【まず確認】退職給付制度がない会社の導入準備 3つのポイント
採用面接の終わりに、応募者から「退職金の制度はありますか」と聞かれる。そんな経験のある社長は少なくありません。
「うちは今のところ、ありません」と答えた瞬間、相手の表情が少し変わる。給与や休日では他社と並べても、退職後の備えを問われると返事に詰まる、という会社があります。
退職給付制度は、法律で設けることまでは義務づけられていません。ただ、働く人にとっては、長く勤めた先の暮らしを考える材料になります。導入するなら、制度の種類と、財源の置き方を一緒に決める必要があります。
この記事では、退職給付制度をまだ導入していない会社が、福利厚生として整えるときの3つのポイントを、制度の種類の比較を交えて解説します。解説するのは、保険代理店で1,100名以上のご相談を受けてきたFP1級の筆者です。
結論
- 退職給付制度は、導入するかどうかを決めるより先に、導入する目的を決めます。
- 制度の種類は、自社の退職金規程・中退共・法人保険の活用の3つに大きく分けて比べられます。
- 制度を設けたら、就業規則に定め、あとから下げにくい約束だと理解したうえで水準を決めます。
この記事で分かること
- 制度がないことで起きやすい3つの場面
- 導入が先送りされやすい理由
- 3種類の制度の違いを比べる表と、進め方の4つの手順
- 今週できる確認項目
1. 退職給付制度がない会社で起きやすい3つの場面
制度がないと、採用・在職中・退職時の3つの場面で、社長の側に悩みが出ます。順に見ていきます。
1-1. 採用の場面|他社との比較で見劣りする
求人の条件で、給与が同じなら、福利厚生の差が選ぶ理由になることがあります。
たとえば、同じ地域の会社が退職金制度を求人票に載せているのに、自社には何も書けないとします。応募者が比べるとき、見えない差が生まれます。
1-2. 在職中の場面|長く働く理由を示しにくい
長く勤めてくれた従業員に、会社としてどう報いるかは、制度がなければ社長の個人の判断になります。
たとえば、ベテラン従業員が退職するとき、社長が気持ちとして金額を決めたとします。ほかの従業員との公平が取れているか、あとから疑問が出ることがあります。
1-3. 退職の場面|その場の判断で金額が決まる
制度がないまま、退職の日に金額を決めると、その額が前例になります。
たとえば、経理担当者が「前の人にはこれだけ払った」と記録を示したとします。次の退職者にも同じ水準が求められ、財源のない約束が積み上がります。
要するに、制度がないことは、採用・在職中・退職時のそれぞれで、社長の個人の判断に頼る状態を生みます。
2. 退職給付制度の導入が先送りされる理由
先送りされる理由は、費用への不安と、何から始めるか分からないことの2つです。
2-1. 毎年の負担が増えるのではと考える
制度を設けると、毎年の費用が増えると考える社長は多くいます。
ただ、制度がなくても、退職のたびに支払いが発生する可能性はあります。毎年少しずつ備えるか、その場でまとめて払うかの違いです。
2-2. 制度の種類が多く、選び方が分からない
退職給付の仕組みには、いくつかの種類があります。それぞれ、費用の出し方、運営の手間、従業員への見え方が違います。
比べる軸を持たないまま、情報だけが増えると、判断が止まります。次の章で、比べる軸と表を示します。
要するに、費用への不安と、選び方の分からなさが、導入の先送りにつながります。
3. 退職給付制度を導入するときに押さえる3つのポイント
押さえるポイントは、目的を決めること・制度の種類を比べること・規程に落とすことの3つです。
3-1. ポイント1|導入する目的を一言で決める
最初に、何のために導入するのかを決めます。採用で選ばれやすくするため、長く勤める従業員に報いるため、退職時の支払いを計画的にするため、といった目的です。
目的が決まれば、必要な水準と、向いている制度の種類が絞り込めます。複数の目的がある場合も、優先順位をつけておきます。
3-2. ポイント2|3種類の制度を比べる
代表的な制度を、次の表で比べます。内容は一般的な整理で、実際の取扱いは会社の状況や制度の最新の内容で変わります。
| 種類 | 仕組み | 向いている会社 | 気をつける点 |
| 自社の退職金規程 | 会社が規程を定め、退職時に会社が直接支払う | 水準や支給条件を自社で細かく決めたい会社 | 財源を自社で用意する必要がある。支払いが重なると資金繰りに響く |
| 中退共(国の制度) | 会社が掛金を納め、退職金は従業員に直接支払われる | 運営の手間を抑え、外部の仕組みで積み立てたい会社 | 掛金月額は5,000円から30,000円の範囲(短時間労働者の特例を除く)。規程の水準に届くかは別に確認する |
| 法人保険の活用 | 会社が契約者となり、保険の仕組みで財源を準備する | 中退共などに上乗せして、財源を別に確保したい会社 | 加入範囲や契約形態によって経理上の扱いが変わる。税理士への確認が欠かせない |
中退共は、独立行政法人勤労者退職金共済機構・中小企業退職金共済事業本部が運営する国の制度で、掛金は全額が損金(法人)です。(出所:同機構・中小企業退職金共済事業本部)
法人保険を福利厚生に使う場合のうち、養老保険については、普遍的加入などの要件が法人税基本通達9-3-4に定められています。(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-4)詳しくは、養老保険を福利厚生に使うときの加入範囲で整理しています。
3つは、どれかひとつを選ぶものとは限りません。規程で水準を定め、中退共を基本にし、足りない分を別の方法で補う組み合わせもあります。
3-3. ポイント3|規程に落として、約束の重さを理解する
制度を決めたら、規程にします。退職金制度を設けるなら、就業規則への記載事項になります。(出所:労働基準法第89条第3号の2)
注意したいのは、定めた退職金をあとから下げにくいことです。退職金の引下げは労働条件の不利益変更にあたり、原則として労働者の同意が必要です。就業規則の変更で対応する場合も、変更の合理性が求められます。(出所:労働契約法第8条、第9条、第10条)
個別の労務判断は社会保険労務士・弁護士に相談します。税務の個別判断・経理処理の確定は、税理士の領域です。
3-4. 進め方|4つの手順で導入する
- 目的を決める:採用・定着・退職時の支払いの計画化のどれを優先するかを決めます。
- 現状を確かめる:従業員の人数、勤続年数、すでに入っている制度を一覧にします。
- 制度を選ぶ:表の3種類から、組み合わせを含めて税理士・社会保険労務士と相談します。
- 規程にする:対象者、支給の条件、財源の考え方を規程にして、従業員に説明します。
この記事では要点に絞って解説しました。全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。
【まるっと解説】中退共だけで足りる?従業員退職金を上乗せする4つの手順
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要するに、目的を決め、3種類を比べ、規程に落とす。この順で進めると、導入の判断がしやすくなります。
4. 退職給付制度の導入で起きやすい失敗
導入の失敗は、何も整えない側と、背負いすぎる側の両方にあります。
4-1. 整えなさすぎる場面
- 口約束で済ませる:たとえば、社長が「長く勤めたら退職金を出す」と口頭で伝えたとします。基準が書かれていないため、従業員ごとに受け止め方が違い、退職時にもめる原因になります。
- 制度だけ作って財源を決めない:たとえば、社長が規程だけを整え、財源は後で考えるとしたとします。最初の退職者が出たとき、経理担当者は支払いの原資に困ります。
- 一部の人だけを対象にする:たとえば、社長が特定の従業員だけを対象に制度を作ったとします。対象外の従業員から、不公平だという声が出ます。
4-2. 背負いすぎる場面
- 他社に合わせて水準を高くしすぎる:たとえば、社長が求人で目立つように、高い水準を規程に書いたとします。業績が下がっても簡単には下げられず、支払いの負担が長く残ります。
- 複数の制度を一度に重ねる:たとえば、社長が規程・外部の制度・保険を同時に始めたとします。毎月の負担が重くなり、運転資金に余裕がなくなります。
導入は、小さく始めて、会社の体力に合わせて見直す進め方が現実的です。水準を上げるのは後からでもできますが、下げるのは難しいからです。
要するに、口約束や財源なしの導入も、水準の高すぎる約束も、あとで経営を苦しくします。
5. 今週できる退職給付制度の確認チェックリスト
今週のうちに、次の項目を確かめます。
- 導入する目的を、社長自身の言葉で一言にまとめたか
- 従業員の人数と勤続年数を一覧にしたか
- すでに入っている制度や、過去に払った退職金の記録を確かめたか
- 自社の規程・中退共・法人保険の3種類の違いを、表で見比べたか
- 顧問税理士と社会保険労務士に、相談する日を決めたか
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6. よくある質問
Q1. 従業員が少ない会社でも、退職給付制度は必要ですか。
設けるかどうかは、会社が決めることです。人数が少なくても、採用や定着で福利厚生が役立つことがあります。まずは、導入の目的を考えることから始めます。
Q2. 退職給付制度は、法律で義務づけられていますか。
退職金制度を設けるかどうかは、会社が決めます。ただ、設けるなら就業規則への記載事項になります。(出所:労働基準法第89条第3号の2)
Q3. 自社の規程と中退共は、どちらを選べばよいですか。
どちらかひとつとは限りません。水準や支給条件を自社で決めたいなら規程、運営の手間を抑えたいなら中退共が向く場合があります。組み合わせる選択肢もあります。
Q4. 中退共の掛金は、いくらから入れますか。
掛金月額は5,000円から30,000円の範囲です。(出所:独立行政法人勤労者退職金共済機構・中小企業退職金共済事業本部。短時間労働者の特例を除く)掛金が見込み額に届くかは、会社ごとに確認します。
Q5. 制度を導入したあと、水準を下げたくなったらどうなりますか。
退職金の引下げは労働条件の不利益変更にあたり、原則として労働者の同意が必要です。(出所:労働契約法第8条)就業規則の変更で対応する場合は、合理性が求められます。(出所:労働契約法第9条、第10条)個別の判断は、社会保険労務士・弁護士に相談してください。
Q6. 法人保険を使う場合、誰を対象にすればよいですか。
養老保険を福利厚生に使う場合は、普遍的加入などの要件があります。(出所:法人税基本通達9-3-4)対象者の決め方は、税理士に確認してから進めます。
7. まとめ
- 退職給付制度は、導入する目的を決めてから、制度の種類を選びます。
- 自社の退職金規程・中退共・法人保険の活用は、それぞれ向いている会社と気をつける点が違います。
- 制度を設けるなら就業規則に定め(出所:労働基準法第89条第3号の2)、引下げは不利益変更にあたると理解して水準を決めます(出所:労働契約法第8条)。
- 個別の労務判断は社会保険労務士・弁護士、税務の判断は税理士の領域です。
社長が守っているのは、ご家族だけではありません。毎日一緒に働く従業員と、そのご家族の暮らしも、社長の肩にかかっています。筆者はそう考えて、必要なものを、必要な分だけ整える相談を心がけています。
ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。制度の種類と財源を、会社の状況に合わせて一緒に整理します。
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筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。
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