社員が病気で長く休むことになったとき、社長と経理担当者が給与をどうするかで手が止まる場面を思い浮かべてください。

たとえば、現場を任せている従業員が入院し、復帰の時期が見えないとします。社長は、本人と家族のことを思って「給与は今までどおり出す」と口にします。ところが、経理担当者が給与の一覧を開くと、休職中の給与の定めが就業規則に見当たりません。社会保険料の本人負担分を、休職中にどう集めるかも決まっていないと気づきます。社長の善意が、決まりのないまま先に走ってしまうかもしれません。

この記事では、従業員が長期で入院や療養をするときに、会社が福利厚生として何を備えておくかを整理します。公的な制度を土台にして、会社の決まり、そして必要なら保険の順に考えます。解説するのは、保険代理店で1,100名以上のご相談を受けてきたFP1級の筆者です。

保険への加入をお勧めする記事ではありません。公的な制度で足りる部分と、会社が決めておく部分と、保険を検討する部分を分けて点検するための記事です。

結論

  • 従業員が長期入院したときの福利厚生で、備えるものは3つです。公的な給付を土台に確かめること、休職中の給与と社会保険料の決まりを就業規則に書くこと、足りない部分だけ保険で補うかを検討することです。
  • 健康保険の傷病手当金は、標準報酬月額の平均を30で割った額の3分の2が目安で、通算1年6か月が上限です(出所:全国健康保険協会)。業務上の病気やケガは労災保険の給付で、制度が異なります。
  • 決まりがないと給与の約束が先走り、備えすぎれば保険料が負担になります。税務の個別判断は税理士の領域です。

この記事で分かること

  • 従業員が長期入院したとき、会社が備える3つのポイント
  • 備えが後回しになる背景
  • 傷病手当金・労災保険・会社の上乗せ・団体の保険の役割分担
  • 今週できる休職規程の点検3ステップ
  • 決めすぎと決めなさすぎで起きる4つの失敗の場面
タップできる目次

1. 従業員が長期入院したとき福利厚生で備える3つのポイント

長期入院に備える福利厚生は、3つのポイントに分けて考えます。公的な給付、会社の決まり、保険の順です。

1-1. ポイントその1:公的な給付を土台に確かめる

会社が何かを用意する前に、従業員本人が公的な制度から受け取れるお金を確かめます。たとえば、業務外の病気やケガで働けず、給与が支払われない場合は、健康保険の傷病手当金の対象になることがあります。

傷病手当金は、連続して3日間休んだあとの4日目以降、給与が支払われない日について支給されます。支給額の目安は、支給開始日以前12か月の標準報酬月額の平均を30で割った額の3分の2です。支給期間は、支給開始日から通算して1年6か月です。会社が休職中に給与を支払った日は、その分だけ傷病手当金が支給されないか、差額での調整になります(出所:全国健康保険協会)。

仕事中や通勤途中の病気やケガは、労災保険の休業補償給付の対象で、制度が異なります。休業4日目から、給付基礎日額の60%の休業(補償)給付と、20%の休業特別支給金が支給されます(出所:厚生労働省)。

1-2. ポイントその2:休職中の給与と社会保険料の決まりを書く

次に、会社として、休職中の給与をどうするかを決めます。休職の制度は、法律で一律に決められているものではなく、会社の就業規則で定めるのが一般的です。

決めることは、休職できる期間、休職中の給与の扱い、復職の判断をする人、社会保険料の本人負担分の集め方の4つです。社会保険料は、産前産後休業と育児休業を除き、休職中も納付が必要です(出所:日本年金機構)。たとえば、休職中の社会保険料の集め方が決まっていないと、経理担当者は毎月の立替えが続き、後から本人に請求する場面が出てきます。

休職の定めは、社会保険労務士に確認しながら書くと、書き漏れを防げます。

1-3. ポイントその3:足りない部分だけ保険で補うかを検討する

公的な給付と会社の決まりで足りない部分があるときに、保険を検討します。傷病手当金は給与の全額ではないため、会社が給与の差額を上乗せするかどうかと、その財源が論点になります。

働けなくなった期間の所得を補う保険は、会社が保険料を負担し、従業員が給付金を受け取る形があります。給付の対象となる条件、給付が始まるまでの待ち期間、対象外となる病気は、契約ごとに異なります。

この保険の保険料は、加入する従業員の範囲や、給付金の受取人によって経理の扱いが分かれます。受取人が従業員で、全員を対象にしている場合は福利厚生費として扱うのが一般的ですが、役員や特定の人だけを対象にした場合は給与として扱われることがあります(出所:国税庁。通達の区分は契約ごとに異なります)。会社が受取人になる形では、2019年(令和元年)7月8日以後の契約で、保険期間が3年以上の定期保険・第三分野保険のうち、最高解約返戻率が50%を超えるものは、区分に応じて(年換算保険料の額などによる例外もあります)保険料の一部を資産に計上します(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)。個別の判断は、税理士の領域です。

要するに、備えるポイントは、公的な給付の確認、休職中の給与と社会保険料の決まり、足りない部分の保険の検討の3つです。

2. 長期入院への備えが後回しになる背景

備えが後回しになる背景には、人の入替わりの少なさ、公的制度の見えにくさ、善意の口約束があります。代表的なものを3つ挙げます。

2-1. 長期入院がめったにないため、規程を後回しにしている

従業員が長く休む場面は、会社にとって日常ではありません。そのため、休職の決まりを書いておく優先度が、給与や採用の決まりより下がりがちです。

決まりがない会社では、最初の1人のときに、その場の判断で扱いを決めます。次に同じことが起きたとき、前回との差が不公平と受け取られかねません。

2-2. 公的な制度を、従業員も会社も知らない

傷病手当金は、本人が加入している健康保険に申請する制度です。申請の書類には、事業主が賃金の支払状況を記入する欄があります。会社が内容を知らないと、本人に案内できません。

本人が制度を知らなければ、収入が途絶えると思い込み、不安から早く復帰しようとしたり、退職を考えたりする場合があります。

2-3. 社長の善意の口約束が先に走る

中小企業では、社長と従業員の距離が近く、善意の約束が口頭で先に出ます。「給与は今までどおり」と言ったあとで、費用の見通しが立たなくなる場面が起きます。

公的な給付の仕組みを知ったうえで、会社として上乗せする範囲を決めておくと、口約束と実際の支払いのずれを防げます。

要するに、後回しになるのは、規程の優先度の低さ、公的制度の見えにくさ、社長の善意の口約束の3つが重なるためです。

3. 公的な給付・会社の決まり・保険の役割分担と選び方

3つの備えは、重ねるのではなく、役割で分けます。役割ごとに、向く場面が変わります。

3-1. 役割で分ける

備え 担うもの 会社が確かめること
健康保険の傷病手当金 業務外の病気やケガの所得の補てん 申請の書類、事業主の記入欄、支給期間
労災保険の給付 業務上・通勤途中の病気やケガの所得の補てん 労働基準監督署への手続き、待期期間の休業補償
会社の休職規程 休職の期間、給与の扱い、社会保険料の集め方 就業規則への記載、社会保険労務士への確認
団体で加入する就業不能の保障 給付金で、公的な給付と上乗せ給与の財源を補う 対象の範囲、待ち期間、対象外、保険料の経理

業務上の病気やケガの場合、労災保険の給付が始まる前の最初の3日間は、事業主が平均賃金の60%以上の休業補償を支払う義務があります。通勤途中の場合は、この義務の対象外です(出所:労働基準法第76条)。

3-2. 保険を使うときの確かめ方

保険で補うときは、次の4つを確かめます。給付の対象となる条件、給付が始まるまでの待ち期間、対象外となる病気、給付金の受取人です。精神的な不調や持病が対象外になる契約もあるため、約款の説明で確かめます。

保険料は、福利厚生費として全員を対象にしているか、特定の人だけかで経理が異なります。加入の範囲は、就業規則や社内の規程と合わせて決めます。

ここで触れた税務は、いずれも一般的な考え方です。個別の損金の判断、申告、経理処理の確定は、税理士の領域です。

公的な給付を土台にし、会社の決まりで休職中の扱いを定め、足りない部分だけ保険を検討すると、備えの重なりと抜けを見つけやすくなります。

要するに、傷病手当金・労災保険は公的な土台、休職規程は会社の約束、保険は足りない財源の補いです。役割で分けます。

ここまでで、長期入院への備えの役割分担を解説しました。制度の全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

【まるっと解説】会社がかける生命保険と従業員|福利厚生と同意の取り方

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。公的な制度と会社の決まりを整理するところから、一緒に始めます。

\無料相談(30秒で予約)/

4. FP1級が見る従業員の長期休職への備えの点検項目

専門家と点検する価値は、公的な制度、就業規則、保険を、同じ机で並べて見られることです。一人で考えると、どれかが抜けやすくなります。

4-1. 並べて確かめる4つの項目

  • 就業規則の休職の定め(期間、給与の扱い、復職の判断、社会保険料の集め方)
  • 傷病手当金と労災保険の申請の流れと、事業主が記入する書類
  • すでに加入している保険の給付の条件、待ち期間、対象外、受取人
  • 上乗せ給与をする場合の財源と、年間の見込み

この4つを1枚の表に並べると、決まりのない部分と、公的な給付で足りている部分が分かれて見えてきます。

休職の定めは社会保険労務士、保険料と給与の経理は税理士、保険の給付条件は保険の担当者と、確かめる相手が分かれます。社長が全体を見て、順に確かめます。

4-2. 経営者・社労士・税理士・保険担当者の役割

立場 主に見ること
経営者 従業員に約束する範囲と、会社が負担できる上限
社会保険労務士 休職の定め、傷病手当金・労災保険の手続き
顧問税理士 上乗せ給与と保険料の経理、申告
保険担当者・FP 給付の条件、待ち期間、対象外、受取人

4-3. 筆者が大切にしていること

筆者は、社長が守るものは、ご自身やご家族だけではないと考えています。従業員と、そのご家族の暮らしも、社長が守っているものです。

従業員が長く休む時期は、その従業員とご家族にとって、まさに「その時」です。保険の話の前に、会社が何を約束でき、何を公的な制度に任せられるのかを、先に整理します。

要するに、点検は、就業規則の休職の定め、公的な申請の流れ、加入中の保険の条件、上乗せの財源の4つで進めます。

5. 今週できる休職規程の点検3ステップと、失敗の場面

今週できる一歩は3つです。どれも、保険を決める前にできます。あわせて、決めなさすぎと決めすぎで起きやすい失敗を4つの場面で整理します。

5-1. 今週中にできる3ステップ

  1. 就業規則を開き、休職の期間、給与の扱い、社会保険料の集め方が書かれているかを確かめる
  2. 傷病手当金と労災保険の申請の流れを、社会保険労務士か加入先の窓口に確かめる
  3. 加入中の保険の証券で、就業不能や入院の給付の条件、待ち期間、対象外を確かめる

この3つで、決まりのない部分と、すでにある備えが見えてきます。上乗せや保険を決めるのは、その後です。

5-2. 休職中の給与の決まりがなく、口約束が先に走る場面(決めなさすぎ)

たとえば、現場の従業員が入院し、社長が「給与は今までどおり出す」と伝えたとします。

入院が長引くと、経理担当者が給与の一覧を開き、就業規則に休職中の給与の定めがないと気づきます。会社が給与を払った日は傷病手当金が支給されないか差額での調整になるため、本人の受け取りの見通しも変わります。休職中の給与の決まりがないまま約束すると、いつまで、いくらまで払うのかが決まっておらず、次に休む従業員との扱いも分かれます。社長は、約束した内容を就業規則に書き、期間と上限を区切って、本人に伝え直します。

5-3. 社会保険料の本人負担分が集められなくなる場面(決めなさすぎ)

たとえば、休職中の従業員の給与が無給になり、社会保険料の本人負担分の集め方が決まっていなかったとします。

給与の計算日に、経理担当者が、控除できる給与がないため本人負担分が引けないと気づきます。休職中も社会保険料の納付は続くため、集め方が決まっていないと、会社が本人負担分を立て替え続けます。社長は、休職の定めに、社会保険料を本人が振り込む方法を書きます。

5-4. 保険の待ち期間を確かめず、給付金が始まらない場面(確認不足)

たとえば、社長が、働けなくなったときの保険に入っているから、従業員の長期入院は大丈夫だと考えていたとします。

従業員が休み始めて、保険の担当者に連絡すると、給付が始まるまでの待ち期間の途中だと分かります。待ち期間を確かめていないと、休職の最初の期間に、上乗せ給与の財源に使うつもりの給付金が出ません。社長は、休職が起きる前に、保険証券と約款で、待ち期間と対象外の病気を確かめます。

5-5. 休職中の給与を全額と決め、保険も重ねて負担が膨らむ場面(決めすぎ)

たとえば、社長が、従業員の不安を減らそうと、就業規則に「休職中は給与全額」と期間の区切りなく書き、団体の保険も手厚くしたとします。

休職が長引いた決算の打合せで、経理担当者が給与の持ち出しと保険料の年間の合計を集計し、毎月の借入の返済に加わって運転資金が細くなっていると気づきます。期間や上限を決めずに給与全額と書くと、休職が長引くほど、給与の持ち出しと保険料が毎月の返済日の前の運転資金を圧迫します。社長は、公的な給付で足りる部分を先に確かめ、会社が上乗せする期間と上限、保険で補う部分を必要な分だけにします。

要するに、決まりがなければ口約束が先に走り、社会保険料は立替えが続き、待ち期間を確かめなければ給付金が出ず、給与全額と決めて保険を重ねれば負担が膨らみます。決めなさすぎも決めすぎも避け、先に確かめます。

6. 従業員の長期休職への備えのよくある質問

Q1. 従業員が長く入院したら、給与は払う必要がありますか。

休職中の給与の扱いは、法律で一律には決まっておらず、会社の就業規則で決めます。就業規則に定めがない場合は、社会保険労務士に確かめながら、先に決めます。

Q2. 傷病手当金は、いつからいつまでもらえますか。

連続して3日間休んだあとの4日目以降、給与が支払われない日について支給されます。支給期間は、支給開始日から通算して1年6か月です(出所:全国健康保険協会)。

Q3. 仕事中のケガの場合は、どうなりますか。

労災保険の対象になります。休業4日目から、給付基礎日額の60%の休業(補償)給付と、20%の休業特別支給金が支給されます(出所:厚生労働省)。手続きは、労働基準監督署です。

Q4. 休職中の社会保険料は、どうなりますか。

産前産後休業と育児休業を除き、休職中も納付が必要です(出所:日本年金機構)。本人負担分の集め方を、先に就業規則に書いておきます。

Q5. 従業員向けの就業不能の保険の保険料は、経費になりますか。

加入の範囲や、給付金の受取人で扱いが分かれます。全員を対象にして受取人が従業員の場合は福利厚生費として扱うのが一般的ですが、役員や特定の人だけの場合は給与として扱われることがあります(出所:国税庁。通達の区分は契約ごとに異なります)。個別の判断は、税理士の領域です。

Q6. 保険に入らないと、福利厚生として不十分ですか。

そうとは限りません。傷病手当金や労災保険などの公的な給付と、就業規則の休職の定めで足りる会社もあります。保険は、足りない部分を補うか検討する位置づけで、加入をお勧めするものではありません。

7. まとめ|長期休職への備えは、公的な給付・会社の決まり・保険の順に決める

この記事のまとめ
  • 従業員が長期入院したときの福利厚生は、公的な給付の確認、休職中の給与と社会保険料の決まり、足りない部分の保険の検討の3つを順に考えます。
  • 傷病手当金は標準報酬月額の平均を30で割った額の3分の2が目安で、通算1年6か月が上限です(出所:全国健康保険協会)。業務上の病気やケガは労災保険です。
  • 決まりがなければ口約束が先に走り、決めすぎれば給与の持ち出しと保険料が資金繰りを圧迫します。
  • 税務の個別判断は税理士の領域です。休職の定めは社会保険労務士、保険の条件は保険の担当者と確かめます。

筆者は、保険は会社と大切な人を守る道具のひとつだと考えています。必要なものを、必要な分だけ。増やさないほうがよい場合も、正直にお伝えします。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。就業規則と保険証券を見ながら、備えの重なりと抜けを一緒に整理します。

\無料相談(30秒で予約)/

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

法人保険のご相談

\経営者さま向け 法人保険のご相談/

「社長交代を機に保険を見直したい」「役員・従業員の退職金や福利厚生を整えたい」「万一のときの資金繰りが心配」――会社を守る備えについて、1級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)がお話を伺います。

法人保険の相談を申し込む