たとえば、工事の着手金や、年間の受講料、会費などを、仕事の前に受け取る会社の社長がいるとします。社長は、入金が先にあるので、資金繰りは楽な方だと考えています。ところが、ある日の打合せで、取引先から「もし社長に万一があったら、この仕事は最後まで仕上がりますか」と聞かれ、すぐには答えられません。

ご相談では、借入金への備えは考えていても、前受金への備えは考えていない場面があります。前受金は、仕事を仕上げる約束と引き換えに受け取ったお金です。社長がいなくなって仕事が止まれば、仕上げるための費用か、返すためのお金が要ります。

この記事では、法人保険の目的のうち「事業保障(経営者の万一への備え)」を扱います。前受金が多い会社の社長の万一に備える時の視点を、前受金の残高と中身、仕上げる人と費用、備えの手段と保険金額、の3つに分けて説明します。解説するのは、大手生命保険代理店で8年、1,100名以上のご相談を伺ってきた、FP1級(1級ファイナンシャル・プランニング技能士)の筆者です。

この記事は、法人保険への加入をお勧めするものではなく、前受金と会社の備えが合っているかを点検するためのものです。税務の個別判断や経理処理は税理士の領域、契約書の条項は弁護士の領域です。

結論

  • 前受金は仕上げる約束の対価
  • 削りすぎは保障の空白、過剰は資金繰りの圧迫
  • 視点は3つ。残高と中身・仕上げる人と費用・備えと保険金額

この記事で分かること

  • 今週できる3ステップ
  • 社長の万一に備える3つの視点
  • 前受金が多い会社の3つの落とし穴
  • FP1級が見る点検項目と、失敗につながる場面
タップできる目次

1. 前受金が多い会社の事業保障で起こり得る3つの落とし穴

落とし穴は3つあります。どれも、前受金の残高と仕事の担い手を1枚の表に並べておけば、避けやすい場面です。

1-1. 前受金を、自由に使えるお金と同じに見る

前受金は、受け取った時点ではまだ仕事を終えていないお金です。決算書では、売上ではなく負債として扱われます。

たとえば、社長が、受け取った前受金を当月の支払いにそのまま回し、仕事を終えていない分の残高を数えていなかったとします。金融機関に出す試算表を作っていた経理担当者が、負債の部の前受金の残高が、手元の預金を上回っていると気づきます。経理担当者は、社長に、試算表の数字を見せて伝えます。社長は、顧問税理士に、前受金の残高と手元資金の関係をどう見るかを相談します。以後は、前受金の残高を、毎月の資金の表に書きます。

1-2. 社長しか仕上げられない仕事の前受金を、受け続ける

設計や指導、専門の技術など、社長でなければ進められない仕事の前受金は、社長が動けなくなると、仕上げる道が狭くなります。

たとえば、社長が、自分が担当する仕事の前受金を受け続け、誰に引き継げるかを決めずにいたとします。社長が長めの研修に出る予定を立て、留守の間の段取りをまとめていた現場の責任者が、社長の担当の仕事は、ほかの誰も進められないと気づきます。現場の責任者は、社長に、担当の一覧を見せて伝えます。社長は、外部の協力先に頼める仕事と、返金になる仕事を分けて書き出します。以後は、前受金を受ける時に、社長以外の担い手を決めます。

1-3. 保険金額を、借入金の残高だけで決める

事業保障の保険金額を、借入金の残高だけで決めると、前受金への備えが数に入りません。

たとえば、社長が、事業保障の保険金額を、借入金の残高に合わせて決め、前受金を数えていなかったとします。決算書の読み方を学んでいた後継者候補の役員が、負債の部に、借入金と並んで大きな前受金があることを社長に尋ねます。社長は、その質問から、保険金額を決めた時に前受金を数えていなかったことに気づきます。社長は、保険の担当者に、いまの保険金額と前受金の残高を並べた資料を依頼します。以後は、保険金額を見直す時に、前受金の残高も並べます。

要するに、前受金の見方、社長だけの仕事、借入金だけの保険金額の3つが、前受金が多い会社で起こり得る落とし穴です。

2. 経営者が前受金への備えを後回しにしやすい背景

背景は3つです。入金が先にあると資金に余裕があるように見えること、前受金は返すお金だと意識しにくいこと、契約の相手が会社だと思い込みにくいことです。

2-1. 入金が先にあると、余裕があるように見える

仕事の前にお金が入ると、預金の残高は増えます。そのため、資金に余裕があるように見えます。預金の残高から前受金の残高を差し引いた額を、別に書き出します。

2-2. 前受金が、返すお金になり得ると意識しにくい

仕事を仕上げれば、前受金は売上に変わります。仕上げられない場合に返すお金になることは、普段は意識しにくい場合があります。契約書で、途中で止まった場合の扱いを確かめます。

2-3. 契約の相手が会社だと、考えにくい

取引先は社長個人を信頼して仕事を頼んでいても、契約の相手は会社です。社長がいなくなっても、会社の約束は残ります。誰がその約束を果たすのかを、会社として決めておきます。

要するに、余裕に見える預金、返すお金の意識、契約の相手の3つが、備えを後回しにしやすい背景です。

3. 前受金が多い会社が法人保険で社長の万一に備える3つの視点

視点は3つです。まず次の表で全体を見ます。

視点 確かめる内容 相談する相手の例
1. 前受金の残高と中身 残高、取引先、仕事の内容、仕上げる時期、契約書の定め 顧問税理士・弁護士
2. 仕上げる人と費用 社長以外の担い手、外部の協力先、仕上げる費用と返金の額 現場の責任者・協力先
3. 備えの手段と保険金額 手元資金、借入の枠、保険の金額と契約の形、税務の扱い 保険の担当者・顧問税理士・FP

3-1. 視点1 前受金の残高と中身を書き出す

最初に、前受金の残高を、取引先ごと・仕事ごとに書き出します。あわせて、いつまでに仕上げる約束か、契約書に途中で止まった場合の定めがあるかを確かめます。

仕事を仕上げられずに契約が解除された場合、会社は相手を元の状態に戻す義務を負い、受け取った前受金の返還が問題になる場合があります(民法第545条第1項。出所:e-Gov法令検索)。学習塾など一部の継続的なサービスで、消費者との契約のうち期間や金額などの要件を満たすものには、中途解約のルールが法律で定められています(特定商取引法第49条。出所:消費者庁)。契約書の読み方は、弁護士に確かめます。

3-2. 視点2 仕上げる人と費用を決める

次に、社長がいない時に、誰が仕事を仕上げるかを決めます。社内の従業員で進められる仕事、外部の協力先に頼む仕事、返金になる仕事に分けます。

外部に頼む場合は、その費用を見積もります。返金になる場合は、返す額を書き出します。仕上げる費用も返金も、社長の万一のあと、早い時期に必要になる場合があるお金です。借入金の返済や給与の支払いと、時期が重なる場合があります。

担い手が決まっていれば、取引先への説明がそろいます。社長の万一の時も、会社として約束を果たす道筋を示せます。

3-3. 視点3 備えの手段と保険金額を決める

最後に、仕上げる費用と返金の額に、何で備えるかを決めます。手元の預金、金融機関の借入の枠、法人保険を組み合わせます。保険で備える場合は、借入金や固定費に加えて、前受金への備えを保険金額の考え方に入れるかを決めます。

定期保険の保険料は、受取人が会社なら原則として損金になります(法人税基本通達9-3-5。出所:国税庁)。2019年7月8日以後に契約した、保険期間3年以上の定期保険・第三分野保険のうち、最高解約返戻率が50%を超える契約は、保険料の全部または一部を保険期間のはじめの一定期間に資産に計上し、のちの期間に取り崩して費用にします(割合や期間は最高解約返戻率の区分で異なり、年換算保険料の額などによる例外もあります。法人税基本通達9-3-5の2。出所:国税庁)。会社が受け取った保険金は会社の益金になるため、使える額は顧問税理士と確かめます。

会社が契約者で、社長を被保険者にする死亡保険では、社長本人の同意が必要です(保険法第38条。出所:e-Gov法令検索)。

要するに、前受金の残高と中身、仕上げる人と費用、備えの手段と保険金額の3つを、この順番で決めます。

ここまでで、前受金が多い会社の事業保障の要点を解説しました。社長が売上を支える会社の事業保障の全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

【まるっと解説】社長が売上を支える会社の事業保障 5つの備え

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。保険ではなく手元資金や担い手の準備で足りる場合も、正直にお伝えします。

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4. FP1級が見る、前受金と事業保障の点検項目

見る点は4つです。FP1級の筆者が最初に見るのは、保険の金額よりも、前受金の残高と、社長以外の担い手が、同じ表に並んでいるかどうかです。

4-1. 前受金の残高が、季節で大きく動くか

受注の時期によって、前受金の残高は動きます。残高が大きくなる時期を確かめ、その時期の備えが足りるかを見ます。

4-2. 社長だけの仕事が、どれだけあるか

前受金のうち、社長でなければ進められない仕事の分がどれだけあるかを見ます。その分は、返金になる可能性を含めて考えます。

4-3. 保険金額の考え方に、前受金が入っているか

事業保障の保険金額を、借入金・固定費・前受金の順に並べて考えているかを見ます。保険金額を決めた時の資料が残っているかも見ます。

4-4. 専門家の役割分担

契約書の条項は弁護士、税務と経理は顧問税理士、保険の手続きは保険の担当者です。FPは、それぞれへの確認事項を並べ、決める順番を整理する役割で関わります。

要するに、残高の動き、社長だけの仕事、保険金額の考え方、専門家の役割分担の4つを見ます。

5. 今週できる、前受金と事業保障を点検する3ステップ

今週できるのは3ステップです。保険の見直しや、契約書の改定などの大きな決断は、整理が済んでから決めて構いません。

5-1. 前受金の残高を、仕事ごとに書き出す

試算表の前受金の残高を、取引先ごと・仕事ごとに書き出します。仕上げる時期と、社長が担当しているかどうかも書き加えます。

5-2. 契約書の、途中で止まった場合の定めを探す

前受金を受け取っている主な契約書を開き、途中で仕事が止まった場合や、解約の場合の定めを探します。読み方が分からない場合は、弁護士に確かめます。

5-3. 失敗につながる3つの場面を、先に確かめる

前受金への備えで失敗につながる場面は、保障の削りすぎ、保険料の過剰、契約書の定めの欠落の3つです。次の場面が起きないかを、先に確かめます。

削りすぎの場面

たとえば、社長が、保険料を抑えるために、事業保障の保険金額を減額する手続きを進めていたとします。減額した部分の保障は、減額の時点でなくなります。大口の着手金を受ける契約の準備をしていた新任の営業部長が、受注の予定表で、前受金が大きくなる時期と、減額の手続きの時期が重なっていると気づきます。部長は、社長に、予定表を見せて伝えます。社長は、減額の前後で保障がどう変わるかを、保険の担当者に確かめます。以後は、大口の前受金を受ける前に、減額や解約の予定がないかを確かめます。

過剰の場面

たとえば、社長が、前受金が最も大きくなる時期の残高に合わせて、保険金額を大きく引き上げたとします。前受金は、仕事が進むと売上に変わって減っていきます。役員会で翌期の予算を組んでいた専務が、保険料が固定費を押し上げ、閑散期の預金が足りなくなる見込みだと気づきます。専務は、社長に、月ごとの資金計画を見せて相談します。社長は、保険の担当者に、保険金額と保険料の組み合わせを確かめ、借入の枠は取引のある金融機関に、保険料の経理の扱いは顧問税理士に確かめます。以後は、保険金額を決める前に、前受金の残高の動きと保険料を並べて確かめます。

契約書の定めの欠落の場面

たとえば、社長が、契約書に、途中で仕事が止まった場合の扱いを書かないまま、前受金を受け取っていたとします。新しい取引先から契約書の案を受け取った総務担当者が、相手の案には中途解約と返金の定めがあり、自社のひな形にはないと気づきます。総務担当者は、社長に、2つの契約書を並べて伝えます。社長は、弁護士に、自社のひな形の見直しを相談します。以後は、前受金を受ける契約の前に、途中で止まった場合の定めを確かめます。

要するに、残高を書き出す、契約書の定めを探す、失敗の場面を先回りする、の3つが今週の一歩です。

6. 前受金と事業保障のよくある質問

Q1. 社長が亡くなると、会社の契約はなくなりますか。

契約の相手は会社なので、契約書に特別な定めがないかぎり、社長が亡くなっても、会社の契約はそのまま残ります。会社として仕事を仕上げるか、契約にもとづいて解約や返金の手続きをするかを決めることになります。契約書の読み方は弁護士に確かめます。

Q2. 前受金は、決算書のどこに載りますか。

前受金は、まだ仕事を終えていない分のお金として、負債の部に載ります。仕事を仕上げると、売上に振り替えます。経理の処理は顧問税理士に確かめます。

Q3. 前受金の全額を、保険で備える必要がありますか。

一概には言えません。社内や外部の協力先で仕上げられる仕事は、返金ではなく仕上げる費用で考えられます。手元の預金や借入の枠と組み合わせ、足りない分をどう備えるかを決めます。

Q4. 事業保障の保険金額は、何を足して決めますか。

借入金の残高、当面の固定費、前受金への備えなどを並べて考えます。そこから手元の預金などを差し引いて、足りない分を保険で備えるかを決めます。考え方は、保険の担当者やFPと整理します。

Q5. 会社が受け取った保険金は、全額を返金に使えますか。

会社が受け取った保険金は会社の益金になり、資産計上の残高がある契約は、その残高を取り崩して損金にし、差額が益金に残ります。税金の影響も含めて使える額が変わるため、顧問税理士に確かめます。

Q6. 社長を被保険者にするとき、本人の同意は要りますか。

会社が契約者で、社長を被保険者にする死亡保険では、社長本人の同意が必要です(保険法第38条。出所:e-Gov法令検索)。同意の取り方は、保険の担当者に確かめます。

7. まとめ|前受金が多い会社の事業保障は、仕上げる道から考える

この記事のまとめ
  • 契約の相手は会社
  • 税務と経理は税理士の領域
  • 前受金は仕上げる約束の対価
  • 削りすぎは保障の空白、過剰は資金繰りの圧迫
  • 視点は3つ。残高と中身・仕上げる人と費用・備えと保険金額

筆者は、社長が守るものは、家族だけではなく、従業員とそのご家族、そして仕事を任せてくれた取引先との約束でもあると考えています。前受金の表を1枚作ることが、その約束を守る準備の第一歩になります。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。前受金を書き出すところから、一緒に進めます。

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本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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