相続放棄しても、死亡退職金は受け取れる?
たとえば、社長が、金融機関から届いた連帯保証の書類を読み返し、自分に万一があれば、家族にこの保証が残るのかと考えたとします。社長は、家族が困らない準備として、何から確かめればよいか分からずにいます。
連帯保証の債務は、相続の対象になります。そのため、相続放棄を選択肢に入れる家族もいます。一方で、会社から遺族に支払う死亡退職金や、法人保険を原資にした資金が、放棄でどうなるかは、元気なうちに確かめておく必要があります。
この記事では、法人保険の目的のうち「承継・相続の資金」を扱います。相続放棄と死亡退職金の関係で確かめる3つの点と、整える3つの手順を説明します。解説するのは、大手生命保険代理店で8年、1,100名以上のご相談を伺ってきた、FP1級(1級ファイナンシャル・プランニング技能士)の筆者です。
この記事は、相続放棄や保険への加入をお勧めするものではありません。相続放棄の判断と手続きは弁護士・司法書士、相続税の申告は税理士の領域です。
結論
- 規程の受取人が出発点
- 放棄した人は非課税枠の対象外
- 削りすぎは保障の空白、過剰は資金繰りの圧迫
この記事で分かること
- 今週できる3ステップ
- 規程と資金を整える3つの手順
- 相続放棄と死亡退職金で確かめる3つの点
- FP1級が見る点検項目と、失敗につながる場面
1. 相続放棄と死亡退職金で確かめる3つの点
確かめる点は3つあります。受け取れるかどうか、税金の扱い、放棄の手続きに影響する行動です。
1-1. 規程に、受け取る人の順位が書かれているか
死亡退職金は、役員退職金の規程などで受け取る人の順位が定められている場合、受け取る人が自分の権利として受け取るものと考えられています。その場合、相続放棄をしても受け取れるとされることが多いです。規程の定めがない場合は扱いが分かれるため、弁護士に確かめます。
たとえば、社長が、役員退職金の規程を作った時に、死亡した場合に誰が受け取るかを書かなかったとします。就業規則の改定の打ち合わせで規程類を読んでいた社会保険労務士が、役員退職金の規程に、死亡時の受取人の順位の定めがないと気づきます。社会保険労務士は、社長に、該当の条文を示します。社長は、受取人の順位の定め方を、弁護士と顧問税理士に相談します。以後は、規程を作る時に、死亡時の受取人の順位も書きます。
1-2. 放棄した人は、死亡退職金の非課税枠を使えない
死亡後3年以内に支給が確定した死亡退職金は、相続税の対象になります(相続税法第3条第1項第2号。出所:e-Gov法令検索)。相続人が受け取る場合は「500万円×法定相続人の数」の非課税枠があります。相続を放棄した人は相続人ではないため、受け取った死亡退職金に非課税枠は使えません(出所:国税庁「No.4117 相続税の課税対象になる死亡退職金」)。
たとえば、社長が、家族に「放棄しても、退職金は非課税で受け取れる」と説明していたとします。相続税の試算を打ち合わせていた顧問税理士が、放棄を予定している家族が受け取る分には、非課税枠が使えないと気づきます。顧問税理士は、社長に、放棄する場合としない場合の試算を分けて示します。社長は、家族への説明を改めます。以後は、税金の扱いを、放棄する人としない人で分けて説明します。
1-3. 放棄を考える家族が、相続財産を受け取って使ってしまう
相続人が相続財産の全部または一部を処分すると、単純承認をしたものとみなされ、放棄ができなくなる場合があります(民法第921条第1号。出所:e-Gov法令検索)。死亡退職金とは別に、会社が社長個人に払っていない役員報酬や、社長が会社に貸していたお金は、相続財産になります。規程で受け取る人の権利とされる死亡退職金の受け取りは、相続財産の処分にあたらないと考えられています(規程の内容によるため、弁護士に確かめます)。
たとえば、社長が、自分にもしものことがあれば、会社への貸付金をすぐ家族に返すよう、専務に言い残していたとします。遺言の内容を相談された弁護士が、家族が放棄を考えている場合、貸付金の返済を受け取って使うと、放棄ができなくなるおそれがあると気づきます。弁護士は、社長に、死亡退職金と貸付金の扱いの違いを説明します。社長は、専務への指示を取り消します。以後は、家族に渡すお金を、相続財産かどうかで分けて考えます。
要するに、規程の受取人、放棄した人の非課税枠、相続財産を使う行動、の3つが確かめる点です。
2. 経営者が相続放棄と死亡退職金の関係を確かめずにいる背景
背景は3つです。放棄の話を家族とするのが難しいこと、規程と保険を別々に用意したこと、相談先が分かれていることです。
2-1. 放棄の話を、家族と切り出しにくい
相続放棄は、自分が亡くなった後の話です。家族に借入や保証の話をすることにためらいがあり、確かめる機会を逃しがちです。
2-2. 規程と保険を、別々の時期に用意した
役員退職金の規程は会社を作った時、法人保険は借入をした時、と別々に用意する場合があります。死亡時に誰に何を渡すかが、一つの資料にまとまっていません。
2-3. 相談先が、手続きごとに分かれている
放棄の手続きは弁護士・司法書士、相続税は税理士、保険は保険の担当者です。全体を並べて話す場がないまま、時間がたちます。
要するに、切り出しにくさ、別々に用意した規程と保険、分かれた相談先、の3つが背景です。
3. 相続放棄に備えて死亡退職金の規程と資金を整える3つの手順
手順は3つです。規程の受取人を確かめ、資金の流れを一覧にし、放棄する場合としない場合の税金を試算します。まず次の表で全体を見ます。
| 手順 | やること | 相談する相手の例 |
| 1. 規程の受取人 | 死亡時の受取人の順位、支給の決め方 | 弁護士・顧問税理士 |
| 2. 資金の流れ | 保険金の受取人、借入の返済、遺族への支給 | 保険の担当者 |
| 3. 税金の試算 | 放棄する場合としない場合の相続税 | 顧問税理士 |
3-1. 手順1 規程の、死亡時の受取人を確かめる
最初に、役員退職金の規程と弔慰金の規程で、死亡時に誰が受け取るかの順位が書かれているかを確かめます。定めがなければ、改定の内容を、弁護士と顧問税理士に相談します。
取締役の退職慰労金は、定款に定めがなければ、株主総会の決議で決めます(会社法第361条第1項。出所:e-Gov法令検索)。規程に受取人の順位と支給の決め方があると、家族は放棄を考える時に、受け取れるお金の見通しを持てます。
3-2. 手順2 法人保険から遺族への支給まで、資金の流れを一覧にする
次に、会社が契約者・受取人の法人保険について、保険金が会社に入り、借入の返済と遺族への死亡退職金に分かれる流れを一覧にします。保険金を受け取った時は、資産に計上している額との差を益金に計上するのが原則です(法人税法第22条第2項。出所:e-Gov法令検索)。
2019年7月8日以後に契約した、保険期間3年以上の定期保険・第三分野保険のうち、最高解約返戻率が50%を超える契約は、保険料の全部または一部を資産に計上しています(割合や期間は区分で異なり、例外もあります。法人税基本通達9-3-5の2。出所:国税庁)。資産計上の残高も一覧に書きます。保険金を受け取った時の経理処理は、顧問税理士に確かめます。
3-3. 手順3 放棄する場合としない場合の税金を試算する
最後に、家族の一部が放棄する場合と、しない場合の相続税を、顧問税理士に試算してもらいます。非課税枠の計算に使う法定相続人の数は、放棄した人がいても、放棄がなかったものとして数えます(相続税法第15条第2項・第12条第1項第6号。出所:e-Gov法令検索)。
放棄の期限は、原則として、相続の開始があったことを知った時から3か月以内です(民法第915条第1項。出所:e-Gov法令検索)。期限の中で判断できるよう、試算と一覧を先に用意します。
要するに、規程の受取人、資金の流れ、税金の試算、の3つの順に整えます。
ここまでで、相続放棄と死亡退職金の要点を解説しました。承継・相続の資金の全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。
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4. FP1級が見る、相続放棄に備えた死亡退職金の点検項目
見る点は4つです。放棄の判断は、期限のある中で家族がします。FP1級の筆者が最初に見るのは、保険金の額よりも、死亡時に誰に何が渡るかが一枚の資料で分かるかどうかです。
4-1. 規程に、死亡時の受取人の順位があるか
役員退職金と弔慰金の規程に、受け取る人の順位と、支給を決める手続きが書かれているかを見ます。
4-2. 借入の残高と保険金額が、並んでいるか
会社の借入の残高と、社長を被保険者にした保険金額が、同じ表に並んでいるかを見ます。返済に回す分と、遺族に支給する分の見通しを確かめます。
4-3. 相続財産になるお金が、分けて書かれているか
社長の会社への貸付金や、払っていない役員報酬など、相続財産になるお金が、死亡退職金と分けて書かれているかを見ます。
4-4. 相談先の役割分担が決まっているか
放棄の判断と手続きは弁護士・司法書士、相続税は税理士、保険の手続きは保険の担当者です。FPは、規程・保険・借入を一枚に並べ、確かめる順番を整理する役割で関わります。
要するに、規程の受取人、借入と保険金額、相続財産の区別、相談先の役割分担の4つを見ます。
5. 今週できる、相続放棄と死亡退職金に備える3ステップ
今週できるのは3ステップです。放棄するかどうかを決める必要はありません。家族が判断できる材料をそろえます。
5-1. 規程を読み、死亡時の受取人に印を付ける
役員退職金と弔慰金の規程を読み、死亡時の受取人の定めに印を付けます。定めがなければ、改定の相談の時期を決めます。
5-2. 社長と会社の間のお金を書き出す
会社への貸付金、払っていない役員報酬、連帯保証をしている借入を、一枚に書き出します。
5-3. 失敗につながる3つの場面を、先に確かめる
相続放棄への備えで失敗につながる場面は、保障の削りすぎ、保険料の過剰、家族への伝え漏れの3つです。次の場面が起きないかを、先に確かめます。
削りすぎの場面
たとえば、社長が、家族はいずれ放棄するのだから会社の保険は要らないと考え、社長を被保険者にした契約を解約したとします。翌月の資金繰り表を作っていた経理担当者が、社長に万一があった時、借入の返済に回す資金がなく、取引先への支払いも続けられないと気づきます。経理担当者は、社長に、借入の残高と手元資金の表を見せます。社長は、会社に残す保障の額を、保険の担当者と相談し直します。以後は、家族の放棄と、会社の資金を分けて考えます。
過剰の場面
たとえば、社長が、家族の相続税と放棄した後の生活費まで会社の保険でまかなおうと、保険金額を大きく増やしたとします。決算の説明に訪れた取引銀行の担当者が、保険料の支払いが前の期より増え、返済と重なる月に手元の資金が薄くなっていると気づきます。担当者は、社長に、月別の資金繰り表を示します。社長は、会社が備える分と、個人で備える分を分けて、保険金額を見直します。以後は、保険金額の根拠を、使い道ごとに書きます。
家族への伝え漏れの場面
たとえば、社長が、規程と保険の一覧を整えたものの、家族には中身を伝えず、金庫に入れたままにしていたとします。承継の計画を話し合う会議で、後継者候補の常務が、家族がこの一覧の存在を知らず、放棄の期限の中で判断材料を探せないと気づきます。常務は、社長に、一覧の写しを家族にも渡す提案をします。社長は、家族と弁護士を交えて、一覧の内容を説明する場を設けます。以後は、一覧を変えたら家族にも伝えます。
要するに、規程に印を付ける、お金を書き出す、失敗の場面を先回りする、の3つが今週の一歩です。
6. 相続放棄と死亡退職金のよくある質問
Q1. 相続放棄をしても、死亡退職金は受け取れますか。
規程で受け取る人の順位が定められている場合、受け取る人が自分の権利として受け取るものと考えられ、放棄をしても受け取れるとされることが多いです。規程の定めがない場合は扱いが分かれるため、弁護士に確かめます。
Q2. 放棄した人が受け取った死亡退職金に、相続税はかかりますか。
死亡後3年以内に支給が確定したものは、相続税の対象になります。相続を放棄した人は相続人ではないため、「500万円×法定相続人の数」の非課税枠は使えません(出所:国税庁「No.4117 相続税の課税対象になる死亡退職金」)。個別の税額は税理士に確かめます。
Q3. 誰かが放棄すると、ほかの家族の非課税枠は減りますか。
非課税枠の計算に使う法定相続人の数は、放棄した人がいても、放棄がなかったものとして数えます(相続税法第15条第2項・第12条第1項第6号。出所:e-Gov法令検索)。非課税枠を使えるのは、相続人が受け取った分です。
Q4. 相続放棄は、いつまでに決めればよいですか。
原則として、相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、家庭裁判所に申し出ます(民法第915条第1項・第938条。出所:e-Gov法令検索)。期間の延長を求める手続きもあるため、早めに弁護士・司法書士に相談します。
Q5. 社長の会社への貸付金は、放棄するとどうなりますか。
貸付金は相続財産になるため、放棄した人は受け取れません。放棄を考えている家族が返済を受けて使うと、単純承認とみなされ、放棄ができなくなる場合があります(民法第921条第1号。出所:e-Gov法令検索)。
Q6. 会社の法人保険は、放棄に備えて増やしたほうがよいですか。
増やすかどうかは、借入の残高、遺族に支給する額、手元資金を並べてから決めます。家族の放棄の有無にかかわらず、会社が払う必要のあるお金を基準にします。保険料が資金繰りを圧迫しないかも確かめます。
7. まとめ|相続放棄に備えるなら、規程の受取人から
- 規程の受取人が出発点
- 放棄の期限は原則3か月
- 放棄した人は非課税枠の対象外
- 相続財産を使うと放棄できない場合あり
- 削りすぎは保障の空白、過剰は資金繰りの圧迫
筆者は、社長が守るのはご家族だけでなく、従業員とそのご家族でもあると考えています。家族が放棄を選ぶ場合でも、会社が払うべきお金と、家族に渡すお金を分けて準備することが、その両方を守ることにつながります。
筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。
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