創業以来、社長が自社株の大部分を持ち続けてきた会社があります。株主名簿を開くと、社長の名前がほぼ全体を占めています。

社長にとっては、これが一番すっきりした姿です。意思決定が早く、株主総会の根回しも要りません。専務や経理担当者も、それが当たり前だと思っています。

ところが、社長に万一があった瞬間、その株は一度に相続の話し合いの対象になります。社長に集中していた分だけ、動くときの影響も大きくなります。

この記事では、自社株の大部分を社長が保有している会社が、相続で気をつけたい4つの落とし穴を整理します。解説するのは、FP1級の資格を持つ筆者です。

結論

  • 社長に集中した自社株は、遺産分割協議と遺留分侵害額請求を通じて、事業に関わらない相続人に分かれる可能性があります。
  • 落とし穴は、株の分かれ方・金銭の請求・議決権の分散・買取資金の不足の4つです。
  • 備えは、後継者に株を集める道筋と、そのために必要な資金を、早めに見立てておくことです。税務や法律の個別判断は専門家の領域です。

この記事で分かること

  • 自社株が社長に集中している会社で起きやすい3つの場面
  • 集中していることが、かえって見えにくくする理由
  • 4つの落とし穴と、避けるための進め方
  • 備えが足りない場合と、重すぎる場合の対比
タップできる目次

1. 自社株を社長が大半保有する会社で起きやすい3つの場面

社長に株が集中していると、話し合いの席・請求の場面・資金の場面で影響が出ます。順に見ていきます。

1-1. 相続人が集まる席で、株の行き先が決まらない

社長が亡くなると、自社株は相続財産として、相続人全員で分け方を話し合うことになります。

誰がどれだけ受け継ぐかが決まるまで、株は相続人の間で宙に浮きます。その間、会社の意思決定がしにくくなる場合があります。

たとえば、後継者の長男と、別の仕事をしている次女がいる家庭を考えます。話し合いで「公平に半分ずつ」という意見が出ると、事業に関わらない人が大きな持ち分を持つ可能性が出てきます。

1-2. 遺言があっても、金銭の請求が届くことがある

社長が「株は全て後継者に」と遺言を残していても、他の相続人には遺留分があります。ただし、兄弟姉妹には遺留分がありません。(出所:民法第1042条)

遺留分を侵害された相続人は、金銭で請求できます。(出所:民法第1046条)2019年7月1日施行の改正で、旧来の「減殺請求」は「侵害額請求」に変わりました。

つまり、株そのものを返すのではなく、金銭で解決する形です。後継者や会社は、その金銭を用意する必要が出てきます。

たとえば、株を全て長男に残す遺言があったとします。次女から請求を受けた長男が、自分の貯えを超える支払いを求められる場面です。

1-3. 買い取りたくても、資金が間に合わない

後継者に株を集めるために、他の相続人の持ち分を買い取る方法があります。

買い取りには資金が必要で、価格は株の評価によって左右されます。後継者の個人資金で足りなければ、会社が買い取る方法を考えることになります。

ただ、会社が自社株を買い取れる額には上限があります。(出所:会社法第461条)資金の準備は、相続が起きてからでは間に合いません。

要するに、話し合い・金銭の請求・買取資金の3つの場面で、社長への集中が影響を及ぼします。

2. 社長への集中が、備えを遅らせる理由

集中は経営の強みですが、承継の準備では「いま困っていない」ことが備えを後回しにさせます。2つの理由があります。

2-1. 平時は、集中している状態が最も楽に見える

社長が一人で株を持っていると、手続きが少なく、判断も早く済みます。

そのため、株主が増えたときの運営や、相続のときに何が起きるかを、日常の業務の中で意識する機会がありません。

たとえば、経理担当者が株主総会の議事録を作るとき、株主は社長一人だけです。この簡単さが、相続の場面の複雑さを隠してしまいます。

2-2. 家族の気持ちの話が、後回しになる

誰に株を渡すかは、家族の気持ちが絡みます。社長は、子どもたちの間に差をつけることに抵抗を感じる場合があります。

話題にすること自体を避けているうちに、年数が過ぎていくことがあります。

株の話は、家族の納得と切り離せません。早めに社長の考えを書き出しておくと、後継者も他の相続人も、受け止めやすくなります。

要するに、平時の楽さと、家族の話の言い出しにくさが、集中のリスクを見えにくくしています。

3. 4つの落とし穴を避ける考え方と進め方

避けたい落とし穴は、株の分かれ方・金銭の請求・議決権の分散・買取資金の不足の4つです。まず全体を表で整理します。

落とし穴 起きること 考えておくこと
1. 株の分かれ方 遺産分割協議で、株が複数の相続人に分かれる 誰に集めるかを、社長の考えとして整理する
2. 金銭の請求 遺留分侵害額請求で、金銭の支払いを求められる 請求の可能性と、支払いの原資を見立てる
3. 議決権の分散 事業に関わらない人が、議決権を持つ 経営の意思決定への影響を確かめる
4. 買取資金の不足 買い取りたくても、資金が間に合わない 買取の方法と財源を、早めに決める

3-1. 落とし穴1|株の分かれ方を、社長の考えとして整理する

遺産分割協議は、相続人全員の合意が必要な話し合いです。社長の考えが分からないまま始まると、公平さを巡って意見が割れます。

社長は、自社株を誰にどのくらい渡したいか、その理由を文章に残します。遺言の形にするかどうかは、弁護士や司法書士に相談して決めます。

3-2. 落とし穴2|金銭の請求の可能性を見立てる

遺留分侵害額請求は、金銭で請求される制度です。(出所:民法第1046条)

後継者に株を集める計画を立てるときは、他の相続人への配慮も含めて考えます。個別の遺留分の計算は、弁護士の領域です。

請求を受けたとき、支払う原資をどこから出すかを、平時のうちに見立てておきます。

3-3. 落とし穴3|議決権の分散が、経営に与える影響を確かめる

株が分かれると、議決権も分かれます。事業に関わらない人が議決権を持つと、会社の重要な決定に影響する場合があります。

どの決定にどれだけの議決権が必要かは、会社の定款や株の持ち分で変わります。顧問の弁護士や司法書士に、自社の場合を確かめます。

3-4. 落とし穴4|買取資金の不足に、早めに備える

後継者に株を集める方法のひとつが、他の相続人の持ち分を買い取ることです。

会社が買い取る場合、その額は会社の分配可能額が上限です。(出所:会社法第461条)後継者が個人で買い取る場合は、後継者の資金が原資になります。

みなし配当など税務の取り扱いも関わります。詳細は税理士に確認します。税務の個別判断は、税理士の領域です。

買取資金の準備の方法として、承継・相続の資金を法人保険で備える選択肢があります。必要な額を見立てたうえで、会社の資金繰りに負担が出ないかを確かめます。

3-5. 進め方|4つの手順

  1. 株主名簿を確かめる:誰がどれだけ持っているかを、一覧にします。
  2. 社長の考えを書き出す:誰に集めたいか、他の相続人にどう配慮するかを言葉にします。
  3. 必要な資金を見立てる:買取や金銭の請求への備えを、専門家と一緒に試算します。
  4. 財源の方法を比べる:会社の資金繰りの余裕と、財源の選択肢を並べます。

この記事では要点に絞って解説しました。全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

自社株の相続税 納税資金を法人保険で備える視点

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要するに、株の分かれ方・金銭の請求・議決権・買取資金の4つを、社長の考えを軸に順番に見立てます。

4. 自社株の集中で起きやすい失敗|削りすぎと備えすぎ

失敗は、何も用意しない側と、備えを大きくしすぎる側の両方で起きます。対にして見ていきます。

4-1. 備えが足りない場面

  • 考えを残さずに亡くなる:たとえば、社長が「家族は話し合えばまとまる」と考え、遺言も書面も残さなかったとします。相続人の間で意見が割れ、後継者が経営に専念できなくなります。
  • 請求への備えがない:たとえば、社長が株を全て後継者に残す遺言を書いたものの、金銭の請求への備えを考えていなかったとします。後継者は、請求の支払いのために会社の資金を頼ることになります。
  • 買取の財源が見えない:たとえば、専務が買取の話を聞いても、会社の分配可能額や資金の余裕を把握していなかったとします。話が出てから動いても、資金が間に合いません。

4-2. 備えが重すぎる場面

  • 財源を一度に大きく用意する:たとえば、社長が不安から、買取の想定額を高めに見積もり、大きな保険料の契約を結んだとします。平時の資金繰りが苦しくなり、経理担当者が支払いの調整に追われます。
  • 他の相続人の気持ちを置き去りにする:たとえば、社長が法的な備えだけを固め、家族に何も説明しなかったとします。形は整っても、相続人の納得が得られず、関係がぎくしゃくします。

備えの大きさは、社長の考え・想定される請求や買取の規模・会社の資金繰りを並べて決めます。数字と気持ちの両方を、年に一度は見直します。

要するに、何も残さないことも、備えすぎることも避け、会社の体力と家族の納得に合わせて整えます。

5. 今週できる自社株の集中リスクの確認チェックリスト

今週のうちに、次の5項目を確かめます。数字の細かい計算は要りません。

  • 株主名簿を開き、社長の持ち分と他の株主を確かめましたか。
  • 後継者に株を集めたいという社長の考えを、書き出しましたか。
  • 相続人の人数と、事業に関わる人・関わらない人を整理しましたか。
  • 遺言の有無と、遺留分を巡る弁護士への相談の予定を確かめましたか。
  • 買取や金銭の請求が起きた場合の、財源の考え方を話しましたか。

答えにくい項目は、専門家に相談する出発点になります。

あわせて読みたい

6. 自社株の集中に関するよくある質問

Q1. 自社株を社長が大半持っていると、何が問題になりますか。

社長に万一があったとき、遺産分割協議の対象が一度に大きくなります。事業に関わらない相続人に株が分かれる可能性があり、経営の意思決定に影響する場合があります。

Q2. 遺言で株を全て後継者に渡せば、問題は起きませんか。

他の相続人には遺留分があり、侵害額請求を受ける場合があります。ただし、兄弟姉妹には遺留分がありません。(出所:民法第1042条)個別の判断は弁護士に確認してください。

Q3. 遺留分侵害額請求では、株を返すことになりますか。

金銭で請求する仕組みです。(出所:民法第1046条)2019年7月1日施行の改正で「減殺請求」から「侵害額請求」に変わりました。

Q4. 会社が株を買い取るとき、いくらまで可能ですか。

会社が買い取れる額は、分配可能額の範囲内です。(出所:会社法第461条)具体的な額は、決算の内容によって変わるため、税理士に確認してください。

Q5. 株を買い取ると、税金はどうなりますか。

会社に株を譲渡すると、みなし配当の課税が生じる場合があります。(出所:所得税法第25条)詳細は税理士に確認してください。

Q6. 相続の準備は、何歳ごろから始めればよいですか。

年齢で一律には決まりません。株の持ち分や家族の状況が動いたときが、見直しの機会です。まず株主名簿の確認から始めます。

7. まとめ

この記事のまとめ
  • 自社株が社長に集中していると、遺産分割協議と遺留分侵害額請求で、事業に関わらない相続人に株や金銭の請求が及ぶ可能性があります。
  • 落とし穴は、株の分かれ方・金銭の請求・議決権の分散・買取資金の不足の4つです。
  • 会社が買い取れる額は、分配可能額が上限です(出所:会社法第461条)。
  • 備えは、社長の考えを軸に、資金の見立てと財源の方法を、早めに整えることです。個別の判断は専門家の領域です。

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筆者は、法人保険の相談で、決める社長ご本人と最初から向き合うことを大切にしています。正しい説明だけでなく、社長ご自身が納得して選べるようになることを目指して、お話を伺っています。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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