たとえば、社長が、事業の拡大に合わせて本店を新しい事務所へ移し、あわせて社名も新しいブランドに合わせて変えると決めたとします。登記、取引先への案内、看板や名刺の作り替えと、やることが一度に押し寄せます。社長は、会社で入っている法人保険の手続きまでは、頭が回っていませんでした。

移転のご相談では、登記は済んだのに、保険会社への届け出だけが抜けていたという声を伺います。

本店の移転や社名の変更は、会社の中身が変わらなくても、保険会社の記録とのずれを生みます。ずれたままにすると、大切なお知らせが届かない、保険料が引き落とされない、請求の書類が増える、といったことが起こり得ます。

この記事では、法人保険の目的のうち「見直し・税務の整理」を扱います。本店移転・社名変更の時に、法人保険で確かめたい4つのチェック項目と、つまずきやすい場面を説明します。解説するのは、大手生命保険代理店で8年、1,100名以上のご相談を伺ってきた、FP1級(1級ファイナンシャル・プランニング技能士)の筆者です。

この記事は、保険への加入や解約をお勧めするものではありません。税務の判断、申告、経理処理の確定は税理士の領域です。

結論

  • 登記の後の届け出
  • 保険料の引き落とし口座の確認
  • 削りすぎは保障の空白、過剰は資金繰りの圧迫

この記事で分かること

  • 今週できる3ステップ
  • 法人保険の4つのチェック項目
  • 移転・社名変更で起こりやすい3つのずれ
  • FP1級が見る点検項目と、失敗につながる場面
タップできる目次

1. 本店移転・社名変更の時に、法人保険で起こりやすい3つのずれ

ずれは3つあります。どれも、会社の登記や取引先への案内を済ませた安心感から、保険会社への届け出を後回しにすることで起こります。

1-1. 保険会社のお知らせが、古い住所に届き続ける

保険会社は、届け出のあった契約者の住所に、契約内容のお知らせや払込みの案内を送ります。約款で、最後に届け出た住所に送った通知は届いたものとみなす、と定めている場合があります。

たとえば、移転の手続きを任された総務担当者が、取引先と役所への届け出だけを済ませ、保険会社には何も出していなかったとします。決算の準備で保険積立金の残高を確かめようとした経理担当者が、移転の後、保険会社からの契約内容のお知らせが一通も届いていないと気づきます。保険会社に問い合わせると、お知らせは旧住所に送られていたことが分かり、再発行の書類が届くまで数字を確かめられず、保険積立金の照合は、決算の締めの日に間に合いませんでした。

1-2. 保険料の引き落とし口座を、移転と一緒に閉じてしまう

移転に合わせて、メインの取引銀行や支店を替える会社もあります。保険料の引き落とし口座を替える時は、保険会社への口座の変更の手続きが別に要ります。引き落としができないまま払込みの猶予期間を過ぎると、契約が失効して保障を失う場合があります。猶予期間の長さ、解約返戻金で保険料を立て替える自動振替貸付の扱い、失効後の復活の扱いは、約款で確かめます。

たとえば、経理担当者が、新しい事務所の近くの支店に口座をまとめ、旧口座を解約したとします。翌月、保険の担当者から社長に、保険料の引き落としができなかったという連絡が入り、社長は、保険料の口座が旧口座のままだったと気づきます。会社は、猶予期間のうちに保険料を振り込んで、失効を避けました。

1-3. 名称が違うまま、請求の手続きに入ってしまう

社名を変えても、会社そのものは同じです。ただ、保険会社の記録の名称と、請求の書類の名称が違うと、同じ会社であることを示す書類が追加で求められる場合があります。旧商号と新商号は、履歴事項全部証明書で確かめられます。

たとえば、社長が、名称の変更の届け出は急がなくてよいと考え、そのままにしていたとします。資金繰りのために契約者貸付を請求した専務が、保険会社から、請求書の会社名が契約の名称と違うため、変更の届け出と履歴事項全部証明書が先に必要だと伝えられて気づきます。貸付金の入金は予定の支払日に間に合わず、会社は、取引先に支払いを数日待ってもらいました。

要するに、古い住所に届くお知らせ、閉じてしまった口座、違う名称のままの請求、の3つが、移転と社名変更で起こりやすいずれです。

2. 経営者が移転の時に、法人保険の手続きを後回しにしてしまう背景

背景は3つです。やることの多さ、保険が毎月自動で動いていること、担当が決まっていないことです。

2-1. 移転と社名変更は、やることが一度に重なる

登記、役所への届け出、取引先への案内、銀行、看板や名刺と、移転の前後は手続きが重なります。毎日の業務に直結しない保険は、順番が後ろに回りがちです。

2-2. 保険は、毎月自動で動いているように見える

保険料は口座から自動で引き落とされるため、普段は意識しません。動いているうちは、届け出が必要だと気づきにくくなります。

2-3. 保険会社への届け出の担当が、決まっていない

登記は司法書士、税の届け出は顧問税理士と、相談先が決まっている手続きと違い、保険会社への届け出は誰が出すかが決まっていない場合があります。

要するに、重なる手続き、自動で動く保険、決まっていない担当、の3つが背景です。

3. 本店移転・社名変更の時に確かめる、法人保険の4つのチェック項目

チェック項目は4つです。登記の後の書類、契約者の名称と住所、保険料の口座、受取人と通知先です。まず次の表で全体を見ます。

チェック項目 時期の目安 確かめる資料の例
1. 登記の後の書類 変更の登記の後 登記事項証明書
2. 契約者の名称と住所 登記の後すぐ 保険証券・変更の届け出書
3. 保険料の口座 旧口座を閉じる前 口座振替の依頼書
4. 受取人と通知先 届け出と同じ時期 契約内容のお知らせ

3-1. チェック項目1 変更の登記を済ませ、証明書をそろえる

商号の変更や、同じ登記所の管轄の中での本店の移転は、2週間以内に、本店の所在地で変更の登記をします(会社法第915条第1項)。管轄の外へ本店を移す場合は、2週間以内に、旧所在地で移転の登記をし、新所在地でも登記をします(会社法第916条第1号。出所:e-Gov法令検索)。

商号の変更は定款の変更にあたり、株主総会の特別決議が要ります(会社法第466条・第309条第2項第11号。出所:e-Gov法令検索)。定款に定めた本店の所在地の市区町村の外へ移る場合も、定款の変更が要ります。保険会社への届け出には、旧商号や旧住所が分かる履歴事項全部証明書を求められる場合があるため、登記の後に取り寄せておきます。

3-2. チェック項目2 契約者の名称と住所を届け出る

次に、会社が契約者になっている保険のすべてについて、名称と住所の変更を保険会社に届け出ます。契約が複数の保険会社に分かれている場合は、会社ごとに手続きが要ります。保険証券の一覧を作り、届け出の済んだ契約に印を付けていくと、漏れが防げます。

名称や住所の変更だけであれば、保険料の経理の扱いは変わらないと考えられます。届け出の機会に、契約ごとの経理の扱いもあわせて確かめておくと、見直しの土台になります。2019年7月8日以後に契約した、保険期間3年以上の定期保険・第三分野保険のうち、最高解約返戻率が50%を超える契約は、保険料の一部を資産に計上する扱いです(割合や期間は区分で異なり、例外もあります。法人税基本通達9-3-5の2。出所:国税庁)。個別の扱いは顧問税理士に確かめます。

3-3. チェック項目3 保険料の口座を、旧口座を閉じる前に替える

引き落とし口座を替える時は、旧口座を閉じる前に、保険会社へ口座の変更を届け出ます。切り替わるまでに時間がかかる場合があるため、切り替わった月を保険会社に確かめてから、旧口座を閉じます。

3-4. チェック項目4 受取人と、書類の通知先を確かめる

最後に、会社が受取人の契約で、受取人の名称が新しい社名になっているかを確かめます。あわせて、保険会社からの書類を誰が受け取り、誰に回すかを社内で決めます。納税地が変わる場合の異動前の所轄税務署への届け出(法人税法第20条。出所:e-Gov法令検索)は、顧問税理士と確かめます。

要するに、登記の後の書類、名称と住所の届け出、口座の切り替え、受取人と通知先、の4つを順に確かめます。

ここまでで、本店移転・社名変更の時の法人保険の要点を解説しました。法人保険の見直しの全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

【まるっと解説】法人保険の見直し 全体像を整理する5つの手順

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4. FP1級が見る、移転・社名変更の時の法人保険の点検項目

見る点は4つです。FP1級の筆者が最初に見るのは、届け出の書類よりも、会社が持っている保険の一覧がそろっているかです。一覧があれば、届け出の漏れと、移転を機に見直す契約が一度に見えます。

4-1. 保険会社ごとの契約の一覧があるか

保険会社、契約者、被保険者、受取人、保険料の口座を並べた一覧があるかを見ます。一覧がない会社では、保険料の引き落としの明細から、契約している保険会社を洗い出すところから始めます。

4-2. 届け出の済んだ契約が、印で分かるか

名称・住所・口座の3つの届け出が、契約ごとに済んでいるかを見ます。届け出の後に届く変更の確認の書類を、一覧と一緒に保管しておくと、後から確かめやすくなります。

4-3. 移転で変わる拠点や人と、保険が合っているか

拠点の統合や人の異動で、被保険者や加入の範囲が今の会社の姿と合っているかを見ます。移転は、会社の姿を見直す節目です。保険の目的が今の会社に合っているかを点検する価値があります。

4-4. 相談先の役割分担が決まっているか

登記は司法書士、税の届け出と経理は顧問税理士、保険の手続きは保険の担当者です。FPは、届け出の漏れと、見直す契約を1枚に並べ、確かめる順番を整理する役割で関わります。

要するに、契約の一覧、届け出の印、拠点や人との一致、相談先の役割分担、の4つを見ます。

5. 今週できる、移転・社名変更に備える3ステップ

今週できるのは3ステップです。移転を機に、保険を急いで増やしたり解約したりする必要はありません。

5-1. 保険証券を集め、保険会社ごとに並べる

会社が契約者の保険証券と、直近の契約内容のお知らせを集め、保険会社ごとに並べます。

5-2. 届け出の表を作り、担当者を1人決める

名称・住所・口座の3つの列を作り、契約ごとに届け出の日を書き込む表を作ります。保険会社への届け出を出す担当者を1人決めます。

5-3. 失敗につながる3つの場面を、先に確かめる

移転と社名変更の時に失敗につながる場面は、保障の削りすぎ、保険料の過剰、事業用の財産の保険の所在地の放置の3つです。次の場面が起きないかを、先に確かめます。

削りすぎの場面

たとえば、社長が、旧工場を閉じて新しい拠点に移すのを機に、旧工場の工場長を被保険者にした契約を、もう要らないものとして解約したとします。新しい拠点の稼働計画を作っていた後継者候補の常務が、工場長は新しい拠点でも製造の責任者を続けており、工場長に万一があった時の代わりの人を探す資金の備えが、解約の日から消えていると気づきます。会社は、代わりの人を採用する資金を、毎月の積み立てで別に用意し始めました。

過剰の場面

たとえば、社長が、2つの拠点を1つにまとめた後も、各拠点で入っていた従業員向けの保険を、それぞれ払い続けていたとします。給与計算の担当者が、異動した従業員の名簿を見比べていて、同じ従業員が2つの契約の両方に入っており、統合で減った売上の中から重なった保険料を払っていると気づきます。統合で売上が減った月にも重なった保険料の引き落としが続き、仕入れの支払いに回す預金が減っていました。会社は、次の更新で、片方の契約から重なった従業員を外しました。

事業用の財産の保険の所在地を放置していた場面

たとえば、社長が、倉庫の設備と在庫を新しい倉庫へ移したのに、火災保険の保険の対象の所在地を、旧倉庫のままにしていたとします。新しい倉庫の防火の点検に立ち会った物流課長が、保険証券の所在地が旧倉庫の住所だと気づきます。損害保険の約款は、保険の対象を移す時にあらかじめ通知するよう定めている場合があり、通知がないと新しい所在地での損害が補償されない、または契約が解除される場合があります(約款で確かめます)。会社は、その週のうちに保険会社へ所在地の変更を通知しました。

要するに、証券を集める、届け出の表と担当者を決める、失敗の場面を先回りする、の3つが今週の一歩です。

6. 本店移転・社名変更と法人保険のよくある質問

Q1. 社名を変えたら、法人保険は入り直しになりますか。

社名を変えても会社そのものは同じため、通常は入り直す必要はなく、名称の変更を保険会社に届け出ます。旧商号が分かる履歴事項全部証明書を求められる場合があります。手続きは契約している保険会社で確かめます。

Q2. 本店移転の登記は、いつまでに必要ですか。

同じ登記所の管轄の中なら2週間以内に変更の登記(会社法第915条第1項)、管轄の外へ移す場合は2週間以内に旧所在地と新所在地で登記をします(会社法第916条第1号。出所:e-Gov法令検索)。登記の手続きは司法書士に確かめます。

Q3. 住所の変更を届け出ないと、どうなりますか。

保険会社からのお知らせや払込みの案内が、古い住所に送られ続けます。約款で、最後に届け出た住所への通知は届いたものとみなす、と定めている場合があるため、登記の後すぐに届け出ます。

Q4. 保険料の引き落とし口座は、いつ替えればよいですか。

旧口座を閉じる前に、保険会社へ口座の変更を届け出ます。切り替わるまでに時間がかかる場合があるため、切り替わった月を確かめてから旧口座を閉じます。引き落としができないまま猶予期間を過ぎると、失効する場合があります。自動振替貸付や復活の扱いは約款で確かめます。

Q5. 名称や住所の変更で、保険料の経理は変わりますか。

名称や住所の変更だけであれば、保険料の経理の扱いは変わらないと考えられます。2019年7月8日以後に契約した、保険期間3年以上の定期保険・第三分野保険は、最高解約返戻率が50%を超えると、区分に応じて保険料の一部を資産に計上します(法人税基本通達9-3-5の2。出所:国税庁)。個別の扱いは顧問税理士に確かめます。

Q6. 合併や会社分割の場合も、同じ届け出でよいですか。

合併では、存続する会社や新しく設立される会社が権利義務を包括的に引き継ぎます(会社法第750条第1項・第754条第1項)。会社分割では、分割の契約や計画の定めで引き継ぐものが決まります(会社法第759条第1項・第764条第1項。出所:e-Gov法令検索)。どちらも、名称や住所の変更とは手続きが異なり、保険会社への届け出が要ります。契約ごとの扱いを保険会社に、税務の扱いを顧問税理士に確かめます。

7. まとめ|移転と社名変更は、保険の届け出までを手続きに入れる

この記事のまとめ
  • 2週間以内の登記
  • 名称と住所の届け出
  • 受取人と通知先の確認
  • 税務と経理は税理士の領域
  • 旧口座を閉じる前の口座変更
  • 削りすぎは保障の空白、過剰は資金繰りの圧迫

筆者は以前、保険料の相談に来られた方に、背景を伺わないまま保障を減らす話をして、納得いただけなかったことがあります。それ以来、手続きや見直しの前に、まず誰を守りたいかを伺うようにしています。移転の時も、守りたい人が変わっていないかを一緒に確かめます。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。保険証券を集めて並べるところから、一緒に進めます。

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本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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