社長に万一があったあと、後継者の専務と顧問の税理士が話す場面があります。「相続人の株を会社で買い取りたい。現金は用意できそうだが、買い取れる上限はどうなるのだろう」。

税理士は、現金と上限は別の話だと説明します。会社に現金が入っても、自社株を買い取れる額の上限である分配可能額が足りなければ、買い取りは進みません。現金と分配可能額の両方を見る必要がある、という悩みです。

この記事では、法人が受け取る保険金や解約返戻金が、納税後の利益を通じて分配可能額にどう関わるのかを、実務の目線で整理します。解説するのは、FP1級の資格を持つ筆者です。

結論

  • 法人が受け取る死亡保険金・解約返戻金は、益金になります(出所:法人税法第22条第2項)。
  • 納税後の利益の蓄積が増えると、その他利益剰余金が増え、分配可能額を広げる方向に働きます。ただし、広がるとは限りません。
  • 見る視点は、益金になること・資産計上分の取り崩し・納税後の利益の蓄積の3つです。税務の個別判断は税理士の領域です。

この記事で分かること

  • 現金と分配可能額の両方が足りない、3つの場面
  • 現金が入っても買取額が広がらない理由
  • 保険金・解約返戻金と分配可能額をつなぐ3つの視点
  • 備えが足りない場合と、重すぎる場合の対比
タップできる目次

1. 自社株買取に必要な現金と分配可能額が足りない3つの場面

悩みは、現金不足・上限不足・時期のずれの3つの場面で現れます。順に見ていきます。

1-1. 現金はあるが、買取の上限に届かない

会社が自社株を買い取るとき、株主に交付する金銭等の総額は、効力発生日の分配可能額を超えてはなりません。(出所:会社法第461条第1項)

たとえば、預金が十分にあっても、分配可能額が小さければ、相続人の希望額に応じられません。

1-2. 上限はあるが、支払う現金が足りない

逆に、分配可能額に余裕があっても、手元の現金が足りなければ、買い取りの代金を払えません。

たとえば、経理担当者が分配可能額だけを見て「買い取れる」と答えたとします。実際には、運転資金や納税の資金と重なり、支払いの時期に資金が足りなくなります。

1-3. 保険金が入る時期と、買取の時期がずれる

保険金が入る前に、相続人から買取の希望が出ることがあります。

入金を待つのか、他の資金で先に払うのか。専務は、時期を見ながら判断を迫られます。

要するに、現金と上限のどちらが足りなくても、買い取りは止まります。時期のずれも重なります。

2. 現金が入っても自社株の買取額が広がらない理由

広がらない理由は、現金と純資産が別の数字であることと、課税後の額で積み上がることの2つです。整理します。

2-1. 入金額と、利益として残る額は同じではない

保険金が入金されると預金は増えますが、分配可能額の基礎になるのは純資産の中身です。(出所:会社法第446条・第461条第2項、会社計算規則)

受け取った保険金は益金です。(出所:法人税法第22条第2項)ただし、資産計上していた額は取り崩すため、純資産に残るのは、受取額から取崩額を引いた差額に、法人税等を引いた後の利益です。

2-2. 会社から出ていくお金もある

社長に万一があった場合は、死亡退職金の支払いなど、会社から出ていくお金も生じます。

入るお金だけを見て上限を見積もると、見立てが大きくずれます。入る額と出る額を並べて、決算のあとの数字を予想します。

要するに、入金額ではなく、納税後に残る利益と、出ていくお金を並べて見る必要があります。

3. 保険金・解約返戻金と分配可能額をつなぐ3つの視点

一般的な制度では、受け取った保険金・解約返戻金は益金になります。益金の先に何があるかを、次の3つの視点で整理します。

視点 内容 条件・留意点
1. 益金になる 死亡保険金・解約返戻金は法人の益金 法人税などの課税対象になり得る
2. 資産計上分の取り崩し 資産に計上していた分を取り崩し、差額が損益 契約の経理処理により異なる。税理士に確認
3. 納税後の利益の蓄積 税引後の利益が、その他利益剰余金を増やす方向に働く 広がるとは限らない。支払いも影響する

3-1. 視点1|受け取った保険金・解約返戻金は益金になる

法人が受け取る死亡保険金や解約返戻金は、益金になります。(出所:法人税法第22条第2項)

入金額がそのまま使えるお金になるわけではありません。受け取った年度の利益が大きく出ると、納税の資金も必要になります。

3-2. 視点2|資産計上分は取り崩し、差額が損益になる

払ってきた保険料のうち、資産に計上していた分は、保険金や解約返戻金を受け取るときに取り崩します。受け取った額と取り崩した額の差額が、損益になります。

保険料の損金算入は、2019年(令和元年)の通達改正後の取扱いで考えます。保険期間3年以上の、最高解約返戻率が50%を超える定期保険・第三分野保険で、2019年7月8日以後に契約したものは、保険料の一部を資産に計上する区分があります(年換算保険料相当額が少額のものなど、対象外もあります)。(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)

この区分に当たるかどうかで、資産計上額と、受け取り時の損益が変わります。契約ごとの扱いは、税理士に確認します。税務の個別判断・経理処理の確定は、税理士の領域です。

3-3. 視点3|納税後の利益の蓄積が、分配可能額に働く

納税後の利益は、貸借対照表の純資産の部で、その他利益剰余金に積み上がります。これが増えると、分配可能額を広げる方向に働きます。(出所:会社法第461条、会社計算規則)

ただし、広がるとは限りません。死亡退職金の支払いや、その年の損益などによって、結果は変わります。決算書で確かめます。

保険金や解約返戻金は、受け取った事業年度の決算が確定してから、剰余金に反映されます。保険金が入ればすぐに買取の上限が広がる、というわけではありません。(出所:会社法第461条第2項)

手順にすると、次のとおりです。

  1. 直近の決算書の純資産の部で、剰余金の欄を確かめる。
  2. 加入中の保険の資産計上額と、受け取り時の損益の扱いを、税理士に聞く。
  3. 保険金・解約返戻金を受け取った場合の、納税額と決算後の剰余金を試算してもらう。
  4. 買取の希望額と、現金・上限の両方を並べて、方針を決める。

この記事では要点に絞って解説しました。全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

【まるっと解説】承継・相続の資金 自社株から貸付金まで7つの視点

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要するに、益金になること・資産計上分の取り崩し・納税後の利益の蓄積の3つを、順に確かめます。

4. 法人保険のメリットと、備え不足・備えが重すぎる失敗

法人保険のメリットは、現金と財源規制の両方に備えやすくなることです。ただし、条件と限度があります。

4-1. メリットと条件

  • 保険金・解約返戻金を受け取れる:保険事由の発生や解約により、保険金や解約返戻金を受け取れます。受け取れる額や時期は契約の内容で決まります。条件は、契約が有効で、請求の手続きを経ることです。
  • 納税後の利益が剰余金に積み上がる:分配可能額を広げる方向に働きます。条件は、納税後の額で見ることと、他の支払いと合わせて決算書で確かめることです。

経営者ご本人が健康状態などで保険に加入できない場合でも、後継者などを被保険者にする考え方があります(被保険者の同意が必要です。出所:保険法第38条)。生前に解約して受け取る解約返戻金も益金(出所:法人税法第22条第2項)で、資産計上分の取崩しとの差額が損益になるため、納税後の利益の蓄積という見方は同じです。ただし、解約すれば保障は失われます。加入を勧めるものではなく、必要な買取の規模と資金繰りを見てから検討します。

4-2. 備えが足りない場面

  • 現金だけで買取を考える:たとえば、社長が預金の額だけを見て「買い取れる」と考えていたとします。分配可能額が足りず、話が止まります。
  • 保険金を全額、上限に加えて見込む:たとえば、専務が入金額をそのまま上限に足したとします。納税後の額で見ていないため、見込みが大きくずれます。
  • 経理処理を確かめていない:たとえば、経理担当者が資産計上分の取り崩しを把握していなかったとします。決算で損益が想定と違い、納税の資金が足りなくなります。

4-3. 備えが重すぎる場面

  • 保険料を重ねて持つ:たとえば、社長が買取の財源を厚くしようと、契約を重ねたとします。毎月の保険料が平時の資金繰りを圧迫します。
  • 分配可能額のために、金額を上乗せする:たとえば、専務が上限を広げる目的だけで保障を増やしたとします。事業の実情に合わない備えが残ります。

税負担の軽減を目的に保険を選ぶことはお勧めしません。必要な買取の規模を決めてから、備えの額を決めます。

要するに、現金と上限の両方に備える利点はありますが、納税後の額で見ることと、保険料の重ねすぎを避けることが条件です。

5. 自社株買取という選択肢を残す未来と、今週できる確認チェックリスト

現金と分配可能額の両方を見る習慣があれば、承継の場面で選択肢を残しやすくなります。

承継の場面で、自社株買取という選択肢を残しやすくなります。ただし、保険金の受け取りが分配可能額を広げるとは限らず、会社の決算と支払いの状況で変わります。

決算書のどこを見るかは、別の記事で整理しています。あわせて読むと、確認の流れがつながります。

  • 買取に必要な現金と、分配可能額の両方を、並べて見ていますか。
  • 加入中の保険の資産計上額と、受け取り時の扱いを、税理士に聞きましたか。
  • 保険金を見込むとき、納税後の額で考えていますか。
  • 死亡退職金など、会社から出ていくお金も並べていますか。
  • 保険料の負担が、平時の資金繰りに響いていませんか。

答えられない項目は、税理士に相談する出発点になります。

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6. 保険金と分配可能額についてよくある質問

Q1. 死亡保険金を受け取ると、分配可能額は広がりますか。

広がる方向に働く場合がありますが、広がるとは限りません。受け取った保険金は益金で(出所:法人税法第22条第2項)、納税後の利益の蓄積が、その他利益剰余金に関わります。死亡退職金の支払いなども影響するため、税理士に試算を頼んでください。

Q2. 解約返戻金を受け取った場合も同じですか。

解約返戻金も益金として扱われます。(出所:法人税法第22条第2項)資産計上していた分は取り崩し、差額が損益になります。契約ごとの扱いは、税理士に確認してください。

Q3. 保険料は、すべて損金になるのですか。

一律にはいえません。2019年の通達改正後は、保険期間3年以上の、最高解約返戻率が50%を超える定期保険・第三分野保険で、2019年7月8日以後の契約について、保険料の一部を資産に計上する区分があります(年換算保険料相当額が少額のものなど、対象外もあります)。(出所:国税庁、法人税基本通達9-3-5の2)養老保険は別の通達で扱われます。個別の判断は、税理士に確認してください。

Q4. 分配可能額は、どうやって確かめますか。

決算書の純資産の部が出発点です。その他資本剰余金・その他利益剰余金などを基礎に算定し、資本金や準備金は含まれません。(出所:会社法第446条・第461条第2項、会社計算規則)算定は顧問の税理士に確認してください。

Q5. 分配可能額を超えて自社株を買い取るとどうなりますか。

株主に交付する金銭等の総額は、効力発生日の分配可能額を超えてはなりません。(出所:会社法第461条第1項)効力発生日の分配可能額を超えて取得すると、業務執行者や株主が、会社に対して交付額に相当する金銭の支払義務を負う場合があります。(出所:会社法第462条)弁護士・税理士に確認してください。

Q6. 自社株買取のために、保険に加入したほうがよいですか。

加入をお勧めする記事ではありません。必要な買取の規模と、会社の資金繰りを見てから、備え方を考えます。税負担の軽減を目的に選ぶものでもありません。

7. まとめ

この記事のまとめ
  • 法人が受け取る死亡保険金・解約返戻金は、益金になります(出所:法人税法第22条第2項)。
  • 資産計上分は取り崩し、差額が損益になります。損金算入は、2019年の通達改正後の区分で税理士に確認します。
  • 納税後の利益の蓄積は、分配可能額を広げる方向に働きます。ただし、広がるとは限りません。
  • 備えが足りない場合も、重すぎる場合も、現金と分配可能額の両方を決算書で確かめて整えます。

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。加入中の保険と決算書をもとに、現金と上限の見立てを税理士と一緒に整理する進め方をお伝えします。

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筆者は、法人保険の相談で、決める社長ご本人と最初から向き合うことを大切にしています。正しい説明だけでなく、社長ご自身が納得して選べるようになることを目指して、お話を伺っています。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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