金融機関の担当者が、決算のあとに社長室を訪ねてきた場面を思い浮かべてください。

「社長の万一への備えは、どうなっていますか」と聞かれ、社長は「保険に入っているから大丈夫です」と答えます。ところが、会社の売上の半分近くを支えているのは、取引先との関係を握る専務です。専務に万一があっても、会社に入る保険金はありません。

法人保険の相談では、被保険者が社長1人だけの契約が、長く見直されないまま残っていることが少なくありません。社長を守る備えはあっても、会社を支えている他の人に何かあったときの備えは、手つかずのままです。

この記事は、法人保険の被保険者を誰にするかで迷っている経営者に向けて、決め方を整理します。解説するのは、保険代理店で1,100名以上のご相談を受けてきたFP1級の筆者です。

被保険者を増やすことが目的ではありません。会社に必要な備えを、必要な人に、必要な分だけ置く考え方をお伝えします。筆者がこの仕事で大切にしているのは、守りたい人のお話を先に伺うことです。

結論

  • 法人保険の被保険者は、社長だけとは限りません。会社の売上、取引先との関係、資金繰りを支えている人が欠けたときの損失で、備えが必要な人を決めます。
  • 決める軸は4つです。欠けたときの損失の大きさ、代わりの人の見つけやすさ、会社が負う支払い、本人の同意と健康状態の4つを、この順に確かめます。
  • 被保険者を絞りすぎると保障の空白が生まれ、増やしすぎると保険料が資金繰りを圧迫します。税務の個別判断は税理士の領域です。

この記事で分かること

  • 被保険者が社長だけの法人保険で生まれる3つのすき間
  • 経営者が被保険者を社長のままにしてしまう背景
  • 被保険者を決める4つの判断軸と、契約者・受取人との関係
  • 被保険者の棚卸しを今週できる3ステップ
  • 絞りすぎと増やしすぎの両方で起きる失敗の場面
タップできる目次

1. 法人保険の被保険者を社長だけにした会社に生まれる3つのすき間

被保険者が社長1人の契約には、大きく3つのすき間があります。1つ目は社長以外の人が欠けた場合、2つ目は社長が交代した場合、3つ目は被保険者が会社を離れた場合です。

1-1. 社長以外の人が欠けたときに、会社に入る資金がない

法人保険では、会社が契約者になり、役員や従業員が被保険者になります。被保険者が亡くなったときに、保険金を受け取るのは通常は会社です。

つまり、被保険者でない人に万一があっても、会社に保険金は入りません。社長を支える専務や営業責任者、製造の要となる技術者が欠けても、穴を埋める資金は自力で用意することになります。

売上や仕入れが特定の人の信用に結び付いている会社ほど、この影響は大きくなります。社長以外の人に万一があったときの影響は、損益計算書の数字では見えにくいのが実情です。

1-2. 社長が交代しても、被保険者が前社長のまま残る

代替わりをしたのに、被保険者が前社長のまま契約が続いている場合があります。前社長が会長に退いた後も、新社長は被保険者になっていないという形です。

この状態では、いまの会社を動かしている新社長に万一があっても、保険金は会社に入りません。社長交代後の契約の扱いは、社長交代後の法人保険の見直しでも整理しています。

契約を結んだときの社長と、いま会社を動かしている人が違うと、保障の対象がずれます。被保険者は、契約した日ではなく、いまの会社の状況で見直します。

1-3. 被保険者が会社を離れても、保険料を払い続けている

被保険者として設定していた役員や従業員が退職・退任した後も、契約が残っていることがあります。会社は、会社を離れた人の万一のために、保険料を払い続けているかもしれません。

契約を続けるのか、解約するのか、個人へ契約を移すのかによって、保障と税務の扱いが変わります。個人へ移す場合は、課税関係が生じることがあるため、事前に顧問税理士へ確認します。

要するに、被保険者が社長1人の契約には、他の人が欠けた場合、社長が交代した場合、被保険者が会社を離れた場合の3つのすき間があります。

2. 経営者が法人保険の被保険者を社長のままにしてしまう背景

被保険者を見直さない背景には、経営者の心理と、仕組みの見えにくさの両方があります。代表的なものを3つ挙げます。

2-1. 「社長がいちばん大事」という前提で加入した

創業期や成長期は、社長1人が営業も資金調達も担っていることが多く、社長の万一が会社の万一でした。その時期に加入した契約は、被保険者が社長1人で当然です。

ところが、会社が大きくなると、専務や営業部長が取引先との窓口を持ち、社長の役割は変わっていきます。契約の中身だけが、加入した当時のまま止まります。

2-2. 他の役員に保険をかけにくい

社長以外の人を被保険者にするには、本人の同意が必要です。契約者以外の人を被保険者とする死亡保険契約は、被保険者の同意がなければ効力を生じません。(出所:保険法第38条)

「万一のときの話」を役員や従業員に切り出しにくく、そのまま話題にしないまま年月が過ぎる会社は多い傾向があります。

2-3. 保険料が増える不安がある

被保険者を増やせば、保険料の総額も増える可能性があります。すでに保険料が重いと感じている会社ほど、被保険者を増やす話は後回しになります。

ただ、被保険者を増やすことだけが答えではありません。社長の保障額を見直して、その分を他の人へ振り分ける設計もあります。大切なのは、会社に必要な備えの総額を先に決めることです。

要するに、被保険者が社長のままなのは、加入当時の前提が残っているためです。話題にしにくさと保険料の不安が、見直しを遠ざけます。

3. 法人保険の被保険者を決める4つの判断軸

被保険者は、次の4つの判断軸を順に確かめて決めます。商品を選ぶ前に、人と目的を決める順番です。

3-1. 判断軸1:その人が欠けたときの損失の大きさ

最初に確かめるのは、その人が欠けたときに、会社が失うものです。売上の減り方、取引先との関係、代わりの人を探す費用などを書き出します。

書き出す対象は、社長に限りません。専務、営業責任者、技術の中心になっている人、金融機関との窓口になっている人を候補にします。

3-2. 判断軸2:代わりの人の見つけやすさ

同じ役割を担える人を、社内外から見つけるまでにどれくらいかかるかを考えます。短期間で代われる役割なら、備えの優先順位は下がります。

反対に、特定の人の人脈や資格に頼っている役割は、代わりを見つけるのに時間がかかります。その間の売上の落ち込みを、会社が自力で耐えられるかを確かめます。

3-3. 判断軸3:欠けたときに会社が負う支払い

借入金の返済、社長や役員への退職金、仕入れ先への支払いなど、その人が欠けても会社に残る支払いを確認します。

社長が連帯保証人になっている借入金が多い会社では、社長の保障が優先されます。借入金と連帯保証の考え方は借入金と連帯保証から家族を守る事業保障で詳しく整理しています。

3-4. 判断軸4:本人の同意と、加入できる健康状態

被保険者になるには、本人の同意が必要です。(出所:保険法第38条)加えて、保険会社への健康状態の告知も求められます。

告知は、事実をそのまま伝えるものです。(出所:保険法第37条)通院中の方や持病のある方は、条件が付いたり、加入できなかったりする場合があります。加入の可否は契約ごとに異なるため、事前の確認が欠かせません。

判断軸 確かめること 被保険者に向く人の例
損失の大きさ 売上・取引先・採用費への影響 社長、専務、営業責任者
代わりの見つけやすさ 後任が育つまでの期間 技術の中心、資格が必要な役割
会社が負う支払い 借入金、退職金、仕入れ先への支払い 連帯保証をしている社長
同意と健康状態 本人の同意、告知で加入できるか 加入を希望し、条件が合う人

被保険者を決めたら、契約者と受取人も確かめます。会社が契約者で受取人も会社なら、保険金は会社に入ります。受取人が役員個人になると、給与として扱われる場合があります。受取人の扱いは、法人保険の受取人が役員個人だと給与扱いかで解説しています。

保険料の経理処理は、契約の種類で変わります。2019年(令和元年)7月8日以後の契約で、保険期間が3年以上の定期保険・第三分野保険のうち、最高解約返戻率が50%を超えるものは、区分に応じて保険料の一部を資産に計上します。(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)終身保険など他の種類は別の扱いです。解約返戻金相当額のない短期払いの定期保険・第三分野保険だけは、2019年10月8日以後の契約が対象です。個別の処理は、顧問税理士に確認します。

要するに、被保険者は、損失の大きさ、代わりの見つけやすさ、会社が負う支払い、同意と健康状態の4つの判断軸の順に決めます。

この記事では要点に絞って解説しました。制度の全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

【まるっと解説】社長が売上を支える会社の事業保障 5つの備え

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4. FP1級が見る被保険者の点検項目

専門家と一緒に点検する価値は、人の役割と、お金と、税務を同じ机で見られることです。経営者が一人で見ると、どれかが抜けやすくなります。

4-1. 契約書類で確かめる4つの項目

  • 契約者、被保険者、受取人が、いまの会社の状況に合っているか
  • 被保険者が、まだ会社に在籍している役員・従業員か
  • 保険金額が、その人が欠けたときの損失や支払いと釣り合っているか
  • 被保険者ごとの保険料と払込期間を、会社が把握しているか

この4つを、契約ごとに書き出します。契約が複数あるときは、被保険者ごとに保険金額の合計も出しておきます。

4-2. 経営者・税理士・保険担当者の役割

立場 主に見ること
経営者 誰が会社を支えているか。備えにいくら払えるか。最終の判断
顧問税理士 保険料の損金・資産計上、保険金受取時の処理など税務の個別判断
保険担当者・FP 契約内容、被保険者を変える手続き、保障の空白の有無

税務の個別判断、申告、経理処理の確定は、税理士の領域です。被保険者を追加したり変えたりするときの手続きは、保険担当者が契約内容に沿って整理します。

4-3. 筆者が大切にしていること

筆者は、社長が守るものは家族だけではなく、従業員とそのご家族だと考えています。社長に万一があった日も、役員が会社を離れる日も、会社が続くかどうかはその後の資金で左右されます。

そのため、増やす話も減らす話も、誰を守りたいのかを伺ってから始めます。被保険者を増やさないほうが合う会社には、正直にそうお伝えします。

要するに、点検は、契約書類の確認、三者の役割分担、守りたい人の確認の3つで進めます。

5. 今週できる被保険者の棚卸し3ステップと、決めるときの失敗

今週できる一歩は3つです。どれも、契約を変えずにできます。あわせて、決めるときに起きやすい失敗を3つの場面で整理します。

5-1. 今週中にできる3ステップ

  1. 保険証券を集めて、契約者・被保険者・受取人・保険金額を1枚の表にする
  2. 役員と主な従業員のうち、欠けると売上や取引に影響が出る人を3人まで書き出す
  3. 表と書き出した人を見比べて、備えのない人と、会社を離れた被保険者に印を付ける

この3つで、備えが社長に偏っていないか、会社を離れた人の契約が残っていないかが見えてきます。契約を変えるかどうかは、その後で決めます。

5-2. 被保険者を絞りすぎて起きる失敗の場面

たとえば、社長が「保険料を抑えたい」と考え、役員の契約を解約して、自分の契約だけを残したとします。

その後、取引先との窓口だった専務が急に入院し、長期間の療養に入ります。取引先からの発注が減り、社長が代わりに窓口に立っても、関係を引き継げずに売上が落ちます。会社に入る資金はなく、運転資金を銀行から借り入れることになります。

保険料を抑えるために被保険者を絞ると、社長以外が欠けたときの備えがなくなります。解約する前に、その人が欠けたときの損失を書き出します。

5-3. 被保険者を増やしすぎて起きる失敗の場面

たとえば、社長が「役員全員に保険をかけておけば安心だ」と考え、被保険者を一度に増やしたとします。

数年後、経理担当者が資金繰り表を作ると、保険料の合計が借入金の返済に次ぐ固定費になっています。売上が落ちた年に、社長が契約者貸付で資金をつなぐ場合を考えます。貸付の残高と利息が解約返戻金を超えると、契約が失効して保障を失います。

被保険者を増やしすぎると、保険料が固定費として積み上がります。増やす前に、経理担当者が保険料の総額を資金繰り表へ重ねて払える範囲を社長に報告し、社長は金額の抑え方や契約の組み替えを保険担当者に相談します。

5-4. 同意と告知を後回しにして起きる失敗の場面

たとえば、社長が営業責任者を被保険者にする計画を立て、本人に話さないまま保険会社へ提出する書類の準備を進めたとします。

本人の同意がなければ、契約は効力を生じません。(出所:保険法第38条)さらに、告知の段階で持病が分かれば、条件付きになったり、加入できなかったりします。計画に合わせて人事の話が進んでいるときには、手戻りが大きくなります。

被保険者になる人の同意がないまま進めると、契約は効力を生じず、予定した人事の時期に間に合いません。健康状態によっては計画どおりに進まない場合があることも、先に社長と共有しておきます。

要するに、絞りすぎれば保障の空白が、増やしすぎれば資金繰りの圧迫が生まれます。同意と告知を先に確かめて、人ごとに決めます。

6. 法人保険の被保険者のよくある質問

Q1. 法人保険の被保険者は、社長だけでもよいですか。

社長だけでよいかどうかは、会社の状況で変わります。社長が売上と信用を一手に担う会社なら、社長を優先する考え方が合います。専務や営業責任者が取引先との関係を握っている会社では、その人が欠けたときの損失も確かめます。

Q2. 役員や従業員を被保険者にするのに、本人の同意は必要ですか。

必要です。契約者以外の人を被保険者とする死亡保険契約は、被保険者の同意がなければ効力を生じません。(出所:保険法第38条)申し込みの前に、本人へ目的を説明して同意を得ます。

Q3. 持病があると、被保険者になれませんか。

持病があっても、条件付きで加入できる場合があります。ただ、加入できない場合もあります。告知は、事実をそのまま伝えるものです。(出所:保険法第37条)結果は契約ごとに異なり、可否は、申し込みの段階で保険会社の審査で決まります。

Q4. 被保険者が退職したら、契約はどうなりますか。

契約は自動では終わりません。続ける、解約する、個人へ契約を移すなどの選択肢があります。個人へ移す場合は課税関係が生じることがあるため、事前に顧問税理士へ確認します。解約すれば、その人への備えはなくなります。

Q5. 被保険者を変えるときの税務は、どうなりますか。

保険料の損金算入や資産計上は、契約の種類と内容で変わります。2019年(令和元年)7月8日以後の契約で、保険期間が3年以上の定期保険・第三分野保険のうち、最高解約返戻率が50%を超えるものは、区分に応じて保険料の一部を資産に計上します。(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)個別の判断は、税理士の領域です。

Q6. 被保険者を増やすと、保険料はどれくらい増えますか。

保険料は、年齢、保険期間、保険金額、契約の種類で変わるため、一概には言えません。被保険者を増やす前に、現在の保険料の総額を資金繰り表へ重ねて、払える範囲を確かめます。社長の保険金額を見直して、その分を他の人へ振り分ける方法もあります。

Q7. 受取人は誰にすればよいですか。

事業保障が目的なら、受取人は会社にするのが一般的です。受取人を役員個人にすると、給与として扱われる場合があります。ご遺族への支払いを意図するなら、死亡退職金の規程を整える方法もあります。扱いは税理士に確認します。

7. まとめ|被保険者は、会社を支える人から決める

この記事のまとめ
  • 被保険者が社長1人の契約には、他の人が欠けた場合、社長が交代した場合、被保険者が会社を離れた場合の3つのすき間があります。
  • 被保険者は、損失の大きさ、代わりの見つけやすさ、会社が負う支払い、同意と健康状態の4つの判断軸の順に決めます。
  • 絞りすぎれば保障の空白、増やしすぎれば固定費の積み上がりが起きます。本人の同意は申し込みの前に得ます。
  • 税務の個別判断は税理士の領域です。経営者・税理士・保険担当者の三者で全体を見ます。

筆者は、保険は会社と大切な人を守る道具のひとつだと考えています。必要なものを、必要な分だけ。そのために、会社を支えている人のお話を先に伺います。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

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本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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