現場の配置表を作るたびに、社長がため息をつく。今月も一人辞めて、求人を出し直し、新人に仕事を教える。建設、運送、病院、介護施設など、人の入れ替わりが避けにくい業種で、よく聞く光景です。

給与を上げる余力は限られています。それでも、働く人が「この会社で続けたい」と思える理由を、ほかに用意できないか。社長は、そう考えはじめます。

福利厚生は、給与とは別の形で、働く人と家族を支える仕組みです。遺族への保障、入院したときの保障、退職金制度などを整えることで、従業員の満足度を高め、雇用の確保や退社の抑制を後押しする可能性があります。ただし、効果は会社や職場によって異なり、断定はできません。

この記事では、従業員の入替りが激しい会社が、福利厚生を見直すときの4つの方法を解説します。解説するのは、保険代理店で1,100名以上のご相談を受けてきたFP1級の筆者です。

結論

  • 福利厚生で入替りが減ると断定はできません。ただ、定着を後押しする材料として検討する価値があります。
  • 方法は、退職金の仕組み・遺族への保障・入院などへの保障・対象の決め方と伝え方の4つです。
  • 退職金を設けるなら、あとから下げにくい約束だと理解したうえで、会社の体力に合う水準を選びます。

この記事で分かること

  • 入替りの多さが会社に与える3つの影響
  • 福利厚生が見直されにくい理由
  • 4つの方法を整理した表と、進め方
  • やりすぎ・足りなさの失敗場面と、今週の確認項目

1. 従業員の入替りが激しい会社で起きる3つの場面

入替りの多さは、現場・採用・社長の時間の3つの場面で負担になります。順に見ます。

1-1. 現場の場面|経験が積み上がらない

経験者が抜けるたびに、残った人に負担が寄ります。

たとえば、介護施設で夜勤を支えてきた職員が退職したとします。残った職員のシフトが増え、疲れから、さらに退職者が出るという流れが起きかねません。

1-2. 採用の場面|費用と手間が繰り返される

退職者が出れば、求人の掲載、面接、教育の手間が、また発生します。

たとえば、運送会社で、採用した運転手が短期間で辞める状況が続いたとします。経理担当者は、毎回の採用費用が積み上がっていく様子を見ることになります。

1-3. 社長の場面|経営の時間が採用に取られる

社長が採用や面談に時間を取られると、本来の経営判断や営業の時間が削られます。

建設会社の社長が、現場の穴を埋めるために自ら動き、新しい受注の準備が遅れる、という場面は珍しくありません。

要するに、入替りの多さは、現場の負担・採用の繰り返し・社長の時間の消耗という形で会社に響きます。

2. 福利厚生の見直しが後回しになる理由

後回しになるのは、効果が見えにくいことと、費用への警戒の2つが重なるからです。

2-1. 効果が数字に出にくい

福利厚生の効果は、すぐに数字で表れるものではありません。社長にとっては、目の前の求人広告のほうが成果が分かりやすく感じられます。

ただ、辞めにくい職場づくりは、採用を繰り返す費用を抑えるうえで、中長期で検討する価値があります。

2-2. 給与の上げ幅と比べて考えてしまう

福利厚生を、給与の代わりとして考える社長もいます。

給与は毎月の生活を支え、福利厚生は万一のときや将来を支えます。役割が違うため、並べて比べるより、両方の組み合わせで考えるほうが現実的です。

要するに、効果の見えにくさと、給与との比べ方が、福利厚生の見直しを遠ざけます。

3. 定着を後押しする福利厚生の4つの方法

方法は、退職金の仕組み・遺族への保障・入院などへの保障・対象の決め方と伝え方の4つです。効果を断定することはできません。いずれも、従業員の満足度や定着を考える際の材料になります。

方法 従業員にとっての意味 会社側の確認点
1. 退職金の仕組み 長く勤めた先の暮らしの見通しが立てやすくなる 財源、規程、あとから下げにくい点
2. 遺族への保障 万一のとき、家族の暮らしが支えられる 対象の範囲、費用の負担、経理の扱い
3. 入院などへの保障 病気やけがで働けないときの不安が和らぐ 公的な制度との役割分担
4. 対象の決め方と伝え方 制度を知り、公平に扱われている実感が持てる 就業規則への記載、説明の機会

3-1. 方法1|退職金の仕組みを整える

長く勤めた人に報いる仕組みは、定着を後押しする材料になります。

国の制度である中小企業退職金共済制度(中退共)は、掛金月額が5,000円から30,000円の範囲で、退職金が従業員に直接支払われます。掛金は全額が損金(法人)です。(出所:独立行政法人勤労者退職金共済機構・中小企業退職金共済事業本部。短時間労働者の特例を除く)

介護施設などの社会福祉施設では、社会福祉施設職員等退職手当共済制度の対象になる場合があります。公費助成の対象かどうかは施設・事業ごとに異なるため、運営する独立行政法人福祉医療機構に確認します。

退職金制度を設けるなら、就業規則への記載事項になります。(出所:労働基準法第89条第3号の2)また、退職金の引下げは労働条件の不利益変更にあたり、原則として労働者の同意が必要です。(出所:労働契約法第8条、第9条、第10条)個別の労務判断は、社会保険労務士・弁護士の領域です。

3-2. 方法2|遺族への保障を整える

建設や運送のように、現場に危険が伴う仕事では、万一のときの家族の暮らしが気がかりになります。

遺族に支払う死亡退職金や弔慰金を規程にしておくと、従業員は家族の将来を考えやすくなります。規程の作り方は、従業員の死亡退職金・弔慰金規程を作るチェック項目で整理しています。

財源に法人保険を使う場合は、加入の範囲や契約の形で経理上の扱いが変わります。税務の個別判断・経理処理の確定は、税理士の領域です。

3-3. 方法3|入院などへの保障を整える

病気やけがで働けなくなったとき、公的な制度がどこまで支えるかを先に確かめます。

健康保険の傷病手当金は、病気やけがで働けないとき、条件を満たせば支給されます。支給期間は通算1年6か月です。(出所:全国健康保険協会)国民健康保険にはこの制度はありません。

公的な制度で足りない部分を、会社が福利厚生でどこまで補うかを考えます。範囲を広げすぎると費用が重くなるため、順番を決めて進めます。

3-4. 方法4|対象の決め方と伝え方を整える

制度を作っても、従業員に伝わらなければ、満足度にはつながりにくくなります。

対象者の決め方が一部の人に偏ると、不公平感が生まれます。法人保険のうち養老保険を福利厚生に使う場合は、普遍的加入などの要件が定められています。(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-4)詳しくは、養老保険を福利厚生に使うときの加入範囲で解説しています。

入社時や年に一度の面談で、制度の内容を従業員に説明する機会を設けると、伝わりやすくなります。

3-5. 進め方|3つの手順で見直す

  1. 現状を確かめる:辞めた理由の傾向と、いまある制度の内容を一覧にします。
  2. 順番を決める:4つの方法のうち、従業員の声と会社の体力に合うものから選びます。
  3. 伝えて見直す:制度を説明し、毎年の決算の時期に内容を点検します。

この記事では要点に絞って解説しました。全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

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要するに、4つの方法は、効果を断定せず、会社の体力に合う順番で検討する価値があります。

4. 福利厚生の見直しで起きやすい落とし穴

落とし穴は、手を打たない側と、手を広げすぎる側の両方にあります。

4-1. 手を打たない場面

  • 入替りを業界の特性と割り切る:たとえば、社長が「この業種は人が辞めるものだ」と考え、何も整えなかったとします。条件の整った他社へ、人が流れていく状態が続くおそれがあります。
  • 制度があっても説明しない:たとえば、経理担当者は制度の存在を知っているのに、現場の従業員には伝わっていなかったとします。満足度につながらないまま、費用だけが出ていきます。
  • 入社して間もない人を対象外にしたまま放置する:たとえば、社長が勤続の短い従業員を、理由を示さず外していたとします。早期に辞める人が続く原因になりえます。

4-2. 手を広げすぎる場面

  • 効果を期待して、一度に多くを導入する:たとえば、社長が退職金も保障も一度に始めたとします。毎月の費用が重くなり、給与の改善や設備に回す資金が減ります。
  • 定着を目的に、高い水準を約束する:たとえば、社長が引き留めるために、高い退職金の水準を規程に書いたとします。業績が下がっても、簡単には下げられません。

福利厚生は、小さく始めて、効果と費用を毎年点検する進め方が合っています。効果は断定できないため、従業員の声を聞きながら調整します。

要するに、何もしなければ人が流れ、広げすぎれば経営を圧迫します。小さく始めて、点検を続けます。

5. 今週できる福利厚生の確認チェックリスト

今週のうちに、次の項目を確かめます。

  • この1年に辞めた人の勤続年数と、辞めた理由の傾向を書き出したか
  • いまある福利厚生と退職金の内容を、一覧にしたか
  • 従業員が、制度の内容を知っているか確かめたか
  • 公的な制度で足りない部分は何か、社会保険労務士・FPに聞く項目を決めたか
  • 新しい制度の費用を、決算書の数字と並べて見たか

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6. よくある質問

Q1. 福利厚生を整えれば、従業員は辞めなくなりますか。

辞めなくなる、とは言い切れません。働く人が会社を選ぶ理由は様々です。ただ、満足度を高め、定着を後押しする材料として、検討する価値があります。

Q2. 給与を上げる余裕がない場合、福利厚生で補えますか。

給与と福利厚生は役割が違います。給与は毎月の生活を支え、福利厚生は万一や将来を支えます。補い合うものとして、両方の組み合わせで考えます。

Q3. 退職金制度を作ったあとで、水準を下げられますか。

退職金の引下げは労働条件の不利益変更にあたり、原則として労働者の同意が必要です。同意がない場合は、就業規則の変更の合理性が問われます。(出所:労働契約法第8条、第9条、第10条)個別の判断は、社会保険労務士・弁護士に相談してください。

Q4. 病気やけがで働けなくなったとき、公的な制度は使えますか。

健康保険の傷病手当金は、病気やけがで働けないとき、条件を満たせば支給されます。支給期間は通算1年6か月です。(出所:全国健康保険協会)国民健康保険にはありません。

Q5. 介護施設などの職員には、退職金の公的な制度がありますか。

社会福祉施設職員等退職手当共済制度があります。公費助成の対象かどうかは施設・事業ごとに異なるため、運営する独立行政法人福祉医療機構に確認してください。

Q6. 福利厚生の費用は、税務上どう扱われますか。

制度や契約の内容によって扱いが変わります。養老保険を福利厚生に使う場合は、普遍的加入などの要件があります。(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-4)個別の税務判断・経理処理の確定は、税理士の領域です。

7. まとめ

この記事のまとめ
  • 福利厚生は、入替りが減ると断定はできません。ただ、満足度や定着を考える材料として、検討する価値があります。
  • 方法は、退職金の仕組み・遺族への保障・入院などへの保障・対象の決め方と伝え方の4つです。
  • 退職金の引下げは労働条件の不利益変更にあたります(出所:労働契約法第8条、第9条、第10条)。個別の労務判断は社会保険労務士・弁護士へ。
  • 小さく始めて、毎年の決算の時期に点検します。

社長が守っているのは、ご家族だけではありません。毎日一緒に働く従業員と、そのご家族の暮らしも、社長の肩にかかっています。筆者はそう考えて、必要なものを、必要な分だけ整える相談を心がけています。

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。会社の状況に合わせて、福利厚生の優先順位を一緒に整理します。

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筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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