決算の打ち合わせで、顧問税理士が試算表を見ながら言います。「今期は勇退退職金を計上する予定でしたね。損益はかなり動きますよ」。

社長は「退職金は費用になるのだから、会社にとっては悪い話ではないだろう」と受け止めます。ところが、経理担当者は別のことを気にしています。「損益は下がっても、通帳から出ていくお金は減りません。金融機関への説明も要ります」。

役員退職金は損金になる支払いですが、損金になることと、会社への影響が小さいことは同じではありません。

この記事では、勇退退職金の支払いが決算や事業計画にどう響くかを、3つの視点で整理します。

解説するのは、FP1級の資格を持つ筆者です。

結論

  • 退職金は、条件を満たせば損金になりますが、勇退時の財務状況によって決算や事業計画への影響は変わります。
  • 確かめる視点は、決算書の数字・手元の資金・事業計画と外部への説明の3つです。
  • 見込みが粗いと、決算が急に赤字になったり、資金が足りなくなったりします。税務の個別判断は税理士の領域です。

この記事で分かること

  • 退職金の支払いが決算に響く3つの場面
  • 損金になる安心感が、見落としを生む理由
  • 決算・資金・計画の3つの視点で確かめる方法
  • 見積もりが粗い場合と、重く構えすぎる場合の失敗場面

1. 勇退退職金が決算と事業計画に影響する3つの場面

影響は、決算を締める場面・資金を動かす場面・計画を説明する場面の3つに出ます。それぞれ見ていきます。

1-1. 決算で、損益が大きく動く

退職金は、決議等で金額が確定した日の属する事業年度の損金になるのが原則です。(出所:法人税基本通達9-2-28)

たとえば、順調に利益が出ている期に、大きな退職金が一度に損金として立ったとします。その期の損益は大きく下がり、場合によっては赤字になります。

赤字は、取引先や金融機関が会社を見る目に影響します。

1-2. 資金が、損益の動きより先に出ていく

損金は帳簿上の費用で、現預金が出ていくのは支払いの日です。

たとえば、決議の時点で金額が確定して損金に立ち、支払いは翌期という場合があります。決算書の数字だけを見ていると、実際の資金の動きを読み違えます。

利益が減れば納める税金も減りますが、退職金そのものを払う資金は、別に用意する必要があります。

1-3. 勇退後の事業計画と、外部への説明が変わる

退職金の支払いのあとは、後継者の体制で事業計画を回します。

退職金の支払いで自己資本が薄くなったり、手元資金が減ったりすると、新体制の投資や採用の計画に影響します。金融機関から、支払いの影響と今後の見通しを問われることもあります。

事前に説明できる材料があると、話し合いが落ち着いて進みます。

要するに、決算の損益・資金の動き・勇退後の計画説明の3つに、退職金の影響が出ます。

2. 損金になる安心感が、見落としにつながる理由

見落としが生じるのは、損金という言葉の安心感と、勇退時の状況が読めないことの2つが理由です。順に説明します。

2-1. 「損金になる」で話が終わってしまう

役員退職給与は、不相当に高額な部分を除いて損金になります。(出所:法人税法第34条第2項)

この一文だけを聞くと、「費用になるのだから問題ない」と受け取りがちです。

ところが、損金になるのは税務上の扱いの話で、資金の用意や決算の見え方は別の問題です。損金になるかどうかと、会社が耐えられるかどうかは、別々に確かめます。

2-2. 勇退時の財務状況は、直前まで読めない

退職金の支払いが会社に与える影響は、その時点の利益、借入金、現預金で変わります。

勇退の数年先の財務状況は、見通しにくいものです。業績が好調なうちは問題が表に出ず、数字が悪くなってから気づくと、選べる手段が減っています。

直前の数字だけでなく、複数の状況を想定して試算しておくと、見落としが減ります。

要するに、損金になるという安心感と、将来の財務状況の読みにくさが、影響の見落としを生みます。

3. 勇退退職金の影響を確かめる3つの視点

決算書の数字・手元の資金・事業計画と外部への説明の3つの視点で、順に確かめます。全体を表にまとめます。

視点 見るもの 主に確認する人
1. 決算書の数字 退職金を計上する期の損益、純資産、損金になる時期 税理士・経理担当者
2. 手元の資金 支払いの時期、現預金、借入れの余力 経理担当者・金融機関
3. 事業計画と説明 勇退後の投資・採用の計画、金融機関への説明 社長・後継者

3-1. 視点1|決算書の数字に当てはめる

まず、顧問税理士と一緒に、退職金を計上した場合の決算書を試算します。

見るのは、その期の損益、純資産の増減、そして損金になる事業年度です。決議の日が決算期をまたぐかどうかで、どの期に費用が立つかが変わります。(出所:法人税基本通達9-2-28)

試算は、業績が良い場合と悪い場合の2通りで行います。幅で見ておくと、勇退の年の状況に合わせた判断がしやすくなります。

3-2. 視点2|手元の資金の動きを並べる

次に、支払いの時期と資金の動きを、月単位の表に並べます。

決議から支払いまでの間に、納税、賞与、設備の支払いが重なると、資金が薄くなる月が見つかります。

支払いの原資に、法人契約の保険の解約返戻金を充てる場合は、それを受け取る年度の益金になります。(出所:法人税法第22条第2項)退職金の損金と、解約返戻金の益金が同じ期に重なるかどうかで、損益の見え方が変わります。

保険料の損金算入の区分については、法人保険の見直しと損金算入の区分で整理しています。

3-3. 視点3|事業計画と外部への説明を用意する

最後に、勇退後の事業計画と、金融機関などへの説明を用意します。

退職金の支払いのあとに、新体制が予定している投資や採用が実行できるかを確かめます。

金融機関には、退職金を払う予定の時期、原資、払ったあとの資金繰りを、簡単な資料にして伝えます。早めに伝えると、相談の選択肢が残ります。

進め方は、次の順が目安です。

  1. 顧問税理士に、退職金を計上した場合の決算を2通りで試算してもらいます。
  2. 経理担当者が、支払い月を含む1年分の資金の動きを並べます。
  3. 後継者と、勇退後の投資と採用の計画への影響を話し合います。
  4. 金融機関に伝える内容を、簡単な資料にまとめます。

この記事では要点に絞って解説しました。全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

【まるっと解説】勇退退職金の準備|社長のセカンドライフ5つの手順

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要するに、決算書・資金・計画の3つを順に当てはめると、影響の大きさが見えてきます。

4. 決算と事業計画への影響で起きやすい失敗

失敗は、影響を軽く見積もる場合と、重く構えすぎる場合の両方にあります。場面を対にして見ます。

4-1. 軽く見積もって、備えが足りない場面

  • 損金だから問題ないと考える:たとえば、社長が「費用になるから会社は困らない」と考えたとします。支払い月に資金が足りず、経理担当者が慌てて借入れを相談することになります。
  • 赤字の見え方を想定していない:たとえば、勇退の期に大きな損金が立ち、決算が赤字になったとします。金融機関から理由を問われ、経理担当者が急ぎで説明資料を作ることになります。
  • 後継者の計画を考えていない:たとえば、社長が退職金の額だけを決めたとします。後継者が、就任後の投資や採用を見合わせざるを得なくなります。

4-2. 重く構えすぎて、平時が窮屈になる場面

  • 最悪の状況に合わせて備えすぎる:たとえば、社長が最も悪い業績を前提に、毎期の積み立てを大きくしたとします。平時の資金繰りが苦しくなり、賞与や設備更新が後回しになります。
  • 決算の見栄えを優先して時期を動かす:たとえば、決算の数字を整えるために、決議の時期を無理に動かしたとします。社長の暮らしの計画や後継者の準備とずれが生じます。

幅で試算し、毎年の決算期に見直すと、軽く見すぎることも重く構えすぎることも避けやすくなります。

要するに、損金になることに頼りすぎても、最悪を想定しすぎても、会社の動きが硬くなります。

5. 今週できる決算への影響のチェックリスト

次の5項目を、今週のうちに確かめます。

  • 直近の決算書で、利益・純資産・現預金・借入金の4つの数字を1枚に並べましたか。
  • 勇退を考えている期に、退職金を計上した場合の決算を、顧問税理士に試算してもらう日を決めましたか。
  • 支払いが想定される月の前後で、納税や賞与の予定を確かめましたか。
  • 金融機関に説明する場合の窓口と、伝える内容の担当を決めましたか。
  • 後継者と、勇退後の投資・採用の計画を話す場を決めましたか。

あわせて読みたい

要するに、決算書・税理士の試算・支払い月・金融機関への説明・後継者との対話の5点を、今週のうちに押さえます。

6. よくある質問

Q1. 退職金は損金になるので、決算には悪い影響はありませんか。

損金になることと、決算や資金繰りへの影響が小さいことは別の話です。損益が下がったり、赤字になったりする場合があります。事前に顧問税理士に試算してもらいます。

Q2. 退職金は、どの事業年度の損金になりますか。

原則として、株主総会の決議等で金額が確定した日の属する事業年度です。(出所:法人税基本通達9-2-28)個別の事情は、顧問税理士に確認してください。

Q3. 退職金がどれだけ高くても、全額が損金になりますか。

不相当に高額な部分は、損金になりません。(出所:法人税法第34条第2項)在任期間、退職の事情、同種同規模の法人の支給状況を踏まえて判断されます。

Q4. 保険の解約返戻金を退職金の原資にすると、決算はどうなりますか。

法人が受け取る解約返戻金は、益金として扱われます。(出所:法人税法第22条第2項)退職金の損金と同じ期に重なるかどうかで損益が変わるため、時期は税理士と相談して決めます。

Q5. 金融機関には、退職金の支払いをいつ伝えればよいですか。

時期が決まってから、あるいは決まる前の目安の段階で伝えると、相談の選択肢が残ります。支払いの時期、原資、払ったあとの資金繰りの3点を簡単な資料にして、伝えます。

Q6. 後継者に引き継ぐ事業計画に、退職金の影響はどう反映しますか。

支払いの時期と額を前提に、勇退後の投資と採用の計画を組み直します。後継者と社長が同じ数字を見ながら話し合うことが大切です。

7. まとめ

この記事のまとめ
  • 退職金は、条件を満たせば損金になりますが、勇退時の財務状況で決算や事業計画への影響は変わります。
  • 確かめる視点は、決算書の数字・手元の資金・事業計画と外部への説明の3つです。
  • 損金になる時期は、原則として決議等で金額が確定した日の属する事業年度です(出所:法人税基本通達9-2-28)。
  • 見積もりは幅で行い、毎年の決算期に見直します。個別の税務判断は税理士の領域です。

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筆者は、社長にとっての『その時』は突然訪れるとは限らず、勇退の日もそのひとつだと考えています。長年会社を支えてきた社長が、準備した財源で安心して次の暮らしに進めるよう、数字に載らない想いも伺いながら一緒に整理します。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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