【経営者必見】従業員退職金の財源準備と資金繰り 3つの判断軸
勤続の長い従業員が、来年の春に定年を迎える。そんな年の決算前に、社長と経理担当者が試算表をにらんでいる場面があります。
「退職金は規程どおり払うつもりだが、その分の現預金はどこにあるのか」。経理担当者の一言に、社長は答えに詰まります。毎月の給与と仕入で手一杯で、退職金のための積立は後回しになっていました。
従業員の退職金は、日々の経営の中で見えにくい支出です。財源の準備がないまま支払いの日を迎えると、不足額を借入れで埋めることになり、返済が資金繰りを圧迫します。
この記事では、従業員退職金の財源を計画的に準備するための3つの判断軸を、場面ごとに解説します。解説するのは、保険代理店で1,100名以上のご相談を受けてきたFP1級の筆者です。
結論
- 退職金の財源は、支払いが近づいてから探すと借入れに頼りやすくなります。年ごとの支払いの見込みを先に並べます。
- 判断軸は、支払いの時期と規模・財源の置き場所・約束した内容の守り方の3つです。
- 一度決めた退職金を減らすのは、労働条件の不利益変更にあたります。個別の労務判断は社会保険労務士・弁護士の領域です。
この記事で分かること
- 退職金の財源が足りず、資金繰りが苦しくなる3つの場面
- 財源の準備が後回しになりやすい理由
- 計画づくりの3つの判断軸と、削りすぎ・重すぎの失敗場面
- 今週できる5項目の確認
1. 従業員退職金の財源が足りず、資金繰りが苦しくなる3つの場面
財源の不足は、支払いの直前・支払いの当日・支払いの後の3つの場面で表に出ます。順に見ていきます。
1-1. 決算前に、支払額が初めて見える
退職の日が近づいて、はじめて退職金の額を計算する会社は少なくありません。
たとえば、経理担当者が規程にもとづいて金額を出したところ、期末の現預金を大きく上回っていたとします。社長はその日になって、金融機関に借入れの相談へ行くことになります。
急ぎの借入れは、条件を選ぶ余裕がありません。
1-2. 支払日に、運転資金とぶつかる
退職金は、給与や仕入の支払いと同じ時期に出ていきます。
たとえば、月末の給与日と退職金の支払日が重なったとします。手元の資金を退職金に回せば、仕入先への支払いが遅れます。仕入先に頭を下げることになり、取引条件にも響きます。
退職金は、運転資金とは別に置いておく発想が必要です。
1-3. 支払ったあとに、返済が残る
不足額を借入れで埋めると、退職金を払い終えたあとも返済が続きます。
たとえば、毎月の返済が増えた会社で、翌年も別の従業員が退職の時期を迎えたとします。新しい借入れが重なり、資金繰りの余裕が少しずつ削られていきます。
従業員への約束を守ることが、会社の体力を弱める循環に入らないよう、早めに手を打ちます。
要するに、直前の試算・当日の運転資金・その後の返済という3つの場面で、財源の不足が資金繰りに響きます。
2. 退職金の財源準備が後回しになる理由
後回しになる理由は、支払いが遠い先に見えることと、誰の仕事か決まっていないことの2つです。整理します。
2-1. 今期の利益に直接出てこない
退職金の支払いは、勤続の終わりに来る支出です。まだ先だと思っていると、今期の設備や人件費の相談が優先されます。
ただ、従業員は毎年勤続年数を重ねており、退職金の見込みも毎年大きくなります。気づいたときには、準備の時間が短くなっています。
2-2. 担当者と見直しの時期が決まっていない
退職金の見込み額を、誰が、いつ更新するのかを決めている会社は多くありません。
社長は経営判断で手一杯、経理担当者は日々の処理で手一杯、という状態になりがちです。担当と見直しの時期を、年に一度の決算の時期に合わせて決めておくと、先送りを防げます。
要するに、遠い先の支出に見えることと、担当が決まっていないことが、準備を後回しにします。
3. 従業員退職金の財源を計画的に準備する3つの判断軸
判断軸は、支払いの時期と規模・財源の置き場所・約束した内容の守り方の3つです。まず全体を表で整理します。
| 判断軸 | 確かめること | 相談する相手 |
| 1. 支払いの時期と規模 | 誰が、何年後に、どれくらいの退職金を受け取る見込みか | 社長・経理担当者 |
| 2. 財源の置き場所 | 運転資金と分けて、どこに、どんな形で積み立てるか | 顧問税理士・FP |
| 3. 約束した内容の守り方 | 規程どおりに払えるか、将来の見直しにどんな手続きが要るか | 社会保険労務士・弁護士 |
3-1. 判断軸1|支払いの時期と規模を一覧にする
最初の作業は、従業員ごとの退職の見込み時期と、規程にもとづく退職金の見込み額を1枚に並べることです。
年ごとに並べると、支払いが重なる年と、少ない年が見えます。重なる年の前に財源を厚くする、という順番で考えられます。
規程がまだ整っていない会社は、先に規程の整備から始めます。規程の考え方は、従業員退職金規程の整備に関する記事でも整理しています。
3-2. 判断軸2|財源を運転資金と分けて置く
見込み額が分かったら、その財源を運転資金と別の場所に置く方法を考えます。
国の制度である中小企業退職金共済制度(中退共)は、掛金月額が5,000円から30,000円の範囲で、退職金は従業員に直接支払われます。掛金は全額が損金です。(出所:独立行政法人勤労者退職金共済機構・中小企業退職金共済事業本部。短時間労働者の特例を除く)
中退共の掛金だけで見込み額に届くかは、会社ごとに違います。足りない部分を別の方法で補うかどうかは、税理士とFPに試算してもらって決めます。制度の種類の違いは、退職給付制度を導入していない会社向けの記事で比較しています。
税務の個別判断・経理処理の確定は、税理士の領域です。
3-3. 判断軸3|一度決めた退職金は、簡単に下げられないと知る
財源が足りないからと、規程の退職金を引き下げる案が出ることがあります。
しかし、退職金の引下げは労働条件の不利益変更にあたり、原則として労働者の同意が必要です。同意がない場合は、就業規則の変更に合理性があることが求められます。(出所:労働契約法第8条、第9条、第10条)
つまり、財源が足りなくなってから約束を変えるのは、難しい選択です。最初に決める段階で、会社が無理なく続けられる水準かを確かめます。
実際に見直しを考えるときの手続きや、合理性があるかの判断は、社会保険労務士・弁護士に個別に相談します。
3-4. 進め方|4つの手順で財源の計画をつくる
- 名簿を作る:従業員ごとの勤続年数と、退職の見込み時期を一覧にします。
- 見込み額を出す:規程にもとづき、年ごとの支払いの見込み額を並べます。
- 財源を決める:運転資金と分けて置く方法を、税理士・FPと相談して決めます。
- 毎年更新する:決算の時期に、名簿と見込み額を更新します。
この記事では要点に絞って解説しました。全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。
【まるっと解説】中退共だけで足りる?従業員退職金を上乗せする4つの手順
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要するに、時期と規模を並べ、財源を分けて置き、約束の重さを知ることが、計画の土台です。
4. 退職金の財源準備で起きやすい失敗|備え不足と備えすぎ
失敗は、備えが足りない側と、備えが重すぎる側の両方で起きます。主語を社長に置いて、場面を見ていきます。
4-1. 備えが足りない場面
- 見込み額を出さずに先送りする:たとえば、社長が「まだ先の話だ」と考え、退職の数年前になっても一覧を作らなかったとします。経理担当者が気づいたときには、準備に使える期間がほとんど残っていません。
- 足りない分を後から減らそうとする:たとえば、社長が資金不足を理由に、規程の退職金を下げる説明を従業員に行ったとします。同意が得られなければ、約束した額を支払うことになり、かえって混乱します。
- 運転資金の口座に混ぜたままにする:たとえば、経理担当者が退職金のつもりで残した現預金を、仕入の支払いに充ててしまったとします。支払日には、その分が残っていません。
4-2. 備えが重すぎる場面
- 掛金や保険料を背負いすぎる:たとえば、社長が退職金のために毎月の積立を大きく設定したとします。賞与や設備更新の資金が削られ、平時の経営が苦しくなります。
- 一部の従業員だけを手厚くする:たとえば、社長が長く勤めた数名だけに偏って備えたとします。ほかの従業員との公平感が損なわれ、職場の雰囲気に影響します。
- 規程の水準を高く約束しすぎる:たとえば、社長が採用のために高い水準の退職金を規程に書いたとします。のちに業績が下がっても、簡単には下げられません。
備えの量は、会社の利益と資金繰りを見ながら、毎年見直します。足りなくても重すぎても、見直しの時期を決めておけば修正できます。
要するに、足りない備えは資金繰りに、重すぎる備えは平時の経営に響きます。真ん中を探す作業を、毎年行います。
5. 今週できる退職金の財源の確認チェックリスト
難しい計算は要りません。次の項目を、今週のうちに確かめます。
- 従業員ごとの勤続年数と、退職の見込み時期を一覧にしたか
- 退職金規程があり、就業規則に記載されているか
- 向こう数年の退職金の支払い見込みを、年ごとに並べたか
- 退職金のための財源が、運転資金と分けて置かれているか
- 見込み額の更新を、誰が、いつ行うか決めたか
退職金制度を設けるなら、就業規則への記載事項になります。(出所:労働基準法第89条第3号の2)
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6. よくある質問
Q1. 従業員の退職金は、いつから準備を始めればよいですか。
決まった時期はありません。ただ、従業員の勤続年数が長くなるほど見込み額も大きくなるため、一覧を作れる段階で早めに始めます。まずは見込み額を並べるところからです。
Q2. 退職金が足りないとき、借入れで払ってもよいですか。
借入れで払うこと自体は選択肢のひとつです。ただ、払ったあとに返済が続き、資金繰りを圧迫する場合があります。支払いが近づく前に、財源の置き場所を検討しておくほうが、選べる方法が広がります。
Q3. 資金繰りが苦しいので、規程の退職金を減らしてもよいですか。
退職金の引下げは労働条件の不利益変更にあたり、原則として労働者の同意が必要です。同意がない場合は、就業規則の変更の合理性が問われます。(出所:労働契約法第8条、第9条、第10条)個別の判断は、社会保険労務士・弁護士に相談してください。
Q4. 中退共に入れば、財源の準備は十分ですか。
中退共の掛金月額は、5,000円から30,000円の範囲です。(出所:独立行政法人勤労者退職金共済機構・中小企業退職金共済事業本部。短時間労働者の特例を除く)規程の水準によっては、掛金だけでは足りない場合もあります。会社の見込み額と並べて、確かめます。
Q5. 退職金の財源の税務上の扱いは、どう確認すればよいですか。
掛金や保険料の損金算入、受け取り時の課税などは、制度や契約の内容によって違います。個別の税務判断・経理処理の確定は、税理士の領域ですので、顧問税理士に確認してください。
Q6. 退職金規程がない会社でも、準備は始められますか。
始められます。ただ、先に規程で、対象者や支給の考え方を決めておくと、財源の見込み額を出しやすくなります。退職金制度を設けるなら、就業規則への記載事項になります。(出所:労働基準法第89条第3号の2)
7. まとめ
- 退職金の財源は、支払いが近づいてから探すと借入れに頼りやすくなります。年ごとの見込みを先に並べます。
- 判断軸は、支払いの時期と規模・財源の置き場所・約束した内容の守り方の3つです。
- 退職金の引下げは労働条件の不利益変更で、原則として労働者の同意が必要です(出所:労働契約法第8条、第9条、第10条)。個別の労務判断は社会保険労務士・弁護士へ。
- 備えは、足りなくても重すぎても経営に響きます。毎年の決算の時期に見直します。
社長が守っているのは、ご家族だけではありません。毎日一緒に働く従業員と、そのご家族の暮らしも、社長の肩にかかっています。筆者はそう考えて、必要なものを、必要な分だけ整える相談を心がけています。
ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。従業員の一覧をもとに、退職金の財源の計画を一緒に整理します。
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筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。
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