後継者に自社株を渡して数年が経った会社で、社長が顧問税理士に尋ねる場面があります。「あの株、いまの評価額で見ると、渡したときの倍近くになっているそうですね。私に万一があったとき、ほかの子どもたちから何か言われませんか」。

後継者が会社を伸ばしたからこそ、株の評価額が上がります。その成果が、かえって家族の話し合いの火種になる場合があります。

法人保険の相談では、こうした「自社株と遺留分」のお話を伺います。中小企業庁が案内している民法の特例には、家族全員の合意と国の手続きを経て、遺留分の計算を事前に整えておく仕組みがあります。

この記事では、除外合意と固定合意の違い、全員の合意、経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可という3つのポイントを、公的資料にもとづいて解説します。解説するのは、FP1級の資格を持つ筆者です。

結論

  • 民法特例の合意には、除外合意と固定合意があり、組み合わせて使うこともできます。
  • ポイントは、合意の種類・推定相続人全員の合意・国と裁判所の手続きの3つです。
  • 全員の合意が整わなければ使えません。手続きの細部は弁護士・税理士に確認し、合意が難しい場合の現金の備えも並行して考えます。

この記事で分かること

  • 自社株の評価額が上がると、遺留分で困りやすい3つの場面
  • 特例が使われにくい理由
  • 除外合意・固定合意・手続きの流れ
  • 手続きを急ぎすぎる場合と、何もしない場合の失敗場面

1. 自社株と遺留分の民法特例が気になる3つの場面

評価額の上昇・贈与の見直し・請求への備えの3つの場面で、遺留分が現実の課題になります。順に見ていきます。

1-1. 後継者の努力で、株の評価額が上がる

社長から後継者へ株を渡したあとも、会社は成長します。利益が増えれば、株の評価額が上がる場合があります。

遺留分は、民法で定められた、一定の相続人に最低限保障される取り分です。(出所:民法第1042条。兄弟姉妹に遺留分はありません)

中小企業庁の資料でも、相続までに自社株の価値が上がると、後継者に渡した株が遺留分の計算で大きく扱われる可能性が説明されています。

1-2. 贈与した株が、ほかの相続人の目に入る

たとえば、後継者が株の大半を受け取ったあと、ほかの子どもが「自分の取り分はどうなるのか」と気にし始めたとします。

家族の間で言い出しにくいまま時間が過ぎ、社長の他界後に初めて話題になることがあります。そのとき後継者は、株をどうするかと、会社の経営の両方を抱えることになります。

1-3. 金銭での請求に、現金が追いつかない

遺留分の侵害額の請求は、金銭で行うとされています。(出所:民法第1046条)

請求を受けた後継者の手元に、まとまった現金がなければ、株を手放したり、会社の資金に手を付けたりする場面が出てきます。

要するに、評価額の上昇・家族への見えにくさ・現金の不足の3つが、民法特例を調べるきっかけです。

2. 遺留分の民法特例が使われにくい背景

使われにくい背景は、全員の合意の難しさと、手続きの見えにくさの2つです。整理します。

2-1. 家族全員の合意が前提になる

特例の合意は、先代の経営者(制度上の呼び名は旧代表者)の推定相続人全員と、後継者で行うとされています。(出所:中小企業庁「遺留分に関する民法特例」の申請マニュアル)

ひとりでも反対すれば、合意は成り立ちません。お金の話は切り出しにくく、家族の関係や気持ちにも配慮が要ります。

たとえば、社長が「うちの子たちは仲が良いから大丈夫」と話さずにいるうちに、年月が過ぎる場合があります。合意をとれるうちに話し合う機会を作る意味が、ここにあります。

2-2. 国と裁判所の手続きを両方通る必要がある

合意の書面を作るだけでは、効力が生じません。経済産業大臣の確認と、家庭裁判所の許可の両方を受けて、はじめて合意の効力が発生するとされています。(出所:中小企業庁の申請マニュアル)

手続きの順番や期限を知らないと、準備の段階で止まります。次の章で、流れを表で確認します。

要するに、全員の合意と、二段階の手続きの2つが、特例を遠く感じさせる理由です。

3. 自社株の遺留分を整える民法特例の3つのポイント

押さえるのは、合意の種類・全員の合意・国と裁判所の手続きの3つです。まず全体を表で整理します。

ポイント 内容 確認する相手
1. 合意の種類 除外合意か、固定合意か、その両方か 弁護士・税理士
2. 全員の合意 推定相続人全員と後継者が、書面で合意する 家族・弁護士
3. 国と裁判所の手続き 経済産業大臣の確認、家庭裁判所の許可 中小企業庁・家庭裁判所

3-1. ポイント1|除外合意と固定合意の違いを知る

特例では、次の2つの合意ができます。いずれか一方だけでも、組み合わせても構いません。(出所:中小企業庁「遺留分に関する民法特例のポイント」)

  • 除外合意:後継者が旧代表者から贈与などで取得した株式を、遺留分を計算する財産から外す合意です。
  • 固定合意:遺留分を計算する財産に入れる株式の価額を、合意の時点の価額に固定する合意です。会社の承継の場合に使えます。

固定合意では、固定する価額が合意の時点で相当であることについて、弁護士・税理士・公認会計士などの証明が必要とされています。(出所:中小企業庁の資料)

評価額が上がる見込みなら固定合意、株を遺留分の争いから切り離したいなら除外合意、というように、目的で選びます。

合意が整えば、後継者が会社を伸ばしても、その増えた分をめぐる争いを避けやすくなります。ただし、合意の対象や条件は個別に決める必要があります。

3-2. ポイント2|推定相続人全員の合意を、書面で整える

合意の当事者は、旧代表者の推定相続人のうち遺留分を有する人全員と、後継者です。(出所:中小企業庁の申請マニュアル)

合意の内容は書面にします。ほかの相続人との公平を図るため、後継者以外の相続人への配慮に関する定めを、あわせて置く場合があります。

たとえば、後継者以外の子が「株を除外するなら、その代わりに現金での配慮がほしい」と話したとします。話し合いの中で、金銭を支払う取り決めが検討されることもあります。

こうした金額や条件は、家族の事情で変わります。弁護士・税理士を交えて整理してください。

3-3. ポイント3|経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可を受ける

合意だけでは足りません。国と裁判所の手続きの流れは、次のとおりです。(出所:中小企業庁の申請マニュアル)

  1. 書面の合意:推定相続人全員と後継者が、合意書を作ります。
  2. 経済産業大臣の確認:合意をした日から1か月以内に、後継者が申請します。
  3. 家庭裁判所の許可:確認を受けた日から1か月以内に、後継者が申し立てます。
  4. 効力の発生:許可を受けてはじめて、合意の効力が生じます。

家庭裁判所は、合意が当事者全員の真意によるものかを確かめるとされています。申立てには、推定相続人の戸籍の書類などが必要です。

対象会社や後継者の要件、必要書類、合意の効力が失われる場合の定めは、細かく決まっています。資料の版や運用は変わる場合があるため、申請の前に、最新のマニュアルと管轄の窓口で確認してください。

この記事では要点に絞って解説しました。全体像から手順・注意点までまとめて知りたい方は、次の記事で詳しく解説しています。

自社株の相続税 納税資金を法人保険で備える視点

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要するに、合意の種類・全員の書面の合意・国と裁判所の手続きの3つを、順に整えます。

4. 民法特例の前後で起きやすい失敗場面

失敗は、何も整えない側と、手続きだけに頼る側の両方で起きます。対にして見ていきます。

4-1. 備えが足りない場面

  • 家族で話さないまま時が過ぎる:たとえば、社長の判断力が弱まってから合意を持ちかけようとしたとします。家庭裁判所は全員の真意を確かめるため、余裕のあるうちに進めないと、手続きが難しくなるおそれがあります。
  • 評価額を見ていない:たとえば、経理担当者が自社株の評価額を何年も確かめていなかったとします。いざ合意の話になったとき、固定する価額の根拠を示せません。
  • 現金の見通しがない:たとえば、合意が整わず、後継者が請求を受けたとします。金銭で払う必要があるのに、手元の資金が足りず、株の売却を迫られます。

4-2. 手続きに頼りすぎる場面

  • 家族への説明を飛ばす:たとえば、社長と後継者だけで書面を作り、ほかの子に後から知らせたとします。感情のしこりが残り、全員の合意そのものが難しくなります。
  • 期限の管理を甘く見る:たとえば、大臣の確認を受けたあと、家庭裁判所への申立てを先延ばしにしたとします。確認から1か月以内という期間に、間に合わなくなるおそれがあります。
  • 特例だけで全部解決したと考える:たとえば、株については合意が整ったので、ほかの財産や納税の資金は何も考えていないとします。相続全体の資金は、別に見通しを立てる必要があります。

特例は、自社株の遺留分に対する、ひとつの整え方です。自社株以外の財産や納税の資金は、別の観点で備えます。

要するに、家族と話さない側にも、特例だけを頼る側にも、見通しの抜けが出ます。

5. 今週できる自社株と遺留分の確認チェックリスト

手続きを始める前に、今週は次の5つを確かめます。

  • 後継者に渡した株と、社長が持つ株の数を、一覧にした
  • 推定相続人にあたる家族の名前を、書き出した
  • 直近の決算書をもとに、自社株の評価額を顧問税理士に尋ねる予定を入れた
  • 家族と、承継について話す機会を決めた
  • 民法特例の対象になるかを、弁護士に相談する予定を入れた

特例を使うかどうかは、一覧を作ってから考えて遅くありません。

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要するに、株の一覧・家族の整理・評価額・話し合い・専門家の5つを、手続きの前に確かめます。

6. 遺留分の民法特例のよくある質問

Q1. 民法特例を使えば、遺留分の問題はすべてなくなりますか。

すべてなくなるわけではありません。合意の対象にした株式などについて、遺留分の計算を整える仕組みです。(出所:中小企業庁の資料)対象外の財産は、通常の遺留分の考え方が残ります。個別の判断は弁護士に確認してください。

Q2. 除外合意と固定合意は、どちらを選べばよいですか。

目的で選びます。いずれか一方でも、組み合わせても構いません。(出所:中小企業庁の資料)株の評価額が上がる見込みか、株を遺留分の計算から外したいかを、弁護士・税理士と整理します。

Q3. 推定相続人のひとりが反対したら、使えませんか。

合意は推定相続人全員と後継者で行う仕組みのため、反対する人がいると成り立たないとされています。(出所:中小企業庁の申請マニュアル)反対の理由を聞き、条件を話し合うところから始めます。

Q4. 手続きの期限はありますか。

経済産業大臣の確認は合意をした日から1か月以内、家庭裁判所の許可の申立ては確認を受けた日から1か月以内と、資料に示されています。(出所:中小企業庁の申請マニュアル)最新の版を、申請の前に確認してください。

Q5. 兄弟姉妹にも遺留分はありますか。

兄弟姉妹に遺留分はありません。(出所:民法第1042条)誰が推定相続人になるかで合意の相手が変わるため、家族の構成を整理して専門家に確認します。

Q6. 合意が整わない場合、どのような備えがありますか。

遺留分の侵害額の請求は、金銭で行います。(出所:民法第1046条)請求に備えた現金を、会社の資金や個人の資金でどう用意するかを、早めに検討します。法人保険は選択肢のひとつですが、保険ありきでなく、家族の状況を見て判断します。

7. まとめ

この記事のまとめ
  • 民法特例には、除外合意と固定合意があり、組み合わせて使うこともできます(出所:中小企業庁)。
  • ポイントは、合意の種類・推定相続人全員の書面の合意・経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可の3つです。
  • 家族と話さないままも、手続きだけに頼るのも失敗のもとです。合意が整わない場合の現金も並行して考えます。
  • 要件や手続きの細部は、最新の資料と、弁護士・税理士に確認してください。

ご相談いただいても、売り込みは一切ありません。お断りいただいて構いません。株式の持ち分と家族の状況をもとに、備えの全体像を一緒に整理します。

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筆者は、法人保険の相談で、決める社長ご本人と最初から向き合うことを大切にしています。商品の説明より先に、ご家族への想いを伺い、社長ご自身が納得して選べる状態を目指しています。

筆者の考えや経歴は、プロフィールにまとめています。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険商品の推奨や個別の勧誘ではありません。税制・制度は改正される場合があります。実行前に顧問税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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