【FP1級監修】役員退職金を支給する月 経理と総務が進める4つの手順
たとえば、社長が、来月の定時株主総会で退任し、役員退職金を受け取る予定だとします。後を継ぐ専務から「支給の月に、会社はどの手続きを、いつまでに済ませればよいですか」と聞かれ、社長は、退職金の額は決めたものの、支給の前後の手続きまでは考えていなかったと気づきます。
ご相談では、退職金の額は決めていても、支給の月の段取りが決まっていない会社が少なくありません。役員退職金は、額を決めて振り込めば終わり、ではありません。原資の用意、源泉徴収、税の納付、書類の交付と提出が、支給の月の前後に続きます。順番を先に並べておくと、慌てずに済みます。
この記事では、法人保険の目的のうち「役員退職慰労金の準備」を扱います。役員退職金を支給する月に、会社の経理と総務が進める4つの手順と、つまずきやすい場面を説明します。解説するのは、大手生命保険代理店で8年、1,100名以上のご相談を伺ってきた、FP1級(1級ファイナンシャル・プランニング技能士)の筆者です。
この記事は、保険への加入や解約をお勧めするものではありません。税額の計算、申告、経理処理の確定は税理士の領域です。
結論
- 支給日前の原資の入金
- 源泉徴収と翌月10日の納付
- 削りすぎは保障の空白、過剰は資金繰りの圧迫
この記事で分かること
- 今週できる3ステップ
- 支給の月に進める4つの手順
- 支給の月に起こりやすい3つのつまずき
- FP1級が見る点検項目と、失敗につながる場面
1. 役員退職金を支給する月に起こりやすい3つのつまずき
つまずきは3つあります。どれも、支給額を決めることに集中して、支給の前後の手続きを誰がいつ進めるかを決めていないことから起こります。
1-1. 原資にする保険のお金が、支給日に間に合わない
法人保険の解約返戻金を原資にする場合、解約の請求から入金までには日数がかかります。日数は保険会社や書類のそろい方で変わるため、支給日から逆算して請求します。
たとえば、社長が、退任の挨拶回りが落ち着いてから保険の解約を請求すればよいと考えていたとします。支給日の前の週に資金繰りを確かめていた経理担当者が、解約返戻金の入金が支給日の後になり、退職金を払うと月末の支払いの資金が足りなくなると気づきます。会社は、取締役会を開き直して、支給日を翌月に延ばすことになりました。月末の支払いの資金繰りも、組み直すことになりました。
1-2. 「退職所得の受給に関する申告書」を受け取っていない
退職する役員から「退職所得の受給に関する申告書」の提出がないと、会社は支払額の20.42%を源泉徴収します(所得税法第201条第3項・復興特別所得税を含む。出所:国税庁 タックスアンサー No.2732)。提出があれば、退職所得控除を反映した税額で源泉徴収します。
たとえば、社長が、退職金の書類は総会の議事録だけでよいと考え、申告書を会社に出さないまま退任したとします。振り込まれた退職金の明細を見た前社長が、思っていたより手取りが少なく、源泉徴収の額が大きいと気づきます。前社長は、会社に理由を尋ね、申告書を出していなかったことが分かります。前社長は、翌年に確定申告をして精算することになり、その分の手間と、還付(または追加の納付)の手続きが生まれました。
1-3. 住民税の特別徴収と納入を、忘れている
退職所得には、所得税とは別に、住民税が分けて課税されます。会社は、支給の時に住民税を差し引き、翌月10日までに市町村へ納入します(地方税法第328条の5。出所:総務省)。
たとえば、源泉徴収は所得税だけだと社長が考え、住民税を差し引かずに退職金を払ったとします。翌月の試算表を確かめていた顧問税理士が、所得税の納付はあるのに、住民税の納入の記録がないと気づきます。差し引かなかった住民税は会社が市町村へ納入し、前社長にその分の負担を求めることになる場合があります。社長は、退任したばかりの前社長に、言いにくい精算の話を切り出すことになりました。
要するに、間に合わない原資、出ていない申告書、忘れた住民税、の3つが、支給の月に起こりやすいつまずきです。
2. 経営者が支給の月の手続きを後回しにしてしまう背景
背景は3つです。額を決めるまでで力を使い切ること、退職金の手続きが何年かに一度しかないこと、担当が分かれていることです。
2-1. 支給額を決めるまでで、力を使い切る
役員退職金は、規程の確認、額の計算、株主総会の準備と、決めるまでに時間がかかります。決まった安心感から、支給の前後の手続きを後回しにしてしまう場合があります。
2-2. 役員の退職金は、何年かに一度しかない
毎月の給与と違い、役員の退職金の手続きは、経理や総務にとって慣れないものです。前回の手続きの記録が残っていないことも少なくありません。
2-3. 保険・税・書類の担当が、分かれている
保険の解約は保険の担当者、税の計算は顧問税理士、議事録は総務と、担当が分かれています。全体の順番を一枚にまとめる人がいないまま、支給日を迎えます。
要するに、決めるまでの疲れ、慣れない手続き、分かれた担当、の3つが背景です。
3. 役員退職金を支給する月に進める4つの手順
手順は4つです。決議と原資の確定、支給と源泉徴収、翌月10日までの納付、源泉徴収票の交付と提出です。まず次の表で全体を見ます。
| 手順 | 時期の目安 | 確かめる資料の例 |
| 1. 決議と原資の確定 | 支給日の前 | 議事録・規程・保険証券 |
| 2. 支給と源泉徴収 | 支給日 | 受給に関する申告書 |
| 3. 所得税と住民税の納付 | 支給した月の翌月10日まで | 納付書・納入書 |
| 4. 源泉徴収票の交付と提出 | 退職後1か月以内(交付) | 退職所得の源泉徴収票 |
3-1. 手順1 支給額の決議と、原資の入金日を確定する
最初に、取締役の退職慰労金は、株主総会の決議、または総会の決議にもとづく取締役会の決定で、支給額と支給日を確定し、議事録に残します(取締役は会社法第361条第1項、監査役は第387条。出所:e-Gov法令検索)。原資に法人保険を使う場合は、解約や減額の請求日と入金の見込み日を、支給日から逆算して決めます。
解約返戻金を受け取った時は、資産に計上してきた額を取り崩し、差額を益金または損金にします。資産計上の残高がない契約は、受け取った額の全体が益金です。2019年7月8日以後に契約した、保険期間3年以上の定期保険・第三分野保険のうち、最高解約返戻率が50%を超える契約は、保険料の一部を資産に計上しています(割合や期間は区分で異なり、例外もあります。法人税基本通達9-3-5の2。出所:国税庁)。解約の時期で益金の年度が変わるため、年度の判断は顧問税理士に確かめます。
3-2. 手順2 申告書を受け取り、支給の時に源泉徴収する
次に、支給の前に「退職所得の受給に関する申告書」を受け取り、退職所得控除を反映して所得税と住民税を差し引きます。申告書がないと、支払額の20.42%を源泉徴収します(所得税法第201条第3項・復興特別所得税を含む。出所:国税庁 タックスアンサー No.2732)。
退職所得は、退職金から退職所得控除を引いた額の2分の1が課税の対象です。ただし、役員等勤続年数が5年を超えない役員の退職金は、2分の1の計算が適用されません(所得税法第30条。出所:国税庁 タックスアンサー No.2732)。税額の計算は顧問税理士に確かめます。
3-3. 手順3 支給した月の翌月10日までに納付する
差し引いた所得税は、支給した月の翌月10日までに税務署へ納付します(所得税法第199条。出所:国税庁)。住民税も、翌月10日までに、退職した役員の住所のある市町村へ納入します(地方税法第328条の5。出所:総務省)。納期の特例を受けている会社は扱いが異なる場合があるため、顧問税理士に確かめます。
3-4. 手順4 源泉徴収票を本人に交付し、税務署と市町村にも出す
最後に、「退職所得の源泉徴収票・特別徴収票」を作り、退職後1か月以内に本人へ交付します。法人の役員に払った退職金は、税務署(所得税法第226条第2項。出所:国税庁)と市町村(地方税法第328条の14。出所:総務省)にも提出します。提出の時期と方法は、国税庁と市町村の案内で確かめます。
役員退職金の損金算入は、原則として決議などで額が確定した日の事業年度です。支払った日の事業年度に損金経理した場合も認められます(法人税基本通達9-2-28。出所:国税庁)。不相当に高額な部分は損金になりません(法人税法第34条第2項。出所:e-Gov法令検索)。
要するに、決議と原資、支給と源泉徴収、翌月10日の納付、源泉徴収票の交付と提出、の4つを順に進めます。
ここまでで、役員退職金を支給する月の要点を解説しました。役員退職金の準備の全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。
【まるっと解説】勇退退職金の準備|社長のセカンドライフ5つの手順
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4. FP1級が見る、役員退職金の支給の月の点検項目
見る点は4つです。支給の月は、保険と税と書類が同じ時期に重なります。FP1級の筆者が最初に見るのは、支給額よりも、原資の入金日と支給日と納付の期限が、1枚の日程表に並んでいるかどうかです。
4-1. 入金日・支給日・納付の期限が、並んでいるか
保険の入金の見込み日、支給日、翌月10日の納付の期限が、同じ日程表に書かれているかを見ます。
4-2. 申告書の受け取りが、支給の前に組み込まれているか
申告書を誰がいつ受け取るかが、手順に書かれているかを見ます。
4-3. 退任後の保険の扱いが決まっているか
退任する役員を被保険者にした契約を、解約するのか、名義を変えて渡すのか、続けるのかが決まっているかを見ます。後任の役員の保障に空白ができないかも確かめます。
4-4. 相談先の役割分担が決まっているか
税額の計算と経理は顧問税理士、議事録と登記は司法書士、保険の手続きは保険の担当者です。FPは、保険と税と書類の日程を1枚に並べ、確かめる順番を整理する役割で関わります。
要するに、日程表、申告書、退任後の保険、相談先の役割分担の4つを見ます。
5. 今週できる、役員退職金の支給の月に備える3ステップ
今週できるのは3ステップです。保険を解約するかどうかを、急いで決める必要はありません。
5-1. 支給日から逆算した日程表を作る
支給日を起点に、保険の請求日、申告書の受け取り日、納付の期限、源泉徴収票の交付日を書き込みます。
5-2. 退任する役員の保険を、一覧に書き出す
退任する役員を被保険者にした契約を、目的、保険金額、解約返戻金の目安と並べて書き出します。
5-3. 失敗につながる3つの場面を、先に確かめる
役員退職金の支給の月に失敗につながる場面は、保障の削りすぎ、保険料の過剰、源泉徴収票の交付と提出の漏れの3つです。次の場面が起きないかを、先に確かめます。
削りすぎの場面
たとえば、社長が、退職金の原資を厚くするため、自分を被保険者にした契約と一緒に、後継の専務を被保険者にして会社の借入に備えていた事業保障の契約も解約したとします。新しい社長の就任後の融資の面談で、取引銀行の担当者から、経営者に万一があった時の返済の備えを聞かれ、新しい社長は、自分を被保険者にした契約が解約日から消え、会社に事業保障の備えが残っていないと気づきます。新しい社長に万一があれば、借入の返済に充てる資金がない期間が、すでに数か月続いていました。
過剰の場面
たとえば、社長が、退職金を払った後も、退職金の準備に使っていた自分を被保険者にした保険を、目的を決めないまま払い続けていたとします。期末の監査で保険料の明細を見ていた監査役が、目的を終えた契約の保険料が毎月引き落とされ、新しい社長の役員報酬の見直しと重なって資金繰りを圧迫していると気づきます。監査役は、取締役会で、契約の扱いを決めるよう求めます。前社長と新しい社長は、続けるか、名義を変えるか、解約するかの選択肢を、保険の担当者に契約ごとに確かめてから決めます。
源泉徴収票の交付と提出の漏れの場面
たとえば、社長が、退職金の支給と納付を済ませれば、手続きは終わりだと考えていたとします。年末の法定調書の準備をしていた総務部長が、前社長の「退職所得の源泉徴収票・特別徴収票」を作っておらず、本人への交付も、税務署と市町村への提出もしていないと気づきます。総務部長は、交付の期限を過ぎていたことを社長に報告します。会社は、遅れた書類を急いで作り、前社長へのお詫びとともに届けました。
要するに、逆算の日程表を作る、退任する役員の保険を書き出す、失敗の場面を先回りする、の3つが今週の一歩です。
6. 役員退職金を支給する月のよくある質問
Q1. 役員退職金の源泉徴収税は、いつまでに納めますか。
支給した月の翌月10日までに税務署へ納付します(所得税法第199条。出所:国税庁)。住民税も翌月10日までに市町村へ納入します(地方税法第328条の5。出所:総務省)。納期の特例を受けている会社は扱いが異なる場合があるため、顧問税理士に確かめます。
Q2. 「退職所得の受給に関する申告書」がないと、どうなりますか。
支払額の20.42%を源泉徴収します(所得税法第201条第3項・復興特別所得税を含む。出所:国税庁 タックスアンサー No.2732)。受け取った役員は、確定申告で精算することになります。支給の前に申告書を受け取ると、手間が減ります。
Q3. 保険の解約返戻金は、支給日のどれくらい前に請求すればよいですか。
入金までの日数は保険会社や書類のそろい方で変わるため、一律には言えません。保険の担当者に入金の見込み日を確かめ、支給日から逆算して請求日を決めます。
Q4. 役員退職金は、どの事業年度の損金になりますか。
原則として、決議などで額が確定した日の事業年度です。支払った日の事業年度に損金経理した場合も認められます(法人税基本通達9-2-28。出所:国税庁)。不相当に高額な部分は損金になりません(法人税法第34条第2項。出所:e-Gov法令検索)。個別の判断は顧問税理士に確かめます。
Q5. 退職所得の源泉徴収票は、誰に出しますか。
退職後1か月以内に本人へ交付し、法人の役員に払った分は、税務署(所得税法第226条第2項。出所:国税庁)と市町村(地方税法第328条の14。出所:総務省)にも提出します。提出の時期と方法は、国税庁と市町村の案内で確かめます。
Q6. 退任した役員の保険は、支給の月に解約したほうがよいですか。
解約、名義を変えて渡す、続ける、のどれが合うかは、契約の目的と会社の資金で変わります。解約返戻金を原資にする場合は支給日の前に、続ける場合は目的を決め直してから判断します。税務の扱いは顧問税理士に確かめます。
7. まとめ|役員退職金は、支給の月の手順まで決めておく
- 支給日前の原資の入金
- 源泉徴収票の交付と提出
- 支給前の申告書の受け取り
- 税額と経理は税理士の領域
- 所得税と住民税の翌月10日までの納付
- 削りすぎは保障の空白、過剰は資金繰りの圧迫
筆者は新卒のころ、保険金を受け取れるかと不安そうなお電話をいただき、給付の対象とお伝えすると、ほっとされた声を今も覚えています。保険は、一番つらい「その時」に支えるものです。退任の時も、長く会社を支えた方に、手続きで慌てることなく退職金が届く形を、一緒に確かめています。
筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。
ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。支給日から逆算した日程表を作るところから、一緒に進めます。
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本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。
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