たとえば、借入が少し増えた会社の社長が、決算の打合せで顧問税理士から「社長に万一があったとき、会社が先に使えるお金は、いまどれくらいありますか」と聞かれたとします。

社長は、預金には余裕があると思っているとします。ところが経理担当者が資金繰り表を開くと、手元の預金は、給与と仕入の支払いで動いていると分かります。万一の時の資金を、預金の余裕でまかなうのか、保険で備えるのか。どちらが会社に合うのか、比べる材料がありません。

この記事では、社長の万一に備える事業保障の資金を、法人保険と内部留保(預金)のどちらで備えるかを、役割の違い、比べる軸、組み合わせ方、失敗の場面の順に整理します。解説するのは、大手生命保険代理店で8年、1,100名以上のご相談を受けてきたFP1級の筆者です。

この記事は、加入をお勧めするものではありません。どちらか一方を正解とするものでもありません。いまの備えが会社の状況と合っているかを点検するための記事です。

結論

  • 預金などの内部留保は、使い道が自由で、すぐ使える反面、万一の時に必要な額がそろっているとは限りません。法人保険は、決めた保障額が決まった条件で支払われる反面、保険料が資金繰りの負担になります。
  • どちらか一方に決めるのではなく、万一の時に必要な額を先に出し、預金で足りない分を保険で備える組み合わせが、現実的な考え方です。
  • 備えが足りないと万一の時に支払いが止まり、備えすぎると保険料が資金繰りを圧迫します。税務の個別判断は税理士の領域です。

この記事で分かること

  • 保険と内部留保の違いを比べる4つの軸
  • 万一の資金の必要額を出してから、備え方を決める4つの手順
  • FP1級が見る点検項目と、備えが足りない・多すぎる失敗の場面
  • 今週できる3ステップ
タップできる目次

1. 社長の万一資金を、保険と内部留保のどちらで備えるか迷う3つの理由

迷う理由は、3つあります。どちらにも、よい面と弱い面があるためです。

1-1. 預金は自由に使えるが、必要額に届くか分からない

預金は、使い道を限定せずに使えます。ただし、万一の時に必要な額は、借入の残高、固定費、取引先への支払いで変わります。決算の時点で預金が多く見えても、翌月の支払いで減ります。

たとえば、期末に預金が多かった会社で、社長に万一があり、翌月の支払いと従業員の給与が重なったとします。預金の残高が、思っていたほど残らず、金融機関への返済の相談から始めることになります。

1-2. 保険は保障額が決まるが、保険料が毎期かかる

法人保険は、決めた保障額が、契約で決めた条件に当てはまった時に支払われます。ただし、保険料は毎期の資金から出ていきます。保障額を大きくするほど、保険料も大きくなります。

たとえば、万一に備えて大きな保障を決めた会社で、売上が落ちた年に保険料が重くなったとします。解約や減額を考えますが、その時点で解約返戻金が払込保険料を下回ることもあります。

1-3. 比べる軸が、会社ごとに違う

借入が多い会社、固定費が重い会社、売上が社長に依存する会社では、必要な額も、支払いが必要な時期も違います。他社の例をそのまま当てはめると、合わない備えになります。

たとえば、同業の会社の備え方をそのまま真似したとします。借入が多い自社では、必要額が足りないと、決算の打合せで分かります。社長は、自社の借入と固定費から必要額を出し直します。

要するに、預金は自由だが額が読めず、保険は額が決まるが毎期の負担があり、比べる軸も会社ごとに違うため、迷いが生まれます。

2. 経営者が万一資金の備え方を決められず、先送りしてしまう背景

先送りの背景は、必要額が見えないこと、いま困っていないこと、保険の話題に触れにくいことの3つです。順に整理します。

2-1. 必要な額を、誰も計算していない

万一の時に会社に必要な額は、借入、固定費、取引先への支払いなどを積み上げて出します。普段の経理には、この計算がありません。数字がないため、預金で足りるのか、保険が要るのか、判断できません。

2-2. いま資金に困っていないため、緊急性を感じない

業績が安定している間は、万一の備えを考える動機が弱くなります。決算が終わるたびに「来期に考える」と先送りになります。

2-3. 保険の担当者の提案に、そのまま乗るか断るかになりやすい

備え方を比べる材料がないと、保険の担当者の提案に乗るか、全部断るかの二択になりがちです。預金と保険の役割を分けて考えると、組み合わせが見えてきます。

備え方は、一度決めて終わりではありません。借入や売上、役員の体制が変わるたびに、必要額も変わります。年に一度、決算の打合せで見直す場を決めておくと、先送りを防げます。

社長の万一に必要な資金の全体像は、【まるっと解説】社長が売上を支える会社の事業保障 5つの備えで詳しく解説しています。

要するに、必要額が計算されていないこと、いま困っていないこと、提案を比べる材料がないことが、先送りの背景です。

3. 事業保障の資金を、保険と内部留保で比べる4つの手順

手順は4つです。まず次の表で、保険と内部留保の違いを見ます。

比べる軸 内部留保(預金) 法人保険
使い道 自由に使える 受け取った後は自由だが、受け取れるのは契約の条件に当てはまった時
金額 その時の残高で決まる 契約で保障額を決められる
毎期の負担 積み立てる額は会社が決める 保険料が毎期かかる
弱い面 必要な時に必要な額がそろっていない場合がある 解約すると返戻金が払込保険料を下回る場合がある

3-1. 手順その1:万一の時に必要な額を積み上げる

借入の残高、毎月の固定費(賃料・給与など)、取引先への支払い、退職金の見込みを一覧にします。万一の後、会社が一定期間続くために必要な額が、備えの目安です。

一覧にする項目は、次の4つに分けると整理しやすくなります。

  • 金融機関への返済(社長が連帯保証人になっている借入を含む)
  • 毎月の固定費(賃料、給与、リース料など)
  • 取引先への支払い(買掛金、支払手形など)
  • 従業員の退職金や、社長の死亡退職金・弔慰金の見込み

いつまでの額を備えるかは、後継者や代わりの役員が立つまでの期間をどう見るかで変わります。期間の置き方を一つに決めず、短い場合と長い場合の2通りで出しておくと、判断しやすくなります。

3-2. 手順その2:いま使える預金を確かめる

決算書の預金の額ではなく、資金繰り表で、翌月以降の支払いを引いたあとの預金を確かめます。万一の時に動かせる額は、残高そのものより小さくなります。

預金には、すでに行き先が決まっているものがあります。たとえば、納税の資金、賞与の資金、設備の支払いの資金です。これらを引いた後に残る額が、備えに回せる預金の目安です。

3-3. 手順その3:足りない額を、保険と預金でどう分けるか決める

手順1の必要額から、手順2の預金を引いた額が、不足分の目安です。不足分を保険で備える場合は、保険期間と保障額を、借入の返済や事業の見通しに合わせます。

保険の種類によって経理処理が異なります。法人税基本通達9-3-5の2は定期保険・第三分野保険の取扱いで、養老保険(9-3-4)や終身保険は別の取扱いです。2019年(令和元年)7月8日以後の契約で、保険期間が3年以上の定期保険・第三分野保険のうち、最高解約返戻率が50%を超えるものは、区分に応じて(年換算保険料の額などによる例外もあります)保険料の一部が資産に計上されます。資産計上した分は、保険期間の後半に取り崩して費用にします(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)。個別の処理は、顧問税理士に確認します。事業保障には、期間を決めた定期保険のほか、一生涯の終身保険などがあり、保険料や解約返戻金の仕組みが異なります。

3-4. 手順その4:毎年の決算で、必要額と備えを見直す

借入が減れば必要額も減り、事業が大きくなれば増えます。後継者が育って役割が分かれた場合も、必要額の考え方が変わります。決算のたびに、必要額と備えを比べ直します。保障が過剰になった契約は、減額や払済などの方法を、保険会社に確認します。

要するに、必要額の積み上げ、使える預金の確認、不足分の分け方、毎年の見直しの順に決めます。

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。必要額の積み上げと、いまの備えの確認を一緒に整理します。

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4. FP1級が見る事業保障の点検項目

FP1級の筆者が最初に見るのは、保険か預金かの前に、万一の時に必要な額の根拠があるかどうかです。点検項目は次の4つです。

4-1. 必要額の根拠

借入、固定費、取引先への支払い、退職金の見込みが、一覧になっているかを確かめます。根拠がなければ、まず積み上げます。一覧は、顧問税理士と経理担当者が同じ数字を見られる形で保管します。

4-2. 預金の中身

決算書の預金の額だけでなく、翌月の支払い、納税、設備の支払いを引いた額を確かめます。

4-3. 既存の保険の保障額と期間

すでに契約している保険の保障額と保険期間が、必要額と借入の返済の見通しに合っているかを確かめます。借入が減っているのに、保障額が当時のままの契約が残っている場合があります。

4-4. 保険料と資金繰りの余裕

経理担当者が毎月の資金繰り表に、保険料の引落しの月を載せているかも確かめます。年払いや半年払いの月が、他の大きな支払いと重なっていないかが、確認の中心です。

保険料が、毎期の資金繰りに無理なく払える額かを確かめます。業績が下がった年でも払える額かどうかが、判断の目安です。

要するに、点検の中心は、必要額の根拠、預金の中身、既存の保障額と期間、保険料の負担の4つです。

5. 万一資金の備えで起きやすい失敗の場面と、今週できる一歩

失敗は、備えが足りない場合と、備えすぎの場合の両面で起きます。誰が、いつ、何を間違えるかを、場面で確認します。

5-1. 預金が多いと思い込み、万一の時に支払いが止まる

たとえば、社長が決算書の預金の多さを見て、「万一があっても預金で足りる」と考えていたとします。万一の後、経理担当者が翌月の支払いを確かめると、取引先への支払い、給与、金融機関への返済が重なり、預金が足りなくなる場面に直面します。

社長は、金融機関と取引先に支払いの時期を相談します。以後は、決算のたびに、支払いを引いた預金で必要額と比べます。

5-2. 保障を大きくしすぎて、保険料が資金繰りを圧迫する

反対に、たとえば、社長が不安から大きな保障を決め、毎期の保険料が重くなったとします。売上が落ちた年に、経理担当者が資金繰り表を見て、運転資金が足りない月があることに気づきます。社長は解約を考えますが、返戻金が払込保険料を下回ると分かります。

社長は、減額や払済を保険会社に確認します。以後は、業績が下がった年でも払える額に抑えます。

5-3. 借入が減ったのに、保障額が当時のままになる

たとえば、借入が大きく減った後も、契約時の保障額のまま保険料を払い続けているとします。決算の打合せで証券を開いた時に、保障額が必要額を上回っていると気づきます。

決算のたびに、必要額と保障額を見比べます。過剰な部分は、減額などを保険会社に確認します。

5-4. 借入を増やしたのに、保障額と期間が以前のままになる

たとえば、追加で借入をしたのに、保障額と保険期間が以前のままとします。決算の打合せで証券を開くと、借入の残高が保障額を上回っていると分かります。

社長は、保険会社に増額や新たな契約を相談します。以後は、借入を増やす月に、保障額と期間を見直します。

5-5. 保険の受取人や使い道を決めておらず、受け取った後に迷う

たとえば、保険の受取人と使い道を決めないまま万一を迎えたとします。保険金が入っても、使い道が決まらず、金融機関への返済と給与の支払いの判断が止まります。

社長の判断が要る状態になった後で、顧問税理士と順番を決めます。以後は、受取人と、保険金を使う順番を、先に顧問税理士と決めておきます。決めた内容は、社長だけでなく、経理担当者や後を引き継ぐ役員にも共有します。

5-6. 今週できる3ステップ

今週できるのは、次の3つです。

  1. 借入、固定費、取引先への支払いを一覧にして、必要額の目安を出す
  2. 資金繰り表で、翌月以降の支払いを引いた預金を確かめる
  3. 証券で、保障額、保険期間、保険料を確かめる

要するに、必要額から逆算し、預金で足りない分だけを保険で備え、毎年の決算で見直します。

6. 社長の万一資金のよくある質問

Q1. 預金が十分あれば、法人保険は不要ですか。

必要額と使える預金を比べたうえで判断します。決算書の預金の額は、翌月の支払いで減るため、万一の時に動かせる額とは一致しません。不足がなければ、保険に入らない選択もあります。

Q2. 保険で備える場合、保障額はどう決めますか。

借入の残高、固定費、取引先への支払い、退職金の見込みから、必要額を積み上げ、使える預金を引いた不足分を目安にします。会社ごとに異なるため、顧問税理士やFPと確かめます。

Q3. 保険料は、損金になりますか。

契約の内容によります。2019年(令和元年)7月8日以後の契約で、保険期間が3年以上の定期保険・第三分野保険のうち、最高解約返戻率が50%を超えるものは、区分に応じて(年換算保険料の額などによる例外もあります)保険料の一部を資産に計上します。資産計上した分は、保険期間の後半に取り崩して費用にします(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)。それより前の契約は取扱いが異なります。実際の処理は、顧問税理士の領域です。

Q4. 借入が減ったら、保険も減らしたほうがよいですか。

必要額が減るため、保障額が過剰になっていないかを点検する価値があります。減額や払済などの方法は、契約によって異なるため、保険会社に確認します。

Q5. 解約すると、損をしますか。

契約の種類や経過年数によっては、解約返戻金が払込保険料を下回る場合があります。解約の前に、減額や払済など他の方法と比べ、実際の額を保険会社に確認します。

Q6. 受取人は、会社と遺族のどちらにしますか。

保険金の使い道によって決めます。会社の資金に使うなら会社、遺族への弔慰金や退職金に使うなら規程に沿って整理します。経理処理は、顧問税理士の領域です。

Q7. 内部留保と保険のほかに、備える方法はありますか。

金融機関との関係を保つこと、取引先や役員との役割の整理、後継者や代わりの役員の育成も、事業保障の一部です。お金の備えだけでなく、誰が何を引き継ぐかを決めておくことも、万一の影響を小さくします。

Q8. 顧問税理士と保険の担当者で、意見が分かれたらどうしますか。

税務の処理は顧問税理士、保障額や契約の仕組みは保険会社や保険担当者、全体の組み合わせはFPと、相談する内容で相手を分けます。意見が分かれた場合は、必要額の積み上げ表を共有し、同じ数字で話し合います。

7. まとめ|万一資金は、必要額から逆算して保険と預金を組み合わせる

この記事のまとめ
  • 預金は自由に使えるが額が読めず、保険は額が決まるが保険料が毎期かかります。どちらか一方でなく、必要額から逆算して組み合わせます。
  • 必要額の積み上げ、使える預金の確認、不足分の分け方、毎年の見直しの4つの手順で決めます。
  • 備えが足りないと支払いが止まり、備えすぎると保険料が資金繰りを圧迫します。
  • 税務の個別判断は税理士の領域です。保険に入らない選択もあります。

筆者は、保険は会社と大切な人を守る道具のひとつだと考えています。必要なものを、必要な分だけ。増やすより見直したほうがよい場合も、正直にお伝えします。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。必要額と備えの現状を、一緒に整理します。

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本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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