決算の打ち合わせで、経理担当者が社長に切り出します。「来期から、自社の退職金規程をやめて、外部の制度に切り替えたいというお話でしたね。いままでの積み上げ分は、どう扱いますか」。

社長は少し考えて、こう答えます。「全員に、いったん精算して払うのがよいのだろうか。でも、会社の税金の扱いも、従業員の気持ちも、気になる」。

法人保険の相談では、退職金の財源のお話の前に、「制度を切り替えるときの旧制度分の精算」というご質問をいただくことがあります。

この記事では、退職金制度を変更するときの打切支給について、国税庁の通達と労働契約法で確認できた範囲を整理します。解説するのは、FP1級の資格を持つ筆者です。

結論

  • 打切支給として会社の損金にするには、支給に相当の理由があり、以後に既往の在職年数を加味しないことが要件とされています。
  • 打切支給として未払金に計上しただけでは、この取扱いの対象になりません。
  • 退職金を引き下げる変更は、労働条件の不利益変更の問題が別に生じます。税務は税理士、労務は社会保険労務士・弁護士の領域です。

この記事で分かること

  • 退職金制度を切り替えるときに、旧制度分の精算で迷う3つの場面
  • 打切支給の考え方と、会社側の損金の要件
  • 労働契約法で押さえる、変更の進め方
  • 精算を急ぐ場合と、先送りする場合の失敗場面

1. 退職金制度を変更するときの打切支給で迷う3つの場面

迷う場面は、制度を切り替えるとき・精算の方法を決めるとき・従業員に伝えるときの3つです。順に見ていきます。

1-1. 自社の規程から外部の制度へ切り替える

自社で運用してきた退職金規程から、中小企業退職金共済制度(中退共)などへ移すことがあります。

たとえば、従業員が増えて、社内で財源を管理する負担が重くなった会社が、外部の制度への移行を考えたとします。このとき、それまでの勤続分をどうするかが、最初の論点になります。

旧制度の分をそのままにするのか、いったん精算するのかで、後の手続きが変わります。

1-2. 旧制度分の精算の方法が決まらない

精算の方法は、一度に払う、新制度に引き継ぐ、などいくつか考えられます。

経理担当者から見ると、支払う金額、支払う時期、帳簿での処理が絡み合い、どこから整理するのかが分かりにくくなります。

ここで、税務の扱いを確かめないまま精算額を決めると、後で処理をやり直すことになりかねません。

1-3. 従業員への説明が後になる

制度の切り替えは、従業員の将来の退職金に関わる話です。

社長が「会社の事情で変えるのだから、決まってから伝えれば足りる」と考えたとします。従業員は、突然の変更に不信感を持ち、説明の場で納得を得られないことがあります。

説明の順番は、税務の整理と並んで、早めに決めておく項目です。

要するに、切り替え・精算方法・従業員への説明の3つが、打切支給の入口の論点です。

2. 打切支給の扱いが整理されにくい理由

整理されにくいのは、税務と労務の2つの視点が同時に動くことと、「精算した」と「打切支給になる」が同じではないことにあります。2つに分けて見ます。

2-1. 税務と労務が別々に動く

会社の損金の扱いは税務の問題で、従業員への説明や同意は労務の問題です。

どちらか片方だけを整えても、もう片方で止まります。たとえば、税務上の要件を満たす規程を作っても、従業員への説明が不十分であれば、変更の効力が争われることがあります。

2-2. 精算しただけでは、打切支給にならない

旧制度分をお金で払ったことと、税務上の打切支給として扱われることは、別の話です。

打切支給と認められるかどうかは、支給の理由や、その後の退職金の計算方法といった、規程の中身で決まります。

「払ったのだから損金になるはず」という思い込みは、前もって外しておく必要があります。

要するに、税務と労務の2つの視点があり、精算と打切支給は別の話です。

3. 退職金制度を変更するときの打切支給 4つの注意点

押さえる注意点は、相当の理由・以後の扱い・未払計上・労働条件の変更の手続きの4つです。まず全体を表で整理します。

注意点 確かめること 確認する相手
1. 相当の理由 制度を変更する理由が、規程の改正と結びついているか 税理士
2. 以後の扱い 新しい規程で、既往の在職年数を加味しない定めになっているか 税理士
3. 未払計上 実際に支払ったか、未払金に計上しただけではないか 税理士
4. 不利益変更の手続き 従業員の同意、または就業規則の変更の合理性 社会保険労務士・弁護士

3-1. 注意点1|支給に「相当の理由」があるか

法人が、中小企業退職金共済制度や確定拠出年金制度への移行、定年の延長などに伴って退職給与規程を制定または改正し、退職給与を打切支給した場合の取扱いが、国税庁の法人税基本通達に定められています。(出所:法人税基本通達9-2-35)

この通達では、支給したことに相当の理由があることが、損金にできる要件の一つとされています。

通達には移行や定年の延長が例として挙がっていますが、何が相当の理由に当たるかの具体的な基準は、筆者の調べた範囲では確認できていません。会社の事情と規程の内容で個別に判断される点です。

個別の判断は税理士の領域です。国税庁の質疑応答事例そのものは、今回の筆者の調べでは直接確認できなかったため、通達の本文と関連資料の範囲で書いています。

3-2. 注意点2|以後に既往の在職年数を加味しない

もう一つの要件は、その後は既往の在職年数を加味しないこととしている、という点です。(出所:法人税基本通達9-2-35)

たとえば、打切支給として旧制度分を精算したのに、新しい規程では、旧制度の期間も含めて勤続年数を数える定めになっていたとします。精算した期間を、将来の退職金で再び数えることになり、打切りとは言いにくくなります。

新しい規程を作るときは、勤続年数の数え始めを、切り替えの日以後にそろえます。

規程の文言は細部で扱いが分かれます。作成の段階で、税理士に確認してもらいます。

3-3. 注意点3|未払計上では、打切支給にならない

通達の注書きには、打切支給として退職給与を未払金などに計上した場合は、この取扱いに含まれないという趣旨が示されています。(出所:法人税基本通達9-2-35)

損金にできるのは、支給した日の属する事業年度とされています。つまり、決算を整えるために、支払う前に未払金へ計上しても、打切支給としては扱われません。

たとえば、経理担当者が決算に間に合わせようと、支払いの前に未払金へ計上したとします。後の税務調査で損金が認められず、修正が必要になることがあります。

精算の資金は、支払う日までに用意します。支払い方や時期は、事前に税理士と決めます。

個人の側の課税は、会社の扱いとは別に考えます。受け取る従業員の側で退職所得になるのか、給与所得になるのかは、制度の移行の仕方によって変わる場合があるとされています。個別の判断は、税理士の領域です。従業員に聞かれたときは、税理士への確認を案内します。

3-4. 注意点4|労働条件の不利益変更の手続きを踏む

退職金の規定を従業員に不利になるように変える場合は、労働条件の不利益変更の問題が生じます。税務の要件を満たすことと、労務の手続きは別です。

労働契約法では、次の2つの道筋が示されています。

  • 従業員の同意を得る:労働条件は、労働者と使用者の合意によって変更できるのが原則です。(出所:労働契約法第8条)
  • 就業規則の変更による:同意がない場合、就業規則の変更が合理的で、従業員に周知されていることなどが求められます。(出所:労働契約法第9条・第10条)

合理性は、不利益の程度、変更の必要性、変更後の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況、その他の変更に係る事情などに照らして判断されます。(出所:労働契約法第10条)

たとえば、新制度では旧制度より将来の見込み額が下がる従業員が出る場合、説明の場で数字を示し、質問に答える時間を取ることが、同意や合理性の判断の材料になります。

具体的な進め方は、社会保険労務士・弁護士の領域です。

この記事では要点に絞って解説しました。全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

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要するに、相当の理由・以後の扱い・未払計上・不利益変更の手続きの4つを、順に確かめます。

4. 打切支給で起きやすい失敗|精算を急ぐ場面と、先送りする場面

失敗は、手続きを飛ばして急ぐ場合と、判断を先送りして旧制度を抱え続ける場合の、両方向で起きます。対にして見ます。

4-1. 準備が足りないまま進める場合

  • 決算に合わせて未払計上する:経理担当者が、決算前に精算額を未払金に計上したとします。実際の支払いが後になり、打切支給として扱われないおそれがあります。
  • 新旧の規程をつなげてしまう:社長が従業員への配慮から、新制度でも旧制度の期間を勤続年数に含める定めにしたとします。以後に既往の在職年数を加味しない、という要件に合わなくなります。
  • 説明を後回しにする:社長が、規程を改正してから従業員に伝えたとします。不利益変更の手続きの面で、同意や合理性が問われます。

4-2. 重く構えすぎて動けない場合

  • 精算の資金を大きく積みすぎる:社長が「全員分を一度に払えるように」と、運転資金を削って準備したとします。平時の資金繰りが苦しくなります。
  • 旧制度を抱え続ける:手続きが重いからと切り替えを見送り続けたとします。退職者が続くたびに、旧制度の負担が会社に残ります。

精算の方法は、会社の資金と従業員の理解を並べて決めます。保険を財源の一つとして考える場合も、保険料が平時の資金繰りを圧迫しない範囲かを先に確かめます。

要するに、急ぎすぎても、先送りしすぎても、制度変更はつまずきます。

5. 今週できる制度変更の確認チェックリスト

今週は、現状の規程を確かめて、専門家に聞く項目を整理するところまでを進めます。

  • いまの退職金規程と、切り替えを考えている制度を1枚に書き出した
  • 変更の理由を、文章で説明できるようにした
  • 新しい規程で、勤続年数の数え始めをいつにするか、案を作った
  • 精算の資金と支払う日の案を、未払計上にならない形で考えた
  • 従業員への説明の順番と、税理士・社会保険労務士に相談する日を決めた

書き出すだけでも、専門家に伝える内容が整理され、相談が進めやすくなります。

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6. よくある質問

Q1. 退職金の打切支給は、どんなときに損金にできますか。

国税庁の通達では、中小企業退職金共済制度や確定拠出年金制度への移行、定年の延長などに伴って規程を制定・改正し、支給に相当の理由があり、その後は既往の在職年数を加味しないこととしている場合に、支給した日の属する事業年度の損金にできる扱いが示されています。(出所:法人税基本通達9-2-35)個別の判断は税理士にご確認ください。

Q2. 未払金に計上すれば、打切支給になりますか。

なりません。打切支給として未払金などに計上した場合は、この取扱いに含まれないという趣旨が通達の注書きに示されています。(出所:法人税基本通達9-2-35)

Q3. 精算した従業員の税金は、どうなりますか。

受け取る側が退職所得になるのか給与所得になるのかは、制度の移行の仕方で変わる場合があるとされています。個人の課税は、税理士にご確認ください。

Q4. 退職金の水準を下げる変更は、会社の判断だけでできますか。

できるとは言えません。労働条件の不利益変更にあたり、原則として従業員の同意が必要です。(出所:労働契約法第8条)同意がない場合は、就業規則の変更の合理性などが問われます。(出所:労働契約法第9条・第10条)社会保険労務士・弁護士にご相談ください。

Q5. 切り替えの前に、まず何を確かめればよいですか。

現在の規程の内容、変更の理由、新しい規程での勤続年数の数え方、精算の資金と時期の4つです。これらを一覧にして、税理士と社会保険労務士に見てもらいます。

Q6. 法人保険は、この精算の財源に使えますか。

財源の一つとして検討する会社もあります。ただ、加入を前提にせず、精算の額と時期、平時の資金繰りへの影響を並べてから、必要かどうかを考えます。

7. まとめ

この記事のまとめ
  • 打切支給を損金にするには、支給に相当の理由があり、以後に既往の在職年数を加味しないことが要件とされています(出所:法人税基本通達9-2-35)。
  • 打切支給として未払金に計上しただけでは、この取扱いの対象になりません。
  • 退職金を引き下げる変更は、従業員の同意または就業規則の変更の合理性が問われます(出所:労働契約法第8条〜第10条)。
  • 急ぎすぎても、先送りしすぎても、制度変更はつまずきます。
  • 税務・個人側の課税は税理士、労務は社会保険労務士・弁護士の領域です。

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社長が守っているのは、ご家族だけではありません。毎日一緒に働く従業員と、そのご家族の暮らしも、社長の肩にかかっています。筆者はそのことを念頭に、必要なものを必要な分だけ整える相談を心がけています。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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