たとえば、小さな会社を経営する女性社長が、取引銀行の担当者との面談で、「社長が数週間、急に出社できなくなった場合、給与や仕入の支払いは、どなたが実行されますか」と尋ねられたとします。社長は、毎月の支払いを、ほとんど自分の手で進めてきたことに、あらためて気づきます。

経理担当者はいますが、振込の承認や、取引先への連絡は、社長の仕事です。社長は、自分が不在になる場面を、具体的に考えたことがありませんでした。

この記事では、社長が急に不在になっても、会社の支払いが止まらないようにするために、何を決めておくかを、次の3つの手順で整理します。支払いを日付順に並べて優先順位をつける、実行できる人と権限を決める、つなぎ資金と保険の役割を分ける、の3つです。性別にかかわらず通じる考え方を、女性社長の場面で具体化しています。解説するのは、大手生命保険代理店で8年、1,100名以上のご相談を受けてきたFP1級の筆者です。

この記事は、法人保険への加入や乗り換えをお勧めするものではなく、社長の不在に備える体制と資金を点検するためのものです。税務の個別判断や経理処理は、税理士の領域です。

結論

  • 社長が不在になっても支払いを止めないために、支払いの一覧・実行できる人と権限・つなぎ資金と保険の役割の3つを、元気なうちに決めます。
  • 支払いが止まる原因は、資金不足だけではありません。振込の承認や口座の権限が、社長だけに集中していることも原因になります。
  • 備えを削りすぎると、不在の間の支払いが滞ります。反対に、過剰に備えると、保険料が資金繰りを圧迫します。両面を見て決めます。

この記事で分かること

  • 社長が急に不在になったとき、会社の支払いで困る3つの場面
  • 支払いを止めないための3つの手順と、保険の役割
  • FP1級が見る点検項目と、現場で起きやすい失敗の場面
  • 今週できる、支払いの一覧づくりなど3ステップ
タップできる目次

1. 女性社長が急に不在になったとき、会社の支払いで困る3つの場面

社長が急に不在になったとき、会社の支払いで困る場面は3つあります。順に見ていきます。

1-1. 給与の振込を実行できる人がいない

給与は、通貨で、直接、全額を、毎月1回以上、一定の期日を定めて支払うことが、法律で決まっています(出所:労働基準法第24条)。社長の不在を理由に、支払いの期日を延ばすことは、簡単ではありません。

たとえば、給与の振込の承認ができるのが、社長のネットバンキングの権限だけだったとします。給与日の前に振込の準備を進めた経理担当者は、承認の権限が社長にしかなく、社長が操作できないため、振込を実行できないと気づきます。経理担当者は、取引銀行の窓口に、承認者を追加する手続きを確認します。以後は、振込の承認ができる人を、複数にしておきます。

1-2. 取引先や金融機関への連絡が、遅れる

仕入先や外注先への支払い、金融機関への返済は、期日が決まっています。社長の不在を、誰がどこまで伝えるのかが決まっていないと、連絡が遅れ、信用に影響する場合があります。

たとえば、取引先との間の窓口が、すべて社長の電話番号になっているとします。取引先の担当者から支払いの確認の連絡を受けた経理担当者は、社長と連絡が取れず、社内の誰が答えるのかも決まっていなかったと気づきます。経理担当者は、取引先に事情を伝え、支払い予定日を書面で知らせます。以後は、取引先ごとに、社内の窓口を決めておきます。

1-3. 数週間分の支払いの資金が、手元にない

社長が不在でも、家賃、給与、仕入、返済などの固定の支払いは、続きます。売上の入金が落ちる期間があれば、手元の資金の減り方が早くなります。

たとえば、社長が営業の中心で、不在の間は売上の入金が減ると仮定します。顧問税理士から、毎月の固定の支払いに対して手元の預金で何週間もつのかを尋ねられた社長と経理担当者は、誰も試算していなかったと気づきます。社長と経理担当者は、固定の支払いを一覧にして、手元の資金で何週間分あるかを確かめます。以後は、その週数を、毎月の資金繰り表に書き込みます。

要するに、振込を実行できる人の不在、連絡の遅れ、手元資金の不足の3つが、社長の不在で支払いが止まる場面です。

2. 社長の不在への備えが、後回しになる背景

備えが後回しになる背景は、自分が動けない場面を想像しにくいこと、仕事が社長に集まっていること、保険の話と体制の話が別になっていることの3つです。順に整理します。

2-1. 自分が動けない場面を、想像しにくい

経営者は、自分が動き続けることを前提に、会社を動かしています。急に動けなくなる場面は、想像しにくいため、備えが後回しになります。

2-2. 支払いや連絡の仕事が、社長に集まっている

小さな会社では、承認、連絡、判断が、社長に集まっている場合があります。仕事が集まるのは、社長が会社を支えてきた結果です。ただし、集まったままだと、不在の間に、すべてが止まります。

2-3. 保険の話と、体制の話が、別になっている

保険は保険の担当者、口座の権限は銀行、社内の役割は社内と、相談先が分かれています。それぞれが別の話として扱われ、全体として不在に耐えられるかを確かめる人がいません。

要するに、想像のしにくさ、仕事の集中、相談先の分断の3つが、備えを後回しにします。

3. 社長が不在でも、会社の支払いを止めない3つの手順

支払いを止めない手順は3つです。まず次の表で全体を見ます。

手順 やること 主な相談先
1. 支払いを日付順に並べる 給与、家賃、仕入、返済、税金などを一覧にし、優先順位をつける 経理担当者・税理士
2. 実行できる人と権限を決める 振込の承認、口座、連絡の窓口を、複数の人に分ける 取引銀行・社内
3. つなぎ資金と保険の役割を分ける 手元の資金で足りる期間と、保険に任せる範囲を決める 保険の担当者・税理士

3-1. 支払いを日付順に並べ、優先順位をつける

最初に、給与、家賃、仕入、借入の返済、税金、保険料などを、日付順に一覧にします。いつ、誰に、いくら支払うのかを、書き出します。

そのうえで、止められない支払いに印を付けます。給与は法律で期日が定められており(出所:労働基準法第24条)、借入の返済は契約で期日が決まっています。仕入先への支払いは、取引の条件で異なります。優先順位は、顧問税理士や経理担当者と相談して決めます。

3-2. 実行できる人と権限を決める

次に、支払いを実行できる人を、社長以外にも決めます。ネットバンキングの承認者、通帳や印鑑の管理、取引先との連絡の窓口を、複数の人に分けます。

代表者の権限や、代わりに何ができるかは、会社の定款や取締役会の決議などで定まります。社内の決め方や、法的な手続きは、弁護士や司法書士に確認します。銀行の手続きは、取引銀行の窓口に確認します。

3-3. つなぎ資金と保険の役割を分ける

社長の不在には、亡くなった場合のほかに、入院や療養で動けない場合があります。この2つは、備えが違います。

死亡の場合は、会社が受け取る保険金が、借入の返済や運転資金の財源になる場合があります。一方、入院や療養で動けない場合は、死亡保障の保険金は出ません。入院の給付や、就業不能の保障のある契約があるかどうか、給付の条件や日数がどうなっているかは、契約ごとに異なります。

保険料の経理処理は、契約の内容で異なります。2019年(令和元年)7月8日以後に契約した定期保険・第三分野保険のうち、保険期間が3年以上で、最高解約返戻率が50%を超えるものは、区分に応じて保険料の一部を資産に計上し、のちの期間に取り崩して費用にします(年換算保険料の額などによる例外があります。出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)。給付金を受け取った場合の経理処理も含め、顧問税理士の領域です。

要するに、支払いの一覧づくり、実行できる人の権限、つなぎ資金と保険の役割分担の3つが、不在でも支払いを止めない手順です。

ここまでで、3つの手順を解説しました。もっと詳しく知りたい方は、次の記事で、社長が売上を支える会社の事業保障を解説しています。

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4. FP1級が見る、社長の不在に備える点検項目

見る点は4つです。FP1級の筆者が最初に見るのは、保険の種類よりも、社長以外の人が支払いを実行できる状態かどうかです。

4-1. 支払いの一覧と、止められない支払い

毎月の支払いを一覧にし、止められない支払いに印を付けます。一覧が一枚にまとまっていれば、不在の間も、経理担当者が動けます。

4-2. 権限の分散

ネットバンキングの承認者、通帳や印鑑の保管、取引先の窓口が、社長一人に集まっていないかを確かめます。集まっていれば、複数の人に分けられるかを、取引銀行と社内で確認します。

4-3. 手元の資金と、保険の準備

固定の支払いに対して、手元の資金で何週間もつのかを試算します。足りない部分に、保険や借入などの手段があるかを並べます。準備が足りなければ、保障の空白があります。反対に、準備が大きすぎれば、保険料が資金繰りを圧迫します。両面を見て、必要な額を決めます。

4-4. 専門家の役割分担

口座の権限は取引銀行、社内の決め方や法的な手続きは弁護士や司法書士、経理と税務は税理士、保険の手続きは保険の担当者です。FPは、各専門家への確認事項を並べて、決める順番を整理する役割で関わります。

要するに、支払いの一覧、権限の分散、手元の資金と保険の準備、専門家の役割分担の4つを見ます。

5. 今週できる、不在に備える3ステップ

今週できるのは3ステップです。保険の加入や口座の権限の変更などの大きな決断は、確認が済んでから決めて構いません。

5-1. 支払いの一覧を作る

経理担当者と一緒に、今後2か月分の支払いを、日付順に書き出します。給与、家賃、仕入、返済、税金、保険料に分けて、止められない支払いに印を付けます。

5-2. 振込の承認と連絡の窓口を、確かめる

ネットバンキングの承認者が、社長だけになっていないかを確かめます。取引先と金融機関の連絡窓口についても、社内の誰が対応するかを書き出します。

5-3. 失敗しやすい3つの場面を、先に確かめる

次の3つの場面が起きないかを、先に確かめます。社長の不在への備えで失敗しやすい場面は、備えの削りすぎ、過剰、権限の見落としの3つです。

  • 削りすぎ:たとえば、保険料を軽くしようと、入院の給付のある契約を解約したとします。数か月後、取引銀行との面談で、社長が長期に不在になった場合の備えを問われた時期に、社長は、入院の給付が受けられない状態になっていると気づきます。社長は、保険の担当者に、備える方法と費用、年齢や健康状態による加入の条件を確認します。以後は、解約の前に、契約が何の不在に備えるものかを書き出します。
  • 過剰:たとえば、不在への不安から、保険の保障を大きめに積み上げたとします。経理担当者が、資金繰り表を見直した時期に、保険料の負担が毎月の固定の支払いを押し上げていると気づきます。社長は、保険の担当者に、減額や払済などの選択肢(契約の内容により選べない場合があります)を確認します。以後は、手元の資金で足りる期間を試算してから、保険に任せる範囲を決めます。
  • 権限の見落とし:たとえば、保険と資金の準備は整えたものの、通帳と印鑑の保管場所と取引先との連絡の窓口を、社長の手元と電話番号のままにしていたとします。経理担当者が、支払いの手順書を作ろうとした時期に、社長が不在だと通帳も印鑑も取り出せず、取引先への連絡も社長だけの窓口になっていると気づきます。社長と経理担当者は、保管場所と窓口を、複数の人に分ける方法を確かめます。以後は、権限の一覧を、年に一度の決算の時期に見直します。

要するに、支払いの一覧づくり、承認と窓口の確認、失敗しやすい場面の先回りの3つが、今週の一歩です。

6. 社長の不在と会社の支払いのよくある質問

Q1. 社長が入院すると、保険金は出ますか。

死亡保障の保険金は、入院では出ません。入院の給付や就業不能の保障のある契約かどうか、給付の条件や日数は、契約ごとに異なります。証券と約款で確認します。

Q2. 振込の承認者は、増やせますか。

取引銀行の取扱いによります。複数の承認者を置けるサービスもありますが、手続きや条件は銀行ごとに異なります。取引銀行の窓口に確認します。

Q3. 社長の代わりに、契約や支払いを判断できるのは誰ですか。

会社の定款、取締役会の決議、登記の内容で異なります。社内の決め方や法的な手続きは、弁護士や司法書士に確認します。

Q4. 手元の資金は、何週間分あれば足りますか。

会社の業種や支払いの内容で異なり、一律の目安はありません。固定の支払いと入金の見通しを並べて、会社ごとに試算します。顧問税理士にも相談します。

Q5. 保険は、不在への備えとして十分ですか。

保険は、備えの一部です。支払いの一覧、権限の分散、手元の資金とあわせて考えます。保険だけで、体制の不備を補うことはできません。

Q6. 保険料は、損金になりますか。

契約の内容によります。2019年(令和元年)7月8日以後の定期保険・第三分野保険のうち、保険期間が3年以上で、最高解約返戻率が50%を超えるものは、区分に応じて保険料の一部を資産に計上し、のちの期間に取り崩して費用にします(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)。2019年7月8日より前の契約は、取扱いが異なります。実際の処理は、顧問税理士の領域です。

7. まとめ|社長が不在でも、支払いが回る体制を整える

この記事のまとめ
  • 社長が急に不在になっても支払いを止めないために、支払いの一覧、実行できる人と権限、つなぎ資金と保険の役割を決めます。
  • 支払いが止まる原因は、資金不足だけでなく、振込の承認や連絡の窓口が社長に集中していることにもあります。
  • 死亡の備えと、入院や療養で動けない場合の備えは、別に考えます。給付の条件は契約ごとに確認します。
  • 備えを削りすぎると支払いが滞り、過剰に備えると資金繰りを圧迫します。両面を見て決めます。
  • 経理と税務は税理士の領域、社内の決め方や法的な手続きは弁護士や司法書士の領域です。

筆者は、新卒のころ、商品の説明ばかりに気を取られ、お客さまが守りたい人のことを伺えていなかったことがあります。以来、保険の話の前に、守りたい人の話を伺うようにしています。社長が守るのは、従業員とそのご家族でもあります。社長の不在に備えるとは、その人たちの暮らしを守ることでもあります。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

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本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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