たとえば、社長が、運転資金の借入を申し込んだ面談で、取引銀行の融資担当者から「社長を被保険者にした保険に、質権を付けていただけますか」と言われたとします。社長は、借入が通るならと思う一方で、質権を付けると何が変わるのか、説明できずにいます。

質権は、借入の担保として、保険金などを受け取る権利を銀行に差し入れる仕組みです。差し入れる前に、会社の資金計画と合うかを確かめておくと、あとで食い違いにくくなります。

この記事では、法人保険の目的のうち「資金繰り・借入対策」を扱います。借入の担保として法人保険に質権を付ける前の3つのチェック項目と、つまずきやすい場面を説明します。解説するのは、大手生命保険代理店で8年、1,100名以上のご相談を伺ってきた、FP1級(1級ファイナンシャル・プランニング技能士)の筆者です。

この記事は、質権の設定や保険への加入をお勧めするものではありません。契約の条件の判断は金融機関と弁護士、税務の個別判断や経理処理は税理士の領域です。

結論

  • 保険金は返済に先に充当
  • 範囲・制約・解除の3つを確認
  • 削りすぎは保障の空白、過剰は資金繰りの圧迫

この記事で分かること

  • 今週できる3ステップ
  • 質権で起こりやすい3つのつまずき
  • 質権を付ける前の3つのチェック項目
  • FP1級が見る点検項目と、失敗につながる場面
タップできる目次

1. 借入の担保にした法人保険で起こりやすい3つのつまずき

つまずきは3つあります。どれも、質権を付けた後に契約がどう動くかを確かめないまま、手続きを終えることから起こります。

1-1. 保険金が、返済に先に充てられることを資金計画に入れていない

質権を持つ銀行は、その対象から、ほかの債権者に先立って弁済を受けられます(民法第342条・第362条第2項。出所:e-Gov法令検索)。保険金のうち、借入の返済に充てられる分は、会社の運転資金としては使えません。

たとえば、社長が、事業保障のために入っていた保険の全部を、借入の担保に差し入れたとします。社長に万一があった時の資金計画を作っていた経理担当者が、保険金はまず質権の範囲で借入の返済に充てられ、取引先への支払いや給与に回せる分が、計画に書いていた額より少ないと気づきます。経理担当者は、社長に、返済に充てられる分と残る分を分けた表を見せます。社長は、事業保障の必要額を、保険の担当者と相談し直します。以後は、質権の対象と、会社に残す資金を分けて計画します。

1-2. 質権を付けた後も、契約を自由に動かせると思っている

質権が付いている間は、解約、減額、契約者貸付、受取人の変更などに、銀行の同意が必要になるのが一般的です。具体的な扱いは、質権設定の契約と保険の約款で確かめます。

たとえば、社長が、売上の入金が遅れた月に、質権を付けた保険の契約者貸付で資金を用意しようとしたとします。手続きの相談を受けた保険の担当者が、その契約には銀行の質権が付いていて、貸付の手続きに銀行の同意書が必要だと気づきます。担当者は、社長に、同意を得るまでの手順と日数を説明します。社長は、支払いの日に間に合わないため、別の方法で資金を用意します。質権の付いた契約は、資金繰りの手段の一覧から外して考える必要がありました。

1-3. 借入を返し終えても、質権が残ったままになる

借入を返し終えても、質権の解除の手続きをしないと、保険会社の記録上、質権が残る場合があります。解除には、銀行が出す書類と保険会社への届け出が必要になるのが一般的です。

たとえば、社長が、質権を付けていた借入を数年前に返し終え、解除の手続きをしないままにしていたとします。承継の準備で保険の契約一覧を作っていた後継者の専務が、返し終えたはずの銀行の質権が、契約の登録内容に残っていると気づきます。専務は、社長に、保険会社から届いた登録内容の写しを見せます。社長は、銀行に解除の書類を依頼し、保険会社に届け出ます。以後は、借入を返し終えた月に、質権の解除も確かめます。

要するに、返済に先に充てられる保険金、契約を動かす時の同意、返し終えた後の解除、の3つが、質権で起こりやすいつまずきです。

2. 経営者が質権の中身を確かめないまま応じてしまう背景

背景は3つです。借入を急いでいること、質権の書類が専門的なこと、保険と借入の担当者が別々なことです。

2-1. 借入を急いでいて、条件を比べる時間がない

運転資金の借入は、支払いの日が迫っている時に申し込むことが多いものです。条件の一つとして質権を求められると、中身を確かめる前に応じてしまう場合があります。

2-2. 質権の書類が、読み慣れない言葉で書かれている

質権設定の契約書や保険会社の書類には、担保する借入の範囲、通知、承諾などの言葉が並びます。どの条項が会社の資金繰りに関わるのか、見分けにくいものです。

2-3. 保険と借入の相談先が、別々になっている

借入の条件は銀行、保険の手続きは保険の担当者です。両方を並べて、会社の資金計画に落とし込む人がいないまま、手続きが進みます。質権の書類は、保険の担当者と顧問税理士にも写しを渡すと、話がそろいます。

要するに、急ぐ借入、読み慣れない書類、別々の相談先、の3つが背景です。

3. 法人保険に質権を付ける前の3つのチェック項目

チェック項目は3つです。担保する借入の範囲、設定中にできなくなる手続き、返し終えた後の解除です。まず次の表で全体を見ます。

チェック項目 確かめること 確かめる資料の例
1. 担保の範囲 どの借入の、いくらまでを担保するか 質権設定の契約書
2. 設定中の制約 解約・減額・貸付・受取人変更の扱い 契約書・保険の約款
3. 解除の手続き 返し終えた後の書類と届け出 契約書・保険会社の案内

3-1. チェック項目1 どの借入の、いくらまでを担保するか

最初に、質権が、どの借入を、いくらまで担保するのかを確かめます。対象の借入が特定されているか、将来の借入も含むのかで、保険金のうち会社に残る分の見通しが変わります。

あわせて、借入の残高と保険金額を同じ表に並べます。返済に充てられる分と会社に残る分が分かると、事業保障に足りない額を、別に考えられます。

3-2. チェック項目2 設定中にできなくなる手続きを確かめる

次に、質権が付いている間、解約、減額、払済、契約者貸付、受取人の変更に、銀行の同意が必要かを確かめます。資金繰りの手段として契約者貸付を考えている契約なら、質権を付けるかどうかを、特に慎重に比べます。

死亡保険の保険金を受け取る権利に質権を設定する場合、保険事故が起きる前の設定は、被保険者の同意がなければ効力を生じません(保険法第47条。出所:e-Gov法令検索)。同意は、社長が被保険者の場合も要ります。社長以外の役員が被保険者なら、事前に本人へ説明します。

3-3. チェック項目3 返し終えた後の解除の手続きを確かめる

最後に、借入を返し終えた時に、誰がどの書類を用意し、保険会社にどう届け出るかを確かめます。保険金などを受け取る権利に質権を設定したことを保険会社などに主張するには、設定の時に通知または承諾が必要です(民法第364条・第467条。出所:e-Gov法令検索)。設定の時と同じく、解除も保険会社への届け出で記録に反映させます。借入を返し終えると質権そのものは消えますが、届け出までを手続きに含めます。

質権を付けても、保険料の経理は、契約の区分に沿って行います。2019年7月8日以後に契約した、保険期間3年以上の定期保険・第三分野保険のうち、最高解約返戻率が50%を超える契約は、保険料の一部を資産に計上します(割合や期間は区分で異なり、例外もあります。法人税基本通達9-3-5の2。出所:国税庁)。具体的な処理は、顧問税理士に確かめます。

要するに、担保の範囲、設定中の制約、返し終えた後の解除、の3つを付ける前に確かめます。

ここまでで、法人保険に質権を付ける前の要点を解説しました。法人保険と資金繰りの全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

【まるっと解説】法人保険と会社の資金繰り|万一に備える5つの視点

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4. FP1級が見る、質権付きの法人保険の点検項目

見る点は4つです。質権は、付けた時より、万一の時や返し終えた時に影響が出ます。FP1級の筆者が最初に見るのは、保険金額よりも、質権の付いた契約と付いていない契約が、一覧で分けられているかどうかです。

4-1. 契約ごとに、質権の有無が分かるか

保険の一覧に、質権の有無、質権者、担保する借入が書かれているかを見ます。

4-2. 借入の残高と保険金額が、並んでいるか

借入ごとの残高と、質権の付いた保険の保険金額が、同じ表に並んでいるかを見ます。返済が進むにつれて、会社に残る分がどう変わるかも確かめます。

4-3. 資金繰りの手段から、質権付きの契約を外しているか

契約者貸付や解約を資金繰りの手段として考える時、質権の付いた契約を分けて考えているかを見ます。

4-4. 相談先の役割分担が決まっているか

借入と質権の条件は銀行、契約書の解釈は弁護士、経理と税務は顧問税理士、保険の手続きは保険の担当者です。FPは、借入と保険を一枚に並べ、確かめる順番を整理する役割で関わります。

要するに、質権の有無、借入と保険金額、資金繰りの手段との区別、相談先の役割分担の4つを見ます。

5. 今週できる、質権付きの法人保険を整える3ステップ

今週できるのは3ステップです。質権を外すかどうかを、急いで決める必要はありません。

5-1. 保険の一覧に、質権の有無を書き込む

保険会社から届いた契約内容のお知らせなどで、質権の有無と質権者を確かめ、一覧に書き込みます。

5-2. 返し終えた借入の質権が残っていないか確かめる

返し終えた借入を書き出し、その借入に付けた質権の解除が済んでいるかを、保険会社に確かめます。

5-3. 失敗につながる3つの場面を、先に確かめる

質権付きの保険で失敗につながる場面は、保障の削りすぎ、保険料の過剰、被保険者への伝え漏れの3つです。次の場面が起きないかを、先に確かめます。

削りすぎの場面

たとえば、社長が、質権を付けた保険があるから十分だと考え、質権の付いていない事業保障の契約を、保険料を下げるために解約したとします。役員会で事業保障の額の報告を受けた顧問税理士が、解約したのは借入の担保になっていない唯一の契約で、万一の時に会社が使い道を自由に決められる保険金が、なくなっていると気づきます。顧問税理士は、社長に、担保になっている契約とそうでない契約を分けた表を示します。社長は、担保になっていない保障の必要額を、経理担当者と試算し直します。以後は、質権の付いた契約を、事業保障の額に数えずに考えます。

過剰の場面

たとえば、社長が、担保に出す分と会社に残す分を分けて持とうと自分で考え、手元の契約の保障額を確かめないまま、新しい保険に入ったとします。口座振替の明細を整理していた総務担当者が、似た保障の保険料が毎月2本引き落とされ、前からの契約と合わせて保険料が重なっていると気づきます。総務担当者は、社長に、契約ごとの保険料の一覧を見せます。社長は、手元の契約で足りる分がないか、保険の担当者に相談します。新しく入る前に手元の契約を確かめる順番が、抜けていました。

被保険者への伝え漏れの場面

たとえば、社長が、常務を被保険者にした保険に質権を付ける手続きを、保険の担当者に任せきりにしていたとします。被保険者の同意欄への署名を求める書類を受け取った常務が、自分を被保険者にした保険が借入の担保になることを、事前に聞いていなかったと気づき、社長に尋ねます。社長は、常務に、質権の目的と範囲を説明してから、署名をお願いします。以後は、被保険者本人に、社長が直接説明します。

要するに、質権の有無を書き込む、返し終えた借入を確かめる、失敗の場面を先回りする、の3つが今週の一歩です。

6. 法人保険の質権のよくある質問

Q1. 法人保険に質権を付けると、何が変わりますか。

保険金などを受け取る権利が借入の担保になり、銀行はその範囲で、ほかの債権者に先立って弁済を受けられます(民法第342条・第362条第2項。出所:e-Gov法令検索)。設定中は、解約や減額などに銀行の同意が必要になるのが一般的です。

Q2. 被保険者の同意は必要ですか。

死亡保険の保険金を受け取る権利に、保険事故が起きる前に質権を設定する場合は、被保険者の同意がなければ効力を生じません(保険法第47条。出所:e-Gov法令検索)。社長が被保険者の場合も同意が要り、社長以外の役員が被保険者なら、事前に本人へ説明します。

Q3. 質権が付いた保険でも、契約者貸付は使えますか。

銀行の同意が必要になるのが一般的です。同意を得るまでに日数がかかる場合があるため、資金繰りの手段としては分けて考えます。具体的な扱いは、質権設定の契約と保険の約款で確かめます。

Q4. 借入を返し終えたら、質権は自動で外れますか。

解除の手続きをしないと、保険会社の記録上、質権が残る場合があります。銀行に解除の書類を依頼し、保険会社に届け出ます。返し終えた月に確かめると、手続きを忘れにくくなります。

Q5. 質権を付けると、保険料の経理は変わりますか。

保険料の経理は、契約の区分に沿って行います。2019年7月8日以後に契約した、保険期間3年以上の定期保険・第三分野保険のうち、最高解約返戻率が50%を超える契約は、保険料の一部を資産に計上します(割合や期間は区分で異なり、例外もあります。法人税基本通達9-3-5の2。出所:国税庁)。個別の処理は顧問税理士に確かめます。

Q6. 質権を求められたら、断ってもよいですか。

借入の条件は、銀行との話し合いで決まります。質権の範囲や、ほかの担保・保証との組み合わせを確かめ、会社の資金計画と合わなければ、条件を相談して構いません。契約書の解釈で迷う点は、弁護士に確かめます。

7. まとめ|質権を付ける前に、範囲・制約・解除を確かめる

この記事のまとめ
  • 保険金は返済に先に充当
  • 税務と経理は税理士の領域
  • 範囲・制約・解除の3つを確認
  • 返し終えたら解除の手続きまで
  • 削りすぎは保障の空白、過剰は資金繰りの圧迫
  • 被保険者の同意が効力要件(保険法第47条。出所:e-Gov法令検索)

筆者は新卒のころ、保険金を受け取れるかと不安そうなお電話をいただき、給付の対象とお伝えすると、ほっとされた声を今も覚えています。保険は、一番つらい「その時」に支えるものです。質権を付ける時も、その時に会社と家族に何が残るかを、一緒に確かめています。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。借入と保険の一覧を並べるところから、一緒に進めます。

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本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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