勇退を決めた社長が、顧問税理士にこう相談する場面があります。

「退職金は、いくらまで出せますか」。

金額の目安が出たあと、経理担当者が決算書を見て、静かに言います。「その額を一度に払うと、現預金が足りなくなります」。

法人保険の相談では、こうした「役員退職金をまとめて支払うと、会社の資金繰りが苦しくなりそうだ」というお話をよくいただきます。

役員退職金は、金額が大きくなりやすく、支給のタイミングも一度きりです。準備の仕方しだいで、退任後の会社の動きやすさが変わります。

この記事では、役員退職金を支給したあとの資金繰りに備える3つの方法を、場面ごとに解説します。

解説するのは、FP1級の資格を持つ筆者です。

結論

  • まず「いつ・いくら支給するか」を仮置きし、そこから逆算して原資を準備します。
  • 備え方は、預金で積み立てる・法人保険で備える・支給の時期や方法を調整する、の3つです。1つに絞らず、組み合わせて考えます。
  • 備えが足りなくても、多すぎても、資金繰りは苦しくなります。税務の個別判断は税理士の領域です。

この記事で分かること

  • 役員退職金の支給で資金繰りが苦しくなる3つの場面
  • 金額と損金算入の時期など、先に押さえたい基本
  • 資金繰りに備える3つの方法と、それぞれの注意点
  • 今週中にできる確認3ステップ
タップできる目次

1. 役員退職金の支給で資金繰りが苦しくなる3つの場面

役員退職金の資金繰りは、支給の前後で3つの場面につまずきます。順に見ていきます。

1-1. 決議のあとで、現預金が足りないと分かる

たとえば、株主総会で社長の退職慰労金を決議した直後に、経理担当者が資金繰り表を作り直したとします。

決議した額は、支払う前でも会社の債務として決算書に載ります。一方、手元の現預金は、日々の仕入や給与の支払いに使われています。

金融機関へ急いで借入れを相談すると、返済計画の説明に時間がかかることがあります。

金額を決めてから原資を探すと、時間が足りなくなります。

1-2. 決議した年に赤字決算になると、金融機関の見方が変わる

役員退職金は、決議で金額が確定した事業年度の損金になるのが原則です。(出所:法人税基本通達9-2-28)

金額が大きいと、その年の決算が赤字になることがあります。

たとえば、毎年黒字だった会社が、退職金を支給した年だけ大きな赤字になったとします。決算書を見た金融機関から、理由を説明するよう求められます。

理由が退職金だと分かれば、通常は一時的な要因として扱われます。それでも、融資の更新時期と重なると、説明のための資料づくりに追われます。

決議と支給の時期は、融資の更新や大きな設備投資の時期とずらして考えます。

退職金の支給という前向きな理由があっても、数字だけが先に金融機関に届くと、不安を与えることがあります。

事前に取引金融機関へ「何年ごろに、このくらいの退職金の支給を予定している」と伝えておくと、決算を見たときの受け止め方が変わります。

1-3. 備えが「足りない」場合と「多すぎる」場合の両方で困る

退職金の準備には、反対方向の失敗が2つあります。

  • 備えを削りすぎた場合:たとえば、社長が資金繰りの苦しい年に、退職金のために入っていた保険を解約したとします。保障も積み立ても同時になくなり、勇退の時期に原資が残らなくなります。
  • 備えが多すぎた場合:たとえば、経理担当者が「退職金のため」と保険料を積み増し、毎月の保険料が資金繰りを圧迫したとします。設備更新や賞与の原資が削られ、本業の成長を止めてしまいます。

保障の空白も、資金繰りの圧迫も、どちらも避けたい結果です。両方を見ながら、無理のない積立額を決めます。

要するに、決議後の資金不足・赤字決算の説明・備えの過不足の3つに、事前に備えておくことが大切です。

2. 役員退職金の準備が後回しになる背景と、先に押さえたい基本

準備が遅れるのは、金額も時期も、自分で決めにくいテーマだからです。背景を2つ整理したあと、先に押さえたい基本をまとめます。

2-1. 退任の時期が、まだ決まっていない

後継者が育ちきっていない、取引先との関係が社長に集中している。こうした理由で、退任の時期を決めきれない社長は少なくありません。

時期が決まらないと、「いつまでに、いくら必要か」が見えず、準備の目標も立てられません。

ただ、時期は仮置きで構いません。「早ければ5年後、遅ければ10年後」のように幅を持たせて考えます。

2-2. 自分の退職金を自分で決めにくい

オーナー社長の場合、退職金の額を自分で決めることになります。

「高すぎないか」「税務調査で指摘されないか」と迷い、手が止まる方もいます。

迷うほど準備が遅れます。額の考え方を知っておくと、判断の拠り所になります。

2-3. 先に押さえたい基本|金額・決議・損金算入の時期

役員退職金の準備では、次の3点が基本になります。

  • 金額の考え方:最終報酬月額に、役員としての勤続年数と、役員の功績を表す倍率を掛ける方法(功績倍率法)がよく使われます。
  • 決議:取締役の退職慰労金は、定款に定めがなければ、株主総会の決議で決めます。(出所:会社法第361条第1項)
  • 損金算入:損金になる時期は、原則として決議で金額が確定した事業年度です(出所:法人税基本通達9-2-28)。また、不相当に高額な部分は損金になりません。(出所:法人税法第34条第2項、同法施行令第70条第2号。業務に従事した期間、退職の事情、同種の法人の支給状況などを考慮して判断されます)

倍率や、どこまでが相当な額かは、会社の状況や退任の事情で変わります。個別の判断は、顧問税理士に事前に確認します。

受け取る社長側の税金にも、退職所得控除があります。勤続20年を超える場合は、800万円に、20年を超える年数1年あたり70万円を加えた額が控除されます。(出所:国税庁 タックスアンサー No.2732)

ただし、役員等としての勤続年数が5年までの場合は、退職所得控除後の金額を2分の1にする計算が使えません。(出所:国税庁 タックスアンサー No.2732)

手取りまで含めて考えるために、金額が固まったら、税理士に試算を依頼します。

要するに、準備の遅れは「時期」と「金額」を決めにくい心理から生まれ、仮置きでも始めることが第一歩です。

3. 役員退職金の資金繰りに備える3つの方法

備え方は、預金・法人保険・支給方法の調整の3つで、組み合わせて考えます。まず全体を表で比べます。

方法 強み 注意点
1. 預金で積み立てる 使い道が自由で、いつでも動かせる 他の支出に回りやすく、積み上がらないことがある
2. 法人保険で備える 目的を決めて積み立てやすい。保障も得られる場合がある 解約返戻金は年数で変わる。保険料が資金繰りを圧迫することがある
3. 支給の時期・方法を調整する 一度に大きな資金が出るのを避けられる 税務と、退任後の資金の扱いを税理士と確認する必要がある

3-1. 方法1|預金で積み立てる

もっとも単純なのは、毎期の利益の一部を、退職金の目的で別の口座に置いておく方法です。

強みは、自由に使えることです。弱みも、同じ点にあります。

たとえば、経理担当者が決算前の資金不足を補うため、退職金用の口座から運転資金へ一時的に回し、そのまま戻せなくなることがあります。

預金で備えるなら、口座を分け、毎期いくら積むかを紙に書いておきます。

3-2. 方法2|法人保険で備える

法人保険は、退職金の原資の一部を、目的を決めて積み立てる手段のひとつです。

2019年(令和元年)の通達改正後は、定期保険・第三分野保険(2019年7月8日以後の契約)で、最高解約返戻率が50%を超える場合に保険料の一部を資産計上する整理になりました。(出所:国税庁 法人税基本通達9-3-5の2。終身保険などは別の取扱いです)

この改正で、最高解約返戻率が50%を超える契約は、契約内容に応じて保険料の一部が資産計上となり、全額が損金とは言えなくなりました。(出所:国税庁 法人税基本通達9-3-5の2)保険料の経理処理は、契約の内容ごとに税理士へ確認してください。

保険で備えるときの注意点は、次の3つです。

  • たとえば、退任を2年後に控えた社長が解約返戻金を確認したところ、払い込んだ保険料を下回っていたとします。返戻金は加入からの年数や契約内容で変わるため、保険会社の資料で、退任予定の年ごとの金額を見てから決めます。
  • たとえば、経理担当者が退職金の決議と同じ年に保険を解約すると、返戻金の益金と退職金の損金が同じ決算期に入ります。時期は決議の前に、税理士と相談して決めます。
  • たとえば、退職金のために保険料を積み増した結果、賞与の月に現預金が足りなくなることがあります。毎月の保険料が運転資金を圧迫していないか、決算期ごとに経理担当者が確認します。

資金繰りが苦しい年に社長が保険を解約すると、保障も積立も同時になくなります。解約の前に、減額や払済など他の選択肢も保険担当者に確認します。

保険は万能ではありません。目的と時期を決めたうえで、預金や他の方法と組み合わせます。

預金と保険のどちらを軸にするかは、会社の利益の安定度と、退任までの年数で変わります。

退任まで10年あれば、毎期少しずつ積む余裕があります。退任まで3年なら、積立だけでは足りず、支給方法の調整も視野に入ります。

退任までの残り年数を、先に数えてみてください。

3-3. 方法3|支給の時期・方法を調整する

支給の仕方を工夫して、資金が一度に出ないようにする方法もあります。

  • 退任の時期を、会社の業績や融資の更新時期に合わせて決める
  • 決議の額を前提に、支払いの時期を分ける(分割での支給)
  • 代表を退いたあとも、役員として残る場合の扱いを確認する

分割で支給すると、会社の資金は楽になります。一方、損金算入の時期や、受け取る側の税金の扱いが変わる場合があります。

たとえば、退任後に分割で受け取ると決めた社長の分は、年ごとの所得に分かれます。決議後に支払方法を変えると、損金の時期も変わる場合があります。決議前に税理士へ相談します。

役員が退任せずに役職だけ変わる場合など、退職金として認められる条件は個別に判断されます。実行前に、税理士へ確認してください。

この記事では要点に絞って解説しました。制度の全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

【まるっと解説】勇退退職金の準備|社長のセカンドライフ5つの手順

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要するに、3つの方法は優劣ではなく、会社の体力に合わせた組み合わせで考えます。

4. 役員退職金の準備を一緒に見る専門家の組み方

退職金の準備は、税務・資金繰り・保険が重なるため、窓口が分かれると抜けが出ます。役割を整理します。

4-1. 誰が何を担当するか

立場 主な役割
経営者 退任の時期の仮置きと、準備の方針を決める
税理士 金額の相当性、損金算入の時期、受け取り側の税金の個別判断
金融機関 支給の年の資金調達と、決算への見方の相談
保険担当者 契約内容・解約返戻金・保険料の確認
FP1級 退任時期・資金繰り・保険を結び、全体を整理する

4-2. 全体をつなぐ意味

私は、保険代理店で10年・1,100名のご相談をお受けしてきました。退職金の準備と、毎月の資金繰りが、別々に話されている会社を数多く見てきました。

FP1級の視点で、退任後を含めた資金繰りと、保険・社長のセカンドライフの資金を整理します。特定の商品をお勧めするためではありません。

4-3. 相談前に用意しておくとよい資料

  • 直近2〜3期分の決算書と、役員報酬の推移
  • 法人名義の保険証券の一覧と、解約返戻金の資料
  • 役員退職慰労金規程(あれば)と、退任の時期の仮置き

完全に揃っていなくても構いません。分かる範囲で、現状をお聞かせください。

要するに、税務・資金繰り・保険を同じテーブルで見ると、支給の年の見通しが立ちやすくなります。

5. 今週中にできる役員退職金の資金繰り確認3ステップ

金額の確定より先に、現状を数字で見ておくことが最初の一歩です。

5-1. ステップ1|退任の時期と、おおまかな金額を仮置きする

退任の時期を「早い場合」と「遅い場合」で2つ決めます。

金額も、税理士に目安を聞いて、仮に置きます。確定した数字でなくて構いません。

5-2. ステップ2|現預金と、保険の解約返戻金を並べる

決算書の現預金と、法人名義の保険の解約返戻金(保険会社の資料で確認)を、一覧にします。

仮置きした金額に対して、どれだけ足りるのかが見えてきます。

5-3. ステップ3|足りない分の補い方を3つの方法から選ぶ

足りない分があれば、預金・保険・支給方法の調整のどれで補うかを、専門家と考えます。

あわせて、保険料や積立額が、毎月の資金繰りを圧迫しない範囲かを確認します。

この段階では、結論を急ぐ必要はありません。見える形にしておくだけで、相談が進みやすくなります。

要するに、「時期の仮置き」「現預金と返戻金の一覧」「補い方の選択」の3つで、準備が動き出します。

6. 役員退職金の資金繰りに関するよくある質問

Q1. 役員退職金は、いつの事業年度の損金になりますか。

原則は、株主総会の決議などで金額が具体的に確定した日の属する事業年度です。実際に支払った事業年度で損金経理した場合も認められます。(出所:法人税基本通達9-2-28)個別の判断は税理士にご確認ください。

Q2. 役員退職金の金額は、どのように決めますか。

最終報酬月額に、役員としての勤続年数と倍率を掛ける功績倍率法がよく使われます。不相当に高額な部分は損金になりません。(出所:法人税法第34条第2項、同法施行令第70条第2号)相当な額は税理士にご確認ください。

Q3. 役員退職金を分割で支給することはできますか。

支給の方法を調整することはできますが、損金算入の時期や、受け取る側の税金の扱いが変わる場合があります。実行前に税理士へご確認ください。

Q4. 退職金の準備のために、法人保険は必要ですか。

必須ではありません。預金で積み立てる方法もあります。保険は、目的と時期を決めて積み立てる手段のひとつです。会社の資金繰りに無理のない範囲で、組み合わせを検討します。

Q5. 退職金を受け取る側の社長の税金は、どうなりますか。

退職所得控除があり、勤続20年を超える場合は、800万円に20年を超える年数1年あたり70万円を加えた額が控除されます。役員等としての勤続年数が5年までの場合は、退職所得控除後の金額を2分の1にする計算が使えません。(出所:国税庁 タックスアンサー No.2732)

Q6. 相談すると、保険を勧められませんか。

退任の時期と資金繰りの整理が先です。特定の商品を前提にした相談ではなく、ご相談後にお断りいただいても問題ありません。

7. まとめ|役員退職金は、支給後の資金繰りまで見て備える

この記事のまとめ
  • 資金繰りの失敗は、決議後の資金不足・赤字決算の説明・備えの過不足の3つで起きます。
  • 備え方は、預金・法人保険・支給の時期や方法の調整の3つです。組み合わせて考えます。
  • 備えを削りすぎると勇退時に原資がなく、多すぎると保険料が資金繰りを圧迫します。
  • 金額の相当性と損金算入の時期など、個別の税務判断は税理士の領域です。
  • 最初の一歩は、退任時期の仮置きと、現預金・返戻金の一覧づくりです。

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本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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