【お役立ち】役員退職金の受け取りと源泉徴収|申告書で変わる3つの点
株主総会で役員退職金の決議が終わり、支払日が近づいたある日、経理担当者が社長に声をかけます。「退職金から源泉徴収をしますが、社長の『退職所得の受給に関する申告書』は、いただけていますか」。
社長は「そんな書類があったか」と首をかしげます。退職金は一生に一度の大きな支払いなので、手続きの名前を聞いたこともない、ということは珍しくありません。
この書類を支払いの時までに出すかどうかで、退職金から差し引かれる源泉徴収の額が大きく変わります。さらに、役員としての勤続年数が短いと、税金の計算の仕組みそのものが変わる場合があります。
この記事では、役員退職金を受け取る側の手続きとして、申告書の有無による源泉徴収の違い、退職所得控除の計算式、役員等勤続年数が5年までの場合の扱いの3つを、国税庁の情報で確認できた範囲で整理します。解説するのは、FP1級の資格を持つ筆者です。個人の確定申告の詳しい内容は、税理士の領域です。
結論
- 退職所得の受給に関する申告書を、退職手当等の支払を受ける時までに支払者へ提出すると、退職所得控除と2分の1の計算を使った源泉徴収になります。出さないと、支払額に一律20.42%の源泉徴収がされ、確定申告で精算することになります(出所:国税庁タックスアンサーNo.2732)。
- 退職所得控除は、勤続20年までは40万円×勤続年数(最低80万円)、20年を超える分は1年につき70万円が加わる計算です(出所:同上)。
- 役員等勤続年数が5年までの特定役員退職手当等には、2分の1の計算がありません。
この記事で分かること
- 申告書の提出の有無で、源泉徴収がどう変わるか
- 退職所得控除の計算式と、勤続年数の数え方
- 役員等勤続年数が5年までの特定役員退職手当等の扱い
- 手続きで起きやすい失敗と、今週できる確認
1. 役員退職金を受け取るときの源泉徴収で困りやすい3つの場面
困りやすい場面は、申告書を出していない・勤続年数が短い・ほかにも退職金がある、の3つです。
1-1. 支払日になって、申告書がないと気づく
支払いの日に、申告書が用意できていない場面です。
申告書を提出しない場合、退職手当等の支払金額に20.42%(所得税と復興特別所得税の合計)を掛けた額が源泉徴収されます。(出所:国税庁タックスアンサーNo.2732)
たとえば、支給額が2,300万円の場合、提出がなければ源泉徴収は4,696,600円になる計算です。これに対し、同じ支給額で申告書の提出があり、勤続年数が30年(国税庁の例では29年2か月を切り上げて30年)の場合の源泉徴収は、380,322円と国税庁の例に示されています。(出所:国税庁タックスアンサーNo.2732)4,696,600円は、20.42%を掛けて求めた本記事の計算です。金額の差は、あとで確定申告をして精算することになりますが、一時的に手元に入る額が大きく減ります。
1-2. 役員の期間が短く、想定より税金が重い
社長に就任して間もない役員や、他社から迎えた役員の退職金で起きやすい場面です。
役員等としての勤続年数が5年までの人が、その期間に対応して受け取る退職手当等は、特定役員退職手当等として扱われます。この場合、収入金額から退職所得控除額を引いた額が、そのまま退職所得の金額になり、2分の1の計算がありません。(出所:国税庁タックスアンサーNo.2737)
一般の退職金と同じ感覚で手取りを見込んでいると、あとで差に驚くことがあります。
1-3. 同じ年に、別の退職手当等を受け取る
グループ会社の役員を兼ねていた場合や、同じ年に別の会社からも退職金が出る場合です。
申告書には、同じ年に他から受けた退職手当等があるかを記載する欄があります。記載を誤ると、支払者が是正を求められることがあるため、事実をそのまま書きます。(出所:国税庁「退職所得の受給に関する申告」)
複数の会社の役員を兼ねている場合の考え方は、別の記事でも整理しています。
要するに、申告書の有無・役員の期間・同じ年の別の退職金が、源泉徴収の額を左右します。
2. 申告書の手続きが見落とされやすい背景
見落とされる背景は、支払う側と受け取る側が同じ会社の中にいることと、書類の名前が知られていないことの2つです。
2-1. 社長が受け取り、社内の経理が支払う
役員退職金は、会社が株主総会などの決議を経て支払います。取締役の退職慰労金は、定款に定めがなければ株主総会の決議で決めます。(出所:会社法第361条第1項)
このとき、受け取る側の社長と、源泉徴収をする側の経理担当者が、同じ社内にいます。お互いに「相手が準備しているだろう」と思い込みやすく、申告書の用意が支払日の直前まで後回しになります。
申告書は、受け取る人が記入して、退職手当等の支払を受ける時までに支払者へ提出するものです。(出所:国税庁「退職所得の受給に関する申告」)経理担当者は、決議の段階で、様式を社長に渡しておくと流れがつかめます。
2-2. 控除の式が、勤続年数の数え方に左右される
退職所得控除の計算は、勤続年数がもとになります。年数の数え方を誤ると、控除額が変わり、源泉徴収の額も変わります。
役員等勤続年数は、1年未満の端数を1年に切り上げて数えます。たとえば、役員の期間が4年11か月なら5年、5年1か月なら6年となり、前者は特定役員退職手当等に当たり、後者は当たりません。(出所:国税庁タックスアンサーNo.2737)
就任の日と退任の日を、登記や議事録の日付で確かめることから始めます。
要するに、同じ社内で手続きが後回しになることと、年数の数え方の細かさが、見落としにつながります。
3. 源泉徴収と申告書で確認する3つの点
確認する点は、申告書の有無・退職所得控除の計算式・役員等勤続年数が5年までの扱いの3つです。表で全体を整理します。
| 確認点 | 内容 | 確かめる先 |
| 1. 申告書の有無 | 提出すれば、退職所得控除と2分の1の計算を使った源泉徴収。出さなければ支払額に20.42% | 国税庁タックスアンサーNo.2732 |
| 2. 退職所得控除 | 勤続20年まで40万円×年数(最低80万円)、20年を超える分は年70万円を加算 | 国税庁タックスアンサーNo.2732 |
| 3. 役員等勤続年数が5年まで | 特定役員退職手当等は、収入金額から控除額を引いた額で、2分の1の計算なし | 国税庁タックスアンサーNo.2737 |
3-1. 確認点1|申告書を出したかどうかで、源泉徴収の方法が変わる
申告書を提出した場合は、勤続年数に応じた退職所得控除額を差し引いた残額に2分の1を掛けた課税退職所得金額から、速算表で源泉徴収の額を求めます。(出所:国税庁タックスアンサーNo.2732の別紙速算表)
提出しなかった場合は、支払金額に20.42%を掛けた額が源泉徴収されます。この場合は、受け取った人が確定申告をして精算します。(出所:国税庁タックスアンサーNo.2732)
申告書を出していれば、源泉徴収だけで課税関係が終わるのが原則です。ただし、医療費控除などで別に確定申告をする場合は、退職所得も合わせて申告することになります。(出所:国税庁「退職金と税」)個人の確定申告の詳しい内容は、税理士の領域です。
国税庁のNo.2732には、令和9年分以後は所得税・復興特別所得税に加えて防衛特別所得税も源泉徴収の対象になると説明されています。率などの最新の記載は、国税庁のページで確かめます。
3-2. 確認点2|退職所得控除の計算式を押さえる
退職所得は、収入金額から退職所得控除額を差し引いた残額の2分の1です。(出所:所得税法第22条第2項、国税庁タックスアンサーNo.2732)退職所得控除額は、次のとおりです。
- 勤続年数が20年までの場合:40万円×勤続年数(計算した額が80万円に満たないときは80万円。出所:国税庁)
- 勤続年数が20年を超える場合:800万円+70万円×(勤続年数-20年。出所:国税庁)
国税庁の例と同じく、たとえば勤続30年の場合は、800万円+70万円×10年で1,500万円になります。支給額が2,300万円なら、残額800万円の2分の1の400万円が課税退職所得金額で、ここに速算表を当てはめて源泉徴収の額が決まります。
前に退職手当等を受け取っていて、勤続期間が重なる場合は、重複期間の調整があります。年数の細かな判定は、税理士に確認してください。
3-3. 確認点3|役員等勤続年数が5年までの場合は、2分の1の計算がない
特定役員退職手当等は、役員等勤続年数が5年までの人が、その年数に対応して受け取る退職手当等です。この場合、退職所得の金額は、収入金額から退職所得控除額を引いた額になります。(出所:国税庁タックスアンサーNo.2737)
国税庁の例では、役員の期間が4年9か月、役員退職金が500万円の場合、役員等勤続年数は5年とされ、退職所得控除額は40万円×5年の200万円です。退職所得の金額は300万円で、2分の1は掛けません。(出所:国税庁タックスアンサーNo.2737)
同じ年に、使用人としての退職金など、ほかの退職手当等も受け取る場合は、区分ごとの計算になります。役員と使用人の期間が重なる場合の控除額の計算は複雑なため、税理士に確認します。
3つの点を確かめたあとは、会社の側で次の手順を進めます。
- 勤続の日付を確かめる:就任の日と退任の日を、登記や議事録の記載で確認します。
- 申告書の様式を渡す:決議の段階で、社長に様式を渡して記入してもらいます。
- 他の退職金の有無を聞く:同じ年に、別の会社などから退職手当等があるかを確かめます。
- 源泉徴収の額を試算する:国税庁の速算表で、顧問税理士と一緒に試算します。
- 提出の時期を決める:退職手当等の支払を受ける時までに、申告書を会社へ出す予定を決めます。
この記事では要点に絞って解説しました。全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。
【まるっと解説】勇退退職金の準備|社長のセカンドライフ5つの手順
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4. 受け取りの手続きで起きやすい失敗場面
失敗は、手続きが足りない場合と、考えすぎて動けない場合の両方で起きます。
4-1. 手続きや準備が足りない場合
- 申告書を出さないまま支払日を迎える場合:たとえば、社長が申告書の存在を知らず、支払日に提出がなかったとします。国税庁の説明では、支払額に20.42%が源泉徴収され、手元に入る額が想定より大きく減ります。確定申告で精算する手間も加わります。
- 役員の期間を調べずに手取りを見込む場合:たとえば、就任から4年半の役員が、一般の退職金と同じ2分の1の計算で手取りを見込んでいたとします。特定役員退職手当等に当たると、2分の1の計算がなく、税額が見込みより重くなります。
4-2. 気にしすぎて準備が止まる場合
- 丁寧に確かめること自体は大切ですが、たとえば、経理担当者が確定申告の細かい計算まで自分で調べようとして、会社の手続きが遅れたとします。会社の側で必要なのは、申告書の受け取りと源泉徴収です。確定申告の詳しい内容は、税理士に任せて構いません。
- 税額だけで退職の時期を決める場合:たとえば、社長が税金を抑えることだけを考えて、勇退の時期や金額を動かしたとします。会社の資金繰りや、後継者との引き継ぎが整わないまま退任の日が来ます。税金は、判断の要素のひとつにとどめます。
要するに、申告書と日付の確認を先に済ませて、細かい計算は専門家に任せる、という分担が現実的です。
5. 今週中にできる確認チェックリスト
次の5つを、今週のうちに確かめます。
今週の確認チェックリスト
- 役員の就任の日と退任の予定の日を、登記や議事録の記載で確かめた
- 役員等勤続年数が5年までに当たるか、1年未満を切り上げて数えた
- 退職所得の受給に関する申告書の様式を、決議の前に社長へ渡す予定を決めた
- 同じ年に別の退職手当等があるかを、社長に確かめた
- 源泉徴収の試算と、確定申告の相談先を、顧問税理士に頼んだ
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6. よくある質問
退職所得の受給に関する申告書を出さないと、どうなりますか。
退職手当等の支払金額に20.42%(所得税と復興特別所得税の合計)を掛けた額が源泉徴収されます。その後、受け取った人が確定申告をして精算します。(出所:国税庁タックスアンサーNo.2732)
申告書は、いつまでに誰へ出しますか。
退職手当等の支払を受ける時までに、支払者である会社へ提出します。税務署への提出は、原則として不要とされています。(出所:国税庁「退職所得の受給に関する申告」)
退職所得控除は、どう計算しますか。
勤続年数が20年までなら40万円×勤続年数(最低80万円)、20年を超えるなら800万円+70万円×(勤続年数-20年)です。退職所得は、収入金額から控除額を引いた残額の2分の1です。(出所:国税庁タックスアンサーNo.2732)
役員を4年だけ務めた場合も、2分の1の計算はありますか。
役員等勤続年数が5年までの人が、その年数に対応して受け取る特定役員退職手当等には、2分の1の計算がありません。1年未満の端数は1年に切り上げて数えます。(出所:国税庁タックスアンサーNo.2737)
申告書を出せば、確定申告は不要ですか。
申告書を提出していれば、源泉徴収だけで課税関係が終わるのが原則です。ただし、医療費控除などで別に確定申告をする場合は、退職所得も合わせて申告します。個別の判断は税理士の領域です。(出所:国税庁「退職金と税」)
同じ年に、別の会社からも退職金が出る場合はどうしますか。
申告書の記載欄に、同じ年に他から受けた退職手当等の有無を、事実のとおり書きます。控除額の調整が必要になる場合があるため、税理士に確認してください。
7. まとめ
- 申告書を退職手当等の支払を受ける時までに支払者へ出すと、退職所得控除と2分の1の計算で源泉徴収されます。出さないと支払額の20.42%が源泉徴収され、確定申告で精算します(出所:国税庁タックスアンサーNo.2732)。
- 退職所得控除は、勤続20年までは40万円×勤続年数(最低80万円)、20年を超える分は年70万円の加算です(出所:同上)。
- 役員等勤続年数が5年までの特定役員退職手当等には、2分の1の計算がありません(出所:国税庁タックスアンサーNo.2737)。
- 日付の確認と申告書の準備を先に済ませ、個人の確定申告は税理士に相談します。
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筆者は、勇退の日もまた、社長にとって大切な「その時」のひとつだと考えています。退職金を受け取る手続きまで見通しておくと、長年支えてきた会社を離れる日を、落ち着いて迎えやすくなります。
筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
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