足場の上で作業していた職人が、足を滑らせて骨折した。現場の朝礼では「気をつけよう」と声をかけていたのに、結果として長く休むことになった。建設業や設備工事業の社長なら、一度は頭をよぎる場面ではないでしょうか。

そのとき、社長ご自身も現場に出ていたらどうなるか。従業員のケガへの備えは考えていても、社長や役員ご自身の補償は後回しになっている会社は少なくありません。

この記事では、業務上のケガが起きやすい会社が、労災保険と会社の責任をどう整理すればよいかを解説します。解説するのは、保険代理店で1,100名以上のご相談を受けてきたFP1級の筆者です。

この記事で分かること

  • 業務上のケガが起きたときに、会社で困りやすい3つの場面
  • 社長・役員の労災保険への特別加入と、安全配慮義務の考え方
  • 労災保険の上乗せを「補償の考え方」として整理する3つのポイント
  • 今週できる確認項目と、よくある質問

結論

  • 中小事業主や役員も、条件を満たせば労災保険に特別加入できる場合があります。まず自社が対象かを確かめます。
  • 事業主は従業員に対して安全配慮義務を負います。労災保険があっても、会社の責任が消えるわけではありません。
  • 上乗せの補償は、加入を急ぐ話ではなく「国の制度で足りない部分を、会社としてどう考えるか」の整理から始めます。
タップできる目次

1. 業務上のケガが多い会社の労災保険で、困りやすい3つの場面

業務上のケガは、発生直後・休業中・復帰後の3つの場面で、会社の判断が問われます。順に見ていきます。

1-1. 発生直後に、社長が現場を離れられない

たとえば、工事現場で従業員が転落したとします。救急の手配、元請けや施主への連絡、ご家族への説明が一度に押し寄せます。

このとき、誰がどの順番で動くかが決まっていないと、対応が社長一人に集まります。現場の安全確認も止まり、次の事故の芽を見落としやすくなります。

1-2. 休業が長引き、現場の人手が足りなくなる

たとえば、職人の一人が数か月休むことになったとします。工期は動かないため、残った人員に負担が寄ります。

休んでいる本人や家族の生活の見通しも、会社への信頼に直結します。「会社は何をしてくれるのか」という問いに、答えを用意しておく必要があります。

1-3. 社長・役員自身が現場でケガをする

たとえば、社長が現場で作業中にケガをしたとします。従業員は労働者として労災保険の対象になっても、社長や役員は原則として労働者ではありません。

中小事業主や役員でも、条件を満たせば労災保険に特別加入できる仕組みがあります。(出所:厚生労働省)

ただ、その仕組みを知らないまま、社長の治療費や休業中の生活費を会社の資金で賄うことになる例もあります。

要するに、従業員の対応・休業中の運営・社長自身の補償の3つが、業務上のケガで会社が困る場面です。

2. 労災保険と安全配慮義務が見落とされやすい理由

見落とされる理由は、「労災保険に入っているから大丈夫」という思い込みと、会社の責任の範囲が見えにくいことの2つです。

2-1. 労災保険と会社の責任を同じものと考えてしまう

労災保険は、国の制度として労働者のケガや病気に給付を行うものです。ただ、事業主は労働者に対し、生命や身体の安全に配慮する義務を負っています。(出所:労働契約法第5条)

労災保険の給付が出ることと、会社が安全配慮義務を尽くしていたかどうかは、別の問題です。

たとえば、高所作業の安全ルールが形だけで、現場で守られていなかったとします。給付が出ても、会社の責任を問われる余地は残ります。

2-2. 社長自身の補償は、数字に出てこない

従業員の労災は、労働保険料として決算書に載ります。一方、社長自身の補償は、特別加入をしていなければ、どこにも載りません。

決算書を見るだけでは「社長が現場でケガをしたときの手当て」が空白になっていることに気づけません。

空白に気づくきっかけは、事故が起きたあとという例が多いのが実情です。

要するに、労災保険の有無と会社の責任は別物であり、社長自身の補償は意識しないと空白になりやすい、ということです。

3. 労災保険の特別加入と上乗せ補償を整理する3つのポイント

整理するポイントは、特別加入の対象かの確認・安全配慮義務の具体化・上乗せ補償の考え方の3つです。全体を表にまとめます。

ポイント 確かめること 相談先
1. 特別加入の対象か 社長・役員の働き方が、特別加入の条件に当てはまるか 労働基準監督署・社会保険労務士
2. 安全配慮義務の具体化 現場のルール、教育、危険の洗い出しが記録に残っているか 社会保険労務士・弁護士
3. 上乗せ補償の考え方 国の制度で足りない部分を、会社としてどう扱うか FP・社会保険労務士・税理士

3-1. ポイント1|特別加入の対象かを確かめる

中小事業主や役員が労災保険に特別加入できるのは、条件を満たした場合です。(出所:厚生労働省)

条件の細部は、事業の種類や働き方で変わります。ここでは書き切れないため、所轄の労働基準監督署か社会保険労務士に確認してください。

特別加入ができれば、社長自身のケガにも国の制度が使える場合があります。ただし、すべての人が対象になるわけではありません。

3-2. ポイント2|安全配慮義務を、現場の言葉に直す

安全配慮義務は、条文の言葉のままでは現場で動きません。(出所:労働契約法第5条)

「高所作業の前に点検する」「新しく入った人には先輩が付く」など、現場の行動に落とし込みます。

たとえば、危険な作業の手順書を作り、教育した日付と参加者を記録しておきます。記録は、会社が何をしてきたかを示す材料になります。

労務上の個別判断は、社会保険労務士や弁護士の領域です。

3-3. ポイント3|労災の上乗せは「補償の考え方」として整理する

労災保険の給付だけで、休業中の生活や家族の負担がすべて埋まるとは限りません。給付の内容は、所轄の労働基準監督署で確認できます。

そのうえで、会社として上乗せを考えるなら、まず「何を補いたいのか」を言葉にします。

  • 従業員が長く休んだときの、生活の見通し
  • 万一の死亡時に、ご家族へ届ける備え
  • 通院や入院が続いたときの、本人の負担

民間の保障で補う方法もあれば、会社の見舞金の規程で定める方法もあります。どれかを勧める段階ではなく、考え方を決める段階です。

死亡保障に医療保障を組み合わせる形も、選択肢のひとつとして知られています。福利厚生として扱う場合の加入範囲は、次の記事も参考になります。

養老保険を福利厚生に使うときの加入範囲

3-4. 進め方の手順

  1. 社長・役員の働き方を書き出し、現場に出る頻度を確かめます。
  2. 特別加入の対象かを、労働基準監督署か社会保険労務士に尋ねます。
  3. 現場の安全ルールと教育の記録を見直します。
  4. 国の制度で足りない部分を、言葉にして整理します。
  5. 見舞金などを設けるなら、規程の形にして従業員に伝えます。

この記事では要点に絞って解説しました。全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

【まるっと解説】中退共だけで足りる?従業員退職金を上乗せする4つの手順

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要するに、対象の確認・現場の言葉への落とし込み・補償の考え方の整理、この順に進めると抜けが減ります。

4. 業務上のケガへの備えで起きやすい失敗|削りすぎと重すぎ

備えは、足りなくても重すぎても困ります。社長が決める場面を、対にして見ます。

4-1. 削りすぎて、備えが足りない場面

  • たとえば、社長が「自分は現場に出るだけだから」と、ご自身の補償を考えないままにしたとします。ケガをしたとき、治療や休業の負担が会社と家計に直接かかります。
  • たとえば、社長が安全教育の時間を「工期が詰まっている」と削ったとします。教育の記録が残らず、事故のあとに会社が何をしてきたか説明できません。
  • たとえば、経理担当者が労働保険料の請求を見て、内容を確かめないまま支払い続けたとします。従業員の人数や賃金の変更が反映されていても、気づけません。

4-2. 重すぎて、会社が苦しくなる場面

  • たとえば、社長が「万全にしたい」と、保障を何本も重ねたとします。毎月の支払いが資金繰りを圧迫し、賞与や設備の更新の原資が削られます。
  • たとえば、社長が見舞金の額を口頭で約束したとします。規程がないため、人によって金額が違い、不公平感が生まれます。
  • たとえば、社長が、対象者の範囲を決めないまま上乗せの保障を始めたとします。一部の従業員だけが対象になり、現場の空気が変わります。

削りすぎも重すぎも、「何を補いたいか」を決める前に動くことが原因です。

要するに、目的を決めずに削っても重ねても、会社の負担は偏ります。

5. 今週できる労災保険と安全配慮義務の確認チェックリスト

今週のうちに、次の5つを確かめてみてください。

  • 社長・役員で、現場に出る人が何人いるかを書き出した
  • その人たちが特別加入しているか、していないかを確かめた
  • 危険な作業の手順書と、教育の記録が残っているか見直した
  • 見舞金などの定めがあるか、規程の有無を確かめた
  • 社会保険労務士など、相談できる専門家の連絡先を決めた

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要するに、誰が現場に出ていて、何が記録に残っているかを見るだけで、課題の輪郭が見えてきます。

6. 労災保険の特別加入についてよくある質問

Q1. 社長や役員も、労災保険に入れますか。

中小事業主や役員も、条件を満たせば労災保険に特別加入できる場合があります。(出所:厚生労働省)対象かどうかは、所轄の労働基準監督署か社会保険労務士に確認してください。

Q2. 労災保険に入っていれば、会社の責任はなくなりますか。

なくなるとは限りません。事業主は労働者に対し、安全配慮義務を負っています。(出所:労働契約法第5条)給付と会社の責任は別の問題です。

Q3. 安全配慮義務は、具体的に何をすればよいのですか。

業種や現場で異なります。危険の洗い出し、作業手順の整備、教育とその記録などが考えられます。個別の判断は、社会保険労務士や弁護士に確認してください。

Q4. 労災保険の上乗せは、民間の保障に入るしかありませんか。

そうとは限りません。会社の見舞金の規程で定める方法もあります。まず「何を補いたいか」を決め、そのあとに方法を比べます。

Q5. 見舞金を払うと、税金はどうなりますか。

扱いは支給の内容や規程の有無で変わります。税務の個別判断・経理処理の確定は、税理士の領域です。実行する前に相談してください。

Q6. 現場に出ない役員も、特別加入の対象になりますか。

働き方によって扱いが変わります。一律には言えないため、役員の実際の業務内容を伝えたうえで、労働基準監督署に確認します。

7. まとめ

この記事のまとめ
  • 中小事業主や役員も、条件を満たせば労災保険に特別加入できる場合があります(出所:厚生労働省)。
  • 事業主は安全配慮義務を負います(出所:労働契約法第5条)。労災保険と会社の責任は別です。
  • 上乗せ補償は、対象の確認・安全ルールの具体化・補償の考え方の整理、の3つのポイントから進めます。
  • 削りすぎも重すぎも、目的を決める前に動くことが原因になりやすい点に注意します。

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。現場の働き方をお聞きして、補償の考え方を一緒に整理します。

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社長が守っているのは、ご家族だけではありません。毎日一緒に働く従業員と、そのご家族の暮らしも、社長の肩にかかっています。筆者はそう考えて、必要なものを、必要な分だけ整える相談を心がけています。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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