長く勤めた従業員が退職の挨拶に来たとき、社長が「感謝の気持ちとして、いくらか包もう」と考える。温かい場面ですが、その金額の根拠を、あとから聞かれて答えられない会社があります。

数年後、別の従業員が退職するとき、「あの人にはいくら出したのですか」と尋ねられる。経理担当者の手元には、決まった計算式も、書いた規程もありません。

退職金の規程は、従業員への約束を書いた文書です。なければ、社長の記憶と気持ちが基準になり、会社と従業員の双方が不安定な立場に置かれます。

この記事では、従業員退職金規程をまだ整えていない会社が、規程に盛り込む5つのチェック項目を解説します。解説するのは、保険代理店で1,100名以上のご相談を受けてきたFP1級の筆者です。

結論

  • 退職金制度を設けるなら、就業規則への記載が必要です。規程は、人材の確保と定着を考えるうえでの材料にもなります。
  • 規程には、対象者・支給の条件・計算方法・支払いの時期と方法・見直しの手続きの5項目を定めます。
  • 規程で定めた退職金を後から減らすのは不利益変更にあたるため、最初の水準は慎重に決めます。個別の労務判断は社会保険労務士・弁護士の領域です。

この記事で分かること

  • 規程がないことで起きやすい3つの場面
  • 規程の整備が後回しになる理由
  • 規程に入れる5つのチェック項目と、手順
  • 書きすぎ・書かなさすぎの失敗場面

1. 退職金規程がない会社で起きやすい3つの場面

規程がないと、退職の相談・従業員同士の比較・採用の説明の3つの場面で、社長が説明に困ります。

1-1. 退職を申し出られた場面

従業員が退職を申し出たとき、最初に出る質問は「退職金はどうなりますか」です。

たとえば、社長が「状況を見て決める」と答えたとします。従業員は、次の仕事を決めるための見通しが立たず、不信感を持ったまま退職日を迎えます。

1-2. 従業員同士が比べる場面

退職金の金額は、従業員の間で自然と話題になります。

たとえば、同じ勤続年数なのに、退職した二人で受け取った額が違っていたとします。理由を説明する基準がないため、職場の信頼が揺らぎます。

1-3. 採用の説明の場面

採用面接で福利厚生を尋ねられたとき、規程があれば、仕組みを具体的に説明できます。

たとえば、規程のない会社の社長が「長く勤めてくれたら考えます」と答えたとします。応募者にとっては、約束とは受け取れません。規程があれば、人材を確保し、定着してもらうための材料になります。

要するに、規程がないと、退職・比較・採用のどの場面でも、社長の説明が曖昧になります。

2. 退職金規程の整備が後回しになる理由

後回しになる理由は、書くと約束になる怖さと、書き方が分からないことの2つです。

2-1. 書くと約束になってしまう

規程に書けば、会社はその内容を守る立場になります。この責任の重さが、社長の手を止めます。

この怖さは、まっとうな感覚です。ただ、規程がなくても、慣行として毎回同じ額を払っていれば、実質的な約束と受け取られることがあります。書かないほうが安全とは限りません。

2-2. 何をどこまで書くか分からない

規程のひな形は様々で、自社に合うかどうかの判断が難しいと感じる社長は多くいます。

結局、他の仕事に押されて手がつかないまま、時間が経ちます。次の章で、書く内容を5つに絞って示します。

要するに、約束の重さへの不安と、書き方の分からなさが、整備を後回しにします。

3. 従業員退職金規程に入れる5つのチェック項目

規程に入れる項目は、対象者・支給の条件・計算方法・支払いの時期と方法・見直しの手続きの5つです。

退職金制度を設けるなら、就業規則に記載する必要があります。(出所:労働基準法第89条第3号の2)規程は、就業規則の一部として定めるか、別の規程として作成して就業規則に位置づけます。

項目 決めること 迷いやすい点
1. 対象者 正社員だけか、パートなど他の雇用形態も含めるか 雇用形態で線を引く理由を説明できるか
2. 支給の条件 勤続年数の下限、退職の理由による違い 自己都合と会社都合の差をどうつけるか
3. 計算方法 勤続年数や役職などをどう反映するか 財源の見込みと合っているか
4. 支払いの時期と方法 退職後いつ、どの形で払うか 外部の制度から払う場合の整合
5. 見直しの手続き 改定するときの手順、従業員への説明 不利益変更にあたる場合の手続き

3-1. チェック項目1|対象者を決める

誰が退職金を受け取れるのかを、規程に明記します。

雇用形態によって扱いを分ける場合は、その理由が説明できるかを確かめます。同じ働き方でも扱いが違うと、不満の原因になります。個別の判断は、社会保険労務士に相談します。

3-2. チェック項目2|支給の条件を決める

勤続年数の下限や、退職の理由による扱いの違いを定めます。

たとえば、自己都合で退職する場合と、会社の都合で退職する場合とで、支給の水準を変えるかどうかを決めます。変える場合は、その差を規程で明確にしておきます。

3-3. チェック項目3|計算方法を決める

勤続年数に応じて増える仕組みにするのか、役職や等級も反映するのかを決めます。

計算方法を決める前に、財源の見込みを確かめます。払えない約束は規程に書かないことが、会社と従業員の双方を守ります。

3-4. チェック項目4|支払いの時期と方法を決める

退職してから何日以内に支払うのか、一括なのか分割なのかを定めます。

国の制度である中小企業退職金共済制度(中退共)を利用する場合は、退職金は従業員に直接支払われます。(出所:独立行政法人勤労者退職金共済機構・中小企業退職金共済事業本部)規程の内容と、外部の制度から支払われる内容がずれないように整えます。

3-5. チェック項目5|見直しの手続きを決める

将来、規程を改定するときの手順を、最初から考えておきます。

ここで押さえたいのは、規程で定めた退職金を引き下げることは、労働条件の不利益変更にあたるという点です。原則として労働者の同意が必要で、就業規則の変更による場合は、変更の合理性が求められます。(出所:労働契約法第8条、第9条、第10条)

つまり、見直しの手続きがあるからといって、水準を自由に下げられるわけではありません。最初の水準を慎重に決めることが、いちばんの備えです。具体的な手続きの判断は、社会保険労務士・弁護士に相談します。

3-6. 規程をつくる進め方

  1. 現状の確認:これまで払った退職金の記録と、従業員の勤続年数を一覧にします。
  2. 財源の確認:払える水準を、決算書の数字と並べて確かめます。
  3. 案の作成:5項目を埋めた案を、社会保険労務士と相談しながら作ります。
  4. 従業員への説明:就業規則として周知し、質問に答えられるようにします。

この記事では要点に絞って解説しました。全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

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要するに、5つの項目を埋めて就業規則に位置づけ、最初の水準を慎重に決めることが規程づくりの核です。

4. 退職金規程の整備で起きやすい失敗

失敗は、書かなさすぎる場面と、書きすぎる場面で対になります。

4-1. 書かなさすぎる場面

  • 規程を作らず、慣行で払い続ける:たとえば、社長が毎回、その場の判断で金額を決めてきたとします。前例が積み重なり、次の退職者に同じ水準を求められると、断る根拠がありません。
  • 就業規則に記載せず、別のメモで済ませる:たとえば、経理担当者が計算式を自分のメモに残しているだけだったとします。担当が変わると、基準そのものが失われます。
  • 外部の制度に入っただけで規程を作らない:たとえば、社長が中退共に加入したことで、規程は不要だと考えたとします。会社としての支給の考え方が文書にないため、従業員の質問に答えにくくなります。

4-2. 書きすぎる場面

  • 採用に有利なよう、高い水準を書く:たとえば、社長が他社に負けないよう、高い計算方法を規程に書いたとします。業績が下がっても、簡単には下げられません。
  • 細かい条件を盛り込みすぎる:たとえば、社長がひな形の条項をすべて取り入れたとします。実際の運用と合わず、経理担当者が判断に迷います。

規程は、会社の体力に合った水準で、運用できる項目に絞って作ります。ここでも、毎年の決算の時期に見直しの要否を確かめます。

要するに、書かなければ慣行が約束に変わり、書きすぎれば重い約束が残ります。

5. 今週できる退職金規程の確認チェックリスト

今週のうちに、次の項目を確かめます。

  • 就業規則を取り出し、退職金に関する記載があるか確かめたか
  • これまで払った退職金の金額と、その計算の根拠を書き出したか
  • 対象者・支給の条件・計算方法・支払い・見直しの5項目の案を、書き出したか
  • 案の水準が、決算書の数字から見て無理のないものか確かめたか
  • 社会保険労務士に相談する日を決めたか

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6. よくある質問

Q1. 退職金規程は、作らなければいけませんか。

退職金制度を設けるかどうかは会社が決めます。ただ、設けるなら就業規則への記載事項になります。(出所:労働基準法第89条第3号の2)

Q2. 規程に書かず、毎回その場で金額を決めてもよいですか。

決めることはできますが、前例が基準のように扱われ、後で説明に困る場合があります。人材の確保と定着の面でも、規程があるほうが従業員に伝わりやすくなります。

Q3. 規程を作ったあとで、退職金を減らすことはできますか。

退職金の引下げは労働条件の不利益変更にあたり、原則として労働者の同意が必要です。同意がない場合は、就業規則の変更の合理性が問われます。(出所:労働契約法第8条、第9条、第10条)個別の判断は、社会保険労務士・弁護士に相談してください。

Q4. パートや契約社員も、対象に含める必要がありますか。

含めるかどうかは、会社が規程で決めます。ただ、扱いを分けるなら、その理由を説明できるようにしておきます。個別の判断は社会保険労務士に相談してください。

Q5. 中退共に入っていれば、規程は要りませんか。

中退共は、退職金が従業員に直接支払われる国の制度です。(出所:独立行政法人勤労者退職金共済機構・中小企業退職金共済事業本部)ただ、対象者や支給の考え方を会社として定める規程は、別に整えておくほうが安定します。

Q6. 規程の作成は、どの専門家に相談すればよいですか。

労務の面は社会保険労務士・弁護士、税務の面は税理士、財源の見通しはFPが相談先になります。役割に応じて、窓口を分けて確認します。

7. まとめ

この記事のまとめ
  • 退職金制度を設けるなら、就業規則への記載が必要です(出所:労働基準法第89条第3号の2)。規程は、人材の確保と定着を考えるうえでの材料になります。
  • 規程の5項目は、対象者・支給の条件・計算方法・支払いの時期と方法・見直しの手続きです。
  • 規程で定めた退職金の引下げは不利益変更にあたり、原則として同意が必要です(出所:労働契約法第8条、第9条、第10条)。個別の労務判断は社会保険労務士・弁護士へ。
  • 書かなさすぎても、書きすぎても経営に響きます。毎年見直します。

社長が守っているのは、ご家族だけではありません。毎日一緒に働く従業員と、そのご家族の暮らしも、社長の肩にかかっています。筆者はそう考えて、必要なものを、必要な分だけ整える相談を心がけています。

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。規程の案と財源の見通しを、並べて一緒に確かめます。

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筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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