自社株と事業用の資産を後継者が継ぐ家庭で、ふと話題になる場面があります。「長男が会社を継ぐのは分かる。でも、私たち兄弟の取り分はどうなるのだろう」。

社長に急なことがあれば、相続人どうしで話し合うことになります。経理担当者は会社の預金を知っていても、それが相続人の話し合いに使えるお金かどうかは、別の問題です。この記事は、その悩みに、一般的な制度と法人保険の使い方を順に整理します。

この記事では、後継者以外の相続人への現金を用意する考え方を、悩み・制度・メリット・得られる未来の順に解説します。解説するのは、1,100名以上のご相談を受けてきたFP1級の筆者です。

結論

  • 後継者以外の相続人への備えは、遺留分への対応と代償分割の代償交付金が中心で、どちらも現金が要る場面です。
  • 死亡退職金で後継者に現金を用意できれば、現金で解決できる選択肢が増えます。ただし、規程・決議・限度といった条件が前提です。
  • 備えが足りなくても、重すぎても、家族と会社の負担になります。個別の判断は弁護士・税理士の領域です。

この記事で分かること

  • 後継者に現金がなくて困る3つの場面
  • 見落とされやすい2つの理由
  • 遺留分・代償交付金の一般的な制度と、3つの注意点
  • メリットと、備え不足・備えが重すぎる場合の失敗
  • 描ける未来と、今週できる確認チェックリスト

1. 代償交付金と遺留分の資金で悩む3つの場面

悩みは、後継者に偏った相続・請求の現金・話し合いの停滞の3つの場面で起きます。順に見ます。

1-1. 財産の大半が自社株で、分けようがない

社長の財産の中心が自社株や事業用の資産だと、後継者が継ぐ分が大きくなり、他の相続人に渡せる財産が少なくなります。

経営に必要な株や工場を分けると、会社が回らなくなります。

1-2. 遺留分の請求を受けて、現金が要る

兄弟姉妹以外の相続人には、最低限の取り分である遺留分があります。(出所:民法第1042条。兄弟姉妹には遺留分はありません)

遺留分を侵害された相続人は、遺留分侵害額請求ができ、これは金銭で請求されます。(出所:民法第1046条)後継者に現金がなければ、支払いに窮します。

1-3. 代償分割をしたいが、代償交付金が出せない

後継者が事業用の財産を引き継ぎ、代わりに他の相続人へ現金を渡す方法を、代償分割といいます。その現金が代償交付金です。

話はまとまっても、後継者の手元に現金がなければ、実行できません。

要するに、財産の偏り・請求の現金・代償の現金が、後継者の悩みの中身です。

2. 他の相続人への備えが見落とされやすい2つの理由

見落とされる理由は、家族の話は先送りされやすいことと、会社の資金と個人の現金が別であることの2つです。

2-1. 家族の話し合いは、元気なうちは後回しになる

社長が元気なうちは、相続の話を切り出しにくいものです。後継者も、他の相続人の気持ちを聞きにくく感じます。

話題にしないまま時間が過ぎると、万一のときに初めて、現金が足りないと分かります。

2-2. 会社に資金があっても、後継者の現金ではない

決算書で会社の預金が見えていても、後継者個人が他の相続人へ払える現金とは別です。

会社の資金を個人へ渡すには、規程や株主総会の決議などの手続きが要ります。

要するに、先送りされる話と、分かれた財布が、備えを遅らせます。

3. 死亡退職金で相続人への現金を整える一般的な制度と3つの注意点

一般的な制度は、法人が死亡保険金を受け取り、規程と株主総会の決議にもとづき、死亡退職金を後継者へ支給して現金を用意する流れです。全体を表で整理します。

場面 一般的な制度 条件・手続き
遺留分への対応 遺留分侵害額請求は金銭で請求(民法第1046条) 兄弟姉妹に遺留分はない(民法第1042条)。個別の判断は弁護士
代償分割 後継者が他の相続人へ代償交付金を支払う 相続人全員の合意が前提。税務は税理士
原資の用意 法人が保険金を受け取り、死亡退職金として後継者へ支給 保険金は法人の益金(法人税法第22条第2項)。規程と株主総会の決議(会社法第361条第1項)

注意点は、次の3つです。

  1. 受取人と規程を確かめます。死亡退職金は、規程で受給権者の範囲・順位を定める方法があります。規程などに別段の定めがない場合、亡くなった方の相続人(民法の一般原則による遺産相続人)が受給権者になると整理する行政の解釈例規があります(出所:労働省の解釈例規 昭和25年7月7日 基収1786号)。ただし、規程で別の範囲・順位を定めていれば、その定めが優先される例があります。役員の場合や会社の事情によって扱いが変わることもあるため、弁護士・税理士に確認してください。(出所の例:最高裁判所 昭和55年11月27日判決)受け取った死亡退職金について、他の相続人から特別受益や遺留分の算定の場面で主張されることもあります。
  2. 金額の考え方を整理します。不相当に高額な部分は損金になりません。在任期間・退職の事情・同種同規模法人の支給状況を踏まえます。(出所:法人税法第34条第2項、同法施行令第70条第2号)
  3. 相続税の対象の期間を確かめます。死亡後3年以内に支給が確定した死亡退職金が対象で、非課税の限度は500万円×法定相続人の数です。相続人以外が受け取る分は対象外です。(出所:相続税法第3条第1項第2号、第12条第1項第6号)

保険料の損金算入は、2019年(令和元年)の通達改正後の扱いで、契約の種類により異なります。経理処理は税理士の領域です。

受取人の考え方は死亡退職金の非課税枠と受取人を決める判断軸で解説しています。

この記事では要点に絞って解説しました。全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

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要するに、遺留分・代償交付金・原資の3つを、規程と金額の注意点と合わせて見ます。

4. 相続人への現金を死亡退職金で整えるメリットと失敗場面

メリットは、現金で解決できる選択肢が増えることです。条件を満たしたうえでの話で、備えが足りなくても重すぎても失敗になります。

4-1. メリットと、その条件

  • 代償交付金や遺留分の支払いに、現金を充てやすくなる:後継者が死亡退職金を受け取れた場合です。受け取りには、規程と株主総会の決議が前提です。
  • 自社株や事業用の資産を分けずに済む選択肢が残る:現金で調整できるためです。ただし、相続人全員の合意が要ります。
  • 非課税枠を使える場合がある:限度は500万円×法定相続人の数で、相続人以外の受取分は対象外です。(出所:相続税法第12条第1項第6号)

目的は、税負担を軽くすることではなく、必要な場面で現金を用意できるようにすることです。被相続人の退職に基づいて支給されるものか、受け取る人が相続人かなど、個別の要件は税理士に確認してください。

4-2. 備えが足りない場面

  • 規程がなく、受取人の範囲が決まっていない:社長に万一があったあと、後継者が現金を受け取れるのかを巡り、相続人どうしの話が止まります。
  • 後継者に現金の備えを伝えていない:遺留分の請求を受けたとき、後継者が現金の出どころを自力で探すことになります。
  • 他の相続人の気持ちを聞いていない:現金を用意しても、話し合いがまとまらないことがあります。

4-3. 備えが重すぎる場面

  • 保険料を重ねて持ちすぎる:経理担当者が月末の資金表を見ると、運転資金が細り、賞与や設備の投資を控える状態になります。
  • 後継者への金額を大きくしすぎる:不相当に高額な部分は損金にならず、他の相続人との不公平感も生みます。(出所:法人税法第34条第2項)

金額は、毎年の決算の数字と家族の状況を見ながら、税理士・弁護士と見直します。

要するに、メリットは条件つきです。削りすぎも、重ねすぎも避けます。

5. 法人保険で描ける未来と今週できる確認チェックリスト

備えが整うと、家族間の話し合いを現金の不足で止めにくくなるという選択肢が残ります。断定はできませんが、描きやすくなる未来は次のとおりです。

  • 後継者が、現金の見通しを持って、他の相続人と向き合いやすくなります。
  • 自社株や事業用の資産を分けずに、事業を続けるという選択肢を残せます。
  • 経理担当者が、会社の資金と家族の話し合いの両方を、日程に沿って支えやすくなります。

いずれも、規程・決議・家族の合意・資金繰りの条件が整っていることが前提です。保険に入ること自体が目的ではありません。

今週は、次の5つを確認してください。

  • 相続人になる人を書き出し、遺留分がある人とない人を分けた。
  • 財産のうち、自社株・事業用の資産・現金の割合を見た。
  • 役員退職慰労金規程と弔慰金規程に、受取人の範囲と順位があるか確かめた。
  • 保険料と運転資金のバランスを、経理担当者と見た。
  • 弁護士・税理士に、遺留分と損金算入の扱いを聞く予定を入れた。

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6. 代償交付金と遺留分の資金に関するよくある質問

Q1. 遺留分侵害額請求は、現金で払うのですか。

はい、金銭で請求されます。(出所:民法第1046条)2019年7月1日施行の改正で、「減殺請求」から「侵害額請求」になりました。個別の対応は弁護士に確認してください。

Q2. 兄弟姉妹にも遺留分はありますか。

兄弟姉妹に遺留分はありません。(出所:民法第1042条)誰が相続人になるかで扱いが変わるため、家族の構成を整理して専門家に確認します。

Q3. 代償分割とは何ですか。

後継者が事業用の財産を引き継ぎ、代わりに他の相続人へ現金(代償交付金)を支払う分け方です。相続人全員の合意が前提で、税務の扱いは税理士に確認してください。

Q4. 会社が受け取った死亡保険金は、後継者の現金になりますか。

そのままではなりません。法人が受け取る死亡保険金は会社の益金です。(出所:法人税法第22条第2項)後継者に渡すには、規程と株主総会の決議にもとづく死亡退職金などの手続きが要ります。(出所:会社法第361条第1項)

Q5. 死亡退職金を受け取るのは、後継者でないといけませんか。

受取人は規程で定める方法があります。規程などに別段の定めがない場合、亡くなった方の相続人(民法の一般原則による遺産相続人)が受給権者になると整理する行政の解釈例規があります(出所:労働省の解釈例規 昭和25年7月7日 基収1786号)。ただし、規程で別の範囲・順位を定めていれば、その定めが優先される例があります。役員の場合や会社の事情によって扱いが変わることもあるため、弁護士・税理士に確認してください。

Q6. 死亡退職金は、いつまでに決まれば相続税の対象ですか。

死亡後3年以内に支給が確定したものが対象です。(出所:相続税法第3条第1項第2号)納付の期限との関係は、顧問税理士に確認します。

7. まとめ

この記事のまとめ
  • 悩みは、遺留分の請求と代償交付金に必要な、後継者の手元の現金です。
  • 一般的な制度は、法人が保険金を受け取り、規程と決議にもとづき死亡退職金を支給する流れです。
  • メリットは現金で解決できる選択肢が増えることで、条件は規程・決議・限度・家族の合意です。
  • 備えが足りなくても、重すぎても失敗です。個別の判断は弁護士・税理士の領域です。

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。後継者の方と家族、会社の資金の状況をもとに、備えの全体像を一緒に整理します。

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筆者は、法人保険の相談で、決める社長ご本人と最初から向き合うことを大切にしています。正しい説明だけでなく、社長ご自身が納得して選べるようになることを目指して、お話を伺っています。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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