たとえば、従業員が増えた会社で、社長が、従業員から、会社の保険で何が備えられているのかを尋ねられたとします。社長は、加入したころの経緯を思い出そうとしますが、いまの従業員が対象に入っているのか、すぐには答えられません。

従業員が増えると、福利厚生の保険は、加入範囲、規程、保険料の総額のそれぞれで、見直しが必要になる場合があります。ただ、いつ、何を確かめればよいのかは、分かりにくいものです。

この記事では、従業員が増えた会社が福利厚生の保険をどう見直すかを、次の3つの手順で整理します。目的と対象者の範囲を決める、規程や就業規則との整合を確かめる、保険料と資金繰りを試算する、の3つです。解説するのは、大手生命保険代理店で8年、1,100名以上のご相談を受けてきたFP1級の筆者です。

この記事は、法人保険への加入をお勧めするものではなく、福利厚生の保険を点検するためのものです。税務の個別判断や経理処理は税理士の領域、就業規則や労務の手続きは社会保険労務士の領域です。

結論

  • 従業員が増えたら、福利厚生の保険は、目的と対象者の範囲、規程との整合、保険料と資金繰りの3つを、この順に確かめます。
  • 常時10人以上の労働者を使用する会社は、就業規則の作成と届出が必要です。退職手当を定める場合は、その内容も記載します(出所:労働基準法第89条)。
  • 備えを据え置けば保障に空白が生じ、手厚くしすぎれば資金繰りを圧迫します。両面を見て決めます。

この記事で分かること

  • 従業員が増えたのに保険を見直さないと、会社で起きる3つの場面
  • 見直しの3つの手順と、確認事項の整理表
  • FP1級が見る点検項目と、失敗につながる場面
  • 今週できる、現状の書き出しなど3ステップ
タップできる目次

1. 従業員が増えても法人保険の福利厚生を見直さないと起きる3つの場面

従業員が増えても福利厚生の保険を見直さないと、起きる場面は3つあります。順に見ていきます。

1-1. 新しい従業員が、対象に入っているか分からない

福利厚生の保険の加入範囲を、従業員が少なかったころの決め方のままにしていると、入社した従業員が対象かどうかを、その都度、経営者に確認することになります。決め方が文書になっていないと、人によって扱いが変わる場合があります。

たとえば、加入の対象を文書に残さないまま、従業員が増えたとします。人事担当者が、入社手続きの案内に載せる福利厚生の内容を確かめると、保険の加入の対象が、社内のどこにも文書で残っておらず、社長の記憶に頼っていると気づきます。人事担当者は、社長に、これまでの加入の経緯を聞き、対象者の範囲を書き出します。以後は、入社の手続きの項目に、保険の対象かどうかの確認を加えます。

1-2. 就業規則と、保険の運用が食い違う

常時10人以上の労働者を使用する使用者は、就業規則を作成して届け出る義務があります。退職手当などについて定める場合は、適用される労働者の範囲や、決定、計算と支払いの方法、支払いの時期も記載します(出所:労働基準法第89条)。

たとえば、従業員が10人に達したため、社会保険労務士に就業規則の作成を依頼したとします。社会保険労務士が、退職金を保険で備えているのに、就業規則には対象者の範囲や支払いの時期の定めがないと指摘します。社長は、規程に載せる内容を社会保険労務士と相談します。以後は、保険の内容を変えるときに、規程も合わせて確認します。

1-3. 保険料の総額が、資金繰りに響く

従業員が増えるにつれて、福利厚生の保険料の総額は大きくなります。加入の人数が増えると支払いも増えるため、資金繰りへの影響が、気づかないうちに大きくなる場合があります。

たとえば、決算の打合せで、顧問税理士が、保険料の支払いの総額を前の期と見比べたとします。顧問税理士が、福利厚生の保険料の総額が、前の期より大きくなっていると指摘します。社長は、保険会社の担当者に、加入している契約の一覧と保険料の内訳を出してもらい、引落しの月を資金繰りと照らして確かめます。以後は、従業員の人数が変わる期に、保険料の総額を試算します。

要するに、対象者の不明確さ、規程との食い違い、保険料の総額の3つが、従業員が増えても見直さないと起きる場面です。

2. 従業員が増えても福利厚生の保険の見直しが後回しになる背景

見直しが後回しになる背景は、採用や育成に意識が向くこと、保険が目に見えにくいこと、相談先が分かれていることの3つです。順に整理します。

2-1. 採用や育成に、意識が向く

従業員が増える時期は、採用、教育、配置など、目の前の業務が優先されます。福利厚生の保険は、問題が起きるまで、見直しの優先順位が下がる場合があります。

2-2. 保険が、目に見えにくい

福利厚生の保険は、給与の明細のように従業員の目に触れるものではありません。従業員から質問が出ないと、加入範囲や内容が古いままでも、気づきにくい場合があります。

2-3. 相談先が、分かれている

規程は社会保険労務士、保険料の経理処理は顧問税理士、保険の契約は保険の担当者と、相談先が分かれています。全体を見て、見直しの順番を整理する人がいないと、話が進みにくい場合があります。

要するに、採用への意識、保険の見えにくさ、相談先の分断の3つが、見直しを後回しにします。

3. 法人保険で福利厚生を見直す3つの手順

手順は3つです。まず次の表で全体を見ます。

手順 決めること 主な相談先
1. 目的と対象者の範囲を決める 何のための保険か、誰を対象にするか、入社後いつから対象にするか 社内・FP
2. 規程や就業規則との整合を確かめる 弔慰金や退職金の定め、対象者、支払いの条件 社会保険労務士
3. 保険料と資金繰りを試算する 人数が増えたときの保険料の総額、手元の資金への影響 顧問税理士・保険の担当者

3-1. 目的と対象者の範囲を決める

最初に、福利厚生の保険で実現したい目的を決めます。従業員の万一への備え、退職金の財源、従業員の定着など、目的で保険の種類と対象者が変わります。

対象者の範囲は、従業員の全員とするのか、一定の条件を満たす従業員とするのかを決め、入社後いつから対象にするかも決めます。範囲が文書になっていれば、従業員が増えても、扱いがぶれません。

対象者の範囲は、税務の扱いにも関わります。養老保険を福利厚生として使う場合、満期保険金の受取人が会社、死亡保険金の受取人が被保険者の遺族で、役員や特定の使用人だけでなく、役員・従業員の全員を対象にするなどの条件を満たすと、保険料の2分の1を資産に計上し、残りを期間の経過に応じて損金(福利厚生費など)として扱う取扱いがあります。役員または部課長などの特定の使用人のみを被保険者にしている場合は、その残りの部分が給与として扱われる場合があります(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-4)。

定期保険の場合も、役員や部課長などの特定の使用人のみを被保険者にし、保険金の受取人がその遺族であるときは、支払った保険料が給与として扱われる場合があります(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5)。いずれも、実際の処理は顧問税理士の領域です。

3-2. 規程や就業規則との整合を確かめる

次に、弔慰金や退職金の定めと、保険の内容が合っているかを確かめます。保険金を財源にする規程であれば、対象者、金額の考え方、支払いの時期が、規程と保険で合っているかを見ます。

常時10人以上の労働者を使用する会社が退職手当を定める場合は、就業規則に記載します(出所:労働基準法第89条)。弔慰金の扱いは、就業規則に載せる範囲や形を、社会保険労務士に確認します。

契約者以外の従業員を被保険者にする死亡保険では、被保険者の同意が必要です(出所:保険法第38条)。医療保険やがん保険などは別の条文です。新しく入社した従業員を対象に加えるときも、同意の取り方を、保険の担当者に確認します。

3-3. 保険料と資金繰りを試算する

最後に、従業員が増えたときの保険料の総額と、手元の資金への影響を試算します。加入の人数が増えれば保険料も増えるため、資金繰り表に、保険料の支払いの月と金額を置いて確かめます。

2019年(令和元年)7月8日以後に契約した定期保険・第三分野保険のうち、保険期間が3年以上で、最高解約返戻率が50%を超えるものは、区分に応じて保険料の一部を資産に計上し、のちの期間に取り崩して費用にします(年換算保険料の額などによる例外があります。出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)。養老保険は、この取扱いの対象外です(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-4)。福利厚生で遺族が保険金を受け取る契約では、9-3-4・9-3-5が問われ、9-3-5の2が当てはまるかは契約の内容で異なります。実際の処理は、顧問税理士の領域です。

要するに、目的と対象者の範囲、規程との整合、保険料と資金繰りの3つを、この順に確かめます。

ここまでで、3つの手順を解説しました。もっと詳しく知りたい方は、次の記事で、従業員退職金の上乗せを解説しています。

【まるっと解説】中退共だけで足りる?従業員退職金を上乗せする4つの手順

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4. FP1級が見る、福利厚生の保険の点検項目

見る点は4つです。FP1級の筆者が最初に見るのは、保険の種類よりも、加入の対象者が文書で決まっているかどうかです。

4-1. 対象者の範囲が文書になっているか

誰を対象にするのか、入社後いつから対象にするのかが、文書になっているかを確かめます。口頭の約束だけの場合は、先に文書にします。

4-2. 規程と保険の内容が合っているか

弔慰金や退職金の規程と、保険の対象者や金額の考え方が、合っているかを確かめます。食い違いがあれば、どちらを直すかを、社会保険労務士と保険の担当者に確認します。

4-3. 保険料の総額と資金繰りのバランス

従業員が増えたときの保険料の総額が、手元の資金に与える影響を確かめます。備えが足りなければ空白が生じ、備えが大きすぎれば資金繰りを圧迫します。

4-4. 専門家の役割分担

就業規則は社会保険労務士、経理と税務は顧問税理士、保険の手続きは保険の担当者です。FPは、各専門家への確認事項を並べて、見直しの順番を整理する役割で関わります。

要するに、対象者の文書化、規程との整合、保険料と資金繰り、専門家の役割分担の4つを見ます。

5. 今週できる、福利厚生の保険を見直す3ステップ

今週できるのは3ステップです。保険の追加や解約などの大きな決断は、確認が済んでから決めて構いません。

5-1. 加入している保険を一覧にする

福利厚生として加入している保険を、契約ごとに一覧にします。被保険者、受取人、保険料、対象者の範囲を、あわせて書き出します。

5-2. 従業員の人数と入社の時期を並べる

いまの従業員の人数と、入社の時期を並べ、保険の対象に入っているかどうかを確かめます。対象外の従業員がいれば、その理由を書き添えます。

5-3. 失敗しやすい3つの場面を、先に確かめる

次の3つの場面が起きないかを、先に確かめます。見直しで失敗につながる場面は、備えの削りすぎ、過剰、対象者の見落としの3つです。

  • 削りすぎ:たとえば、従業員が増えたのに、福利厚生の保険の保障の額を、従業員が少なかったころのまま据え置いたとします。総務担当者が、従業員の名簿を更新して人数を数え直し、弔慰金の規程の金額に当てはめて試算すると、保険の保障の額では、規程の金額を支払う財源が足りないと分かります。社長は、保険会社の担当者に、保障の額の見直しの選択肢を確認します。以後は、従業員の人数が変わるたびに、規程の金額と保障の額を照らして確認します。
  • 過剰:たとえば、従業員が増えたのを機に、社長が、制度を手厚く見せようと、保険を追加で加入したとします。給与の支払日に、経理担当者が口座の残高を確かめると、追加した保険の保険料の引落しと重なり、残高が薄くなっていると気づきます。経理担当者は、社長に状況を伝えます。社長は、保険会社の担当者に、減額(保険金額を小さくする)や払済(以後の保険料の払込みをやめ、その時点の返戻金をもとに保険金額が小さい契約にする)などの選択肢を確認します。契約の内容により選べない場合があります。以後は、追加する前に、保険料の上限を試算します。
  • 対象者の見落とし:たとえば、社長が、求人票に載せる福利厚生の欄を書き直そうとして、保険の契約の一覧を見たとします。被保険者が、役員と一部の管理職だけになっていると気づきます。社長は、顧問税理士に、特定の使用人のみを被保険者にしている場合の経理処理を確認します。以後は、対象者の範囲を決める前に、税理士に相談します。

要するに、保険の一覧、人数と入社の時期の突き合わせ、失敗しやすい場面の先回りの3つが、今週の一歩です。

6. 福利厚生の保険の見直しのよくある質問

Q1. 従業員が増えたら、保険も増やしたほうがよいですか。

増やすかどうかは、目的と資金繰りで決めます。人数が増えたことだけを理由に追加すると、保険料が資金繰りを圧迫する場合があります。目的に合っているかを先に確かめます。

Q2. 就業規則は、従業員が何人になったら必要ですか。

常時10人以上の労働者を使用する使用者は、就業規則を作成して届け出る義務があります(出所:労働基準法第89条)。10人未満の会社でも、文書で決めておくと、認識のずれを防げます。社会保険労務士に確認します。

Q3. 一部の従業員だけを保険の対象にできますか。

対象者は会社が決められますが、税務の扱いが変わる場合があります。養老保険では、満期保険金の受取人が会社、死亡保険金の受取人が被保険者の遺族の場合に、役員または部課長などの特定の使用人のみを被保険者にすると、保険料のうち損金として扱う部分が給与として扱われる場合があります(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-4)。定期保険にも同様の取扱いがあります(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5)。顧問税理士に確認します。

Q4. 新しく入社した従業員の同意は、必要ですか。

契約者以外の人を被保険者にする死亡保険では、被保険者の同意が必要です(出所:保険法第38条)。同意の取り方は、保険の担当者に確認します。

Q5. 保険の見直しは、誰に相談しますか。

規程は社会保険労務士、経理と税務は顧問税理士、契約は保険の担当者です。FPは、確認事項を並べて、順番を整理する役割で関わります。

Q6. 保険料は、損金になりますか。

契約の内容によります。2019年(令和元年)7月8日以後の定期保険・第三分野保険のうち、保険期間が3年以上で、最高解約返戻率が50%を超えるものは、区分に応じて保険料の一部を資産に計上し、のちの期間に取り崩して費用にします(年換算保険料の額などによる例外があります。出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)。養老保険は別の取扱いがあります(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-4)。福利厚生で遺族が保険金を受け取る契約では、9-3-4・9-3-5が問われ、9-3-5の2が当てはまるかは契約の内容で異なります。実際の処理は、顧問税理士の領域です。

7. まとめ|従業員が増えたら、目的から福利厚生の保険を見直す

この記事のまとめ
  • 従業員が増えたら、目的と対象者の範囲、規程との整合、保険料と資金繰りの3つを、この順に確かめます。
  • 常時10人以上の会社は、就業規則の作成と届出が必要で、退職手当を定める場合は内容を記載します(出所:労働基準法第89条)。
  • 定期保険で遺族が保険金を受け取る場合、また養老保険で満期保険金の受取人が会社、死亡保険金の受取人が遺族の場合に、役員や部課長などの特定の使用人のみを被保険者にすると、保険料の一部または全部が給与として扱われる場合があります(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-4・9-3-5)。
  • 据え置けば保障に空白が生じ、手厚くしすぎれば資金繰りを圧迫します。
  • 就業規則は社会保険労務士、経理と税務は税理士の領域です。

筆者は、社長が守るのは家族だけでなく、従業員とそのご家族でもあると考えています。従業員が増えるほど、万一のときに備える仕組みを整えておく意味も大きくなります。保険の話の前に、どんな従業員に、どう報いたいのかを、まず伺います。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

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本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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