月末の経理の席で、退職する従業員の最終日が近づいています。社長が帳簿を見ながら、ぽつりと言います。

「退職金を、一度に全部は出せないかもしれない。半分を先に払って、残りは来期に回せないだろうか」。経理担当者は、就業規則のどこを見ればよいのかが分からず、手が止まります。

退職金の財源のご相談では、準備の方法に入る前に、「そもそも払う時期や分け方は会社が自由に決めてよいのか」と尋ねられることがあります。

この記事では、従業員の退職金の支払時期と分割払いについて、労働基準法と厚生労働省の資料などで確認できた範囲を整理します。解説するのは、FP1級の資格を持つ筆者です。

結論

  • 就業規則などで支給の条件が決まっている退職金は、賃金として扱われます。会社の都合で自由に後回しにできるお金ではありません。
  • 支払時期は、まず就業規則の定めを見ます。請求できる期間(時効)は、労働基準法第115条で5年とされています。
  • 分割や遅れは、就業規則の定めや本人との合意の内容によって扱いが変わります。個別の判断は社会保険労務士・弁護士の領域です。

この記事で分かること

  • 退職金の支払いが問題になる3つの場面
  • 支払時期の考え方と、請求権の時効の年数
  • 分割払いを考えるときの3つの注意点
  • 備えが足りない場合と、備えが重すぎる場合の失敗場面

1. 従業員の退職金の支払時期と分割で迷う3つの場面

退職金の支払いで迷うのは、退職が重なったとき・資金が足りないとき・規程が曖昧なときの3つの場面です。順に見ていきます。

1-1. 退職の時期が重なった

勤続の長い従業員が、同じ年に続けて退職することがあります。

たとえば、ベテラン3人の退職が同じ決算期に重なったとします。社長は「全員分を一度に払うと、手元の現預金が尽きる」と感じます。

退職金の準備が足りていないと、支払い方を変えられないかという発想が出てきます。

1-2. 資金が足りず、支払いを先送りしたくなる

業績が落ちた年に、退職金の支払日が来ることもあります。

経理担当者から見ると、給与・仕入先への支払い・借入金の返済が先に並び、退職金は金額が大きい分だけ重く映ります。

ここで、「支払いを少し待ってもらえないか」と考えるのは自然な流れです。ただ、待ってもらう前に確かめることがあります。

1-3. 就業規則の書き方が曖昧

退職金の規程に、支払いの時期や方法がはっきり書かれていない会社もあります。

たとえば、「退職金は退職後に支給する」とだけ書かれていたとします。いつまでに払うのか、一括なのか分けるのかを、社長も経理担当者も説明できません。

規程が曖昧だと、従業員との認識の違いが起きやすくなります。

要するに、退職の重なり・資金不足・規程の曖昧さが、支払時期と分割の悩みの入口です。

2. 退職金の支払時期が後回しになりやすい理由

後回しになりやすいのは、退職金を「会社の裁量で決めるお金」と見てしまう点と、期限を意識する場面が少ない点にあります。2つに分けて整理します。

2-1. 会社の「気持ちの上のお金」と見てしまう

退職金は、長く働いてくれた従業員へのお礼という面があります。そのため、会社の状況に応じて加減できるお金だと受け止められがちです。

ただ、退職金の制度を設けて、就業規則に支給の条件を書いている場合は、賃金として扱われます。(出所:労働基準法第11条の賃金の定義と、厚生労働省の資料にもとづく行政解釈)

制度として約束した時点で、会社には支払う義務が生じる、という見方になります。

2-2. 支払日を意識する機会が少ない

毎月の給与と違い、退職金の支払いは何年かに一度しかありません。

担当者が代わると、支払時期の決まりが引き継がれないこともあります。たとえば、経理担当者が入社してから退職者の対応が初めてで、規程を読んだことがなかった、という場面です。

支払日の前日になって初めて規程を開くと、準備の時間が残っていません。

要するに、「裁量のお金」という見方と、期限を意識する機会の少なさが、後回しを生みます。

3. 従業員の退職金の支払時期と分割払い 3つの注意点

確認する順番は、賃金に当たるか・支払時期・分割や遅れの扱い、の3つです。まず全体を表で整理します。

注意点 確かめること 確認する相手
1. 賃金に当たるか 就業規則などに、支給の条件が書かれているか 社会保険労務士
2. 支払時期 規程に定めた時期、定めがない場合の扱い、請求できる期間 社会保険労務士・弁護士
3. 分割や遅れ 規程の定め、本人との合意の内容、説明の記録 社会保険労務士・弁護士

3-1. 注意点1|就業規則に定めがある退職金は、賃金として扱われる

退職金を設けるかどうかは、法律で一律に義務づけられてはいません。ただ、制度を設ける場合は、適用される従業員の範囲、退職金の決め方と計算方法、支払いの方法、支払いの時期を、就業規則に書く必要があります。就業規則の作成と届出の義務は、常時10人以上の労働者を使用する事業場にあります。(出所:労働基準法第89条第3号の2)

就業規則や労働協約などで支給の条件が明確になっている退職金は、労働基準法上の賃金として扱われます。(出所:労働基準法第11条、厚生労働省の資料)

賃金として扱われると、賃金の支払いに関するルールが関わってきます。たとえば、賃金は全額を支払うことが原則とされています。(出所:労働基準法第24条第1項)

たとえば、社長が「今期は苦しいので、退職金の一部を減らして払いたい」と考えたとします。規程に定めた額から一部を差し引くことになり、法令や労使協定に根拠のある場合を除いて、慎重な扱いが求められます。

実際の扱いは、規程の書き方や協定の有無で変わります。社会保険労務士に規程を見てもらいます。

3-2. 注意点2|支払時期は、まず就業規則の定めを見る

賃金には毎月一定の日に払うといった原則がありますが、退職金は、通常の賃金とは異なり、あらかじめ就業規則などで定められた時期に支払えばよいとされています。(出所:厚生労働省の行政解釈。自治体の労働相談資料で紹介)

たとえば、規程に「退職の日から2か月以内に支払う」と書いてあれば、その時期が基準になります。従業員から早く払ってほしいと頼まれても、規程に書いた時期が基準になると考えられます。個別の事案は社会保険労務士にご確認ください。

一方、支払時期の定めがない場合は、従業員の請求から7日以内に支払うことが求められます。(出所:労働基準法第23条第1項)

もう一つ、請求できる期間の目安があります。退職手当の請求権の時効は、5年とされています。(出所:労働基準法第115条)

この5年は、労働協約や就業規則で支給の条件が明確にされている退職手当が対象と整理されています。時効をいつから数えるかなど、個別の事情が絡む点は、社会保険労務士・弁護士に確認します。

支払時期を決めるときは、次の手順で進めると整理しやすくなります。

  1. 規程を開く:退職金の支払いの方法と時期の条文を確認します。
  2. 退職者を並べる:今後2〜3年に退職する人の名前と時期を、一覧にします。
  3. 資金の動きを見る:支払日ごとに、手元の現預金と入金の予定を並べます。
  4. 不足の見込みを伝える:不足しそうな時期があれば、先に社会保険労務士と税理士へ相談します。

3-3. 注意点3|分割や遅れは、規程の定めと本人の理解の内容で扱いが変わる

退職金を分けて払ったり、遅らせたりできるかは、気になる点です。

筆者が公的な資料を調べた範囲では、「分割払いは認められる」「認められない」と一律に述べた記述は確認できていません。確認できた範囲では、分割払いの可否は、就業規則の定めと本人との合意の内容、そして賃金の全額払いの原則との関係で考える、という整理になります。

考え方の軸は2つあります。

  • 規程に分割の方法が書いてあるか:支払いの方法と時期は、就業規則に書く事項です。(出所:労働基準法第89条第3号の2)分割の回数や時期が、あらかじめ規程に書かれていれば、従業員も見通しを持てます。
  • 本人が内容を理解して合意しているか:賃金や退職金について本人の同意を得る場面では、同意の書面があるかどうかだけでなく、不利益の大きさや説明の内容が、慎重に見られる場合があるとされています。詳しい扱いは、社会保険労務士・弁護士にご確認ください。

たとえば、退職の直前に「資金の都合で2回に分けてほしい」と社長が口頭で頼み、従業員が断りにくい空気のまま了承したとします。後日、本人が納得していなかったと主張すれば、争いになるおそれがあります。

分けて払う場合は、回数・金額・日付を紙に書き、理由と不利益の中身を説明し、本人の意思を確かめた記録を残します。それでも個別の可否は、社会保険労務士・弁護士の領域です。専門家の確認を受けたうえで進めます。

この記事では要点に絞って解説しました。全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

【まるっと解説】中退共だけで足りる?従業員退職金を上乗せする4つの手順

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。まずは、退職が見込まれる従業員の時期と、いまの退職金の準備の状況をお聞かせください。

\無料相談(30秒で予約)/

要するに、賃金に当たるかを確かめ、規程の時期を見て、分割や遅れは専門家と進めます。

4. 退職金の支払いで起きやすい失敗|備え不足と、備えが重すぎる場面

失敗は、備えが薄すぎて支払いが苦しくなる場合と、備えを厚くしすぎて平時が苦しくなる場合の両方向で起きます。対にして見ていきます。

4-1. 備えが足りない場合

  • 規程だけ立派で財源がない:社長が、従業員を引き留めたくて退職金の水準を引き上げたとします。財源の準備がないまま退職者が出て、支払日に現預金が足りなくなります。
  • 支払時期の確認を後回しにする:経理担当者が、規程の支払時期を確かめないまま月末を迎えたとします。従業員から支払日を尋ねられても、答えられません。
  • 口頭だけで分割を頼む:社長が退職間際の従業員に、口頭で分割を頼んだとします。回数や日付の記録が残らず、後日の食い違いにつながります。

4-2. 備えが重すぎる場合

  • 退職金の準備に資金を寄せすぎる:社長が「払えなくなるのが怖い」と、毎月の準備額を大きく設定したとします。運転資金や賞与の原資が細り、平時の資金繰りが苦しくなります。
  • 見込みを超えた準備を重ねる:退職者の見込みを確かめないまま、複数の準備を重ねたとします。必要な額より多い資金が、使いにくい形で固定されます。

退職金の準備は、退職者の見込み・規程の約束・手元の資金を並べて、必要な分を必要な時期に整えます。財源に保険を考えるなら、毎月の保険料が運転資金を圧迫しないかを、先に見ておきます。

要するに、準備が足りなくても、重すぎても、支払いの場面でつまずきます。

5. 今週できる退職金の支払時期の確認チェックリスト

今週は、規程を開いて、退職者を並べるところまでを進めます。

  • 退職金規程に、支払いの方法と時期が書かれているか確かめた
  • 今後2〜3年の退職見込みを、時期ごとの一覧にした
  • 支払日ごとに、手元の現預金と入金の予定を並べた
  • 支払時期の定めがない場合の扱いと、請求の時効を、社会保険労務士に確認する日を決めた
  • 分割を考えるなら、規程の定めと本人への説明の方法を、専門家に相談する日を決めた

できた項目が増えるほど、いざ支払日が近づいても、慌てずに判断しやすくなります。

あわせて読みたい

6. よくある質問

Q1. 就業規則に退職金の定めがあれば、会社は払う義務がありますか。

就業規則などで支給の条件が明確な退職金は、賃金として扱われます。(出所:労働基準法第11条、厚生労働省の資料)規程に沿って支払う義務が生じる、という見方が基本になります。個別の事情は社会保険労務士にご確認ください。

Q2. 退職金は、退職したらすぐに払う必要がありますか。

退職金は、あらかじめ就業規則などで定めた時期に支払えばよいとされています。(出所:厚生労働省の行政解釈。自治体の労働相談資料で紹介)定めがない場合は、従業員の請求から7日以内の支払いが求められます。(出所:労働基準法第23条第1項)

Q3. 退職金を請求できる期間は、どのくらいですか。

退職手当の請求権の時効は、5年とされています。(出所:労働基準法第115条)支給の条件が明確にされている退職手当が対象と整理されています。数え始めの時点など、個別の事情は弁護士にご確認ください。

Q4. 資金が足りないとき、退職金を分割で払えますか。

分割払いの可否を一律に述べた公的な資料は、筆者の調べた範囲では確認できていません。就業規則の定め、本人との合意の内容、全額払いの原則との関係を踏まえて、社会保険労務士・弁護士に確認してください。

Q5. 従業員が分割に同意してくれれば、問題はありませんか。

同意があれば足りる、とは言い切れません。同意の有無は、書面だけでなく、不利益の大きさや説明の内容が慎重に見られる場合があるとされています。回数・金額・日付を明記し、説明の記録を残したうえで、専門家に確認してください。

Q6. 退職金の財源に、法人保険を使うことはできますか。

財源の一つとして検討する会社もあります。ただ、毎月の保険料が運転資金を圧迫しないかを先に見ておく必要があります。加入を前提にせず、退職者の見込みと規程の約束を並べてから、必要かどうかを考えます。

7. まとめ

この記事のまとめ
  • 就業規則などで支給の条件が明確な退職金は、賃金として扱われます(出所:労働基準法第11条、厚生労働省の資料)。
  • 支払時期はまず規程の定めを見ます。定めがない場合は請求から7日以内(出所:労働基準法第23条第1項)、請求権の時効は5年です(出所:労働基準法第115条)。
  • 分割や遅れは、規程の定めと本人との合意の内容で扱いが変わります。公的資料で一律の可否は確認できていません。
  • 備えが足りなくても、重すぎても、支払いの場面でつまずきます。
  • 労務の個別判断は、社会保険労務士・弁護士の領域です。

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。退職見込みの一覧をもとに、支払いの時期と資金の動きを一緒に整理します。

\無料相談(30秒で予約)/

社長が守っているのは、ご家族だけではありません。毎日一緒に働く従業員と、そのご家族の暮らしも、社長の肩にかかっています。筆者はそう考えて、必要なものを、必要な分だけ整える相談を心がけています。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。労務の個別判断は社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。

法人保険のご相談

\経営者さま向け 法人保険のご相談/

「社長交代を機に保険を見直したい」「役員・従業員の退職金や福利厚生を整えたい」「万一のときの資金繰りが心配」――会社を守る備えについて、1級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)がお話を伺います。

法人保険の相談を申し込む