社長が「そろそろ会長に退いて、あとは後継者に任せたい」と話す場面があります。

専務や経理担当者は、続けて思います。「社長を退くなら、退職金を出す区切りになるのだろうか。報酬も下がるから、手続きはどうなるのか」。

役員退職金の相談では、こうした「社長から会長になるとき、退職金を出せるのか」というお話をよくいただきます。

この記事では、役員の分掌変更のときに、退職給与として扱える考え方を、国税庁のタックスアンサーと法人税基本通達をもとに整理します。「ここまで下げれば大丈夫」という線を示すものではなく、実態を確かめる3つの項目を、順に解説します。

解説するのは、FP1級の資格を持つ筆者です。

結論

  • 会長になっても、役員の身分は続きます。退職給与として扱えるのは、実質的に退職したと同様の事情があると認められる場合です。
  • 確認する項目は、地位や職務の変化・報酬の激減・経営上主要な地位を占めていないことの3つです。
  • 形だけの分掌変更は認められない恐れがあり、反対に準備不足のまま先延ばしすると、勇退後の資金が不足します。個別の判断は税理士の領域です。

この記事で分かること

  • 会長に退くとき、退職金で迷いやすい3つの場面
  • 分掌変更の退職給与が、形だけでは認められにくい理由
  • 確認する3つのチェック項目と、失敗しやすい場面
  • 今週できる確認チェックリスト
タップできる目次

1. 役員が分掌変更で会長になるときの退職金で迷う3つの場面

迷うのは、会長になる時期、報酬を下げる額、実際の関わり方の3つの場面です。順に見ていきます。

1-1. 社長を退く時期に、退職金を出す区切りにしたい

社長が代表権を後継者に譲り、会長になる時期は、ひとつの区切りです。長年の功労に報いたいという気持ちから、このときに退職金を出したいと考える会社は少なくありません。

ただ、会長は引き続き役員です。役員の身分が続くため、退職したと言えるのかが論点になります。

1-2. 報酬を下げれば足りると考えてしまう

退職金を出すなら、報酬も下げたほうがよいだろうと考えて、金額だけ調整する場面があります。

たとえば、社長が「報酬を大きく減らせば大丈夫」と考え、専務が数字だけを整えたとします。しかし、通達は、地位や職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情があるかを見ます。(出所:国税庁タックスアンサーNo.5203、法人税基本通達9-2-32)

1-3. 会長になっても、実際の関わり方が変わらない

会長になった後も、社長が日々の経営判断を続け、取引先や金融機関への窓口も変わらない会社があります。

この場合、肩書は変わっても実態が変わっていないと見られる恐れがあります。

要するに、時期の区切り・報酬の調整・実際の関わり方の3つで、退職金の可否が分かれやすくなります。

2. 分掌変更の退職金が、形だけでは認められにくい理由

認められにくい理由は、役員の身分が続くことと、実態で判断されることの2つです。整理します。

2-1. 役員のままなので、退職が自明ではない

役員が分掌変更で会長になったときは、役員の地位が続いているため、退職給与として扱えるかは通達の要件で判断されます。(出所:法人税基本通達9-2-32)

国税庁のタックスアンサーNo.5203にも、分掌変更の後もその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる場合は除かれる旨が示されているとされます。

2-2. 肩書や報酬の数字より、実態が見られる

税理士の解説では、肩書の変更や報酬の減少といった外形だけでなく、以前の経営上の地位が実際に失われているかが重視されると指摘されています。

裁決の紹介例では、元代表者が退任の前と同じ業務を続けていたことから、実質的な退職の事実がないとされたものがあります。(出所:裁決の紹介記事。個別の内容は専門家へ)

要するに、役員の身分が続くため、肩書や報酬の数字より、実態が確かめられます。

3. 役員の分掌変更で退職金を出せるかを確かめる3つのチェック項目

確かめる項目は、実質的な退職と同様の事情・報酬の激減・経営上主要な地位を占めていないことの3つです。まず表で整理します。

チェック項目 見られる点 確認の仕方
1. 実質的に退職したと同様の事情 役員の地位や職務の内容が激変したか 分掌変更の前後で、担当する業務と決裁を書き出す
2. 報酬の激減 分掌変更の後の報酬が、前に比べて大きく減ったか 金額の目安だけで判断せず、地位・職務の変化とあわせて見る
3. 経営上主要な地位を占めていない 代表権・実質的な決裁権・株主としての立場などが残っていないか 役職・権限・株式の保有を整理する

(出所:国税庁タックスアンサーNo.5203、法人税基本通達9-2-32)

3-1. 項目1|実質的に退職したと同様の事情があるか

通達の例として、常勤の役員が、代表権を持たず経営上主要な地位にもない非常勤役員になった場合や、取締役が監査役になった場合などが紹介されています。(出所:法人税基本通達9-2-32の解説)

ただし、どれも、実質的に経営の主要な地位を占める者や、一定の株主などは除かれると説明されています。例に当てはまるかではなく、実態として何が変わったかを確かめます。

3-2. 項目2|報酬が激減しているか

分掌変更の後の給与が前に比べて激減したことも、確認される事情のひとつです。(出所:法人税基本通達9-2-32)

数値の目安を示す解説もありますが、それだけで足りるとは言えません。報酬が下がっていても、経営上主要な地位が残っていれば、対象から除かれます。

報酬を期の途中で下げる場合は、役員報酬の損金算入の要件にも注意が必要です。(出所:法人税法第34条第1項第1号。期中の減額の細部は税理士)

3-3. 項目3|経営上主要な地位を占めていないか

分掌変更の後も、その法人の経営上主要な地位を占めていると認められる場合は、対象から除かれます。(出所:国税庁タックスアンサーNo.5203)

代表権の有無だけでなく、実際の決裁、取引先や金融機関との関係、株式の保有の状況が、あわせて見られます。

支給についても、退職給与として実際に支払うことが前提で、未払金として残す扱いは原則として認められないとの解説があります。支払う時期と方法は、顧問税理士と事前に確認します。

この記事では要点に絞って解説しました。全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

【まるっと解説】勇退退職金の準備|社長のセカンドライフ5つの手順

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要するに、事情・報酬・主要な地位の3つを、肩書ではなく実態で確かめます。

4. 分掌変更の退職金で起きやすい失敗|削りすぎと過剰

準備を先延ばしにして資金が足りなくなる失敗と、形を整えすぎて無理をする失敗の、両方があります。対にして見ます。

4-1. 削りすぎ|準備が足りず、勇退後の資金が不足する

  • 場面1:たとえば、社長が「会長になる時期は後で考える」と先送りしたとします。退職金の財源が整わないまま、会長になる日が来て、支払いの資金が足りません。
  • 場面2:たとえば、規程や株主総会の準備をしないまま、分掌変更の日を迎えたとします。金額と根拠を示す資料がなく、判断が遅れます。規程の整え方は、役員退職金の規程が未整備のときの進め方の記事で整理しています。

4-2. 過剰|形だけを整えて、実態が伴わない

  • 場面1:たとえば、社長が肩書だけ会長に変え、日々の決裁を続けたとします。実質的な退職と認められず、退職給与として損金にならない恐れが出ます。
  • 場面2:たとえば、退職金を出すために、報酬を急に大きく下げたとします。社長ご本人の生活設計に影響し、後継者との関係にも負担が出ます。

どちらも、「いつ、誰が、何を担当するか」を先に決めておくと防ぎやすくなります。

要するに、先延ばしによる資金不足も、形だけの分掌変更も、避けたい失敗です。

5. 今週できる分掌変更の確認チェックリスト

今週できることは、役割の整理と、専門家への質問づくりの2つです。

  • 会長になった後の担当業務と、決裁の範囲を書き出した
  • 代表権・株式の保有・取引先との窓口を整理した
  • 報酬の変更を、期のどの時点で行う予定か確かめた
  • 退職金を支払う時期と財源を、メモにした
  • 顧問税理士に尋ねる質問を、3つ作った

あわせて読みたい記事です。

6. 役員の分掌変更と退職金に関するよくある質問

Q1. 社長から会長になれば、退職金を出せますか。

肩書の変更だけでは足りません。役員の地位や職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情があると認められるかが問われます。分掌変更の後も経営上主要な地位を占めていると認められる場合は、対象から除かれます(出所:国税庁タックスアンサーNo.5203、法人税基本通達9-2-32)。個別の判断は税理士にご確認ください。

Q2. 報酬を半分にすれば、退職金は認められますか。

そうとは言えません。報酬の激減は確認される事情のひとつにすぎず、それだけで足りるわけではありません。経営上主要な地位を占めていないこと、実質的な退職と同様の事情があることも、あわせて見られます。数字だけで判断せず、実態を税理士と確認してください。

Q3. 取締役から監査役になる場合は、どうなりますか。

通達の例として、取締役が監査役になった場合が挙げられていると紹介されています。ただし、経営上主要な地位を占めていると認められる者などは除かれます(出所:法人税基本通達9-2-32の解説)。監査役の名称を使いながら、実際は以前と同じ経営判断をしていると、認められない恐れがあります。

Q4. 名ばかりの会長で、実際は経営を続けている場合はどうなりますか。

実質的に退職したと同様の事情がないと見られ、退職給与として損金にならない恐れがあります。裁決の紹介例でも、退任前と同じ業務を続けていたことなどから、実質的な退職の事実が認められなかったものがあります。個別の事情は税理士にご相談ください。

Q5. 分掌変更のときに決めた退職金を、未払金にしておいてもよいですか。

退職給与として支給したものであることが、要件の一部として説明されています。未払金などとして残す扱いは原則として認められない、との解説があります。実際に支払う時期や方法は、顧問税理士と事前に確認してください。

Q6. 否認されたら、どうなりますか。

退職給与として損金に算入できない恐れがあり、役員への支給が給与や賞与の扱いになる可能性も解説されています。受け取る側の所得の区分にも影響しうるため、支給の前に税理士へ確認することが大切です。

7. まとめ

この記事のまとめ
  • 分掌変更で退職給与として扱えるのは、実質的に退職したと同様の事情があると認められる場合です(出所:国税庁タックスアンサーNo.5203、法人税基本通達9-2-32)。
  • 確認する項目は、実質的な退職と同様の事情・報酬の激減・経営上主要な地位を占めていないことの3つです。
  • 報酬の数字だけでは判断できません。先延ばしも、形だけの分掌変更も、失敗のもとです。
  • 退職給与に当たるかなど、税務の個別判断は税理士の領域です。

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筆者は、社長にとっての「その時」は突然訪れるとは限らず、勇退の日もそのひとつだと考えています。長年会社を支えてきた社長が、準備した財源で次の暮らしに進めるよう、数字に載らない想いも伺いながら一緒に整理します。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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