たとえば、社長が、決算の後に自社株の評価の資料を受け取り、自分に万一があった時の相続税の額の目安を初めて目にしたとします。社長は、相続税は申告さえ期限内に出せば、納めるのは後でもよいと思い込んでいました。資料に添えられた説明を読み、申告と納付の期限が同じだと知って、資金を届ける段取りを何も決めていなかったことに気づきます。

相続税は、額だけでなく期限があります。申告と納付の期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です(相続税法第27条第1項・第33条。出所:国税庁 タックスアンサー No.4205)。資金の総額が足りていても、期限までに遺族の手元に届かなければ、納付に間に合いません。

この記事では、法人保険の目的のうち「承継・相続の資金」を扱います。相続税の納付期限から逆算して、承継の資金が間に合うかを確かめる3つの段階と、つまずきやすい場面を説明します。解説するのは、大手生命保険代理店で8年、1,100名以上のご相談を伺ってきた、FP1級(1級ファイナンシャル・プランニング技能士)の筆者です。

この記事は、保険への加入や解約をお勧めするものではありません。相続税の計算、申告、経理処理の確定は税理士の領域です。

結論

  • 期限は10か月以内
  • 会社に入る保険金と、遺族の資金の区別
  • 削りすぎは保障の空白、過剰は資金繰りの圧迫

この記事で分かること

  • 今週できる3ステップ
  • 期限から逆算する3つの段階
  • 承継の資金が間に合わなくなる3つの場面
  • FP1級が見る点検項目と、失敗につながる場面
タップできる目次

1. 相続税の納付期限までに、承継の資金が間に合わなくなる3つの場面

場面は3つあります。どれも、資金の総額は用意していても、その資金を遺族に届ける手続きの順番を決めていないことから起こります。

1-1. 株が共有のままで、死亡退職金の決議ができない

社長が持っていた自社株は、遺産分割が終わるまで、相続人の共有になります。共有の株で議決権を使うには、権利を行使する人を1人決めて会社に通知します(会社法第106条。出所:e-Gov法令検索)。取締役の退職慰労金は、株主総会の決議などで額を決めます(会社法第361条第1項。出所:e-Gov法令検索)。

たとえば、社長が、自社株を誰に引き継ぐかを遺言で決めていなかったとします。社長の死亡後、役員の変更登記の相談を受けた司法書士が、株が相続人の共有のままで、誰が議決権を使うかが決まっていないため、死亡退職金を決める株主総会で必要な議決権がそろわず、決議ができないと気づきます。遺産分割の話し合いがまとまるまで支給の決議ができず、遺族は、死亡退職金を納税の資金に充てられないまま、期限が近づくことになりました。

1-2. 会社に入った保険金を、遺族の納税資金と同じに考えている

会社が契約者で、会社が受取人の保険金は、会社の口座に入ります。遺族の手元に届くのは、規程と決議にもとづいて会社が支払う死亡退職金や弔慰金です。

たとえば、社長が、家族に「会社の保険で相続税は払える」とだけ伝えていたとします。社長の死亡後、遺族から「保険金はいつ受け取れますか」と聞かれた経理部長が、保険金は会社の口座に入り、遺族に渡せるのは規程で決めた死亡退職金の額だけだと気づきます。遺族は、自分たちが受取人の個人の保険を先に請求し、不足する分は延納を申請できるか、税理士と検討を始めました。

1-3. 自社株を会社に買い取ってもらう段取りを確かめていない

相続税額がある人が、相続で取得した自社株を、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに発行会社へ譲渡し、譲渡の時までに届出書を発行会社を通じて出すなどの要件を満たすと、みなし配当ではなく株式の譲渡所得として扱われる特例があります(租税特別措置法第9条の7。出所:国税庁)。会社が株主から株を買い取るには、株主総会の決議が要り(会社法第156条第1項・第160条第1項・第309条第2項第2号)、買い取れる額には分配可能額の上限があります(会社法第461条第1項。出所:e-Gov法令検索)。

たとえば、社長が、遺族の株は会社が買い取ればよいと考え、会社の分配可能額を確かめていなかったとします。相続税の申告の準備をしていた顧問税理士が、直前の決算の分配可能額が、遺族が売りたい株の額に届かないと気づきます。会社は、買い取りを2回に分け、残りは次の決算で分配可能額を確かめてから買い取る段取りに組み替えました。

要するに、共有の株で決議できない総会、会社に入る保険金との混同、確かめていない買い取りの財源、の3つが、承継の資金が期限に間に合わなくなる場面です。

2. 経営者が承継の資金の「期限」を後回しにしてしまう背景

背景は3つです。額の試算で安心すること、会社と家族の資金が混ざること、期限の起点が自分の死亡であることです。

2-1. 相続税の額を試算した時点で、安心してしまう

相続税の額の目安と、保険金の額を並べて、足りていると確かめた時点で、準備が終わったように感じます。届くまでの手続きの順番は、そこで止まりがちです。

2-2. 会社のお金と、家族のお金が頭の中で混ざる

中小企業では、社長個人と会社の資金の距離が近く、会社の保険金を家族の資金のように考えてしまう場合があります。

2-3. 期限の起点が、社長自身の死亡である

10か月の期限は、社長自身の死亡から始まります。自分のいない後の段取りは想像しにくく、家族とも話しにくいテーマです。

要するに、試算での安心、混ざる資金、話しにくい起点、の3つが背景です。

3. 相続税の納付期限から逆算する、承継の資金の3つの段階

段階は3つです。3か月と4か月の手続き、10か月の申告と納付、その後3年の自社株の整理です。まず次の表で、期限の全体を見ます。

期限の目安 手続き 出所
知った時から3か月以内 相続の承認・放棄の判断 民法第915条第1項
知った日の翌日から4か月以内 亡くなった社長の所得税の準確定申告 所得税法第125条(国税庁 No.2022)
知った日の翌日から10か月以内 相続税の申告と納付 相続税法第27条・第33条(国税庁 No.4205)
申告期限の翌日以後3年まで 自社株を発行会社に譲渡する特例 租税特別措置法第9条の7(国税庁)

3-1. 段階1 3か月と4か月の手続きを、先に並べる

最初の3か月は、相続を承認するか放棄するかを決める期間です(民法第915条第1項。出所:e-Gov法令検索)。4か月以内には、亡くなった社長の所得税の準確定申告があります(所得税法第125条。出所:国税庁 タックスアンサー No.2022)。この間に、会社は新しい代表者を決め、保険金の請求と、死亡退職金の決議の準備を進めます。

死亡後3年以内に支給が確定した死亡退職金は、相続税の対象になり、相続人が受け取る分には「500万円×法定相続人の数」の非課税枠があります(相続税法第3条第1項第2号・第12条第1項第6号。出所:国税庁 タックスアンサー No.4117)。規程で受取人と額の決め方を定めておくと、決議の段取りが早くなります。

3-2. 段階2 10か月の申告と納付に、届く資金を合わせる

次に、10か月の期限までに遺族の手元に届く資金を並べます。届く資金は、遺族が受取人の生命保険金、会社が支払う死亡退職金、遺族自身の預金などです。会社が受け取る保険金は、そのままでは遺族の納税資金になりません。

保険金を受け取った会社は、資産に計上してきた額を取り崩し、受け取った額との差額を益金または損金にします(法人税法第22条第2項・第3項。出所:e-Gov法令検索)。2019年7月8日以後に契約した、保険期間3年以上の定期保険・第三分野保険のうち、最高解約返戻率が50%を超える契約は、保険料の一部を資産に計上しています(割合や期間は区分で異なり、例外もあります。法人税基本通達9-3-5の2。出所:国税庁)。会社の資金繰りへの影響は税理士に確かめます。

金銭で一度に納めることが難しい場合には、原則として担保を提供して分割で納める延納の制度があり、申請は納期限までに行います(相続税法第38条。出所:国税庁)。要件と利子税があるため、最初から当てにせず、届く資金を先に整えます。

3-3. 段階3 申告期限の後3年で、自社株を整理する

最後に、自社株を会社に譲渡する場合の段取りを確かめます。申告期限の翌日以後3年を経過する日までの譲渡は、みなし配当課税の特例(租税特別措置法第9条の7)や、相続税額の一部を取得費に加える特例(租税特別措置法第39条)の対象になる場合があります。どちらも、譲渡した人に相続税額があることが要件の一つです(出所:国税庁)。会社側は、遺族など特定の株主から買い取る場合の株主総会の特別決議と、分配可能額の上限(会社法第309条第2項第2号・第461条第1項。出所:e-Gov法令検索)を確かめます。

3年の特例の期間は、10か月の納付の後の話です。納付そのものは、10か月までに届く資金で行う前提で考えます。

要するに、3か月と4か月の手続き、10か月の申告と納付、その後3年の自社株の整理、の3つの段階で、届く資金を期限に合わせます。

ここまでで、相続税の納付期限から逆算する承継の資金の要点を解説しました。承継・相続の資金の全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

【まるっと解説】承継・相続の資金 自社株から貸付金まで7つの視点

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4. FP1級が見る、相続税の期限と承継の資金の点検項目

見る点は4つです。FP1級の筆者が最初に見るのは、保険金の額よりも、その保険金が誰の口座に入るかです。入る口座が分かれば、遺族に届くまでの手続きが見えます。

4-1. 契約者と受取人が、契約ごとに分かっているか

会社が受取人の契約と、遺族が受取人の契約を分けて見ます。会社の契約は、死亡退職金の規程とつながっているかも確かめます。

4-2. 死亡退職金の規程と、決議の段取りがあるか

規程に、受取人の順位と額の決め方が書かれているかを見ます。株が共有になった時に、誰が議決権を使うかの話し合いも、家族と共有しておく価値があります。

4-3. 自社株の行き先と、買い取りの財源が見えているか

自社株を誰が引き継ぐか、会社が買い取る場合の分配可能額が足りるかを見ます。

4-4. 相談先の役割分担が決まっているか

相続税の計算と申告は税理士、遺言と遺産分割は弁護士、登記は司法書士、保険の手続きは保険の担当者です。FPは、期限と届く資金を1枚に並べ、確かめる順番を整理する役割で関わります。

要するに、契約者と受取人、規程と決議、自社株の行き先と財源、相談先の役割分担、の4つを見ます。

5. 今週できる、承継の資金を期限に合わせる3ステップ

今週できるのは3ステップです。保険を急いで増やす必要はありません。

5-1. 期限の表に、届く資金を書き込む

3か月・4か月・10か月の期限の表を作り、それぞれの時点で遺族の手元に届く資金を書き込みます。会社に入る資金と、遺族に入る資金は欄を分けます。

5-2. 保険と規程を、受取人ごとに書き出す

会社と個人の保険を、契約者、被保険者、受取人、保険金額と並べ、死亡退職金の規程の受取人と見比べます。

5-3. 失敗につながる3つの場面を、先に確かめる

承継の資金で失敗につながる場面は、保障の削りすぎ、保険料の過剰、個人の保険の受取人の放置の3つです。次の場面が起きないかを、先に確かめます。

削りすぎの場面

たとえば、社長が、保険料の払込みをやめるため、自分を被保険者にした会社の終身保険を払済にして、保険金額を小さくしたとします。死亡退職金規程の改定案を作るため保険証券を確かめていた後継者の専務が、社長に万一があった時に、払済後の保険金では死亡退職金の原資に届かないと気づきます。会社は、届かない分を別の資金で備えるか、規程の額を見直すかを、次の株主総会の議題に入れました。

過剰の場面

たとえば、社長が、相続税の目安の額に驚き、目的を分けないまま、自分を被保険者にした保険を複数追加したとします。期末の監査で保険料の明細を見ていた監査役が、保険金の合計が、死亡退職金と株の買い取りの資金など目的ごとの必要額の合計を大きく超え、保険料の引き落としで運転資金が細っていると気づきます。社長は、目的ごとの必要額を超える部分の契約を、次の更新を待たずに減額しました。

個人の保険の受取人を放置していた場面

たとえば、社長が、個人で入っている保険の受取人を、亡くなった妻のままにしていたとします。家の書類の整理を手伝っていた社長の長女が、保険会社から届いたお知らせで、受取人の欄が亡くなった母の名前のままだと気づきます。受取人が先に亡くなっている場合、保険金を受け取る人は保険法の定めで決まり(保険法第46条。出所:e-Gov法令検索)、手続きに時間がかかる場合があります。社長は、その月のうちに受取人の変更を請求しました(保険法第43条第1項)。

要するに、期限の表に資金を書き込む、保険と規程を受取人ごとに並べる、失敗の場面を先回りする、の3つが今週の一歩です。

6. 相続税の納付期限と承継の資金のよくある質問

Q1. 相続税は、いつまでに納めますか。

相続の開始を知った日の翌日から10か月以内に、申告と納付をします(相続税法第27条第1項・第33条。出所:国税庁 タックスアンサー No.4205)。期限の日が土日祝日の場合の扱いなどは、国税庁の案内で確かめます。

Q2. 会社が受け取った保険金で、遺族の相続税を払えますか。

会社が受け取った保険金は会社の資金で、そのままでは遺族の納税資金になりません。遺族に渡すには、規程と決議にもとづいて、死亡退職金や弔慰金として会社が支払います。額の決め方は規程で確かめます。

Q3. 死亡退職金の非課税枠は、いくらですか。

相続人が受け取る死亡退職金には、「500万円×法定相続人の数」の非課税枠があります(相続税法第12条第1項第6号。出所:国税庁 タックスアンサー No.4117)。死亡後3年以内に支給が確定したものが相続税の対象です。個別の計算は税理士に確かめます。

Q4. 相続した自社株を会社に売ると、税金はどうなりますか。

相続税額がある人が、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに発行会社へ譲渡し、届出書を出すなどの要件を満たすと、みなし配当ではなく株式の譲渡所得として扱われる特例があります(租税特別措置法第9条の7。出所:国税庁)。要件の確認は税理士に依頼します。

Q5. 10か月までに現金が足りない時は、どうなりますか。

金銭で一度に納めることが難しい場合には、原則として担保を提供して分割で納める延納の制度があり、申請は納期限までです(相続税法第38条。出所:国税庁)。要件と利子税があるため、税理士と税務署に早めに確かめます。

Q6. 株が相続人の共有だと、何が困りますか。

共有の株で議決権を使うには、権利を行使する人を1人決めて会社に通知します(会社法第106条。出所:e-Gov法令検索)。決まらないと、死亡退職金を決める株主総会で議決権がそろわず、決議ができない場合があります。株の行き先は、遺言などで先に決めておく価値があります。

7. まとめ|承継の資金は、額と一緒に届く期限を決めておく

この記事のまとめ
  • 期限は10か月以内
  • 規程と決議の段取り
  • 相続税の計算は税理士の領域
  • 会社に入る保険金と遺族の資金の区別
  • 自社株の行き先と、買い取りの財源の確認
  • 削りすぎは保障の空白、過剰は資金繰りの圧迫

筆者は以前、建築業の社長の奥さまと保険の形を決めたものの、後からご本人に別の説明が届いて行き違い、白紙に戻った経験があります。承継の資金は、決める社長ご本人と、受け取るご家族の両方と最初から話すことを大切にしています。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。期限の表を作るところから、一緒に進めます。

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本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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