加入目的 事業保障・退職金原資・相続や納税の資金・弔慰金のどれか
保険金額と保険期間 いまの借入金・運転資金と釣り合っているか
契約日 2019年7月8日より前か後か(解約返戻金のない短期払いの保険は2019年10月8日が境。税務ルールが異なる。手順3で説明)
資産計上額と解約返戻金 解約や名義変更をしたときの経理処理の見積もりに使う

この一覧表ができるだけで、「被保険者が前社長のままの契約がいくつあり、保険料を年間いくら払っているか」が見えます。

3-2. 手順2 契約ごとの目的を再定義する

次に、契約ごとに「いまの会社にとっての目的」を書き直します。前社長が被保険者の契約は、事業保障の役割は終わっていても、前社長の役員退職慰労金の原資や、万一のときの死亡退職金・弔慰金の原資として役割を切り替えて生かせる場合があります。

役員退職慰労金の実務では「最終報酬月額×在任年数×功績倍率」という功績倍率法が広く使われています。功績倍率には法令上の基準値が無く、同業・同規模の会社の水準と比べて判断されます。法人税法第34条第2項により、不相当に高額と判断された部分は損金になりません(出所 国税庁)。支給額の妥当性は顧問税理士と確認する領域です。

3-3. 手順3 前社長契約の出口を比較する

目的が決まったら、前社長を被保険者とする契約の出口を比較します。選択肢と留意点を表にまとめます。

選択肢 向いている場面 留意点
継続 退職金原資や弔慰金の原資として役割を切り替えられる 保険料負担が続く。目的を文書で明確にする
減額 保障は残したいが保険料を抑えたい 減額部分の返戻金に経理処理が生じる
払済 保険料を止めて保障を一部残したい 保障額が下がる。経理処理は契約の種類で異なる
解約 役割を終え、資金を新社長の保障へ振り向けたい 返戻金と資産計上額の差額が益金・損金になる
個人への名義変更 前社長が個人で保障を引き継ぎたい 2021年の通達改正で評価ルールが見直された

税務の面では、2つの通達改正を押さえておく必要があります。1つ目は2019年(令和元年)の法人税基本通達9-3-5の2の改正です。保険期間3年以上の定期保険と、医療保険・がん保険などの第三分野保険は2019年7月8日以後の契約から(解約返戻金のない短期払いの定期保険・第三分野保険は2019年10月8日以後の契約から)、最高解約返戻率に応じて保険料の一部を資産計上するルールになりました。最高解約返戻率が50%を超え70%までの契約は保険期間の当初4割の期間に保険料の40%を、70%を超え85%までの契約は60%を資産計上し、85%を超える契約はさらに高い割合で資産計上します(出所 国税庁 法人税基本通達)。

2つ目は2021年(令和3年)の所得税基本通達36-37の改正です。法人から役員などへ保険契約を名義変更する際、解約返戻金が資産計上額の70%に満たない契約(上の法人税基本通達9-3-5の2の対象となる、2019年7月8日以後に契約した定期保険など)は、解約返戻金ではなく資産計上額で評価することになりました。2021年7月1日以後の名義変更に適用されています(出所 国税庁 所得税基本通達)。

2019年7月8日(解約返戻金のない短期払いの保険は2019年10月8日)を境に、契約日が前か後かで同じ種類の保険でも税務の扱いが異なります。手順1で契約日を確認しておく理由はここにあります(出所 国税庁 法人税基本通達)。具体的な経理処理と税額は、顧問税理士の判断を仰いでください。

3-4. 手順4 新社長の事業保障を設計する

前社長契約の出口が見えたら、空白になっている新社長の事業保障を設計します。考える順番は、まず会社が受け取る保険金の目的を決めることです。借入金の残高、月商の数か月分の運転資金、取引先への支払い、従業員の給与など、社長の不在時に必要な金額を積み上げます。

あわせて、遺族に支給する死亡退職金の原資も検討します。相続税法上、相続人が受け取る死亡退職金は「500万円×法定相続人の数」まで非課税とされています(出所 国税庁 タックスアンサー No.4117)。この枠を踏まえて支給額を設計すれば、会社の資金繰りと遺族の生活の両方を守りやすくなります。

ここで大切なのは、商品から選ばず、必要な金額と期間から逆算することです。保障額が決まれば、保険の種類や期間は自然に絞られます。

3-5. 手順5 税理士と連携し、決議と規程を整える

最後に、ここまでの判断を顧問税理士と共有し、経理処理を確定させます。前社長へ役員退職慰労金を支給する場合は、株主総会の決議と役員退職慰労金規程の整備が必要です。保険の見直し内容も議事録や社内文書に残しておくと、後年の税務調査や次の承継のときに経緯を説明できます。

税額の計算や申告は税理士の領域です。保険の点検は中小企業診断士とFPが行い、税務の最終判断は税理士が行う。この役割分担が、承継後の見直しを前に進める近道です。

要するに、棚卸し・目的の再定義・出口の比較・新社長の保障設計・税理士との連携という5つの手順を順に踏めば、承継後の法人保険は「守るための形」に組み直せます。

この記事では社長交代後の見直しに絞って解説しました。社長に万一のときに会社と家族を守る事業保障の全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

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4. 中小企業診断士とFPが一緒に見る法人保険の点検の価値

結論として、承継後の保険見直しは「売る人」ではなく「全体を設計する人」と進めるほうが、判断が早く正確になります。

4-1. 承継計画との整合性を先に見る

当社は事業承継を専門とし、法人保険の再設計も扱っています。保険を単品で評価するのではなく、株式の移転、役員退職慰労金、後継者の経営体制という承継計画の全体と照らして、保険が果たすべき役割を決めます。

保険代理店での10年間、1,100名のご相談に向き合ってきた経験から言えるのは、承継の文脈を外して保険だけを見直すと、数年後に別の空白が生まれるということです。

4-2. 「減らす見直し」ではなく「守る再設計」

見直しの目的は保険料を削ることではありません。削りすぎれば、万一のときに事業の継続や家族の生活に影響が出ます。過剰な契約と不足している契約を同じ表の上で可視化し、守るべきものを守れる形に組み直すのが点検の本質です。

4-3. 見直しで起こりやすい3つの注意点

  • 削りすぎによる事業保障の空白 社長交代の直後、前社長の契約を「もう役目は終わった」と先に解約し、新社長の契約は健康診断や引受審査で加入が数か月遅れる。この間に新社長に万一のことがあれば、会社が受け取れる保険金は1円もありません。順番は「新しい保障の確保が先、前社長契約の整理は後」です。
  • 重ね持ちによる資金繰りの圧迫 反対に、新社長の事業保障を新たに契約したうえで、前社長の契約も「解約すると損に見えるから」と全額そのまま続け、年間の保険料が交代前の2倍近くになる。交代後1〜2年は設備投資や退職金の支給が重なりやすく、保険料の重ね持ちが運転資金を細らせます。過剰と不足を同じ表で見て、減額・払済で調整します。
  • 税務の判断を保険担当者の提案資料だけで決める 社長交代の翌決算期、顧問税理士に伝える前に保険担当者の提案資料だけで前社長の契約を解約し、決算で想定外の益金が出て納税資金が足りなくなる。契約日によって資産計上のルールが異なるため、解約・減額・名義変更の前に、税理士に契約の一覧表を見せて経理処理の見積もりをもらいます。

要するに、承継計画と税務を束ねて保険を見られる相手と進めることが、承継後の見直しを安全に終わらせる条件です。

5. 事業承継後の法人保険 今週中にできる3つの一歩

結論として、最初の一歩は難しい判断ではなく、事実を集める作業です。次の3つなら、今週中に着手できます。

  1. 保険証券をすべて集める 法人契約の証券と直近の年次報告書を1か所に集め、被保険者が誰かを確認します。
  2. 手順1の一覧表を作る 契約者・被保険者・受取人・目的・保険金額・契約日・資産計上額の7項目を書き出します。
  3. 顧問税理士に一覧表を見せる日を決める 「見直したい」ではなく「この表を一緒に見てほしい」と依頼すると、話が具体的に進みます。

ここまでできれば、前社長契約の出口と新社長の保障設計は、専門家と一緒に短期間で組み立てられます。

要するに、今週は「集める・書く・見せる日を決める」の3つだけで十分です。

6. 事業承継後の法人保険 よくある質問

Q1. 社長交代後、前社長が被保険者の保険は新社長に切り替えられますか

被保険者は契約後に変更できません。新社長の保障が必要な場合は、新社長を被保険者とする契約を別に用意し、前社長の契約は継続・減額・払済・解約・名義変更のいずれかを選びます。

Q2. 前社長の契約を解約すると、税務上どうなりますか

解約返戻金と資産計上額の差額が益金または損金として処理されます。契約日や契約の種類によって資産計上額の計算が異なるため、具体的な処理は顧問税理士にご確認ください。

Q3. 法人保険の保険料はすべて損金になりますか

2019年7月8日以後に契約した定期保険・第三分野保険(解約返戻金のない短期払いのものは2019年10月8日以後)は、最高解約返戻率に応じて保険料の一部を資産計上する扱いになりました。「全額損金になる」と一般論で考えるのは危険で、契約ごとに国税庁の通達に沿った判断が必要です。

Q4. 死亡退職金の非課税枠はいくらですか

相続人が受け取る死亡退職金は、500万円に法定相続人の数を掛けた金額まで相続税が非課税とされています(出所 国税庁 タックスアンサー No.4117)。死亡保険金にも同様の非課税枠が別に設けられています(出所 国税庁 タックスアンサー No.4114)。

Q5. 相談すると保険を勧められますか

売り込みは一切ありません。承継計画との整合性を優先し、既存契約の役割の整理から始めます。契約の見直しが不要という結論になることもあります。

7. まとめ|守るための再設計から始める事業承継後の法人保険

この記事のまとめ
  • 生命保険の被保険者は変更できないため、社長交代後も契約は前社長を守る形のまま残る
  • 新社長の事業保障が空白になっていないかを、証券の棚卸しで確かめる
  • 見直しは、棚卸し・目的の再定義・出口の比較・新社長の保障設計・税理士との連携の5つの手順で進める
  • 2019年と2021年の通達改正により、契約日(2019年7月8日が境。解約返戻金のない短期払いの保険は2019年10月8日)と名義変更の評価ルールに注意が必要
  • 見直しは減らすためではなく、守るための再設計として行う

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本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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