たとえば、創業から20年になる女性社長が、会社を立ち上げたころから、社員の給与と設備への投資を優先し、自分の役員報酬を低く抑えてきたとします。会社は安定してきましたが、報酬の額はほとんど変えていません。

その女性社長が、あと数年で退任する時期を考え始め、自分の退職金をどう決めればよいのかを調べ始めました。

役員退職金のご相談では、報酬を低くしてきた期間が長いほど、退職金の決め方に迷う、という声を伺います。役員退職金の額は、会社が自由に決められるわけではなく、規程と株主総会の決議、税務上の考え方を踏まえて決めます。

この記事では、法人保険の目的のうち「役員退職金の準備」を扱います。役員報酬を低く抑えてきた社長が、退職金を決める時に確かめたい3つの点と、つまずきやすい場面を説明します。性別に関わらず通じる内容ですが、女性社長の場面で具体的にお伝えします。解説するのは、大手生命保険代理店で8年、1,100名以上のご相談を伺ってきた、FP1級(1級ファイナンシャル・プランニング技能士)の筆者です。

この記事は、保険への加入や解約をお勧めするものではありません。税務の判断、申告、経理処理の確定は税理士の領域です。

結論

  • 算定方法の選び方
  • 規程と株主総会の決議の手続き
  • 保険の受け取りの時期と退任の時期の照合
  • 削りすぎは保障の空白、過剰は資金繰りの圧迫

この記事で分かること

  • 今週できる3ステップ
  • 報酬が低い社長の退職金の3つのずれ
  • 退職金を決める時に確かめる3つの点
  • FP1級が見る点検項目と、失敗につながる場面
タップできる目次

1. 役員報酬を低く抑えてきた社長の退職金で起こりやすい3つのずれ

ずれは3つあります。どれも、退職金の額を、退任の直前の報酬の額だけで考えてしまうことから起こります。

1-1. 退職金は、最後の報酬の額でしか決められないと思い込む

役員退職金の額の目安として、退任の時の月額報酬に在任年数と功績倍率を掛ける「功績倍率法」がよく知られています。ただ、役員退職金の計算方法を、法令が1つに決めているわけではありません。

法人税では、役員の退職給与のうち、業務に従事した期間、退職の事情、同業で規模が似た会社の支給の状況などに照らして、相当と認められる額を超える部分は、損金になりません(法人税法第34条第2項・施行令第70条第2号。出所:e-Gov法令検索)。

たとえば、女性社長が、功績倍率法だけで自分の退職金を試算し、報酬が低いのだから退職金も低くなるしかないと考えていたとします。規程の案を一緒に読んでいた専務が、規程には算定方法が1つしか書かれておらず、会社への貢献の大きさを反映する余地がないと指摘します。

女性社長は、規程に、功績倍率法以外の算定方法も選べることと、功労加算の考え方を書き加える改定案を、取締役会に出しました。

1-2. 退任の直前に、報酬を大きく上げようとする

功績倍率法では、退任の時の報酬が計算の土台になります。そのため、退任の直前に報酬を大きく上げて、退職金を増やそうと考えることがあります。

退任の直前に報酬を大きく上げると、報酬そのものや退職金の額が、相当と認められる額を超えると判断される場合があります。根拠は、法人税法第34条第2項・施行令第70条第1号(報酬)と第2号(退職給与)です(出所:e-Gov法令検索)。改定の時期には、定期同額給与などの決まりもあります(法人税法第34条第1項)。

たとえば、女性社長が、退任の前の年に自分の報酬を大きく上げる案を、決算の後の役員報酬を決める時期に用意したとします。報酬の改定を相談した顧問税理士が、上げ幅と時期によっては、退職金の額の相当性を説明しにくくなると伝えます。

女性社長は、報酬の改定案を取り下げ、その年は報酬を据え置きました。

1-3. 保険の受け取りの時期が、退任の時期とずれている

役員退職金の原資として、法人保険の解約返戻金を使うことがあります。解約返戻金の額は、契約からの年数で変わります。退任の時期が変わると、受け取れる額も変わります。

たとえば、経理部長が、女性社長の退任を1年早める話が出たあとも、退職金の資金計画を、保険の契約の時に作った退任の年のまま管理していたとします。保険の担当者から最新の解約返戻金の推移表を受け取った経理部長が、1年早い時点の解約返戻金では、規程の退職金の額に届かないと気づきます。

経理部長は、退職金の一部を手元の預金から払う資金の配分の案を作りました。

要するに、計算方法の思い込み、直前の報酬の引き上げ、保険と退任の時期のずれ、の3つが起こりやすいずれです。

2. 社長が自分の退職金の決め方を後回しにしてしまう背景

背景は3つです。会社を優先してきたこと、自分のことを決める気まずさ、相談先が分かれていることです。

2-1. 会社と社員を優先し、自分の報酬を後にしてきた

創業のころから、社員の給与や設備への投資を優先してきた社長ほど、自分の報酬と退職金を後回しにしがちです。会社が安定してからも、報酬を変えるきっかけがないまま年数がたちます。

2-2. 自分の退職金を、自分で決めることに気が引ける

役員退職金は、会社が払うものですが、社長自身が案を作ることが多いものです。自分の額を決めることに気が引け、話を先に延ばしてしまうことがあります。

2-3. 規程・税務・保険の相談先が分かれる

規程は弁護士や司法書士、税務は税理士、保険は保険の担当者と、相談先が分かれます。退職金の額と原資を1つの表で見る機会がないことが問題になります。

要するに、会社を優先してきたこと、自分で決める気まずさ、相談先の分かれ、の3つが背景です。

3. 報酬を低く抑えてきた社長が、退職金を決める時に確かめる3つの点

確かめる点は3つです。算定方法の選び方、規程と決議の手続き、保険の受け取りの時期と税金です。まず次の表で全体を見ます。

確かめる点 中身 確かめる資料の例
1. 算定方法 功績倍率法か別の方法か・功労加算 退職金規程・報酬の履歴
2. 規程と決議 規程の内容・株主総会の決議 定款・議事録
3. 受け取りの時期と税金 解約返戻金の推移・退職所得の計算 推移表・保険証券

3-1. 確かめる点1 算定方法の選び方を、規程で決める

最初に、退職金の算定方法を確かめます。功績倍率法は、退任の時の報酬が計算の土台になるため、報酬を低く抑えてきた社長では、在任中の貢献に比べて額が小さく出ることがあります。

算定方法には、同業で規模が似た会社の役員退職給与の1年当たりの平均額に在任年数を掛ける方法(1年当たり平均額法)もあります。法令に計算方法の定めはなく、功績倍率法とこの方法は、裁判例や実務で使われてきた方法です。規程に功労加算を設けることもありますが、加算した後の額全体が、相当と認められる額かどうかで判断されます。どの方法が会社の実情に合い、税務上の相当性を説明できるかは、顧問税理士に確かめます。ほかの方法を使っても、相当と認められる額を超える部分は損金になりません(法人税法第34条第2項。出所:e-Gov法令検索)。

3-2. 確かめる点2 規程と株主総会の決議の手続きを整える

次に、手続きを整えます。取締役の退職慰労金を含む報酬等は、定款に定めがなければ、株主総会の決議で決めます(会社法第361条第1項。出所:e-Gov法令検索)。

株主総会で具体的な額を決めず、取締役会に一任する場合は、規程などの基準を示したうえで一任する形にします。基準を示さない無条件の一任は認められないとする判例があります(最高裁昭和39年12月11日判決。出所:裁判所)。役員退職給与を損金に算入する時期は、原則として株主総会の決議などで額が確定した日の事業年度です(法人税基本通達9-2-28。出所:国税庁)。

3-3. 確かめる点3 保険の受け取りの時期と、退職所得の税金を確かめる

最後に、原資と税金を確かめます。2019年7月8日以後に契約した、保険期間3年以上の定期保険と第三分野保険のうち、最高解約返戻率が50%を超える契約は、一定の少額の契約を除き、保険料の一部を資産に計上します(法人税基本通達9-3-5の2。出所:国税庁)。解約した時は、解約返戻金と資産計上額との差額が益金または損金になります。

受け取る社長の側では、退職金は退職所得として扱われます。退職所得控除は、勤続20年までは1年につき40万円(最低80万円)、20年を超える部分は1年につき70万円です。役員等としての勤続年数が5年を超えない場合は、控除後の額を2分の1にする計算が使えません(所得税法第30条。出所:国税庁)。

算定方法と原資の時期を先にそろえておくと、退任の時期が変わっても、資金の手当てを落ち着いて考えられます。

要するに、算定方法、規程と決議の手続き、受け取りの時期と税金、の3つを順に確かめます。

ここまでで、報酬を低く抑えてきた社長の退職金の決め方の要点を解説しました。役員退職金の準備について、全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

【まるっと解説】勇退退職金の準備|社長のセカンドライフ5つの手順

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4. FP1級が見る、報酬が低い社長の退職金の点検項目

見る点は4つです。FP1級の筆者が最初に見るのは、保険証券よりも、創業からの役員報酬の履歴です。報酬をどう決めてきたかが分かると、退職金の決め方の選択肢が見えてきます。

4-1. 創業からの報酬の履歴

年ごとの役員報酬の額を並べます。低く抑えてきた期間と、その理由が説明できるかを見ます。

4-2. 規程に、算定方法と功労加算が書かれているか

規程の算定方法が1つだけか、功労加算の考え方があるかを見ます。規程がない場合は、作る準備から考えます。

4-3. 保険の受け取りの時期と、退任の予定が合っているか

解約返戻金の推移表と、退任の予定の年を並べます。退任の年の前後で、受け取れる額がどう変わるかを見ます。

4-4. 相談先の役割分担が決まっているか

退職金の相当性と経理処理は顧問税理士、規程と決議の手続きは弁護士や司法書士、保険の手続きは保険の担当者です。FPは、報酬の履歴・規程・保険を1枚に並べ、退職金の額と原資の時期を整理する役割で関わります。

要するに、報酬の履歴、規程の算定方法、保険と退任の時期、相談先の役割分担、の4つを見ます。

5. 今週できる、自分の退職金の決め方を整える3ステップ

今週できるのは3ステップです。退職金を増やすために、保険を急いで増やす必要はありません。

5-1. 創業からの役員報酬の額を、年ごとに書き出す

決算書や株主総会の議事録から、年ごとの役員報酬の額を書き出します。報酬を低くしていた理由も、思い出せる範囲でメモします。

5-2. 退職金規程と、保険の推移表を並べる

退職金規程の算定方法と、退職金の準備に使う保険の解約返戻金の推移表を並べます。退任の予定の年に、規程の額と原資が合っているかを見ます。

5-3. 失敗につながる3つの場面を、先に確かめる

報酬が低い社長の退職金で失敗につながる場面は、保障の削りすぎ、保険料の過剰、決議の基準の抜けの3つです。次の場面が起きないかを、先に確かめます。

削りすぎの場面

たとえば、女性社長が、赤字になった期の決算で、どうせ自分の退職金は少ないのだからと、自分が被保険者で退職金の準備に入っていた保険の解約を申し込もうとしたとします。解約の書類をそろえていた総務担当者が、在任中に社長に万一があった時の死亡退職金の原資が、手元の預金だけになると気づきます。

解約すると、死亡保障もその時点でなくなります。女性社長は、解約の書類に署名せず、契約を続けました。

過剰の場面

たとえば、女性社長が、退職金の額を多めに見積もり、規程の功労加算を上限まで乗せた額に合わせた保険金額の契約を新しく結んだとします。決算の報告に来た取引銀行の担当者が、保険料の増加で利益と手元の資金が減り、運転資金の借入の条件の見直しが要るかもしれないと伝えます。

女性社長は、新しい契約の保険金額を、功労加算を乗せる前の規程の額まで減らしました。

決議の基準の場面

たとえば、経営企画の担当者が、女性社長の退職金を決める株主総会の議案を、「退職慰労金の額は取締役会に一任する」とだけ書いて用意したとします。議案を受け取った親族の株主が、どのような基準で額を決めるのかが書かれていないと、総会の前に質問します。

担当者は、規程の算定方法に沿って決めることを議案に明記し、規程の写しを招集通知に添えました。

要するに、報酬の履歴を書き出す、規程と推移表を並べる、失敗の場面を先回りする、の3つが今週の一歩です。

6. 報酬を低く抑えてきた社長の退職金のよくある質問

Q1. 報酬が低いと、退職金も低くしか決められませんか。

役員退職金の計算方法を、法令が1つに決めているわけではありません。功績倍率法のほかに、同業で規模が似た会社の役員退職給与の1年当たりの平均額に在任年数を掛ける方法(1年当たり平均額法)もあります。ただし、相当と認められる額を超える部分は損金になりません(法人税法第34条第2項・施行令第70条第2号。出所:e-Gov法令検索)。方法の選び方は顧問税理士に確かめます。

Q2. 退任の前に報酬を上げれば、退職金を増やせますか。

退任の直前に報酬を大きく上げると、報酬や退職金の額が相当と認められる額を超えると判断される場合があります(法人税法第34条第2項・施行令第70条第1号・第2号)。役員報酬の改定の時期には定期同額給与などの決まりもあります(法人税法第34条第1項。出所:e-Gov法令検索)。改定の時期と上げ幅は、顧問税理士に相談してから決めます。

Q3. 役員退職金は、誰が決めますか。

取締役の退職慰労金を含む報酬等は、定款に定めがなければ株主総会の決議で決めます(会社法第361条第1項。出所:e-Gov法令検索)。取締役会に一任する場合は、規程などの基準を示したうえで一任する形にします。

Q4. 役員退職金は、いつ損金になりますか。

原則として、株主総会の決議などで額が確定した日の事業年度です。実際に支払った日の事業年度に損金経理をした場合も認められます(法人税基本通達9-2-28。出所:国税庁)。どちらの年度にするかは、顧問税理士に確かめて決めます。

Q5. 退職金を受け取る時の税金は、どうなりますか。

退職金は退職所得として扱われ、勤続20年までは1年につき40万円(最低80万円)、20年を超える部分は1年につき70万円の退職所得控除があります(所得税法第30条。出所:国税庁)。役員等としての勤続年数が5年を超えない場合は、控除後の額を2分の1にする計算が使えません。

Q6. 退職金の準備に使う保険は、いつ解約すればよいですか。

解約返戻金の額は契約からの年数で変わるため、推移表と退任の予定の年を並べて考えます。2019年7月8日以後の契約は、最高解約返戻率の区分に応じて保険料の一部を資産に計上している場合があり(法人税基本通達9-3-5の2。出所:国税庁)、それより前の契約も当時の取扱いで一部を資産に計上している場合があります。解約の時は資産計上額との差額が益金または損金になります。時期は顧問税理士と確かめます。

7. まとめ|報酬が低い社長の退職金は、算定方法を決めることから

この記事のまとめ
  • 創業からの報酬の履歴
  • 税務と経理は税理士の領域
  • 規程の算定方法と功労加算
  • 規程と株主総会の決議の手続き
  • 保険の受け取りの時期と退任の時期の照合
  • 削りすぎは保障の空白、過剰は資金繰りの圧迫

社長が守るのは、家族だけでなく、従業員とそのご家族の暮らしでもあると、筆者は教わってきました。会社を優先してきた社長が勇退する日も、守ってきたものが報われる「その時」のひとつだと考えています。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

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本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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