創業から30年近く会社を率いてきた社長が、顧問税理士との打ち合わせで切り出す場面があります。

「そろそろ後継者に代表を譲りたい。役員退職金は、いくら準備すればよいのだろうか」。税理士が聞き返します。「役員退職慰労金規程は、整っていますか」。社長は首をかしげます。「規程と言われても、作った覚えがありません」。

法人保険の相談では、こうした「役員退職金を計画的に準備する方法を知りたい」というお話が少なくありません。

退職金の準備というと、原資の積み立てに目が向きがちです。ただ、規程と株主総会の決議が整っていないと、積み立てたお金を退職金として支払うときに手続きが止まったり、金額の根拠が説明できなくなったりします。

この記事では、役員退職金の準備として、規程と株主総会の決議を整える5つの方法を解説します。事業を続ける会社の経営者が対象です。

解説するのは、FP1級の資格を持つ筆者です。

結論

  • 役員退職金の準備は、規程を作る・決議の手順を決める・金額の根拠をそろえる・原資を準備する・退任の時期から逆算する、の5つの方法で進めます。
  • 取締役の退職慰労金は、定款に定めがなければ株主総会の決議で決まります。(出所:会社法第361条第1項)
  • 準備が足りなければ退任のときに支払えず、備えが重すぎれば保険料が資金繰りを圧迫します。税務の個別判断は税理士の領域です。

この記事で分かること

  • 規程と決議が整っていないと、役員退職金の支払いで困る3つの場面
  • 準備が先送りされる背景
  • 規程と株主総会決議を整える5つの方法
  • 備えが足りない場合と重すぎる場合の失敗の場面
  • 今週中にできる確認3ステップ
タップできる目次

1. 役員退職金の規程と決議が整っていないと困る3つの場面

困る場面は、決議・金額・時期の3つに分かれます。順に見ていきます。

1-1. 退任の時期になって、決議の手順が分からない

取締役の退職慰労金は、定款に定めがなければ、株主総会の決議で決めます。(出所:会社法第361条第1項)

たとえば、社長が代表を退くと決めたあとに、総務担当者が「誰が議案を作り、いつ総会を開くのか」を調べ始めたとします。株主が複数いる会社では、日程の調整だけで時間がかかります。

決議の手順が書かれていないと、退任の時期が迫ってから慌てることになります。

1-2. 金額の根拠を、顧問税理士に説明できない

役員への退職給与のうち、不相当に高額な部分は、会社の損金になりません。(出所:法人税法第34条第2項、同法施行令第70条第2号)

相当かどうかは、業務に従事した期間・退職の事情・同種で同規模の法人の支給状況などを踏まえて判断されます。

たとえば、社長が「長年の功労に報いたい」と考えて金額を決めたとします。算定の根拠が書かれていないと、後で顧問税理士が相当額かどうかを説明できません。

1-3. 決議の時期で、損金になる事業年度が変わる

役員の退職給与は、株主総会の決議などで金額が具体的に確定した日の属する事業年度の損金に算入するのが原則です。実際に支払った日の属する事業年度に損金経理をする方法もあります。(出所:国税庁、法人税基本通達9-2-28)

決議の時期がずれると、会社の利益や資金繰りの見通しも変わります。決算期の前後にまたがる場合は、顧問税理士と時期を確かめます。

要するに、規程と決議が整っていないと、手順・金額の根拠・時期の3つで困ります。

2. 経営者が役員退職金の準備を先送りしてしまう背景

先送りの背景は、「まだ先の話」「自分の退職金は決めにくい」「誰に聞けばよいか分からない」の3つです。

2-1. 自分の退職金は、社長自身が決めにくい

社長が自分の退職金の額を決めることには、気まずさがあります。従業員への説明や、株主である家族との調整も必要になります。

決めにくさから話が止まり、そのまま年数が過ぎる会社があります。

2-2. 保険・税務・会社法の担当が分かれている

分野 主な論点 主な担当
会社の手続き 役員退職慰労金規程・株主総会の議案と議事録 社長・総務・弁護士など
税務 金額の相当性・損金算入の時期 顧問税理士
原資の準備 積み立て・法人保険・資金繰り 経理担当者・保険担当者

それぞれの担当者は自分の分野を見ています。ただ、3つを並べて見る人がいないと、規程はあっても原資が足りない、原資はあっても決議の手順がない、といった抜けが出ます。

2-3. 「積み立てておけば足りる」と考えてしまう

原資を準備しておけば、退職金は支払えると考えがちです。

ただ、原資は支払える力であって、支払ってよい根拠ではありません。規程と決議が整って初めて、退職金として支払えます。

要するに、先送りの原因は意欲の低さではなく、決めにくさと、担当が分かれて全体を見る人がいないことにあります。

3. 役員退職金の規程と株主総会決議を整える5つの方法

整える方法は、規程・決議・金額・原資・時期の5つです。順に進めます。

3-1. 方法1:役員退職慰労金規程を作る

規程には、次の項目を書きます。

  • 支給の対象になる役員の範囲
  • 金額の算定の方法(最終報酬月額・在任年数・功績倍率などの考え方)
  • 支給の時期と方法
  • 死亡したときの扱いと、遺族の範囲
  • 規程を改定する手順

規程があると、金額の根拠が文書で残ります。功績倍率の具体的な倍率は、会社の業種や規模で異なるため、顧問税理士と決めます。

3-2. 方法2:株主総会の決議の手順を決める

取締役の退職慰労金は、株主総会の決議で決めます。(出所:会社法第361条第1項)監査役の退職慰労金も、定款に定めがなければ株主総会の決議で決めます。(出所:会社法第387条第1項)

決議の手順は、次の流れで書いておきます。

  1. 退任の意思が固まったら、取締役会で議案の内容を決める。
  2. 株主総会の招集の通知を出す。
  3. 総会で決議し、議事録を作る。
  4. 決議の内容にしたがって、退職金を支払う。

社長の相続で株主構成が変わる会社では、決議に必要な株主がそろうかどうかも確かめます。

3-3. 方法3:金額の根拠をそろえる

金額は、在任年数・最終報酬月額・功績倍率などの考え方を並べて決めます。退職の事情や同業の支給の状況も、顧問税理士と確かめます。(出所:法人税法施行令第70条第2号)

注意するのは、退任の直前に報酬を引き上げて、算定の基礎となる最終報酬月額を大きくする方法です。相当額を超える部分は、損金になりません。(出所:法人税法第34条第2項)

代表を退いても、会長や相談役として会社に残る場合があります。この場合に退職金として扱えるかどうかは、実質的に退職したと同様の事情があるかどうかで判断されます。(出所:国税庁、法人税基本通達9-2-32)

経営上主要な地位を占めている場合は、退職給与として扱えないことがあります。分掌変更の場合は、顧問税理士に事前に確認します。

3-4. 方法4:原資を準備する

原資には、会社の積立金・毎期の利益の蓄積・法人保険などがあります。どれを使うかは、退任までの年数と資金繰りで決めます。

法人保険を使う場合、保険料の損金算入は2019年(令和元年)の通達改正後のルールで扱います。最高解約返戻率が50%を超える定期保険・第三分野保険では、保険料の一部が資産計上になる区分があります。2019年7月8日以後に契約した保険が対象で、終身保険などは別の取扱いです。(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)

契約ごとの区分は、証券と契約日で確認します。個別の経理処理は税理士の領域です。

原資の準備方法 向く場面 確かめること
会社の積立金・利益の蓄積 利益が安定している会社 退任の年に利益が落ちても払えるか
法人保険 万一のときの備えと退職金の準備を併せたい会社 保険料の負担と、税務上の区分
金融機関からの借入 一時的に資金が不足する会社 返済の予定と、連帯保証の扱い

3-5. 方法5:退任の時期から逆算する

退任の予定から逆算して、規程の整備・原資の準備・決議の時期を、年表にして書きます。

書いておくと、「いつまでに規程を整え、いつから原資を積み立て、いつ総会を開くか」が見えます。年表は、決算ごとに見直します。

要するに、規程・決議・金額・原資・時期の5つを順に整えると、積み立てたお金を退職金として支払える状態になります。

この記事では要点に絞って解説しました。制度の全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

【まるっと解説】勇退退職金の準備|社長のセカンドライフ5つの手順

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4. FP1級が見る役員退職金の準備の注意点と専門家の役割

現場の失敗は、備えが足りない場合と、備えが重すぎる場合の2つに分かれます。

4-1. 備えが足りない場合の失敗の場面

1つ目は、規程が無いまま退任の時期を迎えた場面です。社長が来期に代表を退くと決めたあとで、総務担当者が規程が無いことに気づきます。総会の日程が決まらず、予定していた支払いの月に間に合いません。

2つ目は、原資が足りない場面です。社長が退任の年になって、経理担当者に退職金の額を伝えます。会社の現預金だけでは足りず、金融機関への相談が必要になります。退任の直前まで積み立てを始めず、年数をかけて原資を分けて準備しなかったことが原因です。

3つ目は、決議の手続きが漏れていた場面です。社長が株主を兼ねる親族と口頭で話しただけで、議事録を作りませんでした。数年後の税務調査で、決議の事実を示す資料が無く、顧問税理士が説明に苦労します。

4-2. 備えが重すぎる場合の失敗の場面

1つ目は、保険料が重くなった場面です。社長が退職金の準備を急ぎ、保険料の高い契約を重ねます。経理担当者が毎月の支払いを見て、資金繰りの圧迫に気づくころには、運転資金や設備の投資に回すお金が減っています。

2つ目は、金額を大きくしすぎた場面です。社長が「功労に報いたい」と考えて、同業の水準を調べずに額を決めます。相当額を超えた部分は損金にならず、顧問税理士が会社の税負担の増加を指摘します。

3つ目は、税負担の軽減を目的に準備した場面です。社長が決算期前に勧められるまま保険に入り、数年後に経理担当者が、退職金の準備という目的と合っていないと気づきます。この記事は、税負担の軽減を目的に加入を勧めるものではありません。

4-3. 専門家の役割分担

専門家 得意な分野
顧問税理士 金額の相当性・損金算入の時期・申告・経理処理の確定
弁護士・司法書士など 規程の文案・株主総会の手続き・議事録
保険担当者 契約内容の確認・保険金額の設計
FP1級 規程・決議・金額・原資・保険料を並べた全体の点検

FP1級の立場では、特定の商品を勧めず、規程・決議・金額・原資・保険料の負担を1枚に並べて確認します。税務の個別判断・申告・経理処理の確定は、税理士の領域です。

点検では、次の4つの問いを順に確かめます。

  • 規程:役員退職慰労金規程があり、死亡時の扱いまで書いてあるか。
  • 決議:決議の手順と、議事録の作り方が決まっているか。
  • 原資:退任の年に支払える原資が、年表の上で見えているか。
  • 保険料:準備のための保険料が、平時の資金繰りを圧迫していないか。

要するに、備えの足りなさと重さの両方を、規程・決議・原資・保険料の4つの問いで点検します。

5. 今週中にできる役員退職金の点検3ステップ

難しい計算は要りません。次の3つを、今週のうちに進めます。

  1. 規程を探す:役員退職慰労金規程があるか、最後に改定したのはいつかを確かめます。
  2. 退任の予定を書く:誰が、いつごろ退任するかを、暫定でよいので書き出します。
  3. 原資を並べる:積立金・加入中の法人保険・借入の余地を、1枚に書きます。

規程を探すと、備えが足りているかどうかが分かります。退任の予定を書くと、逆算の起点ができます。

3つのステップのあとは、次の流れで進めます。

  • 金額の相当性と損金算入の時期を、顧問税理士に確認します。
  • 規程の文案と決議の手順を、社長・総務・弁護士などで決めます。
  • 保険料の負担が目的に合っているかを、保険担当者と点検します。

要するに、規程を探し、退任の予定を書き、原資を並べる3つが、役員退職金の準備の入口です。

6. よくある質問

Q1. 役員退職金を計画的に準備するには、何から始めればよいですか。

役員退職慰労金規程があるかを確かめることから始めます。そのうえで、退任の予定から逆算して、決議の時期・金額・原資を年表にします。

Q2. 役員の退職金は、誰がどのように決めますか。

取締役の退職慰労金は、定款に定めがなければ株主総会の決議で決めます。(出所:会社法第361条第1項)監査役は、同じく定款に定めがなければ株主総会の決議で決めます。(出所:会社法第387条第1項)

Q3. 役員退職金は、どれだけでも会社の損金になりますか。

不相当に高額な部分は、損金になりません。(出所:法人税法第34条第2項)相当かどうかは、業務に従事した期間・退職の事情・同業の支給の状況などで判断されるため、顧問税理士に確認してください。

Q4. 損金になるのは、決議した年と支払った年のどちらですか。

原則は、株主総会の決議などで金額が確定した日の属する事業年度です。実際に支払った事業年度に損金経理をする方法もあります。(出所:国税庁、法人税基本通達9-2-28)時期は、決算と合わせて顧問税理士に確認します。

Q5. 代表を退いて会長になる場合も、退職金を支払えますか。

実質的に退職したと同様の事情がある場合に、退職給与として扱える可能性があります。(出所:国税庁、法人税基本通達9-2-32)経営上主要な地位を占めている場合は扱えないことがあるため、事前に顧問税理士へ確認します。

Q6. 法人保険で準備すると、保険料は全額が損金になりますか。

契約によって異なります。2019年(令和元年)の通達改正後は、最高解約返戻率が50%を超える定期保険・第三分野保険で、保険料の一部が資産計上になる区分があります。(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)個別の経理処理は、顧問税理士に確認してください。

Q7. 役員退職金をまとめて支払うと、資金繰りが苦しくなりませんか。

退任の年に支払う額が大きいほど、資金繰りへの影響も大きくなります。退任までの年数で原資を分けて準備し、支払いの時期と運転資金の見通しを、年表で確かめます。

7. まとめ

この記事のまとめ
  • 役員退職金の準備は、規程・決議・金額・原資・時期の5つの方法で整えます。
  • 取締役の退職慰労金は、定款に定めがなければ株主総会の決議で決まります。
  • 準備が足りなければ退任のときに支払えず、備えが重すぎれば保険料が資金繰りを圧迫します。
  • 税務の個別判断・申告・経理処理の確定は、顧問税理士の領域です。

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。規程と原資を並べて、備えの足りない点と重すぎる点を一緒に整理します。

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本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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