【基本から】法人の医療保険・がん保険 福利厚生で使う4つの視点
従業員の一人から「がんと診断されました。働き続けられるでしょうか」と相談を受けた社長が、言葉に詰まる場面があります。
会社には傷病手当金の案内をする仕組みはあっても、診断書の提出から復職まで、収入が細くなる期間をどう支えるかは、決まっていないことが多いのです。
そのとき、経営者の頭に浮かぶのが、法人で医療保険やがん保険に入るという選択肢です。ただ、受取人を誰にするか、全員を対象にするか、退職するときにどうするかを決めずに加入すると、あとで税務と労務の両面で困ります。
この記事は、医療保険・がん保険を法人で契約して福利厚生に使うことを考える経営者に向けて、税務と退職時の扱いまでを整理します。解説するのは、保険代理店で1,100名以上のご相談を受けてきたFP1級の筆者です。
加入を勧める記事ではありません。使う目的が整理でき、会社に合うかどうかを自分で判断できるようになることを目指します。
結論
- 法人の医療保険・がん保険は、給付金の受取人、加入の範囲、保険期間と解約返戻金の有無で、保険料の税務上の扱いが変わります。
- 福利厚生として使うなら、加入の範囲を規程で決め、退職時の扱いまで先に決めます。特定の人だけを対象にすると、給与として扱われる可能性があります。
- 税務の個別判断は税理士の領域です。加入前に、約款で給付の内容を確かめ、顧問税理士に処理を確認します。
この記事で分かること
- 医療保険・がん保険を法人で契約する目的と、向く会社・向かない会社
- 給付金の受取人と加入の範囲で、保険料の扱いがどう変わるか
- 従業員が退職するときの選択肢と、名義変更の評価
- 規程の整え方と、従業員への説明の手順
- 加入しすぎ・加入しなさすぎの両方で起きる失敗の場面
1. 医療保険・がん保険を法人で契約して福利厚生に使う目的
目的は大きく3つに分けられます。従業員の生活の支え、採用と定着、経営者自身の備えです。
1-1. 従業員の生活を支える
病気やけがで働けない期間は、従業員にとって収入が不安定になる時期です。公的な制度として、健康保険から傷病手当金が支給される場合があります。(出所:全国健康保険協会「傷病手当金」)
ただ、支給の額は給与の一部で、診断から支給までに時間もかかります。民間の医療保険やがん保険は、その差を補う手段の1つです。
1-2. 採用と定着に役立てる
福利厚生の制度は、求人票に書ける会社の姿勢の1つです。「病気になっても会社が支える」と伝えられると、安心感につながります。
ただ、制度の見え方だけを目的にすると、加入の範囲や保険料の負担があいまいになります。採用の効果は数字では測りにくいため、期待しすぎないことが大切です。
1-3. 経営者自身の備え
社長自身が病気で長期に仕事を離れると、会社の資金繰りにも影響が出ます。経営者を被保険者にする医療保険やがん保険は、事業保障の補助として検討されることがあります。
この場合は、福利厚生ではなく事業保障の位置づけです。税務の扱いも別に確認します。
要するに、目的は、従業員の生活、採用と定着、経営者の備えの3つです。どれが主な目的かを先に決めます。
2. 法人の医療保険・がん保険を考えるとき、経営者がつまずく背景
つまずきの背景は4つあります。どれも、加入の前に整理できる点です。
2-1. 個人の保険と同じ感覚で選んでしまう
個人の医療保険は、本人が契約して本人が受け取ります。法人の契約では、契約者が会社で、被保険者が従業員や役員、給付金の受取人が会社か本人かで、税務と労務の扱いが変わります。
個人の感覚で、保障の厚さだけを比べると、受取人の設定を見落とします。
2-2. 保険期間と解約返戻金で扱いが変わる点を見落とす
第三分野保険(医療保険・がん保険など)は、2019年(令和元年)7月8日以後の契約で、保険期間が3年以上のものは、最高解約返戻率の区分で保険料の扱いが変わることがあります。(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)
給付金の受取人が会社の場合、最高解約返戻率が50%を超えない掛け捨てのタイプは、原則として通常の損金の取扱いです。返戻金が大きい貯蓄性のあるタイプは、区分に応じた扱いになります。(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)詳しい区分は、契約の内容を税理士と確かめます。
2-3. 加入の範囲を決めないまま始めてしまう
経営者と役員だけが加入し、従業員は対象外、という形で始まる契約があります。給付金の受取人が本人の場合は、保険料が役員への給与として扱われる可能性があります。
福利厚生として整えるなら、対象を客観的な基準で決め、規程に書きます。決まっていない状態で始めると、あとから従業員に説明しにくくなります。
2-4. 退職時の扱いを考えていない
法人の契約は、従業員が退職すると、被保険者がいなくなります。退職のたびに、解約するのか、名義変更するのか、会社で続けるのかを判断することになります。
先に決めておかないと、退職の当日に社長が慌てて判断し、経理担当者が処理に迷います。
要するに、つまずきは、個人の感覚、区分の見落とし、加入範囲の未決定、退職時の未整備の4つです。加入の前に4つとも確かめます。
3. 医療保険・がん保険を福利厚生に使うときの4つの視点
福利厚生として使うときは、4つの視点で整理します。受取人、加入の範囲、保険料の扱い、退職時の扱いです。
3-1. 視点1 給付金の受取人を決める
受取人を会社にすると、給付金は会社が受け取り、会社の益金になります。従業員への支払いは、会社が規程などで決めます。
受取人を従業員本人にすると、給付金は本人に渡ります。この場合は、保険料が給与として扱われるかどうかが論点になります。
| 受取人 | 給付金の行き先 | 主な論点 |
| 会社 | 会社が受け取り、益金に計上 | 従業員への支払い方の定め。受取後の資金の使い道 |
| 従業員本人 | 本人に直接渡る | 保険料が給与として扱われるか。役職に偏らず全員が対象なら福利厚生費として扱える場合もあり、確認が必要 |
どちらが良いと一概には言えません。目的が従業員の生活の支えなら、受取人を本人にしたほうが趣旨に合う場面もあります。税務の扱いは、顧問税理士に確認します。
3-2. 視点2 加入の範囲を決める
福利厚生として整える場合は、加入の範囲を職種・勤続年数・年齢などの合理的な基準で、役員だけに偏らないように決め、規程に書きます。給付金の受取人が本人で特定の人だけが対象になると、保険料が給与として扱われる可能性があります。従業員を被保険者にするときは、本人の同意も必要です。
範囲を広げるほど保険料の総額は増えます。対象者の人数と保険料の合計を、資金繰り表に重ねて確かめます。
3-3. 視点3 保険料の扱いを税理士と確かめる
保険料の損金算入の可否と時期は、保険期間、解約返戻金の有無、最高解約返戻率の区分で変わります。(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)
掛け捨てタイプは費用になることが多い一方、返戻金の大きいタイプは、保険料がそのまま費用になるとは限りません。契約内容ごとに、税理士へ確認します。
養老保険を福利厚生に使うときの考え方は、養老保険を福利厚生に使う 加入範囲を決める5つの鉄則で、死亡退職金や弔慰金の規程は、従業員の死亡退職金・弔慰金規程で整理しています。
3-4. 視点4 退職時の扱いを先に決める
従業員が退職したときの選択肢は、会社が解約する、契約者を従業員に変える名義変更、会社で続ける、の3つです。
| 退職時の選択肢 | 内容 | 確かめること |
| 解約 | 会社が解約して返戻金を受け取る | 返戻金は益金。保障がなくなる。 |
| 名義変更 | 契約者を従業員に変える | 権利の評価。以後の保険料は本人負担。 |
| 会社で継続 | 被保険者が退職者のまま続ける | 福利厚生として説明しにくく、給与や退職給付と見られる懸念がある。税理士に確認したうえで例外的に。 |
名義変更の評価は、2021年(令和3年)7月1日以後に行う権利の支給から、解約返戻金が資産計上額の70%に満たないときは資産計上額で評価します。(出所:国税庁、所得税基本通達36-37の改正)
名義変更の詳しい仕組みは、法人保険の名義変更と退職金で解説しています。
要するに、受取人、加入の範囲、保険料の扱い、退職時の扱いの4つを、加入の前に決めます。決めないまま始めると、あとで説明が難しくなります。
この記事では要点に絞って解説しました。制度の全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。
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4. FP1級が見る福利厚生の保険の点検項目
点検は、5つの項目で行います。5つの項目のどれかが書けていないと、あとで調整が必要になります。
4-1. 点検で確かめる5つの項目
- 加入の目的が、従業員の生活、採用と定着、経営者の備えのどれかを書けているか
- 給付金の受取人と、加入の範囲が規程に書かれているか
- 保険期間と解約返戻金の区分を、税理士と確かめているか
- 従業員が退職したときの手順を決めているか
- 保険料の総額が、資金繰りに無理のない水準か
5つのうち、書けていない項目があれば、そこから整えます。
4-2. 保険のほかの制度との重なりを確かめる
従業員の病気やけがへの備えは、保険のほかにもあります。健康保険の傷病手当金や、高額療養費の制度があります。(出所:全国健康保険協会「傷病手当金」「高額療養費」)
民間の保険は、公的な制度で足りない部分を補う位置づけです。重なっている部分に保険料を払っていないかも確かめます。
4-3. 筆者が大切にしていること
筆者は新卒のころ、お客さまから「がんになりました。保険金は受け取れますか」と電話をいただき、給付の対象とお伝えするとほっとされた声を、今も覚えています。
保険は、人が一番つらい「その時」に、心と暮らしを支えるものだと考えています。ただし、給付の可否は契約ごとに違います。加入の前に、約款で内容を確かめることを大切にしています。
要するに、点検は、目的、規程、税務、退職時の手順、資金繰りの5項目です。商品の話より先に、守りたい人の話を整理します。
5. 今週できる一歩と、福利厚生の保険で起きやすい失敗
今週できる一歩は3つです。どれも、加入前に会社の中でできます。
5-1. 今週中にできる3ステップ
- いまの福利厚生の制度(保険、中退共、手当など)を一覧にする
- 従業員が病気や長期の療養をしたとき、会社が何をできるかを書き出す
- 顧問税理士に、受取人と加入の範囲の案を見せ、保険料の扱いを確認する
この3つで、保険が必要な部分と、制度で足りている部分が分かれます。商品選びは、その後で構いません。
5-2. 加入しなさすぎて起きる失敗の場面
たとえば、従業員が診断を受けて長期の療養に入ったとします。傷病手当金が支給されるまでの間、本人の家計は医療費と生活費の負担を抱え、社長が「会社として何か支えたい」と考えても、規程にも保険にも根拠がなければ、経理担当者は税理士に確認するところから始めることになります。
療養に入ってからでは、会社が支える手段を選べません。受取人や加入の範囲を決めないまま加入を後回しにすると、傷病手当金が入るまでの空白を会社が埋められません。
5-3. 加入しすぎて起きる失敗の場面
たとえば、採用の説明のために、社長が全従業員を対象に手厚い医療保険を法人で契約したとします。従業員が増えるにつれて保険料の合計が膨らみ、決算期に経理担当者が資金繰り表を見直すと、賞与や他の福利厚生の原資を圧迫している、ということが起こり得ます。
保障を手厚くするほど、保険料は毎年の固定費として積み上がります。公的な制度との重なりを確かめず、人数が増える前提で試算していないと、後から見直しに苦労します。
5-4. 退職時に迷って起きる失敗の場面
たとえば、退職する従業員に、社長が「保険を続けたいなら名義を変えるよ」と軽く伝えたとします。返戻金のあるタイプでは、経理担当者が名義変更時の権利の評価を調べて初めて、本人に課税が生じる可能性に気づくことがあります。
掛け捨てで返戻金がほとんどないタイプは、評価が小さいか生じないことが多く、本人が個人契約として続けやすい面もあります。返戻金のあるタイプは、会社と従業員の双方に課税関係が生じることがあります。退職の前に、評価と課税を税理士に確認してから、本人に案内します。
要するに、加入が足りなければ支える手段がなく、加入が過ぎれば固定費が積み上がります。退職時の扱いは、先に決めておきます。
6. 法人の医療保険・がん保険のよくある質問
Q1. 医療保険やがん保険を法人で契約すると、保険料は損金になりますか。
損金になる範囲は、契約の内容と給付金の受取人で変わります。2019年(令和元年)7月8日以後の契約で、保険期間が3年以上の第三分野保険のうち、最高解約返戻率が50%を超えるものは、区分に応じて、一定期間、保険料の一部または大半を資産に計上します。最高解約返戻率が50%を超えないなら、原則として通常の損金の取扱いです。(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)年間保険料が少額の場合の例外もあるため、個別の処理は顧問税理士に確認します。
Q2. 給付金の受取人を会社にするのと従業員にするのとでは、何が違いますか。
受取人が会社なら、会社が給付金を受け取って益金に計上し、従業員への支払いは会社が別に決めます。受取人が従業員なら、従業員本人に給付金が渡り、保険料が給与として扱われるかどうかが論点になります。どちらが適切かは、加入の範囲と規程、税務の扱いを合わせて決めます。
Q3. 経営者だけが加入する医療保険やがん保険を、法人で契約してもよいですか。
契約はできますが、福利厚生としての性格は弱くなります。給付金の受取人が本人で、特定の人だけを対象にすると、保険料が給与として扱われる可能性があります。受取人が会社の場合は、益金や資金の使い道が論点になります。福利厚生として整えるなら、加入の範囲を規程で決め、従業員にも同じ基準で案内します。扱いは顧問税理士に確認します。
Q4. 従業員が退職するとき、法人契約の医療保険はどうなりますか。
選択肢は、会社が解約する、契約者を従業員に変える名義変更、会社で契約を続ける、の3つです。原則は解約か名義変更を検討し、会社での継続は税理士に確認したうえで例外的に考えます。名義変更で渡す場合は、権利の評価が論点になります。2021年(令和3年)7月1日以後は、解約返戻金が資産計上額の70%に満たないときは資産計上額で評価します。(出所:国税庁、所得税基本通達36-37の改正)
Q5. 法人でがん保険に入れば、従業員のがん治療費を会社が負担できますか。
給付の対象と金額は、契約ごとの約款で決まります。診断を受けた従業員に、保険から何が支払われるかを、加入前に約款で確認します。給付が従業員本人の生活の支えになるのか、会社の資金なのかは、受取人の設定で変わります。
Q6. 福利厚生の保険は、全員に入れなければなりませんか。
一律に全員加入が義務という決まりはありません。ただ、福利厚生として扱うには、全員を対象にするのが基本です。職種・勤続年数・年齢などの合理的な基準で区分する場合も、役員だけに偏らない範囲にし、規程に書いておくと説明がしやすくなります。給付金の受取人が本人で特定の人だけが対象だと、保険料が給与として扱われる可能性があります。個別の判断は顧問税理士に確認します。
Q7. 保険料の負担が重くなったとき、福利厚生の保険はどうしますか。
加入者の範囲、保障の水準、保険料の総額を点検し、減額や払込の見直しを検討します。従業員の保障が一度に変わる場合は、事前に説明します。他の制度(中退共や、加入先の健保組合による付加給付など)と重なる部分がないかも確かめます。
7. まとめ|福利厚生の保険は、規程と退職時まで決めて使う
- 法人の医療保険・がん保険は、受取人、加入の範囲、保険期間と解約返戻金で、保険料の扱いが変わります。
- 福利厚生として使うなら、受取人、加入の範囲、保険料の扱い、退職時の扱いの4つの視点を、加入の前に決めます。
- 加入しなさすぎれば支える手段がなく、加入しすぎれば固定費が積み上がります。
- 税務の個別判断は税理士の領域です。約款で給付の内容を確かめ、税理士に処理を確認します。
筆者は、保険は会社と大切な人を守る道具のひとつだと考えています。必要なものを、必要な分だけ。商品の話より先に、会社の数字と守りたい人のお話を伺います。
筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。
ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。加入が合わない場合も、正直にお伝えします。
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本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。
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