女性社長の役員退職金は、いつ準備を始める?
たとえば、創業から会社を率いてきた女性社長が、決算の打合せで顧問税理士から「社長ご自身の退職金は、規程がまだありませんね」と言われたとします。
そのとき女性社長は、従業員の退職金制度は整えてきたものの、自分の退職金については「辞める時期が決まっていないから、まだ先でよい」と考えてきたことに気づきます。経理担当者に尋ねても、規程も積立もなく、いくら必要なのかも分かりません。次の決算までに何から手を付ければよいのか、判断の材料がありません。
この記事では、女性社長の役員退職金を、いつ準備し始めるのがよいのかを、規程と決議、金額の目安、原資の準備の順番で整理します。解説するのは、大手生命保険代理店で8年、1,100名以上のご相談を受けてきたFP1級の筆者です。
性別にかかわらず通じる制度の話です。この記事では、女性社長が介護や体調の都合で動けなくなる場面を例に、先に決めておく項目を整理します。加入をお勧めする記事ではありません。いまの準備が会社の状況と合っているかを点検するための記事です。
結論
- 役員退職金の準備は、退任の時期が決まってから始めるのではなく、規程の整備、金額の試算、原資の準備方法の選択を、早めに順に進めます。支給の決議は退任の時に行います。
- 取締役の退職慰労金は、定款に定めがなければ株主総会の決議で定める必要があります(出所:会社法第361条)。実務では、算定基準として規程を整えます。金額が不相当に高額だと、損金に入らない部分が出ます(出所:法人税法施行令第70条第2号)。
- 準備が遅れれば支払いの時に会社の資金が足りず、準備を急ぎすぎれば保険料や積立が資金繰りを圧迫します。税務の個別判断は税理士の領域です。
この記事で分かること
- 女性社長の役員退職金の準備が、後回しになりやすい3つの理由
- 規程、決議、金額の試算、原資の準備という4つの手順
- FP1級が見る点検項目と、早すぎ・遅すぎで起きる失敗の場面
- 今週できる3ステップ
1. 女性社長の役員退職金の準備が遅れて起きる3つの問題
役員退職金の準備が遅れると、3つの問題が起きます。性別にかかわらず起きる問題です。
1-1. 規程も決議もなく、手続きが一気に重なる
取締役に退職慰労金を支払うには、定款の定めまたは株主総会の決議が必要です(出所:会社法第361条)。規程がなく、決議もないまま退任の時期を迎えると、金額を決めるまでの手続きが一気に重なります。
たとえば、体調や家庭の事情で急に退任の時期を早めたいと考えたとします。規程が整っていなければ、そこから規程を作り、決議を行い、金額を試算することになります。
1-2. 必要な金額が分からず、準備の額を決められない
役員退職金の金額は、多くの会社で、最終報酬月額に勤続年数と功績倍率を掛ける功績倍率法で考えられています。ただし、倍率を含めた金額が過大だと、過大な部分は損金に入りません(出所:法人税法施行令第70条第2号)。
必要な金額の目安が分からないと、積立の額も、保険料の額も決められません。
1-3. 支払いの時に、会社の資金が足りなくなる
退職金は、まとまった額を一度に支払うことが多いため、会社の資金に与える影響が大きくなります。準備がなく、決算が好調だったからと油断していると、支払いの時に預金が足りなくなります。
要するに、規程と決議がないこと、金額の目安がないこと、資金の備えがないことの3つが、準備の遅れで起きる問題です。
2. 女性社長が役員退職金の準備を後回しにしてしまう背景
後回しになる背景には、時期の不確かさ、日々の業務の優先、自分の金額を決めてよいのか迷うことがあります。代表的なものを3つ挙げます。
2-1. 退任の時期が決まらず、準備の起点が見つからない
退任の時期は、後継者の育成や会社の状況に左右されます。いつと決まらないため、準備の起点も見つからず、先送りになります。
準備を始めるきっかけは、主に3つあります。創業から年数がたち、規程の整備を税理士から促されたとき、後継者の候補が決まったとき、介護や体調の都合で退任を早めたいと考えたときです。きっかけが来てから始めると、手続きが一気に重なるため、きっかけの前に規程と試算を済ませておくと安心です。
2-2. 会社と従業員の話が優先される
経営者は、従業員の給与、取引先への支払い、設備の更新と、先に決める項目が多くあります。自分の退職金は、会社の状況が落ち着いてからと考えがちです。
2-3. 自分の退職金を、自分で決めてよいのか迷う
同族会社では、社長が株主総会で自分の退職金を決める立場になることがあります。そのため、「自分で自分の金額を決めてよいのか」と迷い、税理士に確認しないまま止まることがあります。第三者である顧問税理士に、過大にならない範囲を確かめながら進めると、判断しやすくなります。
勇退の時期と準備の全体像は、【まるっと解説】勇退退職金の準備|社長のセカンドライフ5つの手順で詳しく解説しています。
要するに、時期の不確かさ、会社の話の優先、自分の金額を決める迷いが、準備を後回しにさせます。
3. 役員退職金の準備を始める4つの手順と時期の考え方
手順は4つです。退任の時期が決まる前から、順に進められるものばかりです。まず次の表で全体を見ます。
| 手順 | 内容 | 確認する相手 |
| 1. 規程と決議の流れ | 役員退職金の規程を整え、支給の決議が必要になる流れを確認する | 顧問税理士・必要に応じて弁護士 |
| 2. 金額の試算 | 最終報酬月額、勤続年数、功績倍率で目安を出す | 顧問税理士 |
| 3. 原資の準備 | 預金、法人保険、その他の積立などの手段を比べて選ぶ | 顧問税理士・FP・保険担当者 |
| 4. 時期の見直し | 毎年の決算で、時期と金額を更新する | 顧問税理士・経理担当者 |
3-1. 手順その1:規程を整え、支給の決議の流れを確認する
最初に、役員退職金の規程を整えます。計算の方法、支給の時期、功績倍率の考え方を書いておくと、算定の基準が明確になります。実際の支給額は、退任の時などに株主総会の決議(または決議に基づく一任)で定めます(出所:会社法第361条)。退任の前に整えるのは規程と試算で、支給の決議は退任の時に行う流れを、顧問税理士と確認しておきます。
3-2. 手順その2:金額の目安を試算する
役員退職金は、最終報酬月額に勤続年数と功績倍率を掛けて考えることが多いものです。倍率は会社と役員の功績で異なります。過大にならないよう、顧問税理士に、同業の水準を含めて確かめます。
受け取る側には、退職所得控除が使えます。勤続20年までは1年につき40万円(80万円に満たない場合は80万円)、20年を超える部分は1年につき70万円が加わり、課税される退職所得は、収入から控除額を引いた額の2分の1が基本です(出所:国税庁、タックスアンサー No.2732)。役員としての勤続年数が5年までの場合は、2分の1の取扱いがありません。
3-3. 手順その3:原資の準備の手段を比べる
原資の準備には、預金、法人保険、その他の積立などの手段があります。それぞれ特徴が異なります。預金は流動性が高く、法人保険は準備と万一の保障を兼ねられる場合があります。その他の積立の制度は、役員が対象になるか制度ごとに異なるため、個別に確かめます。
保険の種類によって扱いが異なります。2019年(令和元年)7月8日以後の契約で、保険期間が3年以上の定期保険・第三分野保険のうち、最高解約返戻率が50%を超えるものは、区分に応じて(年換算保険料の額などによる例外もあります)保険料の一部が資産に計上されます(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)。経理処理は、顧問税理士に確認します。
手段ごとの比べ方は、役員退職金の準備方法を比較で整理しています。
3-4. 手順その4:毎年の決算で、時期と金額を更新する
退任の時期が決まっていなくても、決算のたびに、見込みの時期と金額を更新します。会社の業績や後継者の育成が進めば、時期も金額も変わるためです。
支給する年度の損金算入の時期は、株主総会の決議で金額が確定した日の属する事業年度とするのが基本です(出所:国税庁、法人税基本通達9-2-28)。実際に支払った事業年度とする扱いもあります。どちらにするかは、顧問税理士と決めます。
要するに、規程と決議、金額の試算、原資の準備、毎年の更新の順に、退任の時期が決まる前から進めます。
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4. FP1級が見る女性社長の役員退職金の点検項目
FP1級の筆者が最初に見るのは、保険や積立の額よりも、規程と決議があるかどうかです。点検項目は次の4つです。
4-1. 規程と株主総会の議事録
役員退職金の規程があるか、役員の報酬や退職慰労金に関する過去の議事録が残っているかを確かめます。規程がなければ、まず整えます。
4-2. 自分の報酬と勤続年数
最終報酬月額と役員としての勤続年数を、一覧にします。報酬を大きく変える予定があるなら、退職金の試算にも影響するため、顧問税理士と時期を相談します。
4-3. 会社の資金の状況と、原資の準備
退職金の支払いに充てる資金が、預金、保険、その他の積立などのどこにあるかを確かめます。準備がまったくなければ、準備を始める手段と、毎年の負担を決めます。
4-4. 加入している社会保険と、休業・退任の予定
退任や休業の時期によって、社会保険や年金の扱いが変わる場合があります。出産や育児、介護に関する公的な給付や休業の扱いは、役員かどうか、加入している制度で異なるため、断定できません。加入している制度を、年金事務所や社会保険労務士に確認します。
要するに、点検の中心は、規程と議事録、報酬と勤続年数、原資の準備、社会保険の確認の4つです。
5. 役員退職金の準備で起きやすい失敗の場面と、今週できる一歩
失敗は、準備不足と過剰な準備の両面で起きます。誰が、いつ、何を間違えるかを、場面で確認します。
5-1. 規程がないまま、退任の時期が前倒しになる
たとえば、家族の介護が必要になった社長が、退任を早めたいと考えたとします。規程も積立もないため、経理担当者は、金額の試算、株主総会の決議、資金の工面を同時に進めることになります。決算の時期とも重なり、顧問税理士に確認する時間が足りません。
規程と試算は、退任の時期が決まる前に整え、支給の決議の流れを顧問税理士と確認しておきます。
5-2. 保険料を負担しすぎ、運転資金が足りなくなる
反対に、たとえば、社長が「退職金のために」と、保険料の高い法人保険に入ったとします。毎年の保険料が資金繰りを圧迫し、設備の更新の月に、運転資金が足りなくなります。経理担当者が資金繰り表を見て気づいた時には、契約から数年がたっています。
原資の準備は、会社の資金繰りに無理のない額から始めます。
5-3. 金額を過大に決め、損金に入らない部分が出る
たとえば、社長が「功績に見合う額を」と、同業の水準を調べないまま高い倍率で金額を決め、株主総会で決議したとします。税務調査で、過大な部分が損金に入らないと指摘されるおそれがあります(出所:法人税法施行令第70条第2号)。
金額は、決議の前に、顧問税理士と水準を確かめます。
5-4. 説明しないまま額を決め、従業員の納得が得られない
たとえば、社長が決算前に、古参の役員と経理担当者へ説明しないまま、役員退職金の額を決めて株主総会に諮ったとします。後日、従業員の退職金制度との差が話題になり、経理担当者は資金の出どころを聞かれても答えられません。翌期の賞与の話し合いにも影響が出ます。
額を決める前に、顧問税理士と、役員と従業員の退職金の釣り合いを確かめます。
5-5. 今週できる3ステップ
今週できるのは、次の3つです。
- 役員退職金の規程と、過去の議事録があるかを確かめる
- 最終報酬月額と役員としての勤続年数を、一覧にする
- 顧問税理士に、金額の目安と、損金算入の時期を確認する
要するに、退任の時期が決まる前に規程と決議を整え、会社の資金繰りに無理のない額から、原資の準備を始めます。
6. 女性社長の役員退職金のよくある質問
Q1. 退任の時期が決まっていなくても、準備を始めてよいですか。
始めてよい項目があります。規程の整備、金額の目安の試算、原資の準備方法の比較は、時期が決まる前からできます。毎年の決算で、時期と金額を更新します。
Q2. 自分で自分の退職金を決めてもよいですか。
同族会社では、社長が株主総会で決議に関わる場合があります。ただし、金額が過大だと、過大な部分は損金に入りません(出所:法人税法施行令第70条第2号)。顧問税理士に、水準を確かめながら決めます。
Q3. 退職金を受け取るとき、税金はどうなりますか。
退職所得控除が使えます。勤続20年までは1年につき40万円、20年を超える部分は1年につき70万円が加わります。課税される退職所得は、収入から控除額を引いた額の2分の1が基本で、役員としての勤続年数が5年までの場合は、2分の1の取扱いがありません(出所:国税庁、タックスアンサー No.2732)。
Q4. 法人保険で準備するとき、保険料は損金になりますか。
契約の内容によります。2019年(令和元年)7月8日以後の契約で、保険期間が3年以上の定期保険・第三分野保険のうち、最高解約返戻率が50%を超えるものは、区分に応じて(年換算保険料の額などによる例外もあります)保険料の一部を資産に計上します(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)。それより前の契約は取扱いが異なるため、契約日を証券で確かめます。実際の処理は、顧問税理士の領域です。
Q5. 出産や介護で休業する場合、退職金や社会保険はどうなりますか。
役員かどうか、加入している制度で異なります。断定はできないため、加入している制度を、年金事務所や社会保険労務士に確認します。
Q6. 退職金は、いつの決算の損金になりますか。
株主総会の決議で金額が確定した日の属する事業年度とするのが基本です。実際に支払った事業年度とする扱いもあります(出所:国税庁、法人税基本通達9-2-28)。どちらにするかは、顧問税理士と決めます。
7. まとめ|役員退職金は、退任の時期が決まる前に規程と決議から整える
- 役員退職金の準備は、規程と決議の流れの確認、金額の試算、原資の準備、毎年の更新の4つの手順を、退任の時期が決まる前から進めます。
- 支払うには定款の定めまたは株主総会の決議が必要で、実務では規程で算定基準を整えます。金額が不相当に高額だと損金に入らない部分が出ます。
- 遅すぎれば支払いの資金が足りず、早すぎる高額の準備は保険料や積立が資金繰りを圧迫します。
- 税務の個別判断は税理士の領域です。出産や育児、介護の公的な扱いは、加入している制度を公的機関や専門家に確認します。
筆者は、社長が勇退する日も、従業員やご家族にとって大切な「その時」のひとつだと考えています。必要なものを、必要な分だけ。準備の始め方を、一緒に整理します。
筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。
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