決算の打ち合わせで、顧問税理士が資料をめくりながら言います。「従業員の退職金は中退共で用意されていますが、社長ご自身の分はどうされますか」。

社長は少し考えて、「会社に現金を残しておけばよいのか、共済や保険を使うのか、正直よく分からない」と答えます。社長の退職金の準備は、従業員の制度のように決まった型が少なく、人によって選ぶ方法がばらばらになりやすい分野です。

この記事では、社長自身の退職金を準備する方法として名前が挙がりやすい、自社の預金・小規模企業共済・法人保険・中退共を取り上げます。どれかをおすすめするのではなく、4つの視点で並べて、自社の事情に合わせて考える材料にします。解説するのは、FP1級の資格を持つ筆者です。

結論

  • 社長の退職金の準備方法は、自社の預金・小規模企業共済・法人保険の3つが主な候補です。中退共は、役員は原則として対象外で、使用人を兼ねる役員だけが例外です。
  • 比べる視点は、誰が契約して誰が受け取るか・払い込みの負担・受け取るときの税金・途中でやめたときの4つです。
  • どれか1つに決めるより、役割を分けて組み合わせる考え方もあります。税務の個別判断は税理士の領域です。

この記事で分かること

  • 社長の退職金を準備するとき、迷いやすい3つの場面
  • 4つの方法の対象者・掛金・受け取り時の違い
  • 4つの視点で比べる表と、考え方の手順
  • 準備が足りない場合と、重ねすぎる場合の失敗場面

1. 社長の退職金を準備する方法で迷いやすい3つの場面

迷う場面は、方法の選び方・制度の対象者・受け取る人の違いの3つです。

1-1. どの方法が自社に合うのか、判断の軸がない

預金、共済、保険と、名前だけは聞いたことがあっても、何を基準に比べればよいかが分からないという相談は少なくありません。

たとえば、同業の社長から「うちは共済に入っている」と聞くと、自社も同じでよいのか不安になります。ただ、会社の規模、社長の年齢、役員報酬の水準が違えば、合う方法も変わります。

1-2. 中退共に社長も入れると思っていた

従業員の退職金を中退共で用意している会社では、「同じ制度に社長も入れるのでは」と考える方がいます。

中退共の公式Q&Aでは、法人企業の役員は原則として加入資格がなく、支店長や工場長など使用人としての職制上の地位があり、常時その職務に従事し、従業員として賃金を受けている、使用人兼務役員に限って加入できると案内されています。(出所:勤労者退職金共済機構・中小企業退職金共済事業本部のよくあるご質問)

代表取締役のほか、副社長・専務・常務などの役員、監査役も、使用人兼務役員とはみなされないとされています。

1-3. 会社が払うお金と、社長個人が受け取るお金を混ぜてしまう

預金や保険は会社の資金、小規模企業共済は社長個人の資金、というように、方法によってお金の持ち主が異なります。

たとえば、経理担当者が「社長は共済に入っているから、会社の退職金は少なめでよい」と判断したとします。共済金は社長個人が受け取るもので、会社の決議にもとづく役員退職金とは別のお金です。持ち主が違うと、必要な手続きも税金の扱いも変わります。

要するに、判断の軸・中退共の対象者・お金の持ち主の3点を、最初に整理します。

2. 準備方法の比較が難しくなる背景

比較が難しいのは、制度の目的がそれぞれ違うことと、条件を横に並べた資料が少ないことが理由です。

2-1. 制度の生まれた目的が違う

小規模企業共済は、小規模企業の経営者や役員の退職金にあたる資金を、個人で準備するための国の制度です。中退共は、従業員の退職金を会社が準備するための国の制度です。預金と法人保険は、会社の資金をどの形で持つかの違いにあたります。

目的が違うので、同じ物差しで優劣はつけにくく、自社の目的に合うかどうかで見ることになります。

2-2. 数字の条件が、制度ごとに別の場所に書かれている

小規模企業共済の掛金は中小機構、中退共の掛金は勤労者退職金共済機構、保険の損金算入は国税庁と、見る先が分かれます。

横に並べる前提で見ていないと、「どの制度も似たようなもの」といった大まかな理解で止まります。条件は、公式の資料に当たって確かめます。

要するに、目的の違いと情報の分散が、比較を難しくしています。

3. 役員退職金の準備方法を比べる4つの視点

比べる視点は、契約者と受取人・払い込みの負担・受け取るときの税金・途中でやめたときの4つです。まず、4つの方法の違いを表で整理します。数字は、公式で確認できたものだけを載せています。

視点 自社の預金 小規模企業共済 法人保険 中退共
契約・お金の持ち主 会社 役員個人 会社が契約者 会社が契約し、従業員が受け取る
対象者 制限なし 小規模企業の役員・個人事業主。業種ごとの従業員数の条件あり 契約内容と告知で決まる 従業員。役員は原則対象外で、使用人兼務役員のみ
払い込みの額 自由 月1,000円から70,000円まで(500円単位) 契約で決まる 月5,000円から30,000円(短時間労働者の特例を除く)
受け取るとき 会社が決議して役員へ支払う 一括は退職所得、分割は公的年金等の雑所得 会社が保険金や解約返戻金を受け取り、役員退職金は別に会社が支払う 従業員が直接受け取る
途中でやめたとき いつでも使える 240か月未満の任意解約は払い込んだ額を下回る 解約時期で戻る額が変わる 対象は従業員のため役員の準備には使えない

3-1. 視点1|誰が契約して、誰が受け取るか

お金の持ち主が会社か個人かで、使える場面が分かれます。

預金と法人保険は、会社の資金です。役員退職金は、株主総会などの決議を経て、会社から支払います。取締役の退職慰労金は、定款に定めがなければ株主総会の決議で決めます。(出所:会社法第361条第1項)

小規模企業共済は、役員個人が加入して、共済金も個人が受け取ります。会社の口座には入らないため、会社の役員退職金の財源にはなりません。(出所:中小機構「小規模企業共済」)

中退共は、従業員のための制度です。役員のうち使用人兼務役員だけが、条件を満たす場合に加入できます。(出所:勤労者退職金共済機構・中小企業退職金共済事業本部)

3-2. 視点2|払い込みの額と、続けやすさ

小規模企業共済の掛金月額は1,000円から70,000円までで、500円単位で選べます。(出所:中小機構「小規模企業共済」「掛金」)中退共の掛金月額は5,000円から30,000円までの範囲で、全額が法人の損金になります。(出所:勤労者退職金共済機構・中小企業退職金共済事業本部)

預金は、額も時期も自由です。その分、運転資金に使ってしまうなど、積み立てが続きにくい面があります。

法人保険は、保険料が毎期の資金繰りに影響します。保険料の損金算入は契約の内容で変わり、最高解約返戻率が50%を超える定期保険や第三分野保険(保険期間3年以上)で2019年7月8日以後に契約したものは、保険料の一部を資産に計上する扱いがあります。(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)養老保険は別の通達で扱われます。(出所:法人税基本通達9-3-4)個別の判断は税理士の領域です。

3-3. 視点3|受け取るときの税金

役員が受け取る退職金は退職所得にあたり、収入金額から退職所得控除額を引いた残りに2分の1を掛けて課税所得を出すのが原則です。(出所:所得税法第22条第2項、国税庁タックスアンサーNo.2732)役員等としての勤続年数が5年までの特定役員退職手当等は、この2分の1が使えません。

小規模企業共済の共済金は、一括で受け取ると退職所得、分割で受け取ると公的年金等の雑所得として扱われます。(出所:中小機構「小規模企業共済」)

法人保険の保険金や解約返戻金は、会社が受け取る場合、法人の益金になります。(出所:法人税法第22条第2項)その後、役員退職金として会社から支払うには、別に決議と支払いの資金が必要です。

不相当に高額な部分は損金になりません。(出所:法人税法第34条第2項)

3-4. 視点4|途中でやめたときと、先の見通し

小規模企業共済は、掛金納付月数が240か月(20年)未満の任意解約では、支給額が納めた掛金の合計を下回ります。(出所:中小機構「よくあるご質問」)

預金はいつでも使える反面、使い道が固定されないぶん、退職金の財源として残るかは社内のルール次第です。

法人保険は、解約の時期で戻る額が変わります。解約・払済・減額の違いは、別の記事で整理しています。

4つの視点で並べたあとは、次の手順で自社の考えをまとめます。

  1. 勇退の時期の目安を決める:社長の年齢と、後継者への交代の時期を書き出します。
  2. 必要額の見当をつける:役員退職金の規程や、顧問税理士の試算をもとにします。
  3. 役割を分ける:会社の資金で持つ分と、社長個人で持つ分に分けます。
  4. 払い込める額を決める:会社の資金繰りと、社長個人の家計の両方から考えます。
  5. 毎年見直す:決算のたびに、必要額と準備額のずれを確認します。

この記事では要点に絞って解説しました。全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

【まるっと解説】勇退退職金の準備|社長のセカンドライフ5つの手順

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4. 準備方法を選ぶときの失敗場面

失敗は、準備が足りない場合と、方法を重ねすぎる場合の両方で起きます。

4-1. 備えが足りない場合

  • 預金を積み立てているつもりで、使い切っている場合:たとえば、社長が「会社に現金があるから大丈夫」と考え、積み立てた預金を設備や運転資金に回し続けたとします。勇退の時期に、役員退職金の支払いに必要な額が残っていません。
  • 中退共で役員も備えていると思い込んでいる場合:たとえば、経理担当者が従業員分の掛金だけを払い、社長の分は準備できていると誤解していたとします。社長は原則として対象外のため、別の方法がないまま時間が過ぎます。

4-2. 重ねすぎて重くなる場合

  • 共済・保険・預金を同時に大きくする場合:たとえば、社長が小規模企業共済の掛金を多めにし、さらに法人保険の保険料も重ねたとします。役員報酬の手取りと、会社の運転資金の両方が苦しくなります。
  • 途中で見直せない形にしてしまう場合:たとえば、数年後に会社の業績が落ちて払い込みを減らそうとしたとします。早い時期の解約は払い込んだ額を下回ることがあり、続けるか、やめるかの選択が重くなります。

必要額から逆算して、各方法に持たせる役割を決めると、重ね過ぎも不足も見えやすくなります。

要するに、足りない側と重すぎる側の両方を、毎年の決算で見直します。

5. 今週中にできる確認チェックリスト

次の5つを、今週のうちに確かめます。

今週の確認チェックリスト

  • 社長の勇退の時期の目安と、必要になりそうな額を書き出した
  • いま積み立てている預金・共済・保険の一覧を、持ち主(会社か個人か)つきで作った
  • 小規模企業共済の加入資格(業種と従業員数)を、自社に当てはめて確かめた
  • 中退共の対象が従業員で、役員は原則対象外であることを、経理担当者と共有した
  • 受け取るときの税金の扱いを、顧問税理士に聞く項目にまとめた

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6. よくある質問

社長は中退共に加入できますか。

原則として加入できません。中退共では、法人企業の役員は原則として加入資格がなく、使用人としての職制上の地位があり常時その職務に従事して賃金を受けている使用人兼務役員に限って加入できると案内されています。(出所:勤労者退職金共済機構・中退共)

社長の退職金の準備は、預金だけでも足りますか。

足りるかどうかは、必要額と積み立ての続けやすさで決まります。預金は使い道が自由な反面、運転資金に回りやすい面があります。必要額は役員退職金の規程や顧問税理士の試算をもとに見当をつけます。

小規模企業共済と法人保険は、併用できますか。

併用すること自体は可能です。ただし、会社と個人の資金繰りの両方に負担がかかるため、続けられる額で役割を分けて考えます。加入を急ぐ必要はありません。個別の判断は税理士・専門家に確認してください。

役員退職金を受け取るときの税金はどう計算しますか。

退職所得として、収入金額から退職所得控除額を引いた残りに2分の1を掛けるのが原則です。役員等としての勤続年数が5年までの特定役員退職手当等は、この2分の1が使えません。(出所:国税庁タックスアンサーNo.2732・No.2737)

小規模企業共済の共済金は、会社の退職金の代わりになりますか。

代わりにはなりません。契約者も受取人も役員本人で、会社が決議して支払う役員退職金とは、お金の出どころも手続きも別です。勇退後の資金は、両方を並べて見ます。(出所:中小機構「小規模企業共済」)

7. まとめ

この記事のまとめ
  • 社長の退職金の準備方法は、自社の預金・小規模企業共済・法人保険が主な候補です。中退共は、役員は原則対象外で、使用人兼務役員のみ加入できます(出所:中退共)。
  • 比べる視点は、契約者と受取人・払い込みの負担・受け取るときの税金・途中でやめたときの4つです。
  • 小規模企業共済の掛金は月1,000円から70,000円、中退共の掛金は月5,000円から30,000円です(出所:中小機構・中退共)。
  • 足りない側と重すぎる側の両方に注意し、役割を分けて毎年見直します。
  • 税務の個別判断は税理士の領域です。

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筆者は、法人保険の相談で、決める社長ご本人と最初から向き合うことを大切にしています。正しい説明だけでなく、社長ご自身が納得して選べるようになることを目指して、お話を伺っています。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。

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