たとえば、従業員の福利厚生として法人保険を検討している社長が、保険の担当者から「従業員の方を被保険者にするなら、署名をいただく書類があります」と言われたとします。

社長は、会社が保険料を払うのだから、従業員にあらためて説明しなくてもよいのではないかと考えているとします。経理担当者に確認すると、従業員への案内文も、同意を残す書面も、用意されていない状況を考えます。何を、誰に、どの順番で伝えればよいのか、判断の材料がありません。

この記事では、従業員を被保険者にする法人保険で、同意と説明をどう進めるかを、法律上の同意の要否、説明する内容、書面の残し方、退職時の扱いの順で整理します。解説するのは、大手生命保険代理店で8年、1,100名以上のご相談を受けてきたFP1級の筆者です。

この記事は、加入をお勧めするものではありません。従業員を被保険者にする契約が、いまの福利厚生の目的と合っているかを点検するための記事です。

結論

  • 会社が契約者で、従業員が被保険者になる死亡保険契約は、被保険者の同意がなければ効力を生じません(出所:保険法第38条)。医療保険やがん保険などの傷害疾病定額保険でも、受取人が被保険者本人やその相続人でない場合は、被保険者の同意が必要です(出所:保険法第67条)。
  • 同意の取得は、保険会社所定の手続きで行います。会社は、目的、受取人、保険料の負担、退職時の扱い、告知情報の扱いの5項目を、同意の前に従業員へ説明します。
  • 説明が足りないと従業員の不信を招き、説明を詰め込みすぎると制度の導入が進みません。税務の個別判断は税理士の領域です。

この記事で分かること

  • 従業員を被保険者にするとき、同意と説明が欠けて起きる3つの問題
  • 同意を取る前に決める項目と、説明から書面までの4つの手順
  • FP1級が見る点検項目と、説明不足・説明過剰で起きる失敗の場面
  • 今週できる3ステップ
タップできる目次

1. 従業員を被保険者にする法人保険で、同意と説明が欠けて起きる3つの問題

同意と説明が欠けると、3つの問題が起きます。どれも、契約を結んだ後に気づきやすいものです。

1-1. 同意がないまま契約を結び、効力そのものが問われる

従業員など、契約者以外の人を被保険者にする死亡保険契約は、被保険者の同意がなければ効力を生じません(出所:保険法第38条)。保険会社の手続きに沿って進めれば、通常は申込みの段階で同意を確認する書類があります。

同意は、被保険者本人の意思で行うものです。同意を得る場面で起きやすい失敗は、5章で確認します。

1-2. 目的と受取人の説明がなく、従業員が不信を抱く

会社が契約者で、受取人も会社の契約は、従業員から見ると「会社が自分の命にお金をかけている」と受け取られることがあります。保険料の負担、受取人、保険金の使い道が説明されていないと、不信が生まれます。

たとえば、後から別の従業員の口から契約の存在を知った人が、経理担当者に「自分も入っているのですか」と尋ねる場面を考えます。経理担当者は、答える材料を持っていません。

1-3. 健康状態の告知で、情報の扱いに迷う

死亡保険では保険法第37条、医療保険やがん保険では第66条に、保険契約者または被保険者になる人の告知義務が定められています。病歴などは、個人情報保護法で要配慮個人情報にあたります。会社が従業員の病歴などを取得する場合、原則として本人の同意が必要です(出所:個人情報保護法第20条第2項)。

告知の内容を、会社の誰が、どこまで見られるのか。ここが決まっていないと、従業員は告知をためらいます。

要するに、同意の欠落、目的と受取人の説明不足、告知情報の扱いの曖昧さの3つが、問題の起点になります。

2. 経営者が従業員への説明と同意を後回しにしてしまう背景

後回しになる背景は、会社が保険料を払う意識、説明の手間、個人の健康に触れにくい気持ちの3つです。順に整理します。

2-1. 会社がお金を出すから、説明は不要と考えてしまう

保険料を負担するのは会社なので、従業員の負担はありません。そのため、従業員の同意や理解より、会社の判断を先に進めたくなります。

ただし、被保険者は従業員です。契約の目的と受取人を知る権利は、従業員の側にもあります。

2-2. 説明の手間と、時期のずれが負担になる

従業員が多いほど、説明の場を設ける手間が増えます。入社の時期もそろわないため、「後で個別に」と先送りになります。

制度として一度に全員へ説明し、新しく入る人には入社時に案内する方法が、手間を抑えます。

2-3. 健康や万一の話題に、社長も従業員も触れにくい

万一の話題は、職場で口にしにくいものです。社長が切り出さないと、従業員から質問することは少ないため、説明が形だけになりがちです。

従業員の福利厚生と退職金の全体像は、【まるっと解説】中退共だけで足りる?従業員退職金を上乗せする4つの手順で詳しく解説しています。

要するに、会社が払う意識、手間、話題の触れにくさが、説明と同意を後回しにさせます。

3. 従業員を被保険者にするときの同意と説明の4つの手順

手順は4つです。契約の申込みの前に、順に進めます。まず次の表で全体を見ます。

手順 内容 確認する相手
1. 目的と受取人の整理 何のための保険か、受取人は誰か、保険金の使い道を決める 顧問税理士・FP・保険担当者
2. 規程と加入範囲 弔慰金規程などの社内規程と、加入する従業員の範囲を決める 顧問税理士・社会保険労務士
3. 従業員への説明 目的、受取人、保険料の負担、退職時の扱い、告知情報の扱いを伝える 社長・経理担当者
4. 同意の取得と保管 保険会社所定の手続きで同意を確認し、控えを保管する 保険会社・保険担当者

3-1. 手順その1:目的と受取人を整理する

最初に、保険の目的を決めます。従業員の万一に遺族へ弔慰金を支払う備えなのか、会社の資金の備えなのかで、受取人も変わります。

保険の種類と受取人の組み合わせによって、保険料の経理処理が決まります。養老保険は法人税基本通達9-3-4、定期保険・第三分野保険は9-3-5で扱いが定められています(出所:国税庁)。2019年(令和元年)7月8日以後の契約で、保険期間が3年以上の定期保険・第三分野保険のうち、最高解約返戻率が50%を超えるものは、区分に応じて(年換算保険料の額などによる例外もあります)保険料の一部が資産に計上されます(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)。個別の処理は、顧問税理士に確認します。

3-2. 手順その2:規程と加入範囲を決める

弔慰金規程などの社内規程を整え、どの従業員が対象になるかを決めます。特定の人だけを対象にすると、経理処理や従業員の受け止め方で問題が出ることがあります。範囲は、顧問税理士と確かめて決めます。

規程があれば、会社が受け取った保険金から、遺族へ何を、どの順で支払うかを説明できます。

3-3. 手順その3:従業員へ説明する内容を決める

説明する内容は、次の5つです。

  • 保険の目的と、会社が加入を考える理由
  • 契約者、被保険者、受取人はそれぞれ誰か
  • 保険料は会社が負担し、従業員の給与からは引かないこと(会社の方針に合わせて)
  • 退職や休職のときの契約の扱い
  • 健康状態の告知の内容と、情報を扱う範囲

説明は、口頭だけでなく書面でも残します。同意しないことを選んだ人が不利に扱われない、と明確に伝えることも大切です。

3-4. 手順その4:同意を取得して、控えを保管する

同意は、被保険者本人の意思で、保険会社所定の手続きで確認します。社長や経理担当者が本人の代わりに記入することは避けます。

同意した後でも、一定の場合には、被保険者が契約者に対して契約の解除を請求できる仕組みがあります。死亡保険では保険法第58条、医療保険やがん保険などでは第87条に定めがあります。退職などで同意の前提が変わる場合の扱いは、保険会社と弁護士に確認します。同意の控えと説明の資料は、契約が続く間、会社で保管します。

要するに、目的と受取人の整理、規程と範囲の決定、従業員への説明、同意の取得と保管の順に進めます。

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。説明の内容と、同意の流れを一緒に整理します。

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4. FP1級が見る従業員を被保険者にする保険の点検項目

FP1級の筆者が最初に見るのは、保険の種類よりも、従業員にどう説明し、どう同意を得たかという記録です。点検項目は次の4つです。

4-1. 同意の記録と保管場所

被保険者ごとに、同意を確認した記録があるか、控えがどこにあるかを確かめます。担当者が替わると、保管場所が分からなくなりやすい項目です。

4-2. 契約者・被保険者・受取人の組み合わせ

証券で、契約者、被保険者、受取人を確かめます。受取人が会社か遺族かで、保険料の経理処理と、保険金を受け取った後の流れが変わります。経理処理は、顧問税理士の領域です。

4-3. 弔慰金規程と加入範囲の整合

弔慰金規程の対象者と、保険の被保険者が合っているかを確かめます。規程の対象は全員なのに、保険の被保険者は一部だけ、という食い違いが起きやすくなります。

4-4. 退職・休職・新規入社の運用ルール

従業員が退職したとき、被保険者から外すのか、契約を続けるのかを、あらかじめ決めておきます。判断の材料は3つです。契約の種類ごとに外せるか、受取人は会社か遺族か、退職者への弔慰金の根拠が規程にあるかです。新しく入る人への案内の手順も、同時に決めます。

要するに、点検の中心は、同意の記録、組み合わせ、規程との整合、退職時などの運用ルールの4つです。

5. 同意と説明で起きやすい失敗の場面と、今週できる一歩

失敗は、説明不足と、説明のしすぎの両面で起きます。誰が、いつ、何を間違えるかを、場面で確認します。

5-1. 社長が書類を取りまとめて、本人の意思が確認されない

たとえば、従業員に署名してもらう時間が取れず、経理担当者が従業員の名前を書いて押印し、保険会社へ提出したとします。後日、保険金の請求の段階で、同意が本人の意思によるものかどうかが問題になり得ると分かります。

社長は、本人の意思を示す記録がないことを確かめます。以後は、同意を、本人が保険会社所定の手続きで確認します。経理担当者は、取りまとめの役にとどまります。

5-2. 受取人と目的の説明がなく、従業員が不信を抱く

たとえば、保険の存在を伝えないまま契約した会社で、ある従業員が退職の手続きの書類を見て、自分が被保険者になっていたことを知ったとします。従業員は、説明がなかったことに不信感を持ち、社長に経緯を尋ねます。

契約の目的と受取人は、同意の前に説明します。退職後に伝えるのでは、信頼の回復に時間がかかります。

5-3. 説明を詰め込みすぎて、制度が前に進まない

反対に、たとえば、社長が不安を取り除こうと、保険の仕組み、税務の取扱い、解約返戻金の説明までを、全従業員向けの説明会にすべて盛り込んだとします。従業員は、聞き終えても要点が分からず、質問も出ず、説明会が長引きます。担当者の負担も増え、導入の時期が遅れます。

従業員に伝えるのは、目的、受取人、保険料の負担、退職時の扱い、告知情報の扱いの5つにとどめます。税務の細部は、会社が顧問税理士と確認します。

5-4. 退職者の契約を放置して、保険料を払い続ける

たとえば、従業員が退職した後も、被保険者から外す手続きをせず、保険料を払い続けたとします。経理担当者が、決算の前に保険料の明細を見て、退職者の名前が残っていることに気づきます。

社長は、退職者の契約を確かめます。以後は、退職時の扱いを決めてから手続きします。退職時の扱いは、契約の種類によって異なります。被保険者を外せるのか、契約を続けられるのかを、保険会社に確認します。

5-5. 手続きだけが進み、保障の空白ができる

たとえば、社長が退職者を被保険者から外す手続きだけを進めたとします。弔慰金規程は全員が対象のままで、在職者の一部は同意せず、被保険者になっていません。経理担当者が規程と証券を並べると、その人の万一に払う弔慰金の資金が、保険では用意されていないと気づきます。

社長は、規程と証券を照合します。以後は、同意しない人の扱いと、規程の対象を合わせてから手続きします。

5-6. 今週できる3ステップ

今週できるのは、次の3つです。

  1. 証券で、契約者、被保険者、受取人を一覧にする
  2. 被保険者ごとに、同意の記録と控えの保管場所を確かめる
  3. 顧問税理士に、規程と加入範囲、経理処理を確認する

要するに、同意は本人の意思で確認し、説明は5つの項目に絞り、退職時の扱いまで決めておきます。

6. 従業員を被保険者にする法人保険のよくある質問

Q1. 従業員を被保険者にするとき、本人の同意は必要ですか。

死亡保険契約では、被保険者の同意がなければ効力を生じません(出所:保険法第38条)。医療保険やがん保険などの傷害疾病定額保険では、受取人が被保険者本人やその相続人でない場合に、同意が必要です(出所:保険法第67条)。具体的な手続きは、保険会社に確認します。

Q2. 従業員の同意は、社長が代わりに取ってもよいですか。

同意は、被保険者本人の意思で行うものです。社長や経理担当者が代わりに記入することは避け、保険会社所定の手続きで本人が確認します。

Q3. 従業員に、保険の存在を知らせないままでもよいですか。

被保険者の同意が必要な契約では、本人に説明しないまま進められません。医療保険などで、本人や相続人が受取人になり同意が不要な場合でも、目的と受取人を伝えたほうが、不信の予防になります。

Q4. 従業員が同意しなかったら、どうなりますか。

同意が必要な契約では、その従業員を被保険者にできません。同意しない選択をした人が不利に扱われないよう、会社の方針を先に決めておきます。

Q5. 退職した従業員の契約は、どうなりますか。

契約の種類と会社の規程によって異なります。被保険者から外せるか、契約を続けられるかは、保険会社に確認します。保険料の経理処理は、顧問税理士と確かめます。

Q6. 保険料は、損金になりますか。

契約の内容によります。2019年(令和元年)7月8日以後の契約で、保険期間が3年以上の定期保険・第三分野保険のうち、最高解約返戻率が50%を超えるものは、区分に応じて(年換算保険料の額などによる例外もあります)保険料の一部を資産に計上します(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)。それより前の契約は取扱いが異なります。実際の処理は、顧問税理士の領域です。

7. まとめ|従業員を被保険者にする保険は、同意と説明から整える

この記事のまとめ
  • 従業員を被保険者にする死亡保険契約は、被保険者の同意がなければ効力を生じません。傷害疾病定額保険も、受取人によって同意が必要です。
  • 目的と受取人の整理、規程と範囲の決定、従業員への説明、同意の取得と保管の4つの手順を、申込みの前に進めます。
  • 説明が足りないと不信を招き、詰め込みすぎると導入が進みません。伝える項目は5つに絞ります。
  • 税務の個別判断は税理士の領域です。退職時の扱いは、契約の種類ごとに保険会社へ確認します。

筆者は、社長が守っているのは家族だけでなく、従業員とそのご家族の暮らしでもあると考えています。必要なものを、必要な分だけ。従業員への伝え方も、一緒に整理します。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

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本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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