【まず確認】相続人等に対する売渡請求 定款で決める3つの注意点
株主総会の案内状を出そうとして、総務担当者の手が止まる場面があります。株主名簿の中に、会社が一度も会ったことのない名前があるからです。
数年前に他界した創業者の持ち株を、遠方に住む親族が相続していました。社長は「相続したのなら、いずれ会社に戻してもらえるだろう」と考えていましたが、話し合いは進んでいません。
法人保険の相談では、こうした「株が会社の知らない人の手に渡った」というお話を伺います。会社法には、定款に定めておくことで、相続などで株式を取得した人に会社が売渡しを請求できる制度があります(会社法第174条〜第177条)。
この記事では、この売渡請求の趣旨と、使うときの3つの注意点を、条文の定めにもとづいて解説します。解説するのは、FP1級の資格を持つ筆者です。
結論
- 相続人等に対する売渡請求は、定款にあらかじめ定めがある会社だけが使える制度です。
- 注意点は、定款の定め・株主総会の特別決議と期間・価格と財源の3つです。
- 定めがなければ使えず、使えても財源がなければ買い取れません。法務は弁護士・司法書士、税務は税理士の領域です。
この記事で分かること
- 相続で株主が増えたときに、会社で起きやすい3つの場面
- 売渡請求が見落とされやすい理由
- 定款・特別決議・期間・価格・財源の考え方と、手順
- 備えが足りない場合と、強く使いすぎる場合の失敗場面
1. 相続人等に対する売渡請求が必要になる3つの場面
相続で株主が入れ替わると、総会・連絡・買い戻しの3つの場面で会社が困ります。順に見ていきます。
1-1. 株主総会で議決権が分かれて、決議が進まない
創業者の持ち株を複数の相続人が分けて持つと、議決権も分かれます。
たとえば、社長の持ち株が過半数に届かない会社で、相続した親族が反対に回ったとします。役員報酬や退職慰労金の決議のたびに、賛否が割れる可能性があります。
1-2. 株主の所在や意向が、会社に分からない
相続した人が遠方に住んでいたり、会社と接点がなかったりすると、総会の案内や配当の連絡が届かない場合があります。
1-3. 買い戻したいと思ったときに、手段が限られる
会社が株を買い戻したいと考えても、相手が応じなければ話は進みません。
そこで、定款に定めがあれば、会社が株主総会の決議を経て売渡しを請求できる制度があります。譲渡制限株式を相続などで取得した人が対象です。(出所:会社法第174条)
ただし、定款に定めがなければ使えません。事が起きてから慌てないために、平時に確認しておく意味があります。
要するに、議決権の分散・連絡の途絶・買い戻しの手段の3つが、売渡請求を考えるきっかけです。
2. 売渡請求の定めが見落とされやすい理由
見落とされる理由は、制度の存在を知らないことと、定款を読み返す機会がないことの2つです。整理します。
2-1. 譲渡制限と同じものだと思い込んでしまう
多くの中小企業の定款には、株式の譲渡に会社の承認を要する旨の定めがあります。
この定めがあるから、知らない人が株主になることはないと考える社長もいます。しかし、譲渡制限株式でも、相続では株主が入れ替わることがあります。
そこで、相続などで株式を取得した人に対しても、定款に定めておけば会社が売渡しを請求できるとされています。(出所:会社法第174条)
譲渡の承認の定めと、相続人等への売渡請求の定めは、別の定めです。両方が定款に入っているかを確認します。
2-2. 定款を読み返す機会がない
定款は、設立のときに作ったまま、手に取らない会社が少なくありません。
総務担当者や税理士に「相続人等に対する売渡請求の定めはありますか」と尋ねると、初めて確認するケースもあります。
2-3. 相続が起きてから定めればよいと考えてしまう
「いざとなったら、そのとき定款を変えればよい」と考える人もいます。
一般的な解説では、相続が発生したあとに定款を変更して、その相続について請求できるかには議論があり、避けるべき進め方とされています。会社法の立案担当者は肯定的に考えているとの紹介もありますが、見解が分かれる点です。
この点は、弁護士・司法書士に個別に確認します。確かな方法は、相続が起きる前に、定めを置くかどうかを決めておくことです。
要するに、承認の定めとの混同・定款の読み返し不足・後からの変更の期待の3つが、見落としの原因です。
3. 相続人等に対する売渡請求で押さえる3つの注意点
押さえるのは、定款の定め・株主総会の特別決議と期間・価格と財源の3つです。まず全体を表で整理します。
| 注意点 | 確かめること | 主な条文 |
| 1. 定款の定め | 相続などで株式を取得した人に売渡しを請求できる旨が、定款にあるか | 会社法第174条 |
| 2. 特別決議と期間 | 株主総会の特別決議を経ているか、会社が相続を知った日から1年の間か | 会社法第175条・第176条 |
| 3. 価格と財源 | 売買価格の協議、裁判所への申立て、分配可能額の範囲内か | 会社法第177条・第461条 |
3-1. 注意点1|定款の定めがあるかを、平時に確かめる
売渡しを請求できる旨は、定款で定めることができるとされています。対象は、相続その他の一般承継で譲渡制限株式を取得した人です。(出所:会社法第174条)
定款に新しく定めを置くには、株主総会の特別決議による定款の変更が必要です。(出所:会社法第309条第2項)
3-2. 注意点2|株主総会の特別決議と、請求できる期間を押さえる
実際に請求するときは、請求する株式の数と相手方を、株主総会の特別決議で決めます。請求を受ける相続人等は、原則としてこの決議で議決権を行使できないとされています(他の株主全員が同意している場合などの例外は、弁護士に確認してください)。(出所:会社法第175条)
請求ができる期間は、会社が相続その他の一般承継があったことを知った日から1年とされています。期限を過ぎると請求できなくなります。(出所:会社法第176条第1項)
たとえば、総務担当者が相続の連絡を受けた日を記録しておらず、気づいたときには1年が近づいていたとします。総会の招集や準備に時間がかかるため、日付の管理が欠かせません。
「知った日」の考え方は、事案によって判断が分かれる場合があります。起算の日は、弁護士に確認してください。
3-3. 注意点3|価格・裁判所への申立て・財源を押さえる
売買の価格は、特別決議で決めるものではなく、会社と相続人等の協議で定めるのが基本です。(出所:会社法第177条)
協議が調わない場合、請求の日から20日以内に、会社または相続人等が裁判所に価格の決定を申し立てることができます。この期間内に協議が調わず、申立てもないと、請求は効力を失うとされています。(出所:会社法第177条)
さらに、会社が株主に払う金銭の総額は、効力発生日の分配可能額を超えてはなりません。(出所:会社法第461条第1項)分配可能額の見方は、決算書で分配可能額を確かめる記事で整理しています。
なお、会社に株式を売った人には、対価のうち資本金等の額を超える部分がみなし配当として課税される場合があります。(出所:所得税法第25条)特例がある場合もあるため、相続人側の税の扱いは税理士に確認してください。税の考え方は、自社株買取と納税資金の記事もあわせてご覧ください。
3-4. 進め方の手順
- 定款を確認する:売渡請求の定めがあるか、条文を読みます。
- 株主名簿を整える:誰が何株を持つか、連絡先は最新かを確かめます。
- 財源を見積もる:税理士と、直近の決算書から分配可能額を確かめます。
- 専門家に相談する:期限の起算と決議の進め方を、弁護士・司法書士に確認します。
この記事では要点に絞って解説しました。全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。
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要するに、定款の定め・特別決議と1年の期間・価格と財源の3つを、順に確かめます。
4. 備えが足りない場合と、強く使いすぎる場合の失敗場面
失敗は、定めも財源も用意しない側と、制度に頼りすぎる側の2方向で起きます。対にして見ていきます。
4-1. 備えが足りない場面
- 定款に定めがない:たとえば、社長が他界したあとに親族の相続で株が分かれ、定款を見ると売渡請求の定めがなかったとします。使える手段が限られ、話し合いに頼ることになります。
- 期限を管理していない:たとえば、総務担当者が相続を知った日を控えておらず、請求の準備が遅れたとします。1年の期間に間に合わなくなるおそれがあります。
- 財源が見えていない:たとえば、請求を決議したものの、決算書の分配可能額が足りなかったとします。買い取りの対価を払えず、手続きが止まります。
4-2. 強く使いすぎる場面
- 全部の株を買い取ろうとする:たとえば、社長が相続人の持ち株をすべて買い取ろうとして、会社の手元資金を使い切るとします。運転資金や設備の資金に響きます。
- 話し合いを飛ばす:たとえば、決議を先に進め、相続人に事前の説明をしなかったとします。価格をめぐる対立が深まり、裁判所への申立てに発展することがあります。
- 税の影響を確認しない:たとえば、価格だけを決めて、相続人側の税の負担を確認しなかったとします。手取りの額で意見が割れ、合意が遠のきます。
要するに、定めと期限と財源の準備不足も、全部買い取ろうとする使いすぎも、会社の資金と関係を傷めます。
5. 今週できる相続人等に対する売渡請求の確認チェックリスト
難しい判断は要りません。今週は、次の5つを確かめます。
- 定款に、相続人等に対する売渡請求の定めがあるか、条文を読んだ
- 株主名簿の持ち株と連絡先が、最新になっている
- 相続が起きたときに、「知った日」を記録する担当者を決めた
- 直近の決算書から、分配可能額を税理士に確かめてもらう予定を入れた
- 定款の変更や請求の進め方を、弁護士・司法書士に相談する予定を入れた
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要するに、定款・名簿・期限の担当・財源・専門家の5つを、今週のうちに確かめます。
6. 相続人等に対する売渡請求のよくある質問
Q1. 売渡請求は、どの会社でも使えますか。
使えるのは、定款に定めがある会社です。対象は、相続その他の一般承継で譲渡制限株式を取得した人です。(出所:会社法第174条)まず自社の定款を確認します。
Q2. 売渡請求の定款の定めは、相続が起きたあとに作ってもよいですか。
相続が発生したあとに定款を変更して請求できるかについては、見解に議論があるとされています。事前に定めておくほうが、争いが起きにくくなります。個別の判断は、弁護士・司法書士に確認してください。
Q3. 売渡請求は、いつまでにできますか。
会社が相続その他の一般承継があったことを知った日から1年とされています。(出所:会社法第176条第1項)起算の考え方は事案で変わることがあるため、弁護士に確認してください。
Q4. 売買の価格は、会社が決められますか。
会社が一方的に決めるものではありません。会社と相続人等の協議で定めるのが基本で、調わなければ、請求の日から20日以内に裁判所へ価格の決定を申し立てることができます。(出所:会社法第177条)
Q5. 買い取りの資金には、上限がありますか。
あります。株主に交付する金銭の総額は、効力発生日の分配可能額を超えてはなりません。(出所:会社法第461条第1項)直近の決算書で、税理士に確かめてもらいます。
Q6. 売った相続人には、どのような税金がかかりますか。
対価のうち、資本金等の額を超える部分がみなし配当として課税される場合があります。(出所:所得税法第25条)特例がある場合もあるため、相続人の方は税理士に確認してください。
Q7. 特別支配株主による株式等売渡請求と、同じものですか。
別の制度です。総株主の議決権の10分の9以上を持つ特別支配株主による株式等売渡請求は、会社法第179条以降に定められています。この記事の売渡請求は、相続などで株式を取得した人が対象です。制度の選び方は、弁護士に相談してください。
7. まとめ
- 相続人等に対する売渡請求は、定款に定めがある会社が使える制度です(出所:会社法第174条)。
- 注意点は、定款の定め・株主総会の特別決議と1年の期間・価格と財源の3つです。
- 定めと財源の準備不足も、全部を買い取ろうとする使いすぎも、会社を傷めます。
- 法務は弁護士・司法書士、税務は税理士の領域です。条文の細部は専門家に確認してください。
ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。株主の顔ぶれと決算書をもとに、備えの全体像を一緒に整理します。
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筆者は、法人保険の相談で、決める社長ご本人と最初から向き合うことを大切にしています。正しい説明だけでなく、社長ご自身が納得して選べるようになることを目指して、お話を伺っています。
筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。
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