相続のあと、後継者の専務が経理担当者に尋ねる場面があります。「会社の預金は十分にある。相続人が出してほしいと言っている株を、全部買い取れないだろうか」。

経理担当者は通帳を見て「預金はあります」と答えます。ところが顧問の税理士に確認すると、買い取れる額は預金残高より少ないと言われます。現金があるのに上限がある、という戸惑いです。

会社が自社株を買い取れる額の上限は、分配可能額で決まります。そして、その大半は決算書の「純資産の部」で確かめられます。この記事では、決算書のどこを見ればよいかに絞って整理します。解説するのは、FP1級の資格を持つ筆者です。

結論

  • 自社株の買取額は、分配可能額を超えられません(出所:会社法第461条第1項)。預金残高とは別の数字です。
  • 分配可能額は、純資産の部のうち、その他資本剰余金・その他利益剰余金などを基礎に算定します。資本金や準備金は含まれません。
  • 決算書で確かめる点は4つです。計算の細部は、顧問の税理士に確認します。

この記事で分かること

  • 現金があるのに、自社株を買い取れない3つの場面
  • 預金残高だけを見ても答えが出ない理由
  • 決算書の純資産の部で確かめる4つのポイント
  • 確認が足りない場合と、備えが重すぎる場合の対比
タップできる目次

1. 現金があるのに自社株を買い取れない3つの場面

買取の悩みは、金額・タイミング・責任の3つの場面で表に出ます。順に見ていきます。

1-1. 相続人から買取の希望額を伝えられる

事業に関わらない相続人が、株を現金に換えたいと希望することがあります。

たとえば、専務が相続人の希望額を聞いて、預金で足りると考えたとします。ところが、上限を確かめていないため、その場では「買い取ります」と答えられません。

1-2. 買取の話が、期待を持たせたまま止まる

希望額が上限を超えていると、話の途中で金額を下げる必要が出てきます。

たとえば、社長が口頭で「会社で買う」と伝えていたとします。後から上限が分かり、約束した額に届かないと、相続人との関係が悪くなります。

1-3. 上限を超えると、会社への支払義務が生じ得る

株主に交付する金銭等の総額は、効力発生日の分配可能額を超えてはなりません。(出所:会社法第461条第1項)

効力発生日の分配可能額を超えて取得すると、業務執行者や株主が、会社に対して交付額に相当する金銭の支払義務を負う場合があります。(出所:会社法第462条)個別のケースは、弁護士・税理士に確認します。

要するに、希望額の提示・期待の持たせ方・上限超過の責任の3つが、現金があっても行き詰まる場面です。

2. 分配可能額を預金残高だけで判断できない理由

見落とされる理由は、預金と財源規制が別の数字であることと、社内で数字を見る機会が少ないことの2つです。整理します。

2-1. 預金は「現金の量」、分配可能額は「純資産の中身」

預金残高は、会社が今持っている現金の量です。借入金で積み上がった預金も含まれます。

一方、分配可能額は、純資産の部の中身から算定します。(出所:会社法第461条、会社計算規則)借入で預金が増えても、純資産が増えるとは限りません。

預金が多くても、分配可能額が小さい会社はあります。逆に、預金が少なくても、純資産の中身によって買い取れる余地が残る場合もあります。

2-2. 決算書の純資産の部は、普段あまり開かれない

経理担当者が日々見るのは、試算表の預金や売掛金、買掛金などです。純資産の部は、決算のときに税理士から説明を受ける程度のことが多くなります。

そのため、相続が起きて初めて「純資産の部のどこを見ればいいのか」という疑問が出てきます。平時に一度、見方を教わっておくと、判断が早くなります。

要するに、預金と分配可能額は別物で、確かめる場所である純資産の部が普段は開かれにくいことが、見落としの理由です。

3. 分配可能額の基本|決算書の純資産の部で確かめる4つのポイント

一般的な制度は、買取額を分配可能額の範囲に収めるというものです。決算書で見る場所を、次の表に整理します。式や具体的な数字は書きません。実際の算定は、顧問の税理士に確認します。

ポイント 決算書で見る場所 確かめること
1. 純資産の部の全体 貸借対照表の右下、純資産の部 どんな項目で構成されているか
2. 資本金・準備金 資本金、資本準備金、利益準備金の欄 分配可能額には含まれないこと
3. 剰余金の2つの欄 その他資本剰余金、その他利益剰余金(繰越利益剰余金など) 分配可能額の基礎になる欄であること
4. 買取の時点 決算日と、買取の効力発生日の関係 決算後に数字が動いていないか

3-1. ポイント1|純資産の部を開き、項目を確かめる

決算書の貸借対照表で、資産と負債の差にあたる部分が純資産の部です。まず、この欄にどんな項目が並んでいるかを見ます。

3-2. ポイント2|資本金と準備金は含まれない

分配可能額には、資本金や準備金は含まれません。(出所:会社法第446条・第461条第2項、会社計算規則)純資産の合計額が大きく見えても、資本金の割合が高い会社では、買取の上限は小さくなることがあります。

3-3. ポイント3|その他資本剰余金とその他利益剰余金を見る

分配可能額は、その他資本剰余金・その他利益剰余金などを基礎に算定します。(出所:会社法第461条、会社計算規則)保有している自己株式の帳簿価額なども差し引かれます。

利益剰余金の欄は、これまでの利益から、納税や配当などを差し引いて積み上がってきた額です。社長が長く経営を続けてきた会社ほど、この欄の動きが上限に関わります。

3-4. ポイント4|決算日と買取の時点のずれを確かめる

上限として見るのは、買取の効力発生日の分配可能額です。決算後に配当や自己株式の取得があれば分配可能額は減ります。一方、期中に生じた利益は、決算で確定するか臨時決算を行うまで、原則として反映されません。(出所:会社法第461条第2項)

どの時点の数字で見るかは、税理士に確認します。手続きとして、株主総会の決議(特定の株主から取得する場合は特別決議。出所:会社法第156条・第160条・第309条第2項)も必要です。

純資産額が300万円に満たない会社は、配当や自己株式の取得で株主に交付できる金額に制限があります。(出所:会社法第458条、第461条第2項)

手順にすると、次のとおりです。

  1. 直近の決算書の純資産の部を開く。
  2. 資本金・準備金と、剰余金の欄を分けて眺める。
  3. 顧問の税理士に、買取の時点の分配可能額の見立てを頼む。
  4. 見立てと、株主の希望額を並べ、買取の方針を決める。

この記事では要点に絞って解説しました。全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

【まるっと解説】承継・相続の資金 自社株から貸付金まで7つの視点

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要するに、純資産の部の全体・資本金と準備金・剰余金の欄・買取の時点の4つを、決算書で順に確かめます。

4. 分配可能額を知るメリットと、起きやすい失敗

上限を先に知る最大の利点は、買取の計画を数字で立てられることです。ただし、そのメリットは決算書の見立てを更新し続けることが条件です。

4-1. 先に知ることのメリットと条件

  • 買取の上限を先に知れる:相続人の希望額に対し、どこまで応じられるかを早い段階で話せます。条件は、決算書の見立てを税理士と共有しておくことです。
  • 他の手段との組み合わせを考えられる:上限に届かない分は、後継者個人が買い取る方法なども選べます。条件は、売る側の税務も含めて検討することです。(出所:所得税法第25条。詳細は税理士)

4-2. 確認が足りない場面

  • 預金残高だけで約束してしまう:たとえば、社長が「預金があるから買い取る」と相続人に伝えたとします。後で上限が小さいと分かり、約束を守れなくなります。
  • 決算書を見ずに手続きを進める:たとえば、専務が総会の準備を先に進めたとします。上限を超えると分かった時点で、やり直しになります。
  • 決算後の動きを見落とす:たとえば、経理担当者が決算書の数字だけで答えたとします。その後に配当を行っていて、買取の時点では上限が変わっていました。

4-3. 備えが重すぎる場面

  • 上限を広げるために、利益を積みすぎる:たとえば、社長が買取の財源のために、賞与や設備投資を長く抑えたとします。従業員の意欲や事業の成長に響きます。
  • 全株の買取を前提にする:たとえば、専務が全ての株を会社で買い取る前提で準備したとします。必要な株だけに絞れば足りたのに、財源の準備が重くなります。

見立てが甘い場合も、準備を抱え込みすぎる場合も、決算書の数字に戻って、必要な分を見極めます。

要するに、上限を先に知ることには意味がありますが、決算書の更新と、買い取る株の範囲の見極めが条件です。

5. 買い取れる株を残せる未来と、今週できる確認チェックリスト

決算書の見方を押さえておくと、買い取れるはずの株が買い取れない事態を避けやすくなります。

承継の場面で、必要な株を会社で買い取るという選択肢を残しやすくなります。ただし、上限や税務の条件は会社ごとに違うため、専門家と一緒に確かめることが前提です。

既存の記事では、死亡保険金などが分配可能額に与える影響を別の角度から整理しています。決算書の見方と合わせて読むと、全体がつながります。

  • 直近の決算書の純資産の部を、一度開いて眺めましたか。
  • 資本金・準備金の欄と、剰余金の欄を、分けて見られますか。
  • 税理士に、買取の時点の分配可能額の見立てを聞く段取りをつけましたか。
  • 相続人に、預金残高だけで買取額を伝えていませんか。
  • 買い取りたい株の範囲を、一覧にしましたか。

答えられない項目は、税理士に相談する出発点になります。

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6. 分配可能額についてよくある質問

Q1. 会社に現金があれば、自社株はいくらでも買い取れますか。

買い取れる額には上限があります。株主に交付する金銭等の総額は、効力発生日の分配可能額を超えてはなりません。(出所:会社法第461条第1項)預金残高とは別の数字です。

Q2. 分配可能額は、決算書のどこを見れば分かりますか。

貸借対照表の純資産の部が出発点です。その他資本剰余金・その他利益剰余金などを基礎に算定し、資本金や準備金は含まれません。(出所:会社法第446条・第461条第2項、会社計算規則)正確な算定は、顧問の税理士に確認してください。

Q3. 上限を超えて買い取ると、どうなりますか。

効力発生日の分配可能額を超えて取得すると、業務執行者や株主が、会社に対して交付額に相当する金銭の支払義務を負う場合があります。(出所:会社法第462条)個別の判断は、弁護士・税理士に確認してください。

Q4. 決算書の数字のままで、上限を判断してよいですか。

見るのは買取の効力発生日の分配可能額です。決算後に配当や自己株式の取得があれば分配可能額は減ります。一方、期中に生じた利益は、決算で確定するか臨時決算を行うまで、原則として反映されません。(出所:会社法第461条第2項)時点を含めて税理士に確認してください。

Q5. 株を会社に売った相続人には、税金がかかりますか。

個人株主が会社に株を売ると、対価のうち、その株式に対応する資本金等の額を超える部分は、みなし配当として課税される場合があります。(出所:所得税法第25条)要件を満たす特例がある場合もあるため、税理士に確認してください。

Q6. 法人保険に入れば、買取の上限は広がりますか。

一概には言えません。保険金や解約返戻金が利益を通じて分配可能額に関わる場合がありますが、会社の状況で変わります。保険から検討するのではなく、決算書の見立てを先に作ることをお勧めします。

7. まとめ

この記事のまとめ
  • 自社株の買取額は、分配可能額を超えられません(出所:会社法第461条第1項)。預金残高とは別の数字です。
  • 分配可能額は、その他資本剰余金・その他利益剰余金などを基礎に算定し、資本金や準備金は含まれません。
  • 決算書では、純資産の部の全体・資本金と準備金・剰余金の欄・買取の時点の4つを確かめます。
  • 見立てが甘い場合も、備えを抱え込みすぎる場合も、決算書の数字に戻って整えます。

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。決算書を一緒に眺めながら、買取の見立てを税理士と整理する進め方をお伝えします。

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筆者は、法人保険の相談で、決める社長ご本人と最初から向き合うことを大切にしています。正しい説明だけでなく、社長ご自身が納得して選べるようになることを目指して、お話を伺っています。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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