決算書を前に、経理担当者が手を止める場面があります。貸借対照表の負債に、何年も前から同じ額で残っている「役員借入金」の項目です。

会社が資金に困ったとき、社長が個人の財布から会社へお金を入れた。そのときの処理が、そのまま残っているのです。社長にとっては「会社に貸したお金」ですが、普段は誰も気に留めません。

法人保険の相談では、承継・相続の資金を考える中で、この社長個人から会社への貸付金のお話をいただくことがよくあります。社長に万一があると、この貸付金は思わぬ形で表に出てきます。

この記事では、社長個人から会社への貸付金が相続でどう扱われるのかを、3つの視点で整理します。解説するのは、FP1級の資格を持つ筆者です。

結論

  • 社長が会社に貸しているお金は、社長個人の貸金債権として相続財産に含まれます。
  • 事業に関わらない相続人が、会社に返済を求める可能性があります。
  • 整理の視点は、相続財産としての見え方・返済の能力と時期・契約書と帳簿の裏づけの3つです。税務の個別判断は税理士の領域です。

この記事で分かること

  • 貸付金が相続で問題になる3つの場面
  • なぜ貸付金は見落とされやすいのか
  • 整理する3つの視点と、進め方の手順
  • 備え不足と備え過多、それぞれの失敗場面

1. 社長の貸付金が相続で問題になる3つの場面

社長の貸付金は、決算書の中・遺産分割の席・資金繰りの3つの場面で表に出てきます。順に見ていきます。

1-1. 決算書の「役員借入金」が、長年そのまま残っている

会社の資金が足りない時期に、社長が個人のお金を会社に入れることがあります。その分は、会社の帳簿では役員借入金として処理されます。

返済しないまま年数が過ぎると、決算書には同じ項目が毎年並びます。経理担当者は「社長からの借入れ」と分かっていても、金額の根拠までは把握していないことがあります。

たとえば、後継者が社長の万一のあとに決算書を開き、はじめて役員借入金の大きさに気づく場面です。

1-2. 遺産分割の席で、事業に関わらない相続人が返済を求める

社長が会社に貸していたお金は、社長個人の貸金債権です。社長が亡くなると、この債権は相続財産に含まれます。(出所:財産評価基本通達204)

債権を引き継いだ相続人は、会社に対して返済を求める立場になります。その相続人が事業に関わっていないと、会社の資金繰りの事情は伝わりにくくなります。

たとえば、後継者である長男とは別に、遠方で暮らす相続人がいたとします。遺産分割の話し合いで「会社への貸付金を、現金で分けてほしい」と言われる場面です。

1-3. 返済のために、会社の現預金が急に必要になる

貸付金を現金で受け取りたいという話が出ると、会社は返済の原資を考えなければなりません。

運転資金や納税の資金に回す予定の現預金を、貸付金の返済に充てることになるかもしれません。後継者が就任した直後に資金が細る場面は、経営の立て直しに影響します。

金融機関から借り入れて返済する方法もありますが、その場合は新たな返済負担が生まれます。

要するに、決算書に残る貸付金・相続人からの返済の求め・会社の資金繰りの3つが、貸付金で起きやすい場面です。

2. 社長の貸付金が見落とされやすい理由

見落とされる理由は、会社の数字としては負債の1項目に見えることと、社長個人の財産として数えていないことの2つです。整理します。

2-1. 会社の側では、ただの「借入金」に見える

金融機関からの借入れも、社長からの借入れも、会社の帳簿ではどちらも借入金です。

金融機関には返済日と利息の取り決めがありますが、社長からの借入れには、取り決めが何もないことがあります。取り決めがないと、誰も期限を意識しません。

たとえば、経理担当者が毎月の返済表を作るときに、金融機関の分だけを載せ、社長の分を載せていない会社があります。

2-2. 社長個人の財産一覧に、載せていない

相続の準備で、社長が自分の財産を書き出すとき、預貯金・不動産・自社株は挙がります。

ところが、会社への貸付金は「自分のお金を会社に入れただけ」という感覚で、財産として数えないことがあります。

財産の一覧に載っていないと、相続税の試算にも、遺産分割の見通しにも、入ってきません。後から出てくると、計画全体を組み直すことになります。

要するに、会社の側では借入金の1つ、社長の側では財産の外という二重の見落としが、貸付金を表に出にくくしています。

3. 社長の貸付金を整理する3つの視点と進め方

整理の視点は、相続財産としての見え方・返済の能力と時期・契約書と帳簿の裏づけの3つです。まず全体を表で整理します。

視点 確かめること 主な相談先
1. 相続財産としての見え方 貸付金の残高、相続税の試算への反映 税理士
2. 返済の能力と時期 会社の資金繰りで、返せる額と時期 社長・経理担当者・税理士
3. 契約書と帳簿の裏づけ 貸付の経緯、帳簿と通帳の一致 社長・経理担当者・税理士

3-1. 視点1|相続財産としての見え方を確かめる

社長が会社に貸しているお金は、社長個人の貸金債権として相続財産になります。(出所:財産評価基本通達204)

つまり、社長の財産を書き出すときは、預貯金や自社株と同じ並びに、会社への貸付金も載せます。

相続税の課税上の見え方や、財産全体に占める割合は、会社ごとに違います。個別の評価や申告は税理士の領域です。まずは残高を正確に把握するところから始めます。

3-2. 視点2|返済の能力と時期を見立てる

貸付金が相続財産になるということは、会社が将来、相続人から返済を求められうるということです。

そのため、会社の資金繰りで「いつ・いくらまでなら返せるか」を、平時のうちに見立てておきます。

この見立てには、運転資金・金融機関への返済・納税の資金を並べた、資金繰りの全体像が欠かせません。会社が一度に返せない場合に備えて、返済方法の選択肢を考えておきます。

選択肢の例を、次に示します。

  • 社長の存命中に、会社の余裕資金から少しずつ返済する
  • 返済の原資にあてる財源を、別に用意する
  • 貸付金の扱いを、社長と相続人の間で話し合って決めておく

承継・相続の資金を法人保険で備える方法もありますが、先に資金繰りの全体像を見てから、必要な額を考えます。

3-3. 視点3|契約書と帳簿の裏づけをそろえる

貸付の経緯が曖昧だと、相続人同士で言い分が食い違います。

「いつ、いくら、何のために貸したのか」を、帳簿と通帳で確かめます。金銭消費貸借契約書がない場合も、経緯を書面に残しておくと、後から説明しやすくなります。

契約書の内容や、利息の取り扱いは、税務にも関わります。経理処理の確定は、顧問税理士に確認します。

3-4. 進め方|4つの手順

  1. 残高を確かめる:役員借入金の勘定を、元帳から年ごとに追います。
  2. 経緯を書き出す:貸した時期・理由・返済の約束の有無を、社長に聞いて残します。
  3. 返済の見立てを作る:会社の資金繰りで、返せる額と時期を税理士と試算します。
  4. 相続人との話し合いの場を考える:貸付金の扱いを、社長の考えとして整理します。

手順の順番は、会社の状況で入れ替わっても構いません。まずは残高の確認から始めると、全体が見えます。

この記事では要点に絞って解説しました。全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

自社株の相続税 納税資金を法人保険で備える視点

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要するに、財産としての見え方・返済の見立て・裏づけの書類の3つを、残高の確認から順に整えます。

4. 社長の貸付金で起きやすい失敗|備え不足と備え過多

失敗は、何も整理しない側と、備えを重くしすぎる側の両方向で起きます。対にして見ていきます。

4-1. 備えが足りない場面

  • 貸付金を放置する:たとえば、社長が「会社のお金だから、いずれ精算すればよい」と考え、何も記録を残さなかったとします。万一のあと、相続人が貸付金の額を巡って対立し、後継者は説明に追われます。
  • 返済の原資を考えていない:たとえば、社長が貸付金の残高を知っていても、返済の見立てを立てていなかったとします。相続人から返済を求められ、経理担当者は支払いの資金を探すことになります。
  • 経理担当者が気づいても、言い出せない:たとえば、経理担当者が役員借入金の大きさに気づいていても、社長に確認する機会がなかったとします。気づいた人から社長へ確認できる場が、平時のうちにありません。

4-2. 備えが重すぎる場面

  • 急いで全額を返済する:たとえば、社長が「相続に備えて、貸付金を早く返してもらおう」と、会社の現預金を一度に引き出したとします。運転資金が細り、経理担当者は給与や仕入の支払いに苦労します。
  • 財源を大きく用意しすぎる:たとえば、社長が貸付金の全額に見合う財源を、一度に保険で用意しようとしたとします。毎月の保険料が重くなり、平時の資金繰りに響きます。

どちらの側にも寄りすぎないために、残高・返済の見立て・会社の資金繰りを並べて、必要な備えの大きさを決めます。決算期ごとに、数字が変わっていないかを確かめます。

要するに、放置も、急ぎすぎも避け、会社の体力に合わせて少しずつ整えます。

5. 今週できる社長の貸付金の確認チェックリスト

今週のうちに、次の5項目を確かめます。難しい計算は要りません。

  • 役員借入金の残高を、直近3期分の決算書で確かめましたか。
  • 貸した時期・理由・返済の約束を、社長が書き出しましたか。
  • 金銭消費貸借契約書、または経緯を残した書面がありますか。
  • 会社が返済できる額と時期を、税理士と話しましたか。
  • 社長の財産の一覧に、会社への貸付金が載っていますか。

気になる項目があれば、顧問税理士に相談する材料になります。

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6. 社長の貸付金についてよくある質問

Q1. 社長が会社に貸しているお金は、相続の対象になりますか。

対象になります。社長個人の貸金債権として、相続財産に含まれます。(出所:財産評価基本通達204)評価や申告は、税理士に確認してください。

Q2. 事業に関わらない相続人は、会社に返済を求められますか。

貸付金を引き継いだ相続人は、会社に返済を求める立場になる場合があります。遺産分割の内容や契約の取り決めで状況が変わるため、弁護士・税理士に相談してください。

Q3. 契約書がなくても、貸付金として認められますか。

契約書がなくても、経緯を帳簿と通帳で説明できる場合があります。ただ、書面があるほうが後から説明しやすくなります。税務上の扱いは、顧問税理士に確認してください。

Q4. 貸付金は、社長の存命中に会社へ放棄してもよいですか。

放棄すると、会社側で税務上の影響が出る場合があります。個別の判断は税理士の領域です。実行する前に、専門家へ相談してください。

Q5. 貸付金の返済は、会社の現預金だけで足りますか。

会社の資金繰りで変わります。運転資金・金融機関への返済・納税の資金と並べて見立てを作ります。足りない場合の財源の考え方は、税理士とFP1級に相談してください。

Q6. 何から確認すればよいですか。

決算書で役員借入金の残高を確かめることから始めます。次に、貸した経緯を書き出して、税理士に共有します。

7. まとめ

この記事のまとめ
  • 社長が会社に貸しているお金は、社長個人の貸金債権として相続財産になります(出所:財産評価基本通達204)。
  • 事業に関わらない相続人が、会社に返済を求める可能性があります。
  • 整理する視点は、相続財産としての見え方・返済の能力と時期・契約書と帳簿の裏づけの3つです。
  • 放置も、急いだ全額返済も、備えが偏った状態です。税務の個別判断は税理士の領域です。

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筆者は、法人保険の相談で、決める社長ご本人と最初から向き合うことを大切にしています。正しい説明だけでなく、社長ご自身が納得して選べるようになることを目指して、お話を伺っています。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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