創業から間もない頃に、同じ年代の仲間が一斉に入社してくれた。そんな会社の社長が、ふと従業員名簿の生年を眺めて、手が止まる場面があります。

「あの世代が、数年のうちにまとまって定年を迎える」。人手が減る不安だけでなく、退職金の支払いが同じ時期に重なることに気づいたのです。

退職金は、一人ひとりの額を見れば対応できても、同じ時期に何人分も重なると、事業計画そのものを揺らします。人が抜ける年に、まとまった現金も抜けていくからです。

この記事では、従業員の退職時期が集中する可能性がある会社が、資金面の影響を小さくするための3つの視点を解説します。解説するのは、保険代理店で1,100名以上のご相談を受けてきたFP1級の筆者です。

結論

  • 退職金の負担は、人数が重なる年に一気に大きくなります。名簿から「山の年」を先に見つけます。
  • 視点は、年ごとの山の把握・山に向けた財源の置き方・山を低くする人事の工夫の3つです。
  • 退職金の水準を後から下げるのは労働条件の不利益変更にあたるため、財源と人事の両面から先に手を打ちます。

この記事で分かること

  • 退職者が集中すると、会社の運営に何が起きるか
  • 集中に気づくのが遅れる理由
  • 備えるための3つの視点と、失敗しやすい場面
  • 今週確かめたい項目

1. 従業員の退職時期が集中したときに会社で起きる3つの場面

集中の影響は、資金・現場・採用の3つの場面に同時に出ます。それぞれ見ていきます。

1-1. 資金の場面|同じ年に支払いが山になる

退職金は、退職した年に支払います。複数の従業員が同じ年に退職すれば、その年の支払額は単純に合算されます。

たとえば、経理担当者が向こう5年の支払見込みを並べたところ、ある年だけ突出していたとします。その年の決算では、通常の利益では賄いきれない可能性が見えてきます。

平らな年が続くと思い込んでいると、この山を見落とします。

1-2. 現場の場面|経験者が同時にいなくなる

退職時期の集中は、お金だけの問題ではありません。

たとえば、現場を長く支えてきた従業員が数名、同じ時期に退職するとします。仕事のやり方や取引先との関係が、引き継がれないまま失われるおそれがあります。社長は、現場の穴を埋めつつ、退職金の手当ても同時に進めることになります。

1-3. 採用の場面|補充の人件費が上乗せされる

退職者が出れば、補充の採用が必要になります。求人や教育にも費用がかかり、新しい人が戦力になるまでには時間がかかります。

退職金の支払いと採用の費用が同じ時期に重なり、資金の余裕がなくなる場面です。

要するに、資金・現場・採用の3つが同じ年に重なることが、退職時期の集中のいちばん大きな影響です。

2. 退職時期の集中に気づくのが遅れる理由

気づきにくいのは、人事の情報とお金の情報が別々に管理されているからです。背景を整理します。

2-1. 名簿と決算書が結びついていない

従業員名簿は総務、退職金の積立や引当は経理、というように、担当が分かれている会社は多くあります。

名簿の年齢分布と、退職金の見込み額が1枚の資料に並んだことがない場合、山の年は見えません。

2-2. 目の前の毎月の支払いが優先される

数年先の退職は、今月の給与や仕入に比べて緊急に感じられません。

ただ、定年のような時期は、あらかじめ分かっている支出です。分かっている支出を数年前から並べておくことが、資金繰りの安定につながります。

要するに、人事とお金の情報が結びつかないことと、目の前の支払いが優先されることが、集中への気づきを遅らせます。

3. 退職金の支払いの集中に備える3つの視点

備える視点は、山の把握・財源の置き方・人事の工夫の3つです。全体を表にまとめます。

視点 やること 効果
1. 山の把握 退職の見込み時期と退職金の額を、年ごとに並べる 重なる年が早く分かる
2. 財源の置き方 山の年に向けて、毎年少しずつ財源を分けて置く 一度の負担を小さくできる
3. 人事の工夫 再雇用や継続勤務の制度、後継者の育成を検討する 退職の時期が分散しやすくなる

3-1. 視点1|名簿を「年表」にして山の年を探す

従業員名簿から、定年などの退職見込み時期と、規程にもとづく退職金の見込み額を、年ごとの表にします。

一人ひとりの額より、年ごとの合計に注目します。合計が大きい年が山の年で、その前の数年が準備の期間です。

退職金制度を設けている会社は、就業規則に記載する必要があります。(出所:労働基準法第89条第3号の2)規程の内容を、見込み額の根拠として確認しておきます。

3-2. 視点2|山に向けて、財源を平らに積み上げる

山の年が見えたら、その年に向けて財源を毎年少しずつ分けて置きます。直前にまとめて用意しようとすると、運転資金を圧迫するからです。

国の制度である中小企業退職金共済制度(中退共)は、掛金月額が5,000円から30,000円の範囲で、退職金は従業員に直接支払われます。(出所:独立行政法人勤労者退職金共済機構・中小企業退職金共済事業本部。短時間労働者の特例を除く)

こうした外部の仕組みと自社の積立を、どう組み合わせるかは、会社の状況で変わります。税務の個別判断・経理処理の確定は、税理士の領域です。

3-3. 視点3|人事の工夫で、山を低くする

財源だけでなく、人事の面からも山を低くする方法があります。

  • 定年後の再雇用や、勤務日数を減らした継続勤務の制度を整える
  • 退職が見込まれる従業員の仕事を、数年かけて後任へ引き継ぐ
  • 採用の年齢層をならして、特定の年に退職が集中しないようにする

ただし、退職金の支給の条件や水準を変えるときは注意が必要です。退職金の引下げは労働条件の不利益変更にあたり、原則として労働者の同意などが求められます。(出所:労働契約法第8条、第9条、第10条)制度の変更は、社会保険労務士・弁護士に個別に相談してから進めます。

3-4. 進め方|4つの手順で山に備える

  1. 名簿を年表にする:従業員ごとの退職見込み時期を、年ごとに並べます。
  2. 山の年を見つける:規程にもとづく退職金の見込み額を年ごとに合計します。
  3. 財源の置き方を決める:山の年に向けた積み方を、税理士・FPと相談して決めます。
  4. 人事の備えを話し合う:再雇用や引継ぎを検討し、毎年の決算の時期に更新します。

この記事では要点に絞って解説しました。全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

【まるっと解説】中退共だけで足りる?従業員退職金を上乗せする4つの手順

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要するに、山の年を見つけ、財源を平らに積み、人事でも山を低くする。この3つが集中への備えです。

4. 退職時期の集中への備えで起こりやすい失敗

失敗は、備えが薄い場面と、備えが厚すぎる場面で対になって起こります。

4-1. 削りすぎた場面|備えが薄くなる

  • 山の年の直前まで放置する:たとえば、社長が「毎年の利益から払えるだろう」と考え、積立を後回しにしたとします。山の年に利益が出ていなければ、借入れに頼ることになります。
  • 退職者の人数だけを見る:たとえば、社長が人数の少なさに安心して、役職者の勤続年数が長い点を見落としたとします。一人あたりの退職金が大きく、年の合計は思ったより重くなります。
  • 引継ぎを定年直前に始める:たとえば、経理担当者が定年を迎える年に、後任への引継ぎを始めたとします。支払いの手続きも含めて、仕事の理解が足りないまま引き継がれます。

4-2. 厚くしすぎた場面|備えが重くなる

  • 山の年に合わせて、毎年の負担を大きくしすぎる:たとえば、社長が山の年を恐れて、毎月の積立を大きく設定したとします。賞与や設備の更新に回す資金が減ってしまいます。
  • 退職を引き延ばす制度を、事情を聞かずに入れる:たとえば、社長が退職の時期を遅らせる制度を一方的に導入したとします。本人の希望と合わず、不満が出ることがあります。

備えの水準は、山の高さと会社の体力を並べて決めます。毎年の決算の時期に、名簿と見込み額を更新して調整します。

要するに、薄すぎれば山の年に慌て、厚すぎれば平時の経営を苦しくします。毎年の更新が調整の手がかりです。

5. 今週できる退職時期の集中の確認チェックリスト

今週のうちに、次の項目を確かめます。

  • 従業員名簿から、向こう10年ほどの退職見込み時期を書き出したか
  • 年ごとの退職金の見込み額を合計し、重なる年を探したか
  • 退職金規程が就業規則に記載されているか
  • 山の年に向けた財源の置き場所を、決算書の数字と並べて確かめたか
  • 再雇用や引継ぎなど、人事面の備えを話し合う場を決めたか

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6. よくある質問

Q1. 退職者が集中するかどうかは、どう調べればよいですか。

従業員名簿の生年月日と入社時期から、定年などの退職見込み時期を年ごとに並べます。同じ年に複数の退職が見込まれる年があれば、その年が山になります。

Q2. 退職金の支払いが重なる年は、どう乗り切ればよいですか。

山の年の数年前から、財源を毎年少しずつ分けて置くことが基本です。直前に用意しようとすると、運転資金を圧迫します。方法は会社の状況で変わるため、税理士やFPと確認します。

Q3. 退職金の支給水準を下げて、負担を軽くしてもよいですか。

退職金の引下げは労働条件の不利益変更にあたり、原則として労働者の同意が必要です。同意がない場合は、就業規則の変更の合理性が問われます。(出所:労働契約法第8条、第9条、第10条)個別の判断は、社会保険労務士・弁護士に相談してください。

Q4. 中退共を使えば、集中の負担は小さくなりますか。

中退共は、掛金月額が5,000円から30,000円の範囲で、退職金が従業員に直接支払われる国の制度です。(出所:独立行政法人勤労者退職金共済機構・中小企業退職金共済事業本部。短時間労働者の特例を除く)掛金が見込み額に届くかは、会社ごとに違うため、並べて確かめます。

Q5. 退職者が集中すると、採用も難しくなりますか。

一度に補充が必要になるため、採用と教育の負担が重なりやすくなります。退職の見込み時期が分かっていれば、採用を前倒しして、引継ぎの期間を確保できます。

Q6. 退職金の準備は、税務上どう扱われますか。

制度や契約の内容によって扱いが変わります。個別の税務判断・経理処理の確定は、税理士の領域ですので、顧問税理士に確認してください。

7. まとめ

この記事のまとめ
  • 退職者が集中する年は、退職金の支払いと採用の費用が重なります。名簿を年表にして、山の年を先に見つけます。
  • 備える視点は、山の把握・財源の置き方・人事の工夫の3つです。
  • 退職金の引下げは労働条件の不利益変更にあたります(出所:労働契約法第8条、第9条、第10条)。個別の判断は社会保険労務士・弁護士へ。
  • 備えは薄すぎても厚すぎても経営に響くため、毎年更新します。

社長が守っているのは、ご家族だけではありません。毎日一緒に働く従業員と、そのご家族の暮らしも、社長の肩にかかっています。筆者はそう考えて、必要なものを、必要な分だけ整える相談を心がけています。

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筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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