期首の役員報酬を決める時期になると、社長は毎年、同じことで迷います。

「今年はこの額で据え置こう。でも、自分の退職金に回すお金は足りているだろうか」。経理担当者は、試算表を前に黙ってしまいます。

役員報酬が高めの社長ほど、毎月の報酬と将来の退職金の準備が、同じ会社の財布から出ていることに気づきにくいものです。

この記事は、報酬を動かして税負担を軽くする方法を勧めるものではありません。報酬のあり方と退職金の準備を、資金の配分として落ち着いて考えるための整理です。

この記事では、役員報酬と退職金のバランスを考える3つの視点を解説します。

解説するのは、FP1級の資格を持つ筆者です。

結論

  • 役員報酬と退職金は、別々の話ではなく、会社の資金をどう配るかという同じ話です。
  • 考える視点は、会社の資金繰り・社長の暮らし・退職金の財源の3つです。
  • 役員報酬は期中に自由に動かせるものではありません。見直しの要件は、税理士に確認します。

この記事で分かること

  • 報酬と退職金の準備を一緒に考えないと起きる、3つの場面
  • 定期同額給与で気をつけたい点
  • 3つの視点と、考え方の手順
  • 報酬を絞りすぎた場合と、手元に残しすぎた場合の失敗場面

1. 役員報酬と退職金の準備を別々に考えて起きる3つの場面

報酬を決める日・資金が足りなくなる日・勇退を考える日の3つの場面で、つまずきが出ます。順に見ていきます。

1-1. 期首の面談で、報酬の額だけを決めてしまう

社長と税理士が期首に面談し、今期の役員報酬の額を決めたとします。

その場では、会社の利益と社長の生活費の話が中心になります。将来の退職金をいくら準備するかは、話題に上がらないまま終わります。

数年たって、退職金の財源が手つかずだったことに気づく例があります。

1-2. 報酬が高いのに、会社に資金が残っていない

役員報酬を高めに設定し続けると、会社に残る資金は、その分だけ少なくなります。

経理担当者は、毎月の資金繰りを見ながら、「これで退職金の準備はできているのだろうか」と気になっていても、社長に切り出しにくいものです。

報酬は個人の収入として使われ、会社の中には退職金の原資が積み上がっていない状態です。

1-3. 勇退を考える年に、報酬の水準が足かせになる

勇退が近づいたとき、社長が「報酬が高かったのだから、退職金も相応に」と考える場面があります。

ただ、退職金の金額は、報酬の高さだけで決まるものではありません。在任期間や退職の事情なども踏まえて、相当かどうかが見られます。(出所:法人税法施行令第70条第2号)

報酬と退職金の関係を、直前になって考えると、選べる道が狭くなります。

要するに、報酬を決める日に、退職金の準備を一緒に見ていないことが、あとのつまずきにつながります。

2. 定期同額給与という見落とされやすい決まり

役員報酬は、毎月同じ額を支払う形が基本です。期中に気軽に上げ下げできるものではありません。整理します。

2-1. 定期同額給与の基本

役員に支給する給与で損金に算入できるものには、毎月の支給額が同じである定期同額給与があります。(出所:法人税法第34条第1項第1号)

このため、期の途中で報酬を増やしたり減らしたりすると、損金の扱いに影響する場合があります。

期中に減額する場合には、要件があります。細かな点は、顧問税理士に確認してください。

2-2. 「退職金の財源のために報酬を動かす」という発想の落とし穴

退職金の準備を急ぎたいと考えて、期中に報酬を大きく下げる社長もいます。

しかし、報酬を動かす判断は、税負担の差だけを理由にするものではありません。社長の生活、家族の暮らし、会社の資金繰り、そして役員報酬のルールを総合して考えます。

税の負担を軽くすることを目的に、報酬と退職金の配分を決めるのは、この記事が勧める方法ではありません。

個別の税務判断・申告・経理処理の確定は、税理士の領域です。

要するに、報酬は毎月同じ額が基本です。動かす前に、要件と目的を税理士と確かめます。

3. 役員報酬と退職金のバランスを考える3つの視点

考える視点は、会社の資金繰り・社長の暮らし・退職金の財源の3つです。まず全体を表で整理します。

視点 見るもの 一緒に考える相手
1. 会社の資金繰り 運転資金、借入金の返済、設備の更新に必要な資金 社長・経理担当者・顧問税理士
2. 社長の暮らし 生活費、住宅や家族の支出、勇退後の暮らし 社長・家族・FP1級
3. 退職金の財源 いつ、いくらを、どの資金から支払うかの見込み 社長・顧問税理士・FP1級

3-1. 視点1|会社の資金繰りを先に確かめる

報酬の額を考える前に、会社の資金繰りに余裕があるかを確かめます。

運転資金と借入金の返済を賄ったうえで、将来の退職金に回せる資金がどれほどあるかを見ます。

余裕がないのに退職金の準備を急ぐと、日々の支払いが苦しくなります。

3-2. 視点2|社長の暮らしに必要な額を見積もる

社長の毎月の生活費と、勇退後の暮らしに必要な額を、家族と一緒に見積もります。

公的年金の見込みなども含めて、勇退後に収入がどう変わるかを並べます。

この見積もりがあると、報酬を維持する理由も、退職金に期待する額も、数字で説明できるようになります。

3-3. 視点3|退職金の財源の見込みを描く

退職金は、一度に大きな支払いになります。いつ、いくらを、どの資金から払うかの見込みが必要です。

退職所得は、収入金額から退職所得控除額を引いた額の2分の1を基に計算します。(出所:所得税法第22条第2項、国税庁タックスアンサー No.2732)

ただし、この仕組みがあるからといって、報酬を抑えて退職金に寄せることを、この記事は勧めません。受け取る側の手取りも、会社が払える額も、状況によって変わります。

配分の考え方は、次の手順で整えます。

  1. 会社の余力を数字にする:運転資金・借入金・設備更新に必要な資金を並べます。
  2. 社長の暮らしの必要額を出す:今の生活費と、勇退後に必要な額を見積もります。
  3. 退職金の支払い時期を仮置きする:勇退の時期を想定し、財源の見込みを描きます。
  4. 税理士と報酬の見直し要件を確かめる:見直す場合は、期首にあわせて検討します。

この記事では要点に絞って解説しました。全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

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要するに、資金繰り・暮らし・財源の3つの視点を並べると、配分の考え方が見えてきます。

4. 役員報酬と退職金の配分で起きやすい2方向の失敗

失敗は、退職金の準備を後回しにする方向と、準備を急ぎすぎる方向の2つがあります。対にして見ます。

4-1. 退職金の準備が足りなくなる場面

  • 報酬を使い切って財源が残らない:社長が毎年の報酬を生活に使い切り、勇退の年になって、会社にも手元にも退職後の資金が乏しいことに気づきます。
  • 面談で退職金の話が出ない:経理担当者は気づいていても、期首の面談で話題にする機会がないまま、数年が過ぎます。

4-2. 準備が重すぎる場面

  • 報酬を絞って会社に資金を寄せすぎる:社長が退職金のために報酬を大きく下げ、家族の生活費や住宅の支払いが苦しくなります。
  • 期中に報酬を急に動かす:社長が決算の直前に報酬の額を見直そうとし、経理担当者が定期同額給与の要件に当てはまるかを気にしながら、処理に追われます。
  • 将来の退職金に資金を固定しすぎる:会社の手元資金が薄くなり、設備の更新や賞与の原資に回せなくなります。

どちらの失敗も、資金の全体像を並べないまま、一方だけを動かしたことが原因です。

要するに、足りなくても重すぎても、バランスが崩れます。全体を並べてから決めます。

5. 今週できる役員報酬と退職金の確認チェックリスト

今週のうちに、次の5つを確かめます。

  • 今期の役員報酬の額と、毎月同じ額で支給されているかを確かめた
  • 運転資金と借入金の返済のあとに、会社に残る資金の見込みを確かめた
  • 社長の毎月の生活費と、勇退後に必要な額の見当をつけた
  • 勇退の時期の想定と、退職金の財源の見込みを書き出した
  • 報酬を見直す場合の要件を、顧問税理士に相談する日を決めた

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要するに、数字を一枚に並べるだけでも、報酬と退職金の関係が見えやすくなります。

6. よくある質問

Q1. 役員報酬を下げて、その分を退職金に回せば得ですか。

損得だけで決めるものではありません。報酬は定期同額給与が基本で、期中の変更には要件があります。(出所:法人税法第34条第1項第1号)社長の暮らしと会社の資金繰りを踏まえ、顧問税理士に確認してください。

Q2. 役員報酬を期の途中で減らしても問題ありませんか。

減額には要件があり、損金の扱いに影響する場合があります。細部は税理士に確認が必要です。事前に相談せず、決算の直前に変更するのは避けたほうがよい場面があります。

Q3. 報酬が高ければ、退職金も高く払えますか。

報酬の高さだけでは決まりません。不相当に高額な部分は損金になりません。(出所:法人税法第34条第2項)在任期間・退職の事情・同種で同規模の法人の支給状況などを踏まえて判断されます。

Q4. 退職金の準備は、いつから考えればよいですか。

勇退の時期が決まっていなくても、早い段階から見込みを描くほうが、選べる道が広がります。毎年の期首に、報酬の確認とあわせて見直すと、習慣になります。

Q5. 退職金にはどんな課税がありますか。

退職所得は、収入金額から退職所得控除額を引いた額の2分の1を基に計算します。(出所:所得税法第22条第2項、国税庁タックスアンサー No.2732)実際の金額は、顧問税理士に試算してもらってください。

Q6. 誰に相談すればよいですか。

報酬や損金の扱いは顧問税理士の領域です。FP1級は、会社の資金繰り・社長の暮らし・退職金の財源を並べて点検する立場でお手伝いできます。

7. まとめ

この記事のまとめ
  • 役員報酬と退職金は、会社の資金をどう配るかという同じ話です。
  • 考える視点は、会社の資金繰り・社長の暮らし・退職金の財源の3つです。
  • 役員報酬は定期同額給与が基本で、期中の変更には要件があります(出所:法人税法第34条第1項第1号)。
  • 税負担の軽減を目的に配分を決めることは、この記事が勧める方法ではありません。
  • 税務の個別判断・申告・経理処理は、税理士の領域です。

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筆者は、社長にとっての「その時」は突然訪れるとは限らず、勇退の日もそのひとつだと考えています。長年会社を支えてきた社長が、準備した財源で安心して次の暮らしに進めるよう、数字に載らない想いも伺いながら一緒に整理します。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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